深海で燃える愛、あるいは爆ぜるような恋   作: 燃える空の色

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4.恋の進展、あるいは突然ハプニング

 

 

 

「いつも、ここで特訓を?」

 

 

 朝日に照らされ、爆音だけが鳴り響く公園の中。


 蓮の問いかけは、轟く音に掻き消されるほど小さかった。だが不思議と、彼の耳には届いていたようで、

 

「テメェには関係ねぇだろ」

 

 短く、吐き捨てるような声。

 拒絶の意思が含まれたそれからは、他者に自身の奥底へと踏み入らせないという強い強者のプライドのようなものを感じる。

 

「…ヒーロー科志望、なのかな。見た感じだと、"個性”も強そうだし…っていうかまぁ、このくらいの子は皆そうか」

 

 無遠慮に予想の糸を手繰り、納得した顔をして呟けば、彼は苛立つように顔を歪めた。

 

「俺をその辺の連中と一緒にしてんじゃねェ。―――俺は雄英に入ってトップヒーローになる。誰よりも強ェヒーローにだ」

 

 ニヤりと、好戦的にその頬を弛めて、彼は拳を固く握りしめる。

 それを聞いた少年は納得したように頷く。

 

「それでこんなとこ来て訓練かぁ。なんだか、かっこいいね、すごく」

「ハッ、雑魚モブらしい感想だな。

 ―――んで、そォいうテメェはどうなんだ?

あンなチンピラなんかにタカられてんだ、どうせヘボ"個性”だろ」

 

 見下すような言い草に、少年は困ったように頬を掻き、ヘラヘラと表情を歪める。

 

「まぁ、確かに、あんまり良い"個性”じゃないかな……」

 

 あからさまに訳ありです、と言った顔をしてそう言えば、彼は凶悪な笑みを潜めて忌々しそうに「ケッ」と吐き捨て、露骨に顔を顰めた。

 

「ンなことだろォと思ったわ―――おい」

「……?」

 

 突如、彼が蓮の元へと歩み寄り、その鋭い視線を向けると同時に蓮を呼ぶ。

 つい先程まではこちらを見向きもせずに特訓を続けていたと言うのに、蒸気立ち込める汗ばんだ身体を近づけ、ただ蓮一人だけを写すその瞳に、蓮の鼓動がわずかに逸り、頭の中が真っ白に染まっていく。

 

「テメェ、名前は」

「…なまえ、名前って……え、ぼ、ボクの?」

 

 脈略のないその問いに、蓮は必死に脳みその色を取り戻して言葉を返した。

 

「他に誰がいんだよ」

「あ、う、うん。そうだね、そうですね」

 

 蓮は顔を真っ赤にしながらも慌てて取り繕い、咄嗟に顔を背けて何度か深呼吸をする。

 冷たい空気が喉の奥へと入り込み、熱くなった顔を冷やしてくれる。

 なんとか冷静さを取り戻し、再び彼に振り向いて、意を決したように口を開く。

 

「ボクは渡我だよ、渡我です。呼び方は、別になんでも」

「そォかよ。んじゃテメェは今日から―――」

 

 ごくり、少年は小さく息を飲む。

 

「―――灰色野郎だ」

「ナンで!!?」

 

 勿体ぶった口から発せられたのは、つい先程のやり取りを完全に無視した呼び名。

 前後の流れをぶった斬るようなそれに、蓮はここ一番の叫びを上げた。

 

「雑魚の名前なんざいちいち覚えてられっかよ。その点、この呼び方なら一目見りゃあ思い出す!!」

 

 ビシビシと、自信満々な視線が蓮の頭部へと向けられる。

 灰が降り積ったような、少し白がかった鼠色の髪。

 双子であるはずの姉妹とは対称的なその色は、両親のどちらのものでもなく、"個性”を由来とするものであった。

 親戚筋の誰のものでも無い髪色に、一時期は疎まれたことや変な勘ぐりをされたこともあって、あまり良い思い出はない。

 そんな複雑な念の籠った髪色を由来とするであろう彼の呼び名に、正直思うところがない訳でもないが――、

 

「灰色野郎、か。うん、いいよ、それで」

 

 不思議と、目の前の彼に言われるのは辛くない。むしろ、嬉しささえ感じさせる。

 ほんのりとした高揚感と高鳴りが、少年の胸の内に広がっていく。

 

 彼はそんなどこか嬉し気な蓮に対し訝しげに眉をひそめつつ、更に得意げな笑顔を浮かべて蓮に近寄り、その肩を組む。

 そして、一気に縮まった距離感に顔を赤くした蓮に向けて一言。

 

「そんじゃあ灰色野郎――ちょっとツラ貸せや」

「えっ……か、カツアゲ……!?!?」

 

 恐喝紛いのセリフに動揺する蓮を他所に、爆発の彼は颯爽と帰り支度を始めた。

 

 

▽▽▽

 

 

 

 まだ朝早くの商店街にある、とあるジャンクフード店。

 比較的早い時間にオープンするその店の隅で、二人の少年は豪快にバーガーを貪っていた。

 

「んっ、…おいしい」

「美味ぇ」

 

 口元に着いたケチャップをぺろりと舌で一撫でし、少年たちは共に舌鼓を打つ。

 周囲には他の客もほとんどおらず、少年たちもほとんど会話を重ねないため、店内には軽快なBGMと油の匂いだけが漂っていた。

 

「……」

「……」

 

 その沈黙も、不思議と居心地の悪いものではないため、少年―――蓮はこの時間を堪能するようにハンバーガーを咀嚼する。

 

 モグモグ、モグモグ……。

 

 それなりにサイズのあったハンバーガーも、あっという間にあと一欠片。

 この心地の良い沈黙も、いい加減断ち切らなければならない―――、

 そう考えて、蓮は何故いきなりバーガーショップへ立ち寄ったのかと話を切り出そうとして…初歩的なミスに気づいた。

 

「……そういえば……えと、あの…僕は教えたけど、まだ、キミの名前。聞いてなかったね」

 

 ごくん、とコーラで最後のバーガーを喉の奥に流し込み、蓮はまだ、自分が目の前の彼の名前を知らないことに言及する。

 出会ってから凡そ一週間、会うのは二回目、一緒にご飯を食べるのも二回目で、何ならついさっき自分が名乗ったばかりであるというのに、相手に名前を聞くというコミュニケーションにおける最初の第一歩を未だ踏み出していなかったのだ。

 

 というより、失念していたという方が正しいだろうか。

 彼と出会ってからというもの、蓮は僅かに冷静さを欠き続けている。

 色々と頑固だなんだと姉妹によく言われる蓮ではあるものの、さすがにここまで来ればそれを自覚し始めていた。

 

「あ?…………そォいやそうか」

 

 一瞬困惑したように眉を顰めて、そして直ぐにそうだったと納得したとばかりに表情を軽くする。

 どうやら彼も、色々とすっ飛ばしている現状を理解したらしく、どこか苛立たしげに舌を打った。

 

「……俺ァ――、」

「ヒャッハーーー!金を出せー!俺たちゃァ強盗だァーーーッ!!」

 

 ついに名乗りをあげようとした彼の言葉を遮るようにして、ドアを蹴破る騒音と共に耳障りな声が店内に響く。

 

「あ”ァッ!?――、むぐッ!?」

「お、落ち着いて!」

 

 反射で立ち上がり、掌上に火花を散らして臨戦態勢をとる彼の腕を掴み、机の影に隠れる。

 

「何してんだッ…!」

「いいから落ち着いて!飛び出そうとしてたでしょ今!!……今警察に通報してる。変に刺激しちゃだめだ……!!」

 

 今にも飛び出しそうな彼を引き止めながら、片手間にスマホで110番をかける。

 その間にも抵抗を続ける彼を抑え続けるが、ふいに、腕の中で暴れる彼の感覚を意識する。

 文句を言う彼の口を塞いだ手には、ほんのりと湿った感覚と柔らかい唇の感触が残る。

 落ち着いてきた彼に触れた手からは、鍛えられた肉体特有の厚さと硬さが伝わってきた。

 そんな状況ではない、今は決してそんなことを考えられる余裕があるような状況ではない―――そんなことはわかっているが、それを言うなら今こうして身体を密接させている状態こそそれどころでは無いのだ。

 

「ッ〜〜〜〜お願いだから、今暴れないで、ホント!!」

 

 「モガモガ」喚く彼に、動かないよう懇願を続けながら、せめて必死に意識を逸らそうと、先程から強盗を続けている敵に目を向ける。

 数は二人、どちらも異形型の"個性”。

 方や全身が岩のような皮膚で構成されている現代のガンロック。

 方や両手両足の爪と全身の毛髪が刃に変質し、服や靴を貫通した爪刃がどこか痛々しいハリネズミモドキ。

 どちらも人間から見た目が大きく乖離しているような異形型。多分、差別されてきたタイプだ……というか、つい最近カツアゲしてきたチンピラ2人だ。

 変な偶然もあったものだと、蓮はどこか運命めいたものを感じた。

 

「……変に刺激しない方がいいだろうけど……」

 

 ぐるりと、冷静に周囲を見渡す。

 自分たち以外の客足は無く、数名の店員だけが敵たちの目に止まっている。

 そして、蓮たちの位置は敵から見て死角と言ってもいい。

 無理に動かなければ、見つかることは無いだろう。しかし。

 

「モガモガっ!!……おい、灰色野郎」

「な、なに……?」

 

 口を押さえ付けた手から脱し、爆破の彼が蓮を呼ぶ。

 

「い、言っとくけど、戦うとかはなしだからね。僕らはヒーロー免許を持ってないし、今ここで戦ったら、それこそヴィランと同じになる」

「そォじゃねぇわ。……おい、耳貸せ。」

 

 強引に胸ぐらを掴まれ、彼の息遣いが蓮の短い髪を揺らす。

 

「あのクソ共、とっくに金は盗んだはずなのに、さっきからちっとも逃げやしねぇ。なにか企んでやがんな」

「……ぇ、あ、ぁぅ……ぅ、ん…わかった、わかったから……!!その、離れて…!!」

 

 鋭い声とともに、彼の吐息が耳を染める。

 心臓の鼓動を携えて頭にのぼる熱を払うように、蓮はささやかな抵抗として距離の近さを訴えかけた。

 

「……で、そ、その、企んでるって?」

「知るか。クソどもの考えなんざわかるわけねぇ…と言いたいとこだが、連中、この辺で有名なチンピラだ」

 

 その抵抗が功をなし、距離を置いた彼の熱を名残惜しみながらも問いかけた蓮にそう言って、彼は物陰からヴィランたちを覗き見る。

 

「この辺りのヒーローの情報、パトロールのルートや行動パターンはある程度把握しているはず……だってんのに、こんな悠長にしてるってことは、何らかの勝算があるってことだ」

「勝算……って……」

「知るか。……けど、見りゃわかる。連中が握ってるもん見てみろ」

 

 後頭部を捕まれ、強制的に視線を敵に向けられる。

 彼らの手、あるいはポケットの中には、注射器のようなものが入っていた。

 

「注射器?…ただの薬、ってわけじゃないよね」

「どうせくだらねぇブーストアイテムだろ。雑魚の考えそうなことだ。」

「…じゃあ、あれがある限りだと、あの人たちは自分たちに勝算があるって思ってるんだ」

「だろォな。何も無きゃ、この前のテメェと会った時みてぇに直ぐしっぽ巻いて逃げるはずだ。……つまり、薬打たれる前にやりゃあ、なんの被害もなく終わらせられるってことだ」

 

 まるでなんてことのないように、少年は大言壮語を口にする。

 けれど、

 

「無茶だよ。それに、さっきも言ったけど…」

「要は、個性を使わなきゃいいって話だろ」

 

 そう言って、立ち上がろうとする彼の腕を掴む。

 

「……〜〜わかった。わかったから、ちょっと待って!!」

 

 こうなっては、自分も腹を括るしかないだろう。

 彼の腕をより強く握り締め、蓮はその鋭い瞳を見つめ返した。

 

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