「ゆっくり…平仮名の"の"の字を描くようにね。」
「うっす…。」
芳村店長のその声かけに俺は苦しげに返事をする。手にはポットが握られておりその手はプルプルと震えている。
俺が雪乃に救われたあの事件の後。俺はあんていくで暫くバイトをすることになった。理由は食べ物…つまり人の肉と"情報"を貰うため、その分の料金をここで働き、稼ぐ事になったからだ。
そのバイトの手始めとして今俺はコーヒーの入れ方を店長に習っている。ただコーヒーを淹れるだけの作業なのだが、これが意外と難しく俺は苦戦していた。
「………よし。」
そして、コーヒーを淹れ終えるとそのコーヒーを試しに飲んでみる。
「どうだい?」
「駄目ですね…。どうしても店長のようにいかない。」
俺はそう言うと、もう一度コーヒーに口を付ける。正直コーヒーなんてどう淹れたところで対して味が変わったりはしないだろうと思っていたのだが、実際こうして自分で淹れたコーヒーと店長の淹れたコーヒーを比べると、かなり違いがある。やはり、店長の淹れたコーヒーの方が深みがあり、おいしい。
「…コーヒーは手間をかけることで全く味が変わるんだ。」
コーヒーを見つめ、眉を寄せる俺に店長は優しくそう言う。
「人も同じ焦ることはないさ。」
そう言うと店長はニコッと笑う。そして、入口の方へと歩いていく。
「うっす。」
「そろそろ、表でトーカちゃんを手伝ってもらおうかな。わからないことは彼女に聞くといい。」
「トーカ…ちゃん。ですか?」
トーカちゃんって、あの雪乃に紹介された店員の子だよな。
「ああ、そうだよ。霧島トーカちゃん。比企谷君も1度…いや2度顔を合わせているね。」
「ええ…まあ。」
でも、なんかあいつ雰囲気がピリピリしててこええんだよな。昔の雪乃みたいで。
「ああ、それと大事なことをひとつ。『あんていく』はただの喫茶店じゃない。この店は20区の喰種が集う場所でもあるんだ。特に身構える必要はないけど"喰種"のお客さんが店に来るということは理解しておいて。」
20区の喰種が集う場所…結衣とここに訪れた時に感じた視線は喰種によるものだったのか。
「もちろんいつか君のように人間のお客さんも来る。その時も普段どおりの接客を心がけてね。」
人間の客か…。喰種が沢山くる場所に人間が入ってきても大丈夫なのか?
「あの、店長…。喰種は世の中から身を隠すべきなのに、人間の客が入ってきても大丈夫なんすか?」
俺のその質問に店長は若干顔を強ばらせる。…あれ、もしかしてまずい質問だったか?
「…人の世で生き忍ぶからこそ、彼らの事を学ぶ必要がある。性格や行動傾向…何気ない仕草、そしてその意味…モノの食べ方に至るまで人間というのは我々"喰種"にとっては生きた教本なんだ。」
俺はそれを聞いて不思議な気持になる。俺たちが普段していた何気ない行動を、喰種はそんな風に見ていたのか…と。
「それに…。私は好きなんだよ………ヒトがね。」
そう言うと店長はニッコリと微笑む。…ヒトが好き…か。一体、どう意味でなんだろうな。
「あぁ、ごめん!作成後にもう一つ。」
店長は扉へ手をかけると、何かを思い出し、こちらへ振り返る。
「大きな手荷物を持った人間が店に来たら、こっそりと私に知らせなさい。」
「うっす…けど、それどういう…。」
「追々説明するよ。」
そう言うと、店長は部屋から出ていった。
その扉を俺は暫く見つめる。芳村店長…、喰種の中にもあんな人はいるんだな。…まだまだ、俺は喰種ついて知らない事が多すぎる。
これからも少しずつ情報を集めていかないとな…。
そんな事を考えつつ俺が表へでると、
「………!」
店の奥の方にいた霧島と目が合う。…なんだ?俺に向かって何かいってるが…誰かに絡まれてるのか…?
「そんでビックリしちゃってさ!」
この声は聞いた事がある…うん、面倒ごとの予感がする、無視だ無視。さーて仕事しご…。
「おおう比企谷!!」
…みつかっ…た。振り返るとその声の主は永近だった。なんでいんだよ…。てか、霧島はなんでそんなに俺の事睨んでるの?なに、俺のこと好きなの?
「はぁ…なんでいんだよ永近。」
「なんだよ、お前がバイト始めたっていうから見に来てやったんじゃねえかよ!」
「そうか、じゃあもう用事は済んだな帰ってくれ。」
「なんでだよ!せめて一杯ぐらいなにか飲ませてくれよ!」
相変わらず声のでかい奴だ…。めっちゃ注目浴びてるし…。やばいな、ないとは思うがこれ以上騒いで永近が喰種に目をつけられるなんてことがなければいいが。
「じゃあ、何飲むの?お湯?」
「お湯ってなんだよ!ふつーにコーヒー…いや、カプチーノくれ!」
「カプチーノね。了解。」
俺は伝票にカプチーノと書くとその場を後にしようとするのだが、その際クイッと制服の裾を掴まれる。なんだよ…と後ろを振り返ると永近が頬を染めで霧島を見ていた。うわっ、なんだこいつ気持ち悪!
「トーカちゃんが淹れてくれるかな?」
「あ……はい………。」
見れば霧島は明らかに苦笑いを浮かべていた。おい、流石にそれはかわいそうだぞ。まあ、永近が悪いんだが…。
霧島の返事に、疑う事もなくはしゃいでる永近を置いて、俺と霧島はカウンターへと向かう。その時霧島が俺へと話しかけてくる。
「…ねぇ、あんた。バレないようにしなよ。」
「…今から淹れるカプチーノを霧島じゃなくて俺が淹れるって事をか?」
「違う、あんたが喰種ってこと。………店長が何考えてるかわかんないけど、人間をうちで看病するなんておかしいし、元人間なんかをうちに置くの私は反対だから。」
そう言い霧島は俺の顔を正面から睨めつけ言葉を続ける。
「もしバレたら…あのツンツン頭も、あの女も………殺すから。」
「………ああ。」
俺のその返事に霧島は肩透かしをくらったかのように驚いた表情でこちらを見る。
「なんだよ。」
「いや、あっさりと受けいれるのね。」
ああ、そう言う事か。霧島は俺が自分の言葉に対していくらか反発して来ると考えていたのだろう。
「別に…。霧島が言っていることも理解が出来る。俺が喰種だって事がバレちまえば店長やここで働いている人達が積み上げてきた物が崩れちまうって言うんだろ?なら、俺はそれを否定するなんて無責任な事はしない。」
「そう…。あんた、変わってるね。」
変わってる…か。陽乃さんにも言われたっけ。
「そうか…?まあ、もしも俺がバレたとしてお前が結衣や…永近を殺そうとするってんなら………。」
そこで俺は一度言葉をとめ霧島の目を真っ直ぐ見つめる。
「全力で止めるが。」
俺のその言葉に霧島は一瞬目を大きくあけ、ぷっ、と吹き出す。
「止めるって…そのもやしみたいな体で?」
そう言い、霧島はクスクスと笑いつつカウンターを後にする。俺は霧島のその態度に呆気にとられ、その背中を呆然と見つめる。
「うるせえよ…。」
俺の漏らしたその言葉はヤカンの蒸気を吹き出す音に遮られ、誰の耳に届く事もなかった。
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「サンドイッチを…食べる……んですか?」
「そう。喰種として生きる為のレッスンだよ。」
夜になり店をしまった後、俺は店長に呼ばれあんていくの2階の部屋を訪れていた。するとそこに待っていたのは、面白いものが見れると言わんばかりにニヤニヤと俺の顔を見ている霧島と、皿に盛り付けられたサンドイッチだった。なんか、霧島の顔からぜってー今から良くない事が起る気がするですけど。
「まずは見てなさい。」
「………!?」
店長は俺にそう言うとサンドイッチを口に運ぶ。そして、ひとかじりすると何度か口を動かして咀嚼し、そのまま飲み込んだ。…なんだ?普通に食べれてる?何か、仕掛けでもあるのか………?
「どうだい?」
「いや、えーっと。美味しそう…でした。」
俺がそういうと店長は満足そうに笑う。そして俺へと皿を差し出す。ええーっと、これって…。
「さ、君も食べてごらん。」
…ですよねー。俺は皿からサンドイッチをひとつ取るとそれをまじまじと観察する。特に細工がされているわけでもなさそうだ、だとしたら店長はどうやって…。そう言えば教授が喰種と人間は舌の構造が違うっていってたな…。と、いう事は舌に中身が触れないようにすれば…。
「…………。」
俺はゴクリと唾を飲み込むと、サンドイッチをひとかじりする。瞬間不快感が襲ってくるが何とか耐える。そして、店長の様にーーー店長がこうしていたかはわからないがーーー二、三度噛む真似をすると、耐えきれずサンドイッチを飲み込む。…う、きもちわりぃ。これで大丈夫だったのか?俺は口元を抑え店長と霧島の方を向く。すると二人とも驚いた表情で俺を見ていた。
「驚いたね…。比企谷君、初めてにしてはなかなかだよ。」
「そう…なんですか?」
俺は店長の言葉にサンドイッチを見つめる。なんだ、意外と簡単だったな。これならもう一口ぐらいなら…。
「もう一口食ってみなよ。」
「は………?」
その言葉に顔を上げると霧島がつまらなそうにこちらを見ていた。
「もう一口食ってみなって。」
「…別に構わんが。」
なんだよ、俺が一発でできたから悔しいのか?そんな事を考えつつ俺は再びサンドイッチを口に運ぶ。そしてサンドイッチをかじった瞬間…先程とは比べ物にならない不味さが、俺の口の中へ広がる………!
「おええぇぇぇぇぇぇえええ!!!まっず!!!なんだこれ!!!!」
不味い!とにかく不味い!レタスは青臭いし、マヨネーズなんてまるでゲロみたいな味だ!まずい、まず過ぎる!結衣の料理なんてめじゃねーぞ!
「はは、二口目は中身が詰まっているからね…、コツがいるんだよ。」
そう言い苦笑いを浮かべる店長。ならもっと早く言ってくださいよ…!俺に二口目を勧めた霧島の方を見ればそれはもう悪魔のような笑みを浮かべてケラケラと笑っていた。…コノヤロー………!絶対に許さないリストに載せてやるからな…!
「ずいまぜん…オェ……ぢょっと、ドイレ…………ウっ!」
返事を待たずに俺はトイレへと駆け込む、その後も喰種として生きる為のレッスンは続くのだった…。
というわけで、第九話でしたのですが…。
やっと、トーカと八幡を絡ませられました。
ここから二、三話はあんていくのメンバーやウタさんなどのキャラクターと絡ませる話が続くと思います。
それと、第二話の方を編集し直しまして、第二話を前編後編に分け、それぞれ第二話、第三話としました。なんかややこしいですが、ご理解をよろしくお願いいたします。
編集し直した第一話、第二話、第三話でさっそく前までとはズレができてます。八幡達が大学二年だったり、ヒデと八幡が知り合いだったり…と、ご迷惑をおかけしますが一度また確認してみてください。すみません。
では、お気に入りにしていただけてる方、評価や感想を下さった方に感謝しつつ、次話の投稿も頑張ります!これからもご愛読をよろしくお願いいたします。