「……………。」
シンと静まり返る室内。その静かな空間に俺のゴクリと唾を飲み込む音が響く。背中には冷や汗がながれ、動機は荒い。
スーハーと、深呼吸をすると、俺は緊張した面持ちで''そいつ''と向き合う。
「……………ダメだ。」
数秒''そいつ''と向き合った後、俺は''そいつ''から目を逸らし席を立とうとする。…しかし。
『はちまん』
頭に響く一人の声。………そうだ。また、あいつと過ごすために、あの空間に戻るためにはこれは欠かせないことなんだ。その為には''こいつ''から逃げるわけにはいかない。
俺はそう意を決すると、そいつを鷲掴みにし口へと運ぶ…!
「ウゥ''!………ヤベっ!………ドイレッ!」
しかし、''そいつ''のあまりの不味さに俺はトイレへと駆け込む。………やっぱ結衣の手料理より不味いわ。サンドイッチ。
「ハァ………。」
口にしたサンドイッチをひとしきり吐いた後、気分を紛らわす為、俺はベランダで夜風に当たりつつ缶コーヒーを煽っていた。
最近はこうして家でも、人間社会へ溶け込む為の特訓を行っている。しかし、道のりはやはり険しい。何度やっても今日の様に失敗して吐いてしまう。
あの夜から既に2週間が経とうとしている。俺が喰種になったと自覚してからは1週間だ。しかし俺にとってあの夜は随分と昔の事のように思える。…この1週間で色々な事があった。喰種に襲われ、雪乃に助けられ、その雪乃が喰種だったと知り、そして様々な喰種と知り合い…。
…これから、どうすればいいのだろうか。
これからどのようにして暮らしていく?家族には話すべきなのか?結衣やほかの奴らとの付き合いはどうする?食べ物の事もどうすべきか。やはり人間の肉を食べるしかないのか…。陽乃さんの事だってまだぜんぜん知らない。
解決しなければならない問題、抱える不安、知りたい事知らなければならない事、全部山積みだ。
俺はそっと左目に手を触れる。俺が喰種だというなによりの証拠。赤い左目、''陽乃さんと同じ赤い左目''。
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「…お待たせ致しました。」
俺はそう言いコーヒーを客のテーブルへ置き、一礼する。そして、カウンターへと戻ると洗い場に溜まった食器を洗い出す。
…なんで俺こんな働いてんの?
チラッと横を見ると、そこには何やら参考書を睨みつけてる霧島。…なんでお前仕事放棄して参考書睨みつけてんの?そんな事しても参考書の防御力が下がったりしないよ?
「…おい霧島、お前いい加減はた「うっさい!」………。」
霧島の吠えるの攻撃!八幡は逃げ出した!
にらみつけるとほえるだけで敵追い返すとか凶暴すぎでしょ…。あとスロット2つ何で埋まってんだよ。
俺は霧島説得する事を諦め、ハァ小さくため息をつきつつ再び食器を洗い出す。クソ、霧島め今に見てろよ…暗い夜道には気をつけろってんだ。
俺がそんな小悪党のような事を考えつつ、全ての皿が洗い終わった時、丁度カランコロンというドアベルの音と共に、ドアが開かれる。
「いらっしゃいませー。」
俺はドアの方を向き一礼する。霧島は相変わらず参考書と格闘しているままだが。…挨拶ぐらいはしろよ。
「あら?新人さん?」
「え、ああ、はい。比企谷です。」
俺がジト目で霧島を見ていると入ってきた客からそう話しかけられる。見ればそこには女の子を連れた女性が立っていた。
「笛口です。こちらはひなみ。」
「はぁ…。」
俺が笛口さんに紹介された女の子へ目を向けると、女の子はさっと笛口さんの影にかくれてしまう。…その反応は傷つくぜ…。最近はマシになってきたと思ってたが、このくらいの女の子から見るとやはり俺の目はやばいのだろうか。…いっそ常に赤くしておいたほうが…。
「ほら、ひなみも挨拶なさい。…ああ、もう。この子ったら、また人見知りして…。」
俺が被害妄想を加速させ1人落ち込んでいると、笛口さんがひなみへそう呼びかける。
どうやら俺の目が原因ではなかったらしい。いや、原因の一端ではあるかもしれないが…。笛口さんに隠れているひなみを見やると、顔を赤らめてチラチラとこちらを見ている。お、おおうふ。なんやこの可愛ええ生物は。
「よっ。」
俺がひなみへそう挨拶すると、ひなみはしばらく恥ずかしげにモジモジと身をよじらせ、上目遣いで俺を見る。
「こ、こんにちは…。」
それだけいうとひなみは、再び笛口さんの後ろへ隠れる。
やばい…これはやばい。どれくらいやばいかって言うと、戸塚に初めて会ったときくらいやばい。たった今俺の中に三人目の天使ガっ!
「い''っ?!」
俺がひなみをみて癒されていると、突然頭をゴン!と誰かに殴られる。頭をさすりつつ、後ろを見ればこちらをジト目で見ていると霧島がいた。
「なにしやがる…。」
「あんたにひなみが今にも襲われそうだったから。」
「おい、勝手に人を犯罪者にしようとするのはやめろ。お前の勝手な予想で殴られた俺の身にもなってみろ。」
「うっさい、もやし!」
ぐっ…この野郎…。これまで我慢してきたが、どうやら一度痛い目見ねーとわかんねぇようだな…。
売り言葉に買い言葉。俺が霧島にさらに言い返そうとした時、横からクスクスと笑う音が聞こえる。そちらを見ればおかしそうに俺たちを見るひなみがいた。
「ひなみ…?」
そんなひなみを訝しみ、霧島がひなみへ呼びかける。
「ごめんなさい…、二人がおかしくて………。」
そう言いひなみはまたクスクスと笑いだす。そんなひなみにあっけにとられる俺と霧島。そんな俺達に笛口さんがにこやかに笑いかける。
「仲がいいのね、二人共。」
「「それはないです。」」
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笛口さんとひなみはあの後、2階でまつ店長の元へと向かった。後から聞いた話だが、2人はここへ肉を貰いに来ているそうだ。…自分では狩る事ができないから、らしい。正直そんな喰種がいることには驚いたが、考えてみれば特別おかしな事ではない。それを不思議に思うと言うことは、俺が喰種にまだいい印象を持っていないという事なのだろう。
ちなみに霧島は既に帰宅済みである。なんでもテストが近く、帰って勉強をするそうだ。…まぁ、あの様子だと高得点を取ることは難しそうだが。
「俺もさっさと帰りたいんだけどなぁ…。」
本来であればもうすぐで店も閉店となり、俺も家に帰れる筈なのだが、今日は店長に夜の仕事も頼まれてい
る。…いや、夜の仕事って怪しい仕事じゃないからね?店長曰く、食料調達との事だ。…つまり、人肉を調達しに行くわけなのだが…、人を殺すわけではないらしい。ならどこから調達するのか、という俺の疑問に、詳しくは答えてもらえなかったが、まあ大方の予想はついている。
…しかし、人を殺すわけではないとはいえ、あまり気の進む仕事ではない。しかも、一緒にその仕事へ向かう人物というのが…。
「四方さんねぇ…。どんな人なのか。」
そう、四方さんという、全くの初対面の人物なのである。このスカウターではかればコミュ力がマイナス値ででる俺を、初対面の人物と、車で2人っきりで、遠くまで仕事に行かせるとは、店長もなかなかえげつないことをする。俺の事が嫌いなのか…、それともあえて苦境に立たせることで成長を促すなんてどこぞの戦闘民族のような思考の持ち主なのか。
…まあ、テスト勉強の為に返った霧島の代わりなのだが。…やはり霧島は俺の事が嫌いらしい、あの手この手で俺に嫌がらせしやがる。はぁ、つらぃ。りすかしょ。
しかし、そんな中で俺は四方さんに聞かなければならない事もある。思い出すのはこの前、マスクの採寸を終え、帰ろうとした俺にかけられたウタさんのあの言葉。
『陽乃ちゃんの事は、蓮示君に聞いてみてもいいかもね。』
…そう、俺は今回あわわくば四方さんに陽乃さんの事を尋ねようという腹積もりなのである。
なにか少しでも、情報を聞き出せればいいのだが…。
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「……………。」
きけねーーーーーーーーー!
仕事場へと向かう車内。その空間には重苦しく気まずい空気が流れ、とても陽乃さんのことを聞けるような雰囲気ではなかった。
そもそも、四方さんの見た目がまずごつい。この時点で話しかける事すら躊躇われる。そして俺の第六感が告げている…。この人は俺と同じ系統の人間(ぼっち)であると…!
…ただ俺と違うのは、俺が話しかけられれば一応応対をするソフトぼっちなのに対して、この人が俺とは真逆の寡黙系ぼっちだという事だ…。
この手の人に話しかけても「おう…」とか「ああ…」とかしか返してこない。そんな返事が来ても俺は「うっす…」としか返せない。俺と材木座の様な同レベル程度のソフトぼっち同士ならある程度会話は成立するのだが…。四方さんとは無理。という訳で俺は絶賛モ●ストなう。画面割れてるからすげーやりにくい…そう言えば俺モン●トのマルチ機能使ったことないんだよな…。理由は言わないが。
「…比企谷。」
「うひゃ!………はい。」
ああっ!?俺のテキ●ラが敵とダメージウォールのあいだに?!
丁度俺がテ●ーラを引っ張り標準を合わせている時だった。突如、四方さんから呼びかけられた事に俺は驚きの声をあげ、体を強ばらせてしまう。
チクショウ…やっぱ阿●羅にテ●ーラじゃむりか…。
そんな俺の様子にお構いなく四方さんは俺に話しかけてもくる。
「…お前、肉食ってないだろ。」
「………ええ、まだ。」
四方さんのその質問に俺は苦しげに返事をする。肉とは言わずもがな人間の肉の事だ。
…そう、俺はまだ一度も人間の肉を口にしていない。いつかは食べなければならないのは分かっているのだが、なかなかその踏ん切りがつかずにいた。肉を食べていない今は店長が作ってくれた特製の角砂糖を腹の足しにしている。
…仕方が無いだろう、いくら頭でわかっていても、やはり俺の中にある人間性が人肉を口にする事を頑なに拒んでいるのだから。
「…肉を食べきれない気持ちはわかるが…そんな事ではいざという時体が動かない。………いつまでも雪乃に守ってもらうつもりはないのだろう。」
「………そんなの……………当然っすよ。」
「なら食え。陽乃の事を知りたいのなら、お前はもっと喰種に近づかなければならない。」
その言葉に俺はハッと顔をあげる。まさか、四方さんの方から陽乃さんの名が出てくるとは…。
「…まだ、なにを聞いても、答えてはくれないんですね。」
「……………。」
この沈黙は肯定とみていいだろう。この会話を最後に俺達は仕事場へと着くまで話すことはなかった。
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「…少し止めるぞ。」
俺達が仕事を終えあんていくへと戻る道すがら、四方さんがそういい車を停める。…ちなみに仕事はやはりというか、自殺した死体から食べられる肉を調達すると言う内容だった。…相手が死んでるとはいえ、人間の肉を解体する事は気分のいいものではなかったが、俺も四方さんを手伝い解体作業を行った。
…まあ、途中2、3度吐いてしまったがな。…いや腹切った時とかやばかったぞ、まじ三号機を襲う初号機になった気分。俺の頭の中の何かがダミープログラム止めようとしてた。ちなみに俺は3度目吐いたのを最後に活動を停止した。
「………うっす…。」
俺はまだ何かが出てきそうな口元を抑えつつ、車から降りて歩いていく四方さんの背中を見送る。なんだろうか、たっションか?…そう言えば前小学校の帰り道に耐えきれなくてたっションした事あったっけ…しかも、それ誰かに見られてて次の朝学校いったらあだ名がたっションになっていた。…身もふたもねーよな。せめてもっとオブラートに包んで欲しかったぜ…と、俺が自分で地雷回収をしていると四方さんは立ち止まる。
なんだ…?誰かと話している様だが…相手は誰だ?
暫くすると四方さんはその相手を連れて車へと戻って来る。近くに来てようやく分かったが、その相手は笛口さんだった。
「…あら、この前の新人さん。………たしかヒキタニ君だったかしら?」
「どうも、比企谷です。」
…ちょっとまて、なんで俺の名前の感じみたことないのにその呼び方になるんだよ。…意外と普及してんの?ヒキタニ。
「え、ああ!ごめんなさいね…。私とした事が…。」
笛口さんがそう謝ると、車内に重たい空気が流れる。…僕もうやだ、お家に帰りたい!
「…笛口さん、もう狩りをするのはやめた方がいい。」
「……………。」
そしてそんな沈黙を破ったのは意外にも四方さんだった。…しかし空気は改善されてない、笛口さんめっちゃうつむいてるし、むしろ悪くなってるぞ………。
「白鳩がうちに来たのはリゼのせいなどではない。…あなただ。」
…俺はその四方さんの言葉を上手く理解することができなかったが、たった一つだけ確実に言える事がある。
車内の空気おもい…。
…なんか四方さんこんなに話す人だっけ…?
というわけで第十一話でした!
そしてそして、お気に入り140突破!ありがとうございます!
今回はあとがき短いですね。笑
これからも御愛読を宜しくお願いします!