「星漿体の御方々が殺されておるらしい」
「五条家の坊も行方が知れぬ」
「残るは●●。平民あがりの星漿体しかおらん」
「あの娘は貴族にでもなったつもりか、忌子を飼う不埒者。天元様との同化を許してよいものだろうか」
「とは言え、星漿体としての純度は一番高い。だから五条家も早々に囲っておいたのだろうからな」
下らんな。
女物の羽織に腕を通した男児は、己が過ごしてきた屋敷に忍び込んでいた。
忍び込む、というのは居住していたにしては不躾な物言いだが、彼が母屋に足を踏み入れたのは今日がはじめて。今までは離れに隔離され、結界に阻まれ外に出ることも許されなかった。
だが、今の彼にとっては児戯に等しい結界術。
いつまでも子飼いでいるつもりなどなく、抜け出すために日々呪術、結界術を独学で学び続けた結果、今では容易に結界を破壊、再生成するに至る。
母屋への侵入など訳もなく、天井裏から覗き見る諸々の事情を察し、下らないの一言をこぼしていた。
あの女が何も言わなかったこともだが、現状を解せず自らに呪いが降りかかることに考えが至っていない阿呆共に呆れて哀れみすらも感じない。
現状、何者かが裏で糸を引いていることは確実。
天元とやらが事の中心であること。
事を起こしている何者かは証拠を残すことなく事態を動かせるほど頭が回ること。
たったこれだけでも、自分たちが災禍の只中にいると思わんのか。
おそらく、事件の顛末はもう一幕ある。
それも、大災厄と呼ぶに値するほどの何か。
今はまだ、火種を蒔いた段階。気づいた頃には数多の命が刈り取られていよう。
「捌」
男児の触れていた天井が粉微塵に裂かれ、落ちる。
物音に気付いた者たちは依然、自分たちが不幸に見舞われるなどと露と思っていない顔をしていた。
「解」
男児の手から見えない何かが飛び、それなりに身分の高かったであろう男たちの体が両断された。
「曲者じゃあ!!」
叫ぶ声へ応えるように手練れであろう者たちが続々と現れる。
最初、ただの侵入者だと思って駆け付けた彼らだったが、現状を見て警戒心を最高潮まで引き上げる。
多量の血飛沫、抵抗の後すらなく斬殺された複数の男たち、砕かれた天井。
その中心には四つの眼に四つの腕を生やした男児。
「子飼いの忌子風情がっ!」
布で隠した顔からも滲み出る侮蔑の気配。
隠密行動を主としているのか、顔を出すことを憚られる役職なのか、どちらにしても感情を表に出す時点で程度が知れている。
「クックッ、口で下す暇があるならとっとと掛かってきたらどうだ」
男児は思わず笑いをこぼす。
憎しみ蔑みに恨み僻みで返す。
その行いがあまりに心地よく、腹の口から笑みが出る。
「さぁ呪い合いと行こうじゃないか!」
それは一方的な暴力だった。
齢十の男児ひとりに誰一人としてかすり傷一つすら付けることができず、ただ細切れにされていく。
嵐が過ぎ去った後のような惨劇。
ただひとりの生存者にして嵐の中心。
異形の男児は屋敷を後にしていた。
地面に残る呪力の残り香。残穢と呼ばれる足跡を追う。
あの女のものではない。護衛に付いていた男のものだ。
わざとらしいほど濃く残っていた。
「俺を誘ったな?」
「誘いに乗ってくれるとは思わなかったよ」
護衛の男はひとりだった。
女はもういない。
おそらくは天元の下にいる。
「私の生得術式は無下限呪術。だが、六眼には恵まれなかった。だからだろうな、安心していた。彼女が天元様と同化することはないと」
男が見つめる先に女はいる。
「それで?」
男児は男の思いを察している。
そのうえで、問う。
「思いがあるのなら動けばよかっただろう。他者に決断を委ね、あまつさえ今は護衛の任のため俺の前に立ち塞がる」
怒りと呆れが混じりあう。
「身の程を知っているのなら素直に不幸を噛み締めておればよいものを」
「それでもなお、一縷の望みに縋るのが人間だ」
呪力の起こり。
印を結ぶ指。
何かしらの術を行使しようとする男をなますに切り落とす。
「つまらん道理に付き合うつもりはない」
男児は男の見つめていた先に歩を進める。
そこには何もない。
何もないと錯覚させる結界がある。
天元とやらの結界が生い茂る森全体を囲って見えなくしているのだろう。
そこいらの呪術師が張った結界であれば有って無いようなものだが、この結界は次元が違った。正攻法で打破できる壁ではない。
ならば、と印を結ぶ。
中指と薬指のみを伸ばした両手を使い表すは閻魔天印。
「領域展開」
山一つと言ってよい規模の森林を覆い囲む結界。
内部に留まるすべての存在に必中の斬撃が襲いかかる。
たとえそれが高精度の結界の外殻であっても構わず切り刻む。
「そこまでにしてくれぬか」
絶え間ない斬撃の嵐の中、ぽっかりと空いた間がある。
それは動き、近づいてくる。
姿を正しく認識できるほどに近づいたそれは女の姿をしていた。
色の薄い長い髪をたなびかせた女は今なお続く斬撃の中、悠然と歩み寄る。
「貴様が天元か」
目当ての存在を認識し、斬撃を止める。
「そうだ。はじめまして、でよいよな。両面宿儺」
「……そう呼ぶのか」
「ふむ。ではなんと呼べば?」
「いや、名などどうでもよい。星漿体との同化とやらは済んだのか」
「つい先ほどな」
男児はしばし黙ると踵を返して去って行こうとする。
天元はその背に問いかける。
「この女を取り戻したかったのか?」
胸に手を当て、もうこの世にはいない者のことを指す。
「わからん。だが……」
もしも天元との同化前に到着していたならば、これから先の生き方を左右していたかもしれない。
「もうどうでもよい」
これより先、男児はありとあらゆる怨嗟に対し、呪詛を返して廻る。
人々はその姿を見て、呪いの王両面宿儺と畏敬を込めて呼んだと言う。