堕ちたる星   作:なばかりのはばかり

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「張った張った!」

 

 夜の寺は活気で満ちていた。

 脛に傷のある男たちが多くを占める賭場。

 蝋燭の火に煽られる顔たちは興奮し、獰猛に開かれた目を輝かせている。

 

「丁か! 半か!」

 

 小さな壺笊の内に男たちの運命を二分する目が収まっている。

 

「丁! 丁だ!」

 

 熱気に浮かされる男たちの中、一際大きな声で叫ぶ流浪人がひとり。

 周囲の男たちよりも一回り大きな体に太々しい眉、豪快に笑う大きな口、一目で只者ではないと思わせる異様な雰囲気を持つこの男、生来の名を捨て、賭け事に狂ううちに丁の目に賭ける丁助と名乗る。

 

「一六の半」

「あっ――! また負けたぁ!!」

 

 名を丁助、職はなし、今宵もまた、負け戦。

 

「丁さん丁さん。あんたもうすかんぴんだろ。ここらでどうだい、一仕事」

 

 賭場を仕切るは阿漕な野郎ども。

 金のためなら殺しも厭わない世間の嫌われ者たち。

 だからこそ集まる仕事もある。

 

「山一つ越えた先に両面宿儺と呼ばれる豪族がいる。どうにもとんでもねぇ強さでその地位を得たようなんだが、それを面白く思わねぇ連中がごまんといるってわけでね」

「要は、そいつの首を取ってくればいいんだな?」

「話が早くて助かるよ。褒美は期待してくれていい。ただ、首と引き換えだってことだけは覚えておいてくれ。川に沈んだとか火の中に残してきただとかは御法度だ」

「わぁたよ」

 

 賭けに負けた腹いせにあおる酒を買う金すらない丁助は二つ返事で事を引き受ける。

 善は急げと言うが、たとえそれが人殺しであっても当人にとっては金を得るための善い行いなれば急がねばなるまい。

 早速、山を越えて両面宿儺のいる村を目指す。

 月の光が届かない山道であろうとも、丁助にとっては然したる問題ではなかった。生来の体質か夜目が効く。夜通し歩いても疲れを知らない。村の連中は狩りに出ろと言うが、彼はそのような退屈な作業はしたくないのだ。

 一気に儲けて一気に使う。

 ただその時の熱に浮かされて生きるのが楽しくて仕方がないのだ。

 

「あんたが両面宿儺かい?」

 

 山を越え、村に着き、目的の奴さんを探し出した頃にはお天道様が真上に来ていた。

 

「ちょいと面を貸してもらおうか、片面じゃなくて両面な」

 

 目の前の男は化け物と呼んで然るべき成りをしていた。

 四つの目に四つの腕、はだけた腹には異形の口。身の丈も大きく、大の男二人分はあろう威圧感だ。

 四つもある目のうち二つだけが丁助を捉える。

 蠅でも払うかのように不可視の斬撃を浴びせようとした瞬間であった。

 

「領域展開」

 

 丁助の呪力の起こりを感じた時にはすでに領域の展開が済んでいた。

 無害、故に両面宿儺が反応できないほどの展開速度。

 

「坐殺博徒」

 

 両面宿儺の脳内に情報が溢れ出す。

 

 

 一つ、丁半博打を行う。

 二つ、宣言が早い方の申告が優先される。

 三つ、敗者の呪力は没収され、勝者に付与される。

 

 

「丁!」

 

 術式の利は当然、術者である丁助にある。

 両面宿儺が脳内の情報に気を取られていた一瞬で、賭けの宣言を済ませている。

 自動的に両面宿儺の賭け目は半となり、賽子が降られる。

 壺振りはいない。

 領域の象徴として現出した巨大な壺笊が独りでに動き出し、賽子を振る。

 

 壺笊が開かれ、賽子が露わになると同時、両者の脳内に賽子の目が浮かぶ。

 

「ぴんぞろの丁!」

 

 丁助の叫び声に合わせ、両面宿儺の呪力が涸れ果てる。

 展開されていた領域も消失し、残るは漲る呪力に包まれた丁助と呪力を失った両面宿儺。

 両者、顔には笑みを浮かべていた。

 

「とんでもねぇ呪力量だな。今にも体が呪力で吹っ飛んじまいそうだ」

「面白い術式だ」

 

 呪力を失い、呪術を行使することも不可能となった両面宿儺。

 だが、その身からは活力があふれていた。

 

 産まれてはじめて裸になった気分だ。元来の肉体だけでも常人を上回る力量を誇ると自負はある。だが、一滴たりとも呪力練れないという未知。呪力を用いた肉体の強化も、傷ついた肉体の修復も不可。

 味わったことのない緊張感が両面宿儺を興奮させる。

 

「今日はツキが回ってきてるみてぇだ。一気に片を付けさせてもらうぜ!」

 

 溢れる呪力を惜しみなく使う。

 一歩踏み出すだけでも地を踏み貫く勢いの脚。

 一手振るうだけでも空を切る腕。

 あまりにも余りある膂力に肉体が耐え切れず、自らの肉体を破壊してしまう。

 だが、莫大な呪力が逃げ道を見つけたかのように肉体を勝手に修復していく。

 

「人の呪力を湯水のように使いおって」

「今は俺のだ!」

 

 交差さる呪力の塊と異形なれど裸の肉体。

 普段と勝手が違う肉体に狼狽することもなく両面宿儺は丁助の攻撃を捌いていく。

 

「いくら呪力で強化していようと当たらねば意味がない」

 

 右の両手で丁助の手足を掴むと振り回し、地面へと叩きつける。

 されど、丁助の身を包む膨大な呪力が威力を殺してしまう。

 

「当たるまでやってやるさ」

 

 意気込んだは良いものの、両面宿儺の手を振り解いた時には呪力の返還が起こってしまう。

 

「いつもより早いじゃないか」

 

 思わず零れた疑問。

 術者である丁助が思い至るのは、術式の性質。

 領域展開によって焼き切れた術式が回復すると術式効果が失われる。というもの。もしや、両面宿儺の呪力量が多すぎるが故に発生した肉体の回復。それと同じく術式を司るどこかが勝手に修復された?

 

「だったらもう一度だ!」

 

 展開される領域。

 今度は反応できたはずの両面宿儺であったが、敢えて領域効果を食らう。

 

「半だ」

 

 丁助が宣言するよりも早く、両面宿儺が呟く。

 

「どのみち俺は丁に賭けてたぜ」

 

 壺笊が開く。

 

「しそうの半……」

 

 丁助がこぼす通り、賽子は四と三。

 両面宿儺にとっては微々たる取り分である丁助の呪力が移る。

 

「よもや、これで仕舞ではあるまいな?」

 

 両面宿儺の問いかけに対し、丁助は答えられない。

 普段であれば呪力を失ったとて切り抜けられる。

 だが、あの呪力を一度味わってしまった後では手も足も出ないと確信してしまう。

 闘う気力を失った丁助を見るや両面宿儺は落胆の息を漏らした。

 

「つまらんな」

 

 不可視の斬撃をもって胴を両断。

 上下二つに分かれた死体を見下して言う。

 

「半端者が」

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