ストリップ・リデンプション - 憎しみを脱ぎ捨てて   作:添牙いろは

3 / 8
悪の巣窟(ハーレム)

 さて、ライブも無事に終わり、楓たちは控室へと戻っている。カリンは由伸とともにフロア側からライブを観ていたようだ。

「皆さん、とっても可愛かったですよ!」

 目を輝かせながら送るその賞賛の声には、感動と興奮が入り混じっていて、すっかり自分の立場を忘れているようだった。その無邪気さに、楓は心の中で少しむくれる。――いやいや、私はアンタに巻き込まれて、ライブハウスに引き戻されてるんだけど? 本来の目的、忘れてないよね――できることなら、一言釘を刺しておきたい。

 一方の由伸はというと、やや感慨深げな表情を浮かべていた。

「いつもの一枚ずつ落としていく色香も美しかったが、最初から全開で飛ばす艶も、なかなかのものだったよ」

 その言葉に、楓は少し戸惑いながらも、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。今日の趣向には思うところもあったが、由伸がそう言ってくれるのなら――脱いだ甲斐があったかもしれない。

 そうして楓は、ふと控室に視線を巡らせる。まだミハルは戻っていないようだ。これでは、話を始めようもない。

「おねーさんはこっちで作業してるからー」

 軽くシャツだけ羽織った春萌はヘッドホンを装着し、またもや作業へと戻っていく。同人誌の入稿に向けてのラストスパートらしい。他人事ながら、通常料金に間に合ってくれと、楓は元・貧困女子として祈るような気持ちで見守っていた。

 舞はというと、相変わらずジャージ姿で、何を考えているのかわからないまま、ただぼーっと座っている。楓としては、すべてのプログラムを終えたホールから帰路に就きつつあるファンたちに、いまの呆けた姿を見せてやりたい。ただ、舞自身に帰る素振りもなく、この場にとどまっているあたり、カリンが話したい人物のひとりなのかも、と楓は推測する。とはいえ、自分で確認するつもりは毛頭ないが。

 そんな中、きの子はいまもカーディガンで胸元だけは隠している。足のほうは、長さが短くやや危うい。

「コースケくんから指示は受けてます。この件には、パラノイアとして全面的に協力するように、と」

  輝山(きやま) 工佑(こうすけ)――パラノイアの代表である。きの子は、実質ナンバー2の立場にあるらしい。

「ありがとうございます」

 と、カリンは額面通りの礼を述べたところで。

「少なくとも、きの子さんにはここで待機していてもらおうかと。輝山さんとの橋渡しは必要ですし」

 言われたほうは、当然のように受け止めている。だが、もうひとりは恐々とした面持ちで聞き耳を立てているようだ。なので、カリンはその不安を早めに解消しておく。

「春萌さんも……原稿がお忙しいでしょうし」

 これには本人だけでなく、何故か楓もほっとする。ここで余計な仕事を押し付けられたら、確実に追加料金コースだろう。

「そんなわけで、他の方々については……お願いしたいことがありまして」

「というか、もうしてるのでしょう? 部長さんから、自分の留守の間の段取りについて連絡来てましたよ」

「はい♡」

 部長さん、というのは、パラノイアのメンバーのひとりである。つまり、カリンの指示によってすでに動いているようだ。

「そもそも、宇宙人だの地底人だの、胡散臭いことこのうえないんですけど」

 きの子は面倒臭そうに付け加えるが――秘密結社とか呼ばれてるお前らも、だいぶ胡散臭いけどね――楓は冷めた目を向けていた。

「ところでさっき、人類が滅亡する、とか言ってなかったっけ?」

 楓は吐き捨てるように、胡散臭さを加速させる。露骨な煽り口調だったが、カリンはまるで気にする様子もなく、にこやかにうなずいた。

「そうだね」

 即答されたことで、逆に楓の方が戸惑ってしまう。すると、由伸が少しだけ含み笑いを交えた声で言葉を添えた。

「キミたちは『愛』を研究していたそうだが、地球のどんな教科書を使っているのか、ちょっと興味あるね」

 それは皮肉とも冗談ともつかない口調だったが、由伸が言うと、なぜか本気にも聞こえてしまう。ある意味で“厄介”な人だと、楓は顔をしかめた。

 しかし、それに対してもカリンは、こちらもさらりと受け止める。

「それはもちろん、地球人そのものだよ」

 ここまでくると、どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、楓にはまったくわからなくなってきた。もしかすると――星見野の倉のあたりから、すべて夢だったんじゃないかとすら思えてくる。キスに緊張しすぎて気を失ったとかで。

 そんな中、カリンが平然とした口調で続ける。

「まあ、“愛”というか……“性欲”ともいえるけどねー」

「それってむしろ“下心”では?」

 楓が鋭く突っ込むと、カリンはまたもや曖昧に笑う。

「その境界をはっきりと切り分けるのは、現時点では難しくて」

 そして、さらなる説明を重ねる。

「ひとまず、現時点では……地球人のいうところの、各々の性ホルモンを起点とした利他的な行動を、“愛”と呼ばせてもらってる……って感じ、かな」

 控えめな素振りで、なんか小難しいこと言い出した――! その説明に、楓は内心で呻く。結局のところ――楓には“主語の大きい話”は興味が持てない。人類の未来がどうこうとか、地球の愛の定義とか、そんなことよりも――いまは春萌が割り増し前に間に合うかどうかのほうが、よっぽど心配だ。

「で、私にできることって、何かあるの?」

 楓が静かに問いかけると、カリンは穏やかな笑みを浮かべたまま、なだめるように答える。

「そう結論を急がずに。楓さんは、ずっと“愛”を表現してきたんだよ」

「はぁ……」

 楓は、小さくため息をつく。カリンは、楓が“主語の大きな話題”に関心が薄いのは承知していた。なので、いま話した概念についても理解してもらっていないのだろう。それでも、あえて話を続ける。

「カリンが使者として選ばれたのは……お兄ちゃんの影響が大きいみたいだね」

 これには由伸が肩をすくめて苦笑いを浮かべる。

「まいったな。そんな重大な役割に俺が選ばれるなんて……世界の終わりにしてはシャレが効いている」

 その言葉の調子は軽妙だったが、どこまで本気なのか、相変わらず読み取れない。だが、楓もリニアで何時間もかかる距離を一瞬でつぶす宇宙テクノロジーを目の当たりにした以上、完全に冗談として切り捨てることもできない。

 とはいえ、やはり主語は大きすぎるし、語られる概念は抽象的でぼやけている。楓は、まともに取り合うにはちょっと疲れるな、と思いながら、ひとまず静観を決め込むことにした。あとで由伸にでも相談すればいい――そう考えて、責任の一端を他人に預ける。

「人の愛は、裸によって紡がれる……我々はそこに注目してね」

 カリンがそう言ったとき、楓の表情にわずかに陰りが差す。――それってぶっちゃけ、性行為のことを言ってるの? もしそうだとすれば、由伸のヌード写真が選ばれた理由も、そこにあるのだろうか。彼の作品を、下世話なポルノとして扱われることには、少なからず納得できない。

「カリンは三歳の頃、地球外の生命体によって拐われたんだけど……その際、失踪届は出されなかったみたいだね」

 カリンが思い出したようにしみじみと語る。

「父親ってのは得てして、娘にだけは甘いもんでね。ずっと“生きてる”と言い張ってたよ」

 これまで見てきた頼十郎から想像できない由伸の言葉に、楓は少し驚いた。そして、記憶の操作は最小限にとどめたいと、以前カリンが言っていたのを思い出す。戸籍が残っているのであれば、あとは由伸の記憶だけ細工しておけば、それで済むというわけだ。

「そんな中、ストリップ・アイドル・ユニットという存在に注目して、早速コンタクトを取ろうとしてたんだけど……」

 性行為やら下心やらを“愛”の一部と捉えていたのなら、他の風俗店もいくらでもあるだろうに――と楓はジトっと考えていたが――そういえば、ライブハウスがまだストリップ・ライブを始める前、カリンもソープには否定的だった。やはり、裸を彩り、拍手喝采を送る“ストリップ・ライブ”にこそ可能性を見出していたのかもしれない。

 だが。

「――カリンが地球に到着して、地球の生活に馴染んだ頃には、すっかり変わり果てちゃってて」

 その言葉に、きの子が口を挟む。

「TRKのことを言っているなら――」

 ここまで、楓は話の大半を聞き流していた。だが、その単語には素早く反応する。TRK26――かつて新歌舞伎町で一世を風靡した伝説のストリップ・アイドル・ユニット。ロクでもない政治勢力に睨まれ、強制的に解散させられたが、彼女たちのパフォーマンスは本物だった。楓がダンサーからストリップ・アイドルへと転身することを決めたのも、TRK26がきっかけである。

 けど――まさか、宇宙人まで注目してたなんて。ここまでくると、さすがにできすぎだ。

 楓は笑い話のように受け止めていたが、他の関係者たちは真面目に議論している。

「活動期間、一年にも満たなかったですからね」

 きの子もTRKについてはよく知っているようだ。

「カリンが加入したときには、なんかもう、調査内容とは全然別物で……」

 TRKがノクターンと同じストリップだなんて思いたくはない。カリンと共に当時から在籍していた楓は、その惨状をよく知っている。共通しているのは『ストリップ』というただ一点だけ。歌うことはなく、妙な小芝居をも打っていた。あげくには、裏では集めた踊り娘たちをソープへ売り捌こうとしていたほどである。

「……アレのどこが“愛”よ」

 楓は、ため息に嫌悪を乗せて吐き出す。ともかく、本家はあんな体たらくではないのだろう。

「で、そのTRKが人類を救ってくれるの?」

 相変わらず短絡的な楓の問いに、カリンは穏やかな口調で返す。

「その一端に絡んでいる可能性はあるね」

 皮肉を込めた疑問に対して、壮大過ぎる肯定――楓の興味は一気に失速する。――ああ、これはあんまり関わりなさそうだな。再び湧きかけた興味は、ひゅるりと冷めていく。

「我々が興味を持っていたのは、むしろ、“ハシム教授”の研究だったんだけど」

 カリンがそう切り出すと、楓は首を傾げて聞き返した。

「裸じゃなくて?」

「それは、カリンが独自に注目してたことなの」

 あっさりとした返答に、楓はかえって混乱して眉をひそめる。いったいその教授は何を研究していたというのか。

 そのとき――コンコン、と聞きなじみのあるノックが響く。

「お疲れ様ですぅー。いやぁ、ハロクドさんがいてくれて助かったよぉ」

 控室の扉が開き、ミハルが戻ってきた。傍らには美春もついている。額には赤みが残り、肋骨のヒビと肩の脱臼も、応急的とはいえ適切に処置されているようだ。患部は固定され、肩には簡易のスリングがかかっている。鎮痛剤でも投与されたのか、表情も落ち着いていた。ハロクドはいないので、パーティー会場のほうに行っているのかもしれない。少なくとも、ミハルにはライブハウスに戻ってくるだけの理由があった。

「部屋の前で、ちょっと聞こえちゃったんだけどぉ……“ホーニィ・クレイブ”の話、してたぁ?」

「なにそれ」

 さっきも聞いたような気がするけど――どうやら無視もできないようなので、楓はミハルに改めて問う。

「性欲誘発剤……わかりやすく言えば、“媚薬”かねぇ」

「その話、 kwsk(くわしく)!」

 ミハルの言葉に、春萌がガバッとヘッドホンを外して身を乗り出してきた。エロ漫画描きって、そういう単語には食いつくんだなぁ、と楓は内心で呆れながらも、目を伏せる。

 春萌の割り込みを受けても、カリンの顔つきは変わっていない。が、その目からは感情が消えている。

「わりと、笑えない薬物だよ」

 これにミハルも続く。

「依存性も強いしなぁ」

「ひぇ……っ」

 ふたりからやんわりとたしなめられると、春萌は青ざめた顔で、そそくさとヘッドホンを着け直す。ただし、完全に興味を失ったわけではなさそうで、密かにまだこちらに注意を向けているようだ。たしかに漫画かドラマのような話であり、春萌でなくとも、興味を持つ人は少なからずいるかもしれない。

「……で、それって、どの程度の効果があるんです?」

 楓が問いかけると、美春ははっきりと口にした。

「それは、私がこの身で体験済みよ」

「えーと……」

 美春とミハル――こちらの“みはる”は何と呼べばいいのか迷う楓に対し、彼女は落ち着いたまま静かに名乗る。

「コサカ」

 ミハルが一瞬だけ、心配そうな顔で美春を見つめる。おそらく、それが彼女の本名なのだろう。

「楓さん、私の代わりにステージに出てくれたのでしょう? ありがとう」

 そう言いながら、コサカはミハルと共に椅子に腰を下ろした。そして、ミハルに向けて軽く頭を下げる。

「それと……勝手に源氏名に使ってしまって、ごめんなさい。深い意味はなかったのだけど」

「いいよいいよぉ、そもそもその“読み方”だって、仮名みたいなもんだしねぇ」

 また偽名かよ――この街は本名で暮らせないのか、と楓は少しだけ疲れた気持ちになる。そんな様子を察してか、ミハルは彼女たちの事情を説明することにした。

「そもそも、私たち地下研究所の研究員に名前はないしぃ」

「はぁ?」

 さすがにそれには驚いた。

「研究員番号386……それじゃ呼びにくいから、ミハル、って呼んでるだけよぉ」

「名前が、ない……?」

 つまり、ハロクドも――860――とかなのかもしれない。どうりで不自然な芸名だと楓はいまさらながら納得した。

「んー。物心つく前から研究生として研修機関に入っとってぇ、その後もずっと研究だしぃ。むしろ、名前とか必要ない、というかぁ?」

 軽く言ってのけるミハルに、楓は寒気にも似た感覚に襲われる。――それって、完全に軟禁状態じゃない――? だが、彼女たち研究員は『選ばれた人材』であり、その素質は研究に対する没頭具合も審査基準となる。研究の息抜きのひとつに“また別の研究”を挙げるようなミハルやハロクドにとって――それが苦にならないのも、研究員としての条件だった。

「けどぉ……そんな環境だったからぁ、我ながら何かと世間知らずなところがあってねぇ」

 ミハルは、どこか申し訳なさそうに肩をすくめると、コサカもまた苦笑する。

「そうね。職場でも明らかに挙動不審で……どこの田舎から出てきたのかと思ったけど、まさか、地下からだったとはね」

 やはり、ふたりは地上で同じ仕事に就いていたらしい。おそらく、事務の。

「だってねぇ、あんなごちゃごちゃしたところで研究……じゃなくて、お仕事してるなんて、もう、これが地上なんだーって張り切っちゃったんよぉ」

 まるで田舎娘の上京談のようだが、地下研究所育ちのミハルにとって、それは紛れもない現実だったのだろう。ふたりのやり取りには、まさに職場の先輩後輩のような日常的な空気が漂っていた。だからこそ――

「……けどぉ、“ホニクレ”の件は、本当に申し訳なくてぇ」

 とミハルがしゅんとした様子で頭を下げるので、それをコサカが慰める。

「ミハルが作ったわけじゃないでしょ」

「でもぉ……私たちの研究所、地上にどんな影響を与えるかとか考えずに、とにかく知的好奇心だけで研究を進めちゃうとこがあってぇ……」

「こわっ」

 楓は素直に声を漏らした。その場にいた誰よりも率直な反応だったかもしれない。

「で、そのクスリのせいでさっきみたいな……」

 楓が話を向けると、コサカは冷静に返す。

「勘違いしないで。薬は抜けたわ」

 だが、それをミハルが諌める。

「抜けてはないよぉ。あくまで、相殺してるだけでぇ」

「ど、どういうことなんですか……?」

 混乱する楓に、ミハルがゆっくりと説明を始める。

「コサカさんはなぁ、“ホーニィ・クレイブ”を盛られた影響でぇ……」

「本気で、恋をしたわ」

 その言葉は静かだったが、場の空気を一変させる。春萌が、さりげなく片耳のヘッドホンをずらしていた。意識が明らかにこちらに集中している。

「けれど、相手は既婚者だったから」

 その言葉に込められた何とも言えない緊張感に、楓は身を震わせる。少なからず、きな臭い話になってきた。

「妊娠証明と離婚届、それに婚姻届を揃えて突きつけて」

 ――いや、いやいや、それはもうヤバい! 楓の心臓は鼓動が乱れ、喉に息苦しさが込み上げてくる。

「拒まれたから、刺したの。包丁で」

 その言葉が放たれた瞬間、部屋の空気が凍りついた。春萌のヘッドホンが、そっと元の位置に戻される。正直、楓ももうこれ以上聞きたくない。

「でも、コサカさんを責めないでくださいねぇ。ホニクレを盛ったのは、相手の既婚者さんのほうなんですよぉ」

「さすがに一回じゃ中毒にはならないわ。その後も不倫を重ねたのは、私の落ち度よ」

 ミハルはかばうが、コサカにも自責の念はあるらしい。そんな怨念じみたコイバナを聞かされて――楓はついため息をつく。結局のところ――ロクでもない男に入れ込むのは、その頃から変わっていない、ということか。

 それにしても、刺したともなると、相当な罪状のはず。ひょっとして、コサカは――ずいぶん長い間、塀の中にいたんじゃ? 楓がそんな疑問を抱くと、ミハルがぴたりと補足する。

「あ、執行猶予ついたんですよぉ」

「殺人未遂で、ですか?」

 きの子が疑わしそうに眉をひそめる。楓は刑法に詳しくないが、どうやら不自然な判決のようだ。

「いえ、あくまで傷害罪ですってぇ。部長さん……ああ、相手の方ですけどね。他の会社の重役とも絡んで、そのぉ……」

「輪姦」

 臆することなく口にしたのは、コサカ自身だった。彼女の声音には、痛みも怒りもない。ただ、事実だけを述べるかのように、不自然なまでに凪いでいる。

「私はあの男の言うことなら、すべて信じて、何でも聞いたわ。……愛していたから」

 その言葉が、ズシリと重く胸に刺さる。――そんな形でも、愛だと言えるのだろうか。楓はコサカの横顔をじっと見つめていたが、その思いを言葉にできない。

 カリンの言う“愛の境界は曖昧”という言葉が、ようやく楓の中で腑に落ちた気がする。自分の中で整理のつかない感情――自分の由伸へ抱いている想いも、コサカの無惨な隷属も、ひとくくりに”愛”と呼んでいいのだろうかと、少し迷いが生じていた。けれどいまは、その曖昧さこそが、まさに愛の本質なのかもしれない、と感じ始めている。たしかに、どこからどこまでを愛と呼ぶかは、とても難しい。それは、形にもルールにもはまらない感情なのだ。

「事情が複雑だったし、被害届を出さなかったこともあってねぇ」

 ミハルがそう補足すると、コサカはふっと笑った。

「ちなみに、あの男は“ストーカー女に刺されただけ”ってことになって、むしろ夫婦の絆を強めたようよ。フフフ……ハハハハハ……ッ!!」

 笑いながら、コサカはボロボロと涙を流す。その姿に、さすがの楓も何も言えない。

 そんなコサカに、舞は無表情なまま親指を立てる。

「とりあえず――」

 だが、そこに慰めるような意味はない。

「――地獄に堕としとく?」

 舞の指先が水平に首を掻き切る。そこにはたしかな怒気がにじんでいた。そんな怖い激励に、コサカは乾いた笑いで返す。その瞳に力はない。

「少なくとも、執行猶予中はやめてくれる? 真っ先に私に疑いがかかるから」

 それでも、その表情は少しだけ安らかに見える。舞の言葉は、彼女の傷を少しは和らげたのかもしれない。

「本当にもう、思い出したくないの。あんな男のことは。あとは、静かに暮らしたいだけ」

 それは、ただの失恋ではない。人を刺した記憶であり、心の深いところに刻まれた傷跡だった。だが、楓は知っている。コサカが次に関わった相手は、よりにもよって、違法売春組織の関係者だった。ゆえに、楓は思わざるを得ない――この人はもう、男とは関わらないほうがいいんじゃ。もしかすると、ストリップ・アイドルという“触れ合わずに距離を保つ”関係性こそ、コサカにとって最適な居場所なのかもしれない。

「ということで、地球でもそのような強い薬を作れるとご理解いただけたところで」

 不意に、カリンが話を引き戻した。

「我々が興味を持ったのは、そのホニクレという媚薬に関してで、その研究に協力していたつもりだったんだけど」

「地底人と、宇宙人が?」

 あまりにも唐突すぎる組み合わせに楓は素でツッコミを入れると、ミハルは少しだけ誤解を解く。

「地底人ーというよりぃ、ただ研究所が地下にある、ってだけなんだけどぉ」

 楓にとってはどうでもいい。とにかく、カリンたち宇宙人は地下研究所の研究員とやり取りをしていたようだが。

「けどある日、“ハシム教授”とぱったり連絡がつかなくなっちゃって」

 その名はさっきも聞いたような気がする。たしか、宇宙人が興味を持っていたとか何とかで。おそらく、地下研究所の研究員のひとりなのだろう。

「宇宙人なのに?」

 地球人に逃げられた? 楓の問いかけに、カリンは嬉々とした表情で返す。

「いや~、ハシム教授はすごいよ~。我々に匹敵する技術を身に着けちゃった、というか!」

 喜んでる場合じゃないでしょ! その能天気な様子は、あまりにも危うい。だがミハルもその称賛に加わり始める。

「うんうん、一昨年あたりからホムンクルスの完成とかぁ、人工子宮の確立とかぁ……」

「外部電脳を用いた複数個体の連動とか、我々の技術の応用ですもん!」

「すごいよねぇ。いきなりすごい論文バンバン出し始めたもんだからぁ……私らも、そりゃービックリしたよぉ」

 雑談のような軽さだが、話している内容は明らかに次元が違う。

「で、その末に失踪、ですか」

 きの子がつまらなそうに結論を示すと、カリンはうんうんとうなずく。

「まあ、目星はついてるんだけどね」

 どうやら、同じくミハルも把握しているらしい。

「太平洋に浮かぶ人工の孤島……通称『ハシム・ハーレム』ってやつだねぇ」

「はぁ」

 楓は思わず深いため息をつく。そんな如何わしいものは、海の果てにでも浮かべておいてくれ――そう思った。

 しかし、舞が意外なことを口にする。

「ハシム・ハーレムなら、私も名前を聞いたことがあるわ。地図にも載っていない楽園、というやつね」

「どういうこと?」

 楓が食いつく。カリンではなく、舞からその名が出てきたことが不思議だった。

「知ってる? ハシム・ハーレムにはね……」

 舞は、意味深に溜めた後――

「女がいるのよ」

「……そりゃ、いるでしょうよ」

 思わず楓が返す。

「それも、たくさん」

「貴女、バカなの?」

 バッサリと切り捨てる楓。だが、舞はさらに畳みかける。

「しかも、全員全裸」

「そりゃ、ハーレムだから……って、はァ!?」

 流れのままにツッコみかけて、楓は言葉を詰まらせる。

「まあ、女だけでなく、裸の男もいっぱいだけどぉ」

 とミハルは注釈を加える。

「それはハーレムというより、ヌーディスト島みたいですね」

 きの子が至極まっとうに指摘をした。控室の空気は、得体の知れない真実と軽妙な現実感の狭間で、何とも言えない温度に包まれていく。

「それは興味深いな」

 由伸がふいに話に加わる。そんな彼を、楓は思わず睨みつけていた。全裸の島に興味を示すなんて、と言いたくなるが――自分もストリップ・アイドルである以上、強くは言えない。せめてもの抵抗として、その視線だけで怒りを訴えるにとどめておいた。これに由伸は、やれやれ、とばかりにアイコンタクトを返す。俺がヌード・フォトグラファーなのは知ってるだろう? そんな無言の主張を込めて。

 恋人への警告は後回しとして、由伸はカリンに向けて肩をすくめる。

「全裸の楽園ねぇ……宇宙人もずいぶん趣味がいい。ただ、“愛”ってのは、分析するもんじゃなくて、堕ちるもんだけどな」

 その言葉には、どこか呆れたような含み笑いが漂っている。由伸に愛を語られると、楓としてはやはりむず痒い。

 だが、ここで舞が再び話に加わってくる。

「腑に落ちたわ。(かすみ)たちが、ハーレムなんて大層なものにこだわっていた理由が」

「霞?」

「オーナーの名前も忘れたの?」

 舞はあからさまに楓を煽ってくるが、楓が一度会っただけの相手を完全に覚えているわけがない。

「オーナーを呼び捨てにするな」

 楓が自身の不認識を棚に上げると、横からきの子が口を挟んでくる。

「それより、霞さんが何か言ってたんですか?」

 どうやら、きの子は霞とそれなりに面識があるらしい。舞は姿勢を正し、真面目な口調で語り始める。

「ただ脱ぐだけの旧時代は終わり。“ストリップ・アイドル”という新時代を切り拓くために、私たちは前線に立っている」

 現オーナー・ 高林(たかばやし)(かすみ)――楓は一度しか会ったことがないが、もっとビジネスライクな人物だったと記憶している。つまり、この芝居がかった言葉選びは、高林霞の発言を舞が勝手に脚色しているのだろう。

「私たちのステージには裸を超える真価がある。それを見抜ける目を持つ者だけが、革命の先の境地まで共にすることができるのよ」

「なるほど……ハシム教授なら、資金も潤沢だろうからねぇ」

 舞の無駄に強い言葉選びに対して、ミハルは淡白なまでに俗っぽくまとめる。

 そういうことであれば、楓にも理解しやすい。

「で、私たちがハシム・ハーレムへの協力を求めるの?」

「その計画は、とっくにプロデューサーが仕込んでいるわ」

 舞がすぐさま返した。しかし、その直後――きの子の表情がわずかに曇る。

「ただ……交渉に赴いたプロデューサーさんが音信不通みたいなんです」

「霞さんが?」

「それは“オーナー”」

 楓が驚くと、舞はすかさずツッコむ。ああもう、役職が多すぎてややこしい! ――と楓は内心で毒づきながら、露骨に顔をしかめる。

「プロデューサー代理を立てれば、いいだけじゃない?」

 実際、ライブハウスの店長はコロコロ変わっており、希はこの一年で三人目だ。単純な発想を口にした楓だったが、きの子は苦笑まじりか困惑をにじませる。

「それはそうなのですが……人間関係って、そう単純じゃなくて。そもそも、“妹さん”が黙ってませんよ」

“妹さん”――つまり、現店長の憐夜希のことだ。

「なんで? 店長さんがどうして?」

 楓が素直に問いかけると――きの子は大きすぎる真実をさらっと教えてくれた。

「彼女もまた、プロデューサーさんに見出された()()()()()()だから、ですよ」

「えぇ!? あの人も……!?」

 その一言に、楓は言葉を失った。

 TRK26――それは楓にとって、畏敬すべき存在である。“26”と銘打っているからには、二十六人のメンバーがいたはずだ。とはいえ、先日のエリの件もあり、その“伝説”がこうもあちこちに転がっていると、ありがたみが薄れてくる――いや、薄れるというより、なんだか複雑な気分だ。

 しかし、先代店長のエリから現店長の希へとバトンが渡されたのも、TRKという流れの中のことなら自然なことかもしれない。

「たしかに、自分を引き上げてくれたのなら、恩義もあるだろうけれど……」

 楓はぽつりとつぶやく。自分自身、このライブハウスには少なからず感謝していた。だからこそ、大切に思っている。が、きの子は気まずそうに首を振った。

「それだけじゃ、ないんですよ」

 きの子は少し言いづらそうに言葉を選んでいたようだが、濁しても仕方ない、と腹を割る。

「妹さん……現店長は、プロデューサーさんをメンバーたちから“寝取る”ことをライフワークにしてましたから」

「寝取る!?」

 思わず楓は声を上げた。言葉の意味を脳内で何度か反芻して、ようやく様々な事態の輪郭を理解し始める。

 つまり、プロデューサーは男――これはそこまで驚きではない。加えて、“メンバーたちから”という言葉が示すのは、彼がTRKの複数のメンバーに慕われているということ。その上で、店長は彼を“独占”しようとして――とんでもない悪女である。しかも、“寝取り”って――まさに、アイドル・ユニットに揉め事の種を蒔く凶行だ。ややこしすぎる三角関係――もとい二十六にプロデューサーを足した二十七角関係――そんな女をメンバーに加えるなんて、TRKのプロデューサーはスキルを見る目はあっても、女を見る目がないのでは――と、スキル偏重な自身の価値観を棚に上げて、楓は思う。

 ミカやミクが、店長のことを蛇蝎のごとく嫌っていた理由にも合点がいった。絶対、そういう方向でやらかしたに違いない――そう思うと、楓は心の底から距離を置きたくなってくる。それに、由伸も危険だ。店とのコンタクトは、必ず自分を通すこと――あとで厳重に釘を刺しておかなくてはならない。

 楓の嫌悪感など興味ないかのように、舞が淡々と次の指示を告げる。

「ということで、店長のゴーサインはもう出てるわよ。“あの人”を拾ってきて、って」

 まるでお使いでも言いつけるような軽さだ。希本人には難がありすぎるが、それは個人的な問題である。

「店長命令ってことなら、従うのがダンスチーフの務め、よね」

 ふっと笑って覚悟を決める。ダンスチーフとしてTRKの力になれるのなら、それは望むところだ。

「で、誰が行くの? 私と……貴女?」

 挑発するように、舞の顔をじっと見つめて尋ねる。だが、返事はない。当然、ということなのだろう。なので、彼女の他には。

「当然、私も行くよぉ」

 ミハルが軽い調子で口を挟む。意外なほどの前のめりな姿勢だ。

「うちの研究員が絡んでるかも知れないからねぇ」

「研究員って、研究所にこもってひたすら研究するのが生き甲斐なんじゃ?」

 楓は、内心の疑問をそのまま口に出すも――どうやら、よく訊かれることだったらしい。

「私は突然変異なんでねぇ」

 ミハルは飄々とした口調で返す。そこに、カリンが補足を入れてくれた。

「研究員の中でも珍しく、ミハルさんはフィールドワークに関心が強いみたいなの」

「それが高じて、こうして地上にコネクションもできましてぇ」

 ミハルはそう言いながら、横目でコサカのほうをちらりと見た。だがコサカは特に反応を示すこともなく、視線をすっとそらす。

「そうそう、カリンも行くから、そこは安心してね」

 ただし前線に立つわけではなく、あくまで後方支援とのことだった。

「ハシム・ハーレムの情報をお店に伝えたのは、カリンだから」

 それは、あくまでストリップ関係者として。

「有益だと思ったんだけど……まさか、こんなことになるなんて、ごめんね」

 カリンは残念そうに深々と頭を下げた。だが楓の胸には、わずかな引っかかりが残る。――宇宙人くらいになれば、そのくらい予測できたんじゃないの? 楓は、心の中で宇宙人に対して勝手な全知全能な期待を抱いていた。だからこそ、そこに何か裏があるのではないかと疑いもしたが、それをカリンに問いただすことはない。少なくとも、個人的には彼女を信頼している。

 しかし。

「それでね、お兄ちゃんにも一緒に来てほしくて」

「待ちなさい」

 カリンが由伸に協力を求めると、本人より先に楓が止めた。その勢いに、由伸もやや苦笑いを浮かべる。

「心配しなくても、目線だけはいつも紳士で通しているつもりだけどね」

 そう由伸は言うけれど――ハシム・ハーレムは全裸女子のハーレムである。そこに、男なんて連れて行ったら――! これは、恋人として当然の心配である。何故なら、由伸はどこに出しても恥ずかしくない色男であり、女子たちが放っておくはずがない――こちらは、恋人としての惚気である。

 楓の目が不安と嫉妬でジトッとにじむが、カリンは真剣だった。

「今回は、プロデューサーさんを捜索するのが目的だからね。男の人の協力も不可欠なんだよ」

 たしかに、そこは男女の役割がはっきりした土地柄だ。女が入り込んでいては不自然なエリアもあるだろう。カリンからの強い押しに、楓も渋々承諾する。けど――この件については、あとでちゃんとお話させてもらいますから――! 楓の目の奥は、いまなお認めていない。

「で、そこへ行くには、パスポートでもいるの?」

 楓が皮肉っぽく尋ねると、ミハルは悪びれもせずに答える。

「地下研究所は、どの国にも属してないからねぇ」

 ワールドワイドというか、アウトローというか――あまりにスケールの大きな物言いに、楓は思わずふっと気が遠くなる。そんなファンタジーみたいな世界が本当にあるのか、実に疑わしい。先ほど、カリンのワープを体験していなければ、一笑に付していたところだ。

 そんな場所にどうやって潜入するのか――一同の視線は宇宙の技術に期待している。

「ということで……もちろん、カリンがお連れしますよ」

 カリンはいつもの笑顔で期待に応えた。本来、あの海域には、誰ひとりとして近づけないよう厳重な装置が張り巡らされている――そうミハルは説明する。

「ただし、それはあくまで、地球のテクノロジーでは、だけどね」

 カリンがさらりと言ってのけた。つまり、宇宙パワーをもってすれば突破は容易ということだろう。ただし――

「教授側にも一定の油断はある一方で、カリンたちが正規の手続きを踏まずに侵入したことが知られたら、一発で宇宙関係者だとバレちゃうから。それだけは気をつけなきゃね」

 まあそうだろう、と楓はさらっと流そうとした――が、()()()()()()()()を思い出し、心臓がドクンと跳ねる。この場合、()()()()()()()()()()()()()()()()とは――

「つまり……我々も全裸で行動しろと?」

 現地が“裸族の島”である以上、服を着ているほうが目立つ――楓は少し頬を染めつつ顔を引きつらせるが、カリンは申し訳なさそうに、けれどすべての参加者たちに向けてはっきりとうなずいた。

「お手数ですが、そのようにお願いします」

「……由伸さんも?」

「そうだね」

 さらりと答えるカリンに、楓は複雑な表情を浮かべる。誰も彼も全裸なら、状況としては、合同撮影会に近い。だが、被写体だけでなく撮影者まで脱いでいるなんて、初めての経験である。

 どうしたものか、と悩みかけた楓だったが――

「……………………」

 思考がフリーズしたため、それ以上考えることをやめた。

「……とりあえず、行き方はわかったけど……どうやって帰るの?」

 詳細な空想は頭の外に追いやって、目の前のことを楓は尋ねる。

「途中退場の場合は、カリンが個別に回収するよ」

 どのような手段かは知らないが、きっと宇宙テクノロジーでどうにかするのだろう、と楓は黙って続きを促す。

「ただし、我々に干渉できるのは、いわゆる“ハーレム部分”だけだから……」

「私たち、ハーレムに行くんじゃないの?」

 カリンの言い方に楓が怪訝そうに首を傾げると、ミハルがやや苦笑まじりに言葉をつなぐ。

「多分だけど、ハシム教授は“ハーレム以外”の不干渉エリアにいるんじゃないかと思ってねぇ」

「監視下でそれが通るなら、監視って言葉の意味も変わってくるわ」

 舞も淡々と口を挟む。嫌味を口にしていても、視線はぼんやりしているので、楓としても怒る気も起きない。だが結局のところ、危険を冒さなければならないのか――楓は、内心でうんざりしながらつぶやいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。