ストリップ・リデンプション - 憎しみを脱ぎ捨てて 作:添牙いろは
あまりに突飛な言葉だった。けれど、これまでの会話が本当なら、あながち冗談とも思えない。カリン星――仮にそう呼ぶ星の過去が、その未来を物語っているならば――楓は、胃の奥が縮み上がるのを感じていた。それを聞いて――さらに青ざめているのは美守である。
「その、私たちは……『女性の権利を守る会』というのを組織していて……」
その一言で、楓は思わず眉をひそめる。同性であっても、そのような活動には手放しで賛同はできない。そんな団体、男たちから反発を受けるに決まっている。だが――ここはハーレム島――女が圧倒的多数を占める社会。そんな環境で、女の権利を主張し始めたら――!
その結果が、先ほどの惨状か、と楓は納得する。
「で、男の人たちは、いま、どうしてるの?」
楓が尋ねると、美守は申し訳なさそうに答える。
「薬物の影響で女性に敵意を持った男性たちは……全員、流華ちゃんに医務室送りにされました」
つまりは、彼女たちにとって“殴る”という行為はあくまで威嚇の一端だったのだろう。逃げなければこうなる、という見せしめゆえに、逃げなかった由伸は囲まれたようだ。もし、その場で立ち向かおうとしていれば――とんでもないことになっていたに違いない。
「じゃあ、さっきのライブで群がってた男たちは?」
少なくとも、女に対して敵意を向けていたようには見えない。
「あの人たちは、いわゆる『先行組』――」
美守たちの間では『痴女集団』という別称で呼ばれていたが、ここでその名は伏せておく。
「――のはからいで、難を逃れたようです」
「先行組?」
「はい、私たちより先に入っていて……純粋に、実験にも賛同してたみたい」
どんな心境だと、楓は眉をひそめる。ただ男が好きなだけか、養ってもらえるのなら安心して暮らせるからか――それで、楓もはたと気づく。もし、自分も苦境の中で持ちかけられていたら――男とて、ひとりで同時に何人もの女を相手にはできない。うまい具合に男の歓心を
「私たちが食べ物に細工をしているのに気づかれちゃって……ああして、女性を嫌っていない男性を集めてるんです」
そしてその中には、例のエージェントも参加していた。つまり、美守たちのような
「我々の星では、表立って傷つけ合うことはなかったんだけど……」
カリンが悲しそうに口を開く。
「性別の違い、貧富の違い、思想の違い……そうした数々の違いで小さくクラスタ化した人々は、一つひとつ崩壊していって。それで、いまの状況に至ったみたい」
「だからこそ私たちも、分野ごとに研究室は分かれてるけど、論文の発表については横断的に拝聴できるしねぇ」
どうやら研究所内では情報交換が活発らしい。
「少なくとも、地上に漏れさえしなければ、変な使われ方はされないわけだから」
しかし、ハシム教授はあえて漏らしたのである。
「私たちは、島の飲み水にお薬を混ぜて……性欲を抑える薬だと聞いていたんです。でも、まさか、敵意まで増幅させるなんて……」
声には明確な後悔がにじんでいた。自分たちはただ、欲にまみれた裸の男たちから、女性たちを守りたかっただけなのに――
申し訳なさそうに目を伏せる美守に、カリンは静かに首を横に振る。
「それは違いますよ」
「我々の間でも、特に男女間で顕著だったんですが……人工繁殖に依存しすぎたことで、異性に対して関心を持たなくなっていった結果――」
カリンは一瞬言葉を切る。どこか遠くを見つめるその瞳には、過去を悔いるような光が宿っていた。誰かを責めるわけでもなく、ただ、静かに、積み重ねてきた過ちの結末を語る。
「――むしろ、話や感覚を共有できない“別の存在”として認識されるようになっちゃったの」
「……やっぱり、性欲なくして、男女の共存は成立しないってことだねぇ」
ミハルが
「えーと、ホニプションを途上国にばらまいて、
現在の状況? と楓は訝しむ。身近なことにしか関心のない楓には、国によっては恒常的に麻薬に耽っているなど思いもよらない。
カリンの仮説に対して、ミハルは少し思案して、つぶやく。
「最短で半世紀、ってところかねぇ」
多くを語らなかったが、そこに込められた意味は明白だった。――それは、人類滅亡までの猶予期間。
「は、早すぎない……?」
楓の声がわずかに震えた。いま生まれた子どもが、天寿を迎える前に滅びるというのは、あまりにひどすぎる。
だが、その問いに対して、カリンは冷静に断言した。その現実を見てきたものとして。
「性欲を失った男性にとって、
その言葉に、楓はハッと息を呑む。――それはつまり、体力の劣る、ただの“同じ人間”ということ。そこには、優しさも慈悲もなく、ただ、能力の差のみが横たわる。
「社会学は、私たちの専門じゃあないんだけどぉ」
そう言って、ミハルは地面にしゃがみ、草の一本を指先でくるくると巻きながら話し始める。
「実際、途上国って、たいてい女性の立場が弱いでしょ? そこから性欲まで取り除いたら……それこそ、まさに女にとって地獄だと思うよぉ」
語尾を曖昧にしながらも、ミハルは美守へ向けるように話を進める。
「けど、世界には支援団体が多数存在するからねぇ。保護と称して自分たちの国に連れて帰ってきたりぃ」
ミハルの言葉は続く。たしかに――いままさに二十二世紀に差しかかろうという現在、男性の難民はほとんどいない。その実情が母国での難を逃れてきたのではなく、金銭目的の出稼ぎだと明らかになったからだ。ゆえに、いまでは母子の渡航が一般化している。
だが、今回の話はここで終わらない。むしろ、ここから始まる。
「問題は、その女性たちもまた……男性を、心の底から憎んでること、かなぁ」
その言葉に、楓は黙ってうつむく。ミハルは両腕を広げ、残念そうな苦笑いを浮かべた。
「ま、ここがまさに“女性多数”の世界ってやつだしねぇ」
この島ほど極端ではないにせよ、現実の社会で女性が多数を占めるようになれば、同じような未来が訪れないとは限らない。男女の断絶はさらに深まり、社会全体のバランスが崩れていく――そこに“逆媚薬”なんてドラッグは、もはや必要ないのかもしれない。
二十世紀から続く少子化の流れは、これを機にアクセルを全開で踏み込むこととなるだろう。誰が仕組んだこととも知らぬままに。
「自分で選んだ憎しみか、それとも化学の気まぐれか……」
由伸が、いつもの冗談交じりの表情でつぶやく。
「恋も、戦争も、背後には必ず“仕掛け人”がいるもんさ」
男女が対立する構図の中で、ホニプションが出回れば、それが本当に自分の意思なのか、あるいは薬に操られているだけなのか――その境界は曖昧になる。そうして、世界中が麻薬にむしばまれたとき――
それは、人類の滅亡を意味するのかもしれない。
――だが。
「で、私に何をせよと?」
楓の声は、すっかり冷めていた。地球の未来や人類の存続といった“大きな主語”には、相変わらず興味が持てない。それは彼女の変わらぬ性質だ。
かつての自分なら――社会の崩壊を前にしても、『私は日本にいる限り安全』と、他人事のように見過ごしていただろう。むしろ、女性優位の世界なら、自分には都合がいいとさえ思っていたかもしれない。
けれど、いまは違う。
――由伸という存在がいる。
彼との間に“未来”という名の時間を見ている。自分の命を超えた先に続く、さらなる可能性を。
だからこそ、彼女は思った。人類を救う――そんな崇高なことを叫ぶつもりはない。ただ、自分にできることがあるのなら、それに手を貸すことは、決して惜しくない。
楓の言葉には、普段の無関心ではなく、前向きな力強さがにじんでいる。その思いを感じて、カリンは静かに微笑んだ。
「すでに協力はしてもらってるよ、楓さん」
申し訳なさそうに、それでもどこか確信めいた表情だった。
「えっ……?」
首を傾げる楓をよそに、由伸がため息交じりに苦笑する。
「おっと。これじゃ、まるで主役は俺たちじゃなくて……影で動いてた使い魔ちゃんたちだったってオチだな」
「えええっ!?」
声を上げた楓に、ミハルが肩をすくめてみせる。
「こっちも捕捉されるの早かったよぉ。さすが、あのコたち、目が利くよねぇ」
ミハルはこともなげに言うが、美守は少し気まずそうに告白する。
「……一応、私たち、島中を巡回して、反対勢力を監視してますから」
「うわぁ……」
楓は小声でつぶやいた。男女の分断どころではない――それはまさに、ディストピアそのものだ。
それ以上を語りたがらない美守に代わり、カリンが説明を引き取る。
「流華さんたちは、自分たちに迎合しない女性を“男社会に毒された女の敵”と認識しているようです」
「それも、“例のクスリ”の作用かねぇ」
ミハルがつぶやいた。“逆媚薬”――性欲を抑えるはずの薬物が、憎しみをも増幅させる副作用をもたらす。そんなものが人間の心を支配しているという事実に、楓は血の気が引く思いだった。
だが、その一方で――
「皆さんが、流華さんたちを引き付けてくださっていた間に、カリンも自由に動けました」
そうカリンは感謝の言葉を口にする。だが、それはつまり――
「……ってことは、私たち……囮だったの?」
楓はショックで由伸たちを見回すが――どうやら一周遅れで気づいただけだったらしい。なので、カリンはそのまま飄々と話を進める。
「おかげで、地球上ではオーバーテクノロジーと見なされる光学装置の向こう側に意味ありげな施設を発見できたよ」
唐突に難解な単語が飛び出し、楓は一瞬きょとんとしたが――要するに、ハシムの居場所が突き止められた、ということ? ――そのように要約した。
そして、カリンは再び、美守に向き直る。
「それで……えーと、島の奥のほうに入り江があるの、わかりますかね。そのー……」
「多分、わかると思います。入り江なら、思い当たるところひとつしかありませんし。母港の反対側という意味では奥というのも納得できます」
カリンはニコリと微笑んだ。どうやら合っているらしい。
「そこに、流華さんたちが近づかないようにしてほしいんです。できますか?」
カリンの頼みに、美守は静かにうなずく。
「私たちは、女性が自由に生きられる社会を目指しているだけですから。それを暴力によって推し進めるのは……やはり、やりすぎだと思っています」
その言葉に、楓はどこか安心して息をついた。男女の生き方――そんな“大きな主語”には、いまいち関心が湧かない。性差があるのは当然のこと。そして、異性の生き方までもを得ようとするのなら、自分たちの性の利点を失うことにもなりかねない。何故なら、女が男の利点を求めるのなら、逆に、男も女の利点を求めることになるのだから。
実際、ストリップ・アイドルは女性だからこそ成立している。もし仮に、男の裸体にも同様の価値があり、男女ともにストリップアイドルというものが存在していたら――自分がステージに立つ機会など得られなかっただろう。
だから、楓は思う。
美守たちの活動が、ほどよく“女が過ごしやすい社会”を作ってくれるなら、それはそれでいい。けれど、やりすぎは自滅行為だ。楓にとって――そんな高尚な理念は無用の長物である。世界やら社会やらはさておいて――レディースデーがあるくらいでちょうどいい。
美守と別れて、楓たちはカリンの案内で森の中を進んでいた。木々の間隔は不均等なようで、それでいて人が歩きやすいように立ち並び、風もないのに、葉擦れの音だけは聞こえてくる。そこには――生き物の気配を排除したような、不自然な静寂と、湿った苔の匂いが立ち込めていた。その異様さに、由伸は時折眉をひそめ、どこか退屈そうに歩いている。この風景は、由伸にとってまったく刺さるものがないらしい。
カリンは何かを避けるように、時折ルートを変更する。まるで、この森には見えない罠でもしかけられているかのようだった。
しばらくすると、森の先が開けている。しかし――
「ちょっ!?」
いきなり崖ってありうる!? しかも、何を思ったか、カリンはそのまま突き進み――そして、落ちていった。下は海である。つまり、ここがカリンの言っていた入り江なのだろう。
少し遅れて――ドボン、と水が爆ぜる音が上まで届く。あまりに自然に踏み込んでいったので、由伸も止める間がなかった。しかし、ミハルはどこか落ち着いている。
「……ふぃ~……
のんびり言ってはいるが、内心、肝は冷えていたらしい。
「あ、すいません。驚かすつもりはなかったんだけど」
比較的近いどこかからカリンの声が聞こえてきたことで、楓たちもようやく安心できた。少なくとも、落ちてもいないし無事らしい。
「そちらから見えているのは合成映像で、こちら側では視覚と三半規管に影響する電波が出てるから……気を強くして、歩いてね!」
また難しいこと言ってる! と、この場で最も賢そうなミハルを見ると、納得したようにうなずいていた。
「なるほどねぇ……たしかに、ヨクサ研で開発中の――」
ミハルはカリンと同じように、うんうん唸りながら切り立った中空へと歩いていく。すると――
「おひょっ!? うっ、うひぇぇ!? こ、これは……脳に悪いぃぃぃっ!!」
ミハルもまたカリンと同じように海へと身を投げ、そして、成すすべもなく同じように落水した――ようにしか、楓には見えない。だが、そろそろ理屈はわかってきた。理屈はわかるけれど――これは、ひどい。
「よ、由伸さぁん……」
思わず涙目で恋人を見上げると――由伸はこれ見よがしに腕を開いて見せる。
「この腕に飛び込めば、あとは全部俺が面倒見るよ」
「いやいやいやいやっ!?」
さっきみたいなことをされたら、今度こそ心臓が破裂してしまう!
「……手だけ、握ってくれれば……大丈夫ですから……」
その腕さえも直視できず――楓は、目を瞑ったまま、おずおずとその手を差し出す。
「では姫君、お手を拝借」
暗闇の中で優しい指先が触れたとき――もうどうにでもなれ! と楓の中でも覚悟が定まった。
***
一方その頃――
野外ステージで舞と流華がにらみ合っている。先ほどまでその場を足止めしていた日焼け肌の少女の姿は、どこにも見当たらない。どうやら舞が接近してきた時点で、自分の役目を終えたと見て撤退したようだ。
流華がそれを追うことはない。むしろ、新たに現れた全裸女のほうに興味を抱いたようだ。
「お前、素っ裸で……恥ずかしくないのかよ?」
流華はまともな返答は期待していない。何故なら、ここにいるのは、キチガイばかりだからだ。そんな連中の目を覚まさせるために自分たちは来た――それが、我ら『女性の権利を守る会』の目的――と彼女は強く認識している。
とはいえ、正直なところ、流華は女を殴りたくない。他の踊り娘のように逃げてくれるか、もしくは――
「……ふっ」
コイツは、
流華の挑発に向けて舞はむしろ一歩踏み出し、腰に手を当て、ひとつのポーズを決める。
「恥じる理由が見つからないわ。だって――」
顎を上げると、黒い後ろ髪がふわりと舞う。
「――私の在り方は、すべてが芸術だから」
「フンッ」
その佇まいは気高く堂々としているが、流華は構わず鼻で笑う。しかし――彼女は気づいた。仲間の女子たちが、舞の立ち振る舞いに思わず小さく息を呑んだことに。裸の女ひとりに気圧されている――それはただ、素っ裸で歩き回ってるのではない。ありのままの姿を見せる意義――言葉にできない“芸術性”を放っていた。
残念ながら、流華にそれを感じ取る美的感覚はない。が、周囲の女子たちの視線には敏感だ。つまり――“空気を読んだけ”ともいえる。もしかすると、コイツは男が群がる
流華が話を聞く態度を見せたため、舞は凛として語りかける。
「貴女は、なかなかに見どころがあるわ」
「……は?」
流華には意味がわからない。だが、舞は音もなくステップを踏み始める。腰のひねりから伸びる腕の軌跡はしなやかで、地を踏む足取りには確かな力強さがあった。静と動が織りなすそのダンスに、仲間の女たちは目を奪われる。歓声も拍手もない。ただ、静かに、ただただ彼女の動きに見入るだけ――これは、さっきまでここで見せびらかされていたものとは違う――流華はそう感じた。舞のダンスは、観客の性別の枠を超えて、心を揺さぶるような、美の本質を突きつけてくる――そのことに、彼女は少しずつ気づき始めていた。
これは、暴力を伴わない戦いともいえる。ステージの上で、踊る舞に対して、槍のように棒の先端を突きつける流華。ふたりの間に静かなる鍔迫り合いが生じている。トントンと床を叩く裸足の音は小さくも、まるで心の隙間に染み入るように心地よい。高揚感を揺さぶられながら、流華はその一挙一動を見つめている。
そこへ――美守が戻ってきた。ステージでは、舞と流華が
だからこそ。
もしかすれば、このふたりの間に割って入ることで、争いを止められるかもしれない――美守はそう考えて――決戦の舞台を真っ直ぐ見据えた。そして、走り出す。こんなことをしても邪魔なだけかもしれない。そのダンスの完成度を前にすれば、間違いなくそうだろう。
だとしても。
流華に訴えるにはこれしかない。言葉ではなく――自らの
「美守……?」
突然ステージに飛び込んできた友人に、流華は少しだけ戸惑う。もし、目の前の全裸女が襲いかかってきても、自分がいれば大丈夫だ。けれど、美守が何をしに来たのかわからない。言葉を失っている流華の前で、美守は――
「…………!」
ためらいがちに、その一歩を踏み出す。足先はわずかに震え、拍を探すように床を撫でる。だが、舞はすぐにその揺らぎを感じ取った。自らの腰のひねりと腕の振りで、美守の動きを包み込む。
軽く触れた手のひらが合図になり、ふたりは旋回する。美守のステップはまだ不揃いだが、舞がほんの半歩引いて調整し、呼吸がひとつ、またひとつと重なっていく。
やがて美守の視線が舞の裸身に触れたことで、舞もまた、その意味を悟った。スッと手を離すと、美守は少しだけ息を整えて――この島で、男女問わず数々の裸を見てきた、ということもある。何より――いま、共に舞っている彼女は美しい――その添え物くらいには――
美守は静かにローブの襟へと手を滑らせる。布が肩を離れ、空気を含んで落ちていった。肩に触れた瞬間の空気はひやりと冷たく、肌を撫でるたびに鳥肌が立つ。その温度差が、いま自分が舞台にいるという実感を鮮烈に刻みつけた。それでも、再びその手を取られたことで、温かさを取り戻す。これも、ひとつの表現であり、美の主張――裸のすべてが邪なものではない――その所作には、先ほどまでの拙さとは異なる芯の強さが宿り、観る者に本番の幕開けを思わせる熱を帯びていた。
視界の先では、流華がふたりのダンスに目を奪われている。美しい――だが、しかし、それ以上に――悔しい――!
美守は――美守は、
しかし、ここで腕力による奪還は無粋であると心得ている。流華に美の造詣はない。だが、自分の持っているものの
流華は手にしていた棒キレを静かに投げ落とし――それでも、構える。そして――打ち込んだ。見えない刃を――剣舞である。
流華は如月舞の踊りから鬼気迫るものを感じていた。それを剣気と捉えて――躱し、裁き、自ら斬り込んでいく――!
舞は、その意図を察した。そして、魅せられた。つないでいた美守の身を解き放ち――今度は流華とまっすぐに向き合う。そこに、流華は見た。まるで千手観音が剣を突きつけてくるような圧倒的な破壊力を。
舞はすぐに振り付けを変える。これまでの、美守を導くような慈しみはない。全方位から打ち付けるような容赦ないリズムを刻んでいく。
だからこそ――面白ェ――! 流華もまたその速度に合わせて、間合いを詰め、光の刃で切り返す。そのふたりを見つめる仲間たちの眼差し――それが、流華の気合いに火を付けた。
実際のところ、流華は肌を晒すことに抵抗はない。自信もないが、頓着もない。興味がない。なかった。今日の、いままでは。だが――そんな魅せ方もあるってか――初めて、そこに劣情以外の意味を見出した。
ゆえに――脱ぐ――!
それは、舞が繰り出すすべての刀を振り払うように――その瞬間、場の空気が変わった。その身体そのものが刃となり、ふたりはぶつかり合う。そこには争いではなく、調和があった。これまで見せていた猛々しさを覆すような優雅さ――肩の線、背筋の伸び、視線の向け方――その一つひとつが観る者の意識を絡め取り、瞬きすら忘れさせる。舞台はもはやふたりのためだけに存在しているかのようで、誰もがその光景から目を離せなかった。
裸で舞い踊るふたりの姿は、まるで神々の戦いを描いた絵巻物の一場面かのようでもある。剣を持たずに斬り結ぶ気迫と、互いの呼吸が重なる一瞬の間合い。最後の一拍を踏み切ると、舞は深く息を吐き、流華に向かって手を差し伸べた。
「どう? この続きを日本で……一緒に、世界と戦ってみない?」
競技ストリップ――女性の、女性による、女性のための美の競い合い――演者から観客、スタッフに至るまで、総じて女性によって構成されている。いまはまだ実験段階だが――それを成功させ、根付かせることこそ、自分の務めだと舞は考えている。
流華は肩で息をしながらも、すぐには答えず、その手を見つめていた。
「……ふん、男は排除ってか」
「そう。その舞台では、男は戦力外よ」
舞の声は挑むようでありながら、どこか嬉しげだった。流華の口元にもわずかな笑みが浮かぶ。
「気に入ったぜ。その戦場……あんたの隣で踊ってやる」
「一度スポットライトを浴びたら、もう戻れなくなるわよ」
ふたりの手が静かに重なった。視線は真っ直ぐに絡み合い、その奥に燃える熱が互いを射抜く。間近で感じる呼吸の音と、汗の熱が伝わるその瞬間、先ほどまでの剣呑な空気は消え、互いの瞳に映るのは、次の舞台への高揚感だけだった。