銀河英雄伝説 ヤン艦隊日誌追補編 未来へのリンク   作:白詰草

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原作2巻、クーデター鎮圧後から終了直前の頃の話です。当作品は銀河英雄伝説原作に準拠しているため、アスターテ会戦時、ヤンと共にパトロクロスにいたのは、ラオ大佐(当時少佐)です。


第1話 ノーコンプレックス・ノーライフ

 銀河帝国の宿将たる、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将が亡命をしてきた。帝国内での大規模な内乱――リップシュタット戦役――の貴族連合軍の敗者として。頼り、身柄を預けたのは、同盟軍のイゼルローン要塞司令官であるヤン・ウェンリー大将。

 

 ヤンは、父親ほども年上のメルカッツに穏やかに告げた。

 

「なんにせよ、ヤン・ウェンリーがお引き受けします。ご心配なさらずに」

 

 その声には、寄る辺を失くした帝国の軍人をも安堵させる響きがあった。

 

 さて、ヤン司令官が請け負っても、部下の疑念はそうそう薄れるものではない。スパイではないか、と考えるのはいたって自然だ。だが、この黒髪の大将閣下ときたら、正真正銘のスパイだったバグダッシュを、いつの間にか艦隊の一員に加えてしまっている。こっちも常識人のムライ参謀長にとって、相当に頭の痛いことであった。だが、ムライはまだいい。ヤン司令官以下、彼らヤン艦隊はクーデターの後始末でハイネセンに留まっている。

 

 一方、この珍客を迎えているのは司令官代理に任命されたキャゼルヌ少将だ。彼は、超光速通信の彼方の後輩に対して、詰問と苦言の飛礫(つぶて)を投げつけた。

 

「ヤン司令官。いったいどうするおつもりか。

 閣下より、高位の敵将をどうやって麾下(きか)に加えられるのか、伺いたいですな」

 

 敬語の行間に冷気が漂う。後ろで聞いていた正副参謀長は、司令官の頼りない肩が、びくりと竦められるのを見た。通話画面のキャゼルヌは、後輩の童顔が困ったような笑顔を作るのを眇めた目で見詰める。ヤンは、薄茶色の視線の槍に、黒髪をかき混ぜながら抗弁を試みる。

 

「まあ、昨今では少ないが、決して前例のないことではないでしょう。

 将官級の亡命者はね。ジークマイスター提督とか」

 

 最後の人名を告げる頃には、司令官の笑顔はいつもの穏やかなものに戻っていた。ヤンの正面と背後で、表情を動かした者がいる。通話の相手と大男の副参謀長だった。

 

「……懐かしい名前だな」

 

「ええ、古い例ですが、彼は中将待遇で同盟軍に所属していました。

 メルカッツ提督も降格させていただくことになりますから、その例を参考にすればいいかと」

 

「まったく」

 

 キャゼルヌは言いさすと、目がしらを揉みしだいた。言いたいことは山ほどあるが、どうしてお前の記憶力は、いらない所で役に立つのかと小一時間説教してやりたい。美女に成長したエル・ファシルの美少女より、エコニアの捕虜の爺さまの言葉のほうを覚えているなんてどうにかしている。

 

 だが、この場合は有益なアドバイスであった。法律面がクリアになれば、いくらでもやりようはある。メルカッツと副官の人件費など、彼に匹敵する提督を育てるための経費の前には微々たるものだ。

 

 ややあって、キャゼルヌは口を開いた。

 

「了解した。法務士官らに調査をさせよう。

 イゼルローンに配属するように働きかけるということでよろしいか」

 

「帝国との最前線に立たせるのは酷なことではあるでしょうが、

 彼の能力はイゼルローンにとって、願ってもないものです。

 キャゼルヌ事務監、よろしく頼みます」

 

「ああ。しかし、帝国は昔の帝国ならず、のようだ。

 メルカッツ提督にとって、酷とばかりは言い切れんかもしれん」

 

 黒い瞳に疑問を浮かべる後輩に、キャゼルヌは伝えた。

 

「帝国にも複雑な事情があるようだ。後で旗艦の方に報告書を送る。

 目を通していただきたい」

 

 つまりは、この回線で伝えるのは適さないということだった。ただ一艦隊でクーデター鎮圧を成功させたヤン。その功績に、統合作戦本部長代行が嫉妬を募らせないはずがなく、どんな妨害をするかわかったものではない。先輩の危惧を知ってか知らずか、ヤンは素直に頷いた。

 

「お手数をおかけしますが、どうかよろしく」

 

 キャゼルヌからの通信を終了して、一つ息を吐く。溜息の度に幸せが逃げるというのは、さてどこの言い伝えだったか。ヤンに一点曇りなく軍人稼業が楽しかった記憶はない。ただ、一番それに近いのは、歴史学徒の真似ごとに没頭できた、エコニア騒乱の後からマスジッド空港の大みそかまでの間だと思う。歴史とは、人の心の綾なす織物だと知り、国が違うからといって人が抱く想いに差はないことを痛感した、九年前の冬。

 

 もう九年、まだ九年。随分と時が流れ、あるいはあまり経っていない気がするが。当時、帝国と同盟の戦争は、ずっと続くのだと思っていた。しかし、今はどうだ。歴史が時に生み出す天才が、新たな輝きを放っている。この若き恒星は、古びた星を狂わせ、地上には疾風と波濤を起こしている。その余波ですら同盟は沈没寸前だ。

 

 メルカッツ提督は、ヤンに命の恩人の記憶を甦らせた。あの人は亡命という方法もとれたのに、43年間も捕虜の身に甘んじた。故郷とつながっている思いがするからと言って。帰りたくはない、だが懐かしく捨てられない故郷。

 

 メルカッツは、その帝国で上級大将にまで栄達している。更には妻子を置いてきた。でも亡命を選ぶのだ。その事情の複雑さは言われずとも察することができる。

 

 ヤンはベレーを脱いで、髪をかき混ぜた。ベレーを被りなおして、正副参謀長に向き直る。

 

「では、キャゼルヌ事務監からの報告書を待って、皆で検討をするとしよう。

 ただ、私はメルカッツ提督を信頼してもいいと思うんだ。

 年配で、しかも貴族出身の軍高官だ。本来、環境の激変を最も嫌うタイプじゃないかな。

 彼ほどの功績があるならば、ローエングラム候に許しを請えば、

 麾下に加えられる可能性も高い」

 

「なるほど、たしかにケーフェンヒラーのじいさんもそうでしたね。

 ムライ参謀長、覚えていらっしゃいますか。

 同盟市民として遇すると伝えた時に、喜ぶどころか本気で迷惑そうでした。

 ちゃんと、大佐級の恩給も出るって話だったのに」

 

 かつてのエコニア捕虜収容所の少佐と大尉の言い分を、タナトス星系管区の元参事官は厳しい表情で聞いていたが、元捕虜の老大佐のくだりに、ふと眉間のこわばりを解いた。

 

「ふむ、筋のとおった話ではありますな。

 リップシュタット戦役は、貴族連合軍の大敗に終わったそうですが、

 メルカッツ提督の方で、ローエングラム候を拒むなにかがあるのかも知れません」

 

「ああ、貴重な情報だと思うよ。

 帝国の将官らの為人(ひととなり)をよくご存じだろうからね。

 グリーンヒル大尉、報告書の到着を確認したら、艦隊の将官を招集する。

 連絡と調整を頼んだよ」

 

「はい、閣下」

 

 きびきびと返事をする、美貌の副官を正副参謀長は痛ましげに見やった。軍事クーデターの首謀者、ドワイト・グリーンヒルの娘。それは一生彼女について回るだろう。ヤンの下で、父親を討つ。彼女を解任しないというのはそういうことだった。だが、フレデリカ・グリーンヒルは副官の座に留まった。

 

 彼女の上官は、クーデターを鎮圧し、その計画そのものがローエングラム候の使嗾(しそう)によるものだと喝破した。そして、それは正鵠を射ていた。

 

 エル・ファシルで民間人を見捨てて逃亡し、ヤン中尉を『エル・ファシルの英雄』となさしめた男。アーサー・リンチが、腹話術の人形であったのだ。自由惑星同盟の再生という、本人らにとっては崇高な目標を掲げていたクーデター首謀者らを驚愕させ、仲間割れさせるには充分だっただろう。首謀者も扇動者も死亡。首謀者は自殺と伝えられたが、銃創は額の中央にあったということだった。まず間違いなく、そういうことだろう。

 

 クーデターの後始末の激務が、彼女にとっても救いになっているかもしれない。贖罪の思いもあるだろう。ヤン・ウェンリーの功績と名声が盾となっている。もう一枚の盾は同盟軍そのものだ。グリーンヒル大将ほどの高官の暴走を防げなかったのか、という世論への対応で精一杯である。

 

 まだ23歳の娘を矢面に立たせたらどう転ぶかわからない。スタジアムの虐殺の犠牲となった、反戦派議員のジェシカ・エドワーズのように。彼女は、父も婚約者も軍人であった。軍にとって身内同然である。アスターテの敗戦で、婚約者のジャン・ロベール・ラップを失ったことにより、強硬な反戦派となった。軍事クーデターに法の権利に基づいて、毅然と抗議を行った。彼女の正論に報いたのは、クーデター一派の暴虐による死である。国民からの同盟軍の信望は地に墜ちた。ただひとつ、ヤン艦隊を除いて。

 

 ヤン・ウェンリーの許、三千光年彼方のイゼルローン要塞にいてもらうのが一番いい。距離の防壁は、なにも帝国との間に立ち塞がるだけではない。低俗なメディア、被害者らや世論の声、あるいは政界の勧誘からも。

 

 茫洋とした司令官は、案外そこまで考えているのかもしれなかった。エドワーズ議員は彼の旧友だった。彼女の訃報に接したとき、挙動は平常そのものながら、その日一日サングラスを外さなかった。クーデターに加担した第11艦隊を撃破し、アルテミスの首飾りを破壊した。空疎な式典で、肝心な時に逃げ隠れていたトリューニヒト最高評議委員長と握手を交わすようなパフォーマンスをやらざるを得なかった。本当に、彼の心身が心配されてならない。

 

 ムライなどからすると、有能極まりないグリーンヒル大尉はまだしも、帝国の名将などという厄介者を受け入れなくてもよいだろうにと思うのだ。同盟軍の艦隊司令官は、現在は3人しかいない。下位者を昇格させるにも、候補者は片手に余る。だが、それでもだ。昨日まで数十年にわたって敵だった者の指揮に、やすやすと兵士が従うものではない。ヤン艦隊にメルカッツを受け入れるとなると、また会議と演習の日々が続くのだ。これだけ内憂外患でガタガタになった同盟軍に、きちんと予算がつくのかは定かではないが。

 

「まったく、困ったものだ」

 

 嘆息しか出てこないムライである。パトリチェフも何とも取り成しようがない。よくキャゼルヌ事務監が了解したものだ。だが、事務監の気持ちも痛いほどにわかる。今年1月に着任して以来、肝心の司令官が一月置きに出張と出撃を繰り返している。最初の不在は一月半、今回は5ヶ月だ。職名の残りの半分を果たせるころには、不在は半年になるだろう。今回は、旗艦(ヒューベリオン)の回線に決裁文書を送信できるため、何とかなっているようだったが。

 

 メルカッツ上級大将の用兵は、堅実で隙なく重厚で、正統派そのものだ。戦術の教科書に手本として採用してもよいほどだった。正統派というのは、それを上回る正攻法でしか凌駕(りょうが)することが出来ない。ヤン艦隊の分艦隊指揮官らはそれぞれに個性があるが、堅実にして重厚という表現ができる者はいない。

 

 艦隊運用の名手だが、攻撃の勘所がやや劣るため、総合評価では平凡なエドウィン・フィッシャー。彼はヤン艦隊全体の艦隊運用が主たる役割で、分艦隊は言わば彼の護衛である。

 

 躍動的な艦隊運動と集中砲火戦術を併せ持つが、いまだ成長途上のダスティ・アッテンボロー。分艦隊レベルの指揮は申し分ないが、大兵力の運用は未知数だ。

 

 もう一人、猛将タイプのグエン・バン・ヒューがいる。ただ、彼の用兵は突破力が身上であり、それ以外には多くを期待してはいけない。

 

 ここに、半世紀近い戦歴を持つ名将が加わってくれるというのだ。ヤンやキャゼルヌが手を尽くす価値は確かにあった。

 

だが、この知らせを聞いて、別の感想を抱いた者もいるのだった。

 

「やっぱりな。そうなると思ったんだよ」

 

 鉄灰色の髪とそばかすの頬をした青年提督はぼやいて、分艦隊旗艦のトリグラフからイゼルローンに通信を入れた。その様子を、面白そうに観察する灰褐色の髪と瞳の美丈夫。ヤンからの会議の招集を聞いて、なんとも言えない表情になったアッテンボローにくっついて来たのだ。

 

 アッテンボローは、イゼルローンの通信オペレーターに、キャゼルヌへの取次ぎを頼んだ。程なくして、件の事務監が姿を現した。シェーンコップの案に相違して、思ったよりも機嫌がいい。それを見た青灰色の目が、一気に半眼に変化した。

 

「アッテンボロー少将、何の用事だ」

 

「キャゼルヌ事務監、いや先輩。どうしてヤン先輩を止めてくれなかったんですか」

 

「俺はあくまで代理に過ぎんから、

 こんな重要な案件を司令官に伝達しないわけにはいかんだろうが」

 

 薄茶色の目が、策士の笑みを浮かべている。アッテンボローは舌打ちをして腕組みした。

 

「謀りましたね。そりゃね、イゼルローンにとっちゃ喉から手が出るほど欲しい人材ですがね。

 何も、先輩と直接通話をさせなくってもよかったでしょう。

 あの人の一番弱いタイプじゃないですか」

 

 シェーンコップは片眉を上げた。おやおや、こいつは面白そうだ。ヤン・ウェンリーの弱点といったところか。そはいかに?

 

「だが、あいつにとっての弱点でもあるが、相手にとってもそうなると思うぞ」

 

 この言葉に、アッテンボローは顔を手で覆って呻いた。

 

「まったくもう、ファザコンの年上(おやじ)キラーなんだから……」

 

「なんだ、つまらん」

 

 思わず呟くシェーンコップである。それは新たな弱点の暴露ではない。みんな察してはいても、口には出さなかっただけだ。日常レベルでは善良で見え透いたところのある人だから、見え見えというやつである。

 

 だが、年下キラーというのも付け加えるべきだろうな。この後輩提督や、被保護者もそうだが、ポプランやリンツらまで懐いている。あの麗しい大尉どのも年下だった。

 

 キャゼルヌは鼻を鳴らして一蹴した。

 

「ふん、おまえが言うな。過剰に反発するのも立派なコンプレックスだ。

 親父さんと姉さんがたと、ファザコンにシスコンの連合軍だろうが」

 

「その、キャゼルヌ少将、もう少しお手柔らかになさっていただけませんかな」

 

 柄にもなく、シェーンコップはとりなしてみた。そばかすの青年提督が、傍らのデスクに取り縋らんばかりに脱力しているので。

 

「何も恥じるもんでもないだろうに。頭の上がらぬ肉親や友人がいない人間なんておらんだろう。

 ヤンはまあ、変り種の部類だが、好意を寄せられて悪い気持ちにはならんだろうからな。

 俺の娘なんぞ、ちょっと前まではパパのお嫁さんになるんだと言ってくれていたんだが、

 5歳過ぎるともういかんなぁ……。上にも下にも好きな相手がいるようだし……」

 

 この切れ者には珍しく、なんだか話が明後日の方向にずれている。取りなす言葉も思いつかないので、シェーンコップは咳払いをしてみた。参謀長のような威厳には欠けるが、何とか二人の少将の注意を向けるのに成功する。

 

「お二人とも、話題を戻しましょう。キャゼルヌ少将はメルカッツ提督の受け入れに賛成、

 アッテンボロー少将は反対と、そういうことですかな」

 

「別に反対じゃない。確かに素晴らしい戦力増強だ。だが……」

 

 かの名将は、帝国のローエングラム候、同盟政府上層部、どちらにとっても難癖のきっかけになりうる。これ以上、火種を抱えんでもいいではないか。先輩を慮る後輩に、そのまた先輩はきっぱりと告げた。

 

「だが、あちらさんのご指名だぞ。せっかく来てくれると言うのなら、逃してたまるか。

 非力な事務屋に、こんな最前線をいつまでも任せておくもんじゃない。

 帝国の内戦が終了したということは、事によったら来るぞ。あの金髪美形がな」

 

 独身主義者と快楽主義者は表情を引き締めた。

 

「来ますかね」

 

「まともなら、国内をまとめて同盟とは講和を図るがね。

 だが、メルカッツ提督から話を聞く限り、あんまりまともだとは思えんね。

 確かに若いが、あれは青二才じゃない。嬬子(こぞう)という表現は悪意があるが正確だな」

 

 この毒舌家にかかれば、かの眩い美貌の天才も一刀両断である。

 

「才気に溢れているのはいいが、自分より劣る者を見下すところがあるそうだ。

 というと、周囲のほぼ全員ってことさ。そんな坊やが15歳で少尉だったそうだからな」

 

「心温まる話ですな。さぞや麗しい上官と部下の信頼関係が育ったことでしょうよ」

 

 シェーンコップが含ませた皮肉の量も、なかなかのものであった。叩き上げの職業軍人にとっては、姉の威光を借りた陶器人形に見えただろう。貴族出身者にとっては、更にそれが顕著であったに違いない。

 

「まあ、俺ら士官学校卒者も似たりよったりだが15歳で少尉とはね……。

 中学生じゃありませんか」

 

「ああ、幼年学校卒からの叩き上げだな。それでも軍歴はまだ6年ってとこか」

 

「それで元帥ですか。そりゃ、年配者には堪らんでしょうね」

 

「ああ、ローエングラム候の麾下の人材は皆若い。最年長者でも四十を越えていないはずだ」

 

 再び無言になるトリグラフ艦橋の二人だった。

 

「となると、あの金髪の坊やに引き摺られてしまうとおっしゃいますか」

 

 シェーンコップの言葉に、キャゼルヌは眉間を揉んだ。

 

「キルヒアイス提督に期待だな。

 若いながらに公正で温良で見識があって、

 彼がいなくてはここまで出世はできなかったろうとのことだ」

 

「ああ、あの赤毛の坊やのほうですな。捕虜交換の時の」

 

 キャゼルヌは頷いた。

 

「どうやら彼らの思いの根本は、絶世の佳人の奪還にあったらしい。

 姉が皇帝に召し上げられたから、取り返すために武力で

 王朝を滅ぼすなんて普通の人間は考えんよ。

 シスコンもここまでくれば天晴れというしかないな。

 その道具として踊らされた同盟こそいい面の皮だがな」

 

「そんなに優しい姉がいるなんて、俺には信じられませんがね。

 うちの連中はマクベスの魔女も同然です」

 

「ローエングラム候のは、姉というより母親だろうな」

 

「なお悪いですよ。マザコンじゃない男はいないんでしょ。心理学者の話によると」

 

「ほお、小官もですか?」

 

 色事師の言葉に、画面を隔てていた先輩と後輩は向き直って、そっくりの笑みを浮かべた。童話に出てくる、しましま模様の猫を思わせる。

 

「貴官の女性遍歴は、失われた母の面影を求めている、ってところじゃないのか」

 

「そうそう。で、斜に構えているのも、ヤン先輩に構うのも望郷の念の変形だとかな」

 

 シェーンコップは精神的には三歩、肉体的にも一歩半ほどよろめいた。とんだとばっちりだ。藪を突くといくらでも出てくるのが、心の問題というものである。

 

「まあ、当初の目的は果たせたんだから、ここらで矛を収めてくれるとありがたいんだが」

 

 キャゼルヌの言葉に、アッテンボローは懐疑的だった。

 

「どうですかね。アスターテの会戦を見るに、好戦的な為人(ひととなり)のようですよ。

 ラオから聞きましたが、ヤン先輩に電文が来たそうです。

 『貴官の勇戦に敬意を表す。再戦の日まで壮健なれ』だったかな。

 負けることに我慢がならないんじゃないかな。

 先輩を負かすことを目標に、喧嘩をふっかけてくるかもしれませんよ」

 

 茶系の髪と目の所有者たちは、この不吉な予言にうんざりとした。

そして、あの赤毛で長身の好青年の良識を祈るのだった。

 

 帝国暦488年10月。フェザーンを経由して入手した、銀河帝国の官報によってそれは砕かれる。ジークフリード・キルヒアイスの帝国元帥への昇格。軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊司令長官、帝国軍最高司令官代理、帝国宰相顧問の称号の授与。後者は生前にさかのぼってのものであった。

 

 ヤン・ウェンリーは、生前に一度だけ見え、言葉を交わした青年を悼みながら、予感を新たにした。次は、疾風と怒涛が同盟に直接叩きつけられることを。その嵐の中に、軍曹に昇格した被保護者も漕ぎだしていかなければならないのだ。スパルタニアンの搭乗員として。いよいよ、少年の軍人志望に結論を出さないといけなくなった。

 

 アッテンボローのすぐ上の姉は、ヤンと同い年でもっとも彼と喧嘩をした仲だという。ダスティ少年の進路をめぐり、父と壮絶な闘争が行われた。強硬な大反対だった。母よりも上二人の姉よりも。結果、いまだに父と娘は冷戦状態である。父は歩み寄りたいのだが、凍土に炭素クリスタルの棘つき鉄線が巻かれているらしい。

 

『ああ弟よ 君を泣く 君死にたもうことなかれ』

 

 この詩を残した詩人も姉だった。ヤンはユリアンの『兄』として『父』として同感だ。そして、ローエングラム候の姉上も同様に決まっている。キルヒアイス提督に対してもそうだったに違いない。いや、それ以上の感情があっても不思議ではない。ハンサムで背が高くて、聡明で心優しいことが外見からもわかるような青年だった。女性だったら、恋人に望むだろう。夫としても父としても非の打ちどころがなかったであろう。

 

 抱く想いは時を越えても不変なのに、なんと人間とは進歩のない生き物であろうか。幾多の愛情を踏みにじって、また戦いと死を生み出そうとしている。

 

『末に生まれし君なれば 親のなさけはまさりしも 親は刃をにぎらせて

 人を殺せとをしへしや 人を殺して死ねよとて 二十四までをそだてしや』

 

 この詩よりも更に若い年齢で、失われた炎の髪と海色の瞳と、失われてしまうかもしれない亜麻色の髪とダークブラウンの瞳にそっと目を閉じる。この碌でもない予感が外れることを祈って。


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