銀河英雄伝説 ヤン艦隊日誌追補編 未来へのリンク   作:白詰草

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 本作は、銀河英雄伝説原作に準拠しております。アスターテの会戦の際、パトロクロスに居合わせていたのは、ラオ大佐となっています。


さらば、梟の眠り

 その後、ヤンがどうやって被保護者を説得したものか、他人は詳細を知らない。だが、少尉となった亜麻色の髪の少年が、イゼルローンの知人らに出立の挨拶を始めた。薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊や、シェーンコップの所にもやってきた。本人が覚悟を決めたのに、保護者はまだ心配しているので、シェーンコップはからかってやったものだ。

 

 ヤンがユリアンの事でおたおたするのはいつもの光景だったが、敏腕家のキャゼルヌ少将まで仕事が手につかない様子である。聞けば、後輩に12歳のユリアン少年を引き合わせたのは彼であるそうな。キャゼルヌはヤンの6歳年上だから、ユリアンとは21歳差。こっちは若い父親の年齢だ。

 

 家族ぐるみで付き合い、娘を嫁にやってもいいとまで言っていたというのは、そばかすの提督からの情報である。人事査定に厳しい子煩悩に、そこまで買われるとは大したものだ。令嬢は上が八つで、下が五つだというが、ヤンとグリーンヒル大尉の年齢差は七歳。ありえない年齢差ではないな、とシェーンコップを笑わせたものだ。

 

 こちらも付き合いの長い、ヤンの後輩は少年に幸運のお守りを授けたのだという。門限破りを見逃してくれた、黒い髪の上級生と巡りあうきっかけになった物だから、霊験はあらたかだと笑っていた。

 

 そこまでならいいのだが、いつも歯の立たない先輩二人が浮き足立っているのを見て、大いに笑い、主任参謀にたしなめられていた。

 

「だってなあ。ヤン先輩、結婚もまだなのにあれじゃ花嫁の父だぜ。

 キャゼルヌ先輩はまだわかるけどな、あの二人があんなに動揺するとは」

 

 肩まで揺らして笑い転げている。食堂で会ったシェーンコップは肩を竦めた。ラオ大佐は渋い顔で首を振りつつ、常識的に諭した。

 

「愛情深くて結構なことじゃありませんか。

 16歳で少尉になって、遠くフェザーンに行くんですよ。

 進学とは訳が違います。心配するのは当然でしょう」

 

「ほ、本番がどうなるのか考えてもみろよ」

 

 後は言葉にならず、笑い声が続いた。たしかに気持ちはわからんでもない。娘二人の父親の。ユリアンは薔薇の騎士達にとっても、出来のいい教え子だった。

 

「つまり、キャゼルヌ事務監のお眼鏡に適うには、

 あの坊やぐらいの能力と性格、容姿が要求されるわけか」

 

 シェーンコップの指摘に、ラオ大佐はぼそりと呟いた。

 

「道理で、後輩らに嫁にやるとはおっしゃらないはずですね」

 

 それを合図に、アッテンボローの笑いが咳に変わった。

 

「貴官もなかなか言うじゃないか」

 

 シェーンコップは片眉をあげて感心し、アッテンボローは咳き込みながら反論した。

 

「ば、馬鹿を言うなよ。一体いくつ離れていると思ってるんだ。

 それこそ、両親の結婚式に出た間柄なんだぜ。俺もヤン先輩も」

 

 泡を食った上官に、ラオは身も蓋もない追撃をした。

 

「心配はいりません。

 お嬢さんたちが妙齢を迎えた頃には、父親の後輩のおじさんなんて鼻にもひっかけませんから」

 

「貴官、そんな言い方、誰に教わったんだ……」

 

 どこかの保護者が被保護者にした問いかけを、()しくも後輩が再現した。

 

「小官はここに来て、大人しくしてると損だということを周囲から学びました」

 

 返答もまた似たりよったりである。ここにも朱に交わった者がいた。

 

「……なあラオ、おまえ何でそんなに俺に辛くあたるんだよ」

 

 やはり家族ではなくて他人の差、アッテンボローはようよう質問した。問われた方は、腕組みをして冷たい視線を送る。

 

「小官が、アスターテで第二艦隊旗艦(パトロクロス)の艦橋にいたことをお忘れですか」

 

 命の恩人にする冷やかしは、断固として許しがたい。その主張に、頷く者、賛同の声を上げる者。周囲のテーブルにいた少なからぬ人数に、シェーンコップは改めて驚かされる。

 

 戦闘で死亡し、あるいは引き抜かれたとはいえ、ヤン艦隊の中核は、アスターテ会戦の生還者が占めている。その後のイゼルローン攻略戦、アムリッツァの会戦、一連のクーデターの鎮圧、そしてガイエスブルク要塞の襲来と、同盟軍でも最激戦を戦い抜いてきた将兵である。司令官の『不敗』という形容詞の、生きた証明者たちだ。

 

「すまん、俺が悪かったよ……」

 

 旗色の悪さを感じて謝罪をする、アムリッツァ以降加入の新参者。

 

「小官に謝罪をなさるのでしたら、ヤン提督を支えて差し上げてください。

 閣下の立場を羨ましく思う、小官らのためにも」

 

「よくぞ言った! そのとおりだ」

 

「ラオ大佐に敬礼!」

 

 周囲から再び賛同の声。ラオ大佐を讃える声と敬礼に拍手まで沸き起こる。シェーンコップも思わずその輪に加わった。白兵戦で鍛えられた手からの拍手は、一際大きく食堂に響き渡る。時ならぬざわめきに、遅れて昼食にやってきた司令部一同が、怪訝な顔でその集団を見ていた。

 

「なんだ、あれは」

 

「さあ、なんでしょうなあ」

 

「せっかくの食事時に騒がしいことです。困ったものだ」

 

「おや、珍しい。中心はラオ大佐ですね」

 

 中心人物に首を捻るフィッシャー。分艦隊指揮官として、アッテンボローの幕僚は顔見知りである。

 

「堅実で騒ぎを起こすような男ではないのですが」

 

 ムライは中心人物の周囲に、反骨提督と年長の色事師を認め、眉間に皺を寄せた。原因はどちらかか、双方だろう。真面目な人間まで、赤くなるのはいかがなものか。傍らで黒い頭を傾げる司令官にも、多大な責任があると思うのだ。また、後で釘を刺しておこう。彼ら二人に。ムライはそう決心した。日頃の行いとはいかに大切なものか、若き少将らが思い知るのは間もなくのことだった。

 

 そんな小喜劇を挟みながら、カレンダーのページは薄くなっていく。出立の準備の合間に、バグダッシュとマシュンゴの授業を横目で眺めもした。意外なことに、シェーンコップにとっても役立つ内容だった。

 

 壁のミリアムと障子のメアリー。花園の花々も葉を茂らせて、根を延ばす。……なるほど。美丈夫は顎をさすり、褐色の偉丈夫の愛嬌のある丸い目は、いつもと変わらぬ様子だった。様々なえげつない諜報工作への対応方法を、理解したのか否か。たしかに、諜報に思わぬ適性があるのかもしれない。ちゃんとわかっているのならば、だが。

 

 ヤンはなにやら考え事に(ふけ)っていた。時には、メルカッツらと膝を突き合わせて話をしているようだった。メルカッツと副官のシュナイダーは、銀河帝国正統政府に合流しなくてはならない。ユリアンやマシュンゴと、ハイネセンまで同じ艦で旅をするのだ。その道中についていろいろ頼んでいるのか、あるいは銀河帝国の新たな権力者の情報を収集しているのか。

 

 バグダッシュの言葉を聞いた今、さらに興味深い。あの平凡で、一見ぼんやりとした顔の下、その脳髄が何を考えているのか。こんなに見ていて面白い相手はいない。

 

 民主共和制国家の軍人として、危険な考えだというのは重々承知している。しかし、ヤンも認める思想の自由は、憲章にも掲げられたこの国の根幹だ。だから、シェーンコップが不埒な考えを持つのだって、立派に自由なのである。

 

 金髪の坊やは、思うがままにその才能を発揮し、宇宙を動かしている。ヤン自身も亜麻色の髪の坊やに、似たようなことを望んでいる。人生を切り拓く力を身につけてほしいと。

 

 だったら、黒髪の青年も宇宙を動かしてみればいい。その瞳の見通すまま、その才の翼の及ぶ彼方まで。

 

 九月一日に行われた、メルカッツ中将や、ミンツ少尉らの出立式の際に、いつもの二秒スピーチを返上して、百倍も時間を掛けた。その三分半に満たない時間に、六回も同じフレーズを繰り返すくらいだったら、さっさとこんな壊れかけた籠から飛び出してしまえばいい。強い要望とやらで、家族を引き離し、心強い味方をもぎ取ろうとする政府に、彼が忠誠を捧げる価値があるとは思えなかった。

 

 ヤンが価値を見出しているのは、民主共和制そのものなのだろう。英雄や名主に依存することなく、凡人の一人ひとりの衆知を集め、よりよい方向を目指す制度だ。それは貴重で正しい考えだろう。例えば平和な世の中なら。

 

 戦時においては迂遠というしかなく、天才の即断即決に常に先手を取られてしまう。現在の同盟と帝国の図式そのままだ。

 

 シェーンコップはふと苦笑した。なんのかんのとユリアンを心配したのは、ヤンが帝国に寝返るような人間ではないことを熟知しているからだ。そして、第二のルドルフになれるような人間でないことも。

 

 殺した敵、死なせた部下、そして殺した味方。それを忘れ、ローエングラム公の手を握ったり、同盟の最高権力者に君臨することなどできない。才能ではなく性格的に。だからこそ、あれだけの数の兵員が、最初から今まで生還を続けて、なお彼の麾下を望むのだから。

 

 大人しい怠け者の昼行灯。だが、それはイゼルローンでまどろむ昼の顔。リンツが描いていた、なんとも幸せそうな寝顔が続くのも正直悪くはない。シェーンコップの希望である、150歳での老衰死が叶うならば万々歳だ。

 

 だが、それはヤンの本質の一面に過ぎない。永遠の夜に見せるのは違う顔だ。彼方までを見通す瞳と微かな音まで聴く耳の所有者。音もなく飛翔し、生を刈り取る猛禽。まるで梟のようだ。同盟軍史上最高の智将に、知の女神(ミネルバ)の遣いというのは相応しいではないか。

 

 九月二十日。エルウィン・ヨーゼフ二世の廃立が帝国宰相ローエングラム公より公表される。即位したのは、カザリン・ケートヘン一世。生後八か月の女児だった。ヤンは、その発表を一見悠然と聞いていたが、幹部らにはわかった。 

 

 ここ三ヶ月、昼寝して給料を貰っていた寝ぼすけが、ようやく覚醒したことが。

 

 ――ミネルバの梟は黄昏に飛び立つ。

 




 結びの言葉は、ドイツの哲学者、ヘーゲルの言葉より。革新的な思想や思想家は、文化の末期に現れると言うほどの意味。この時期は、宇宙暦8世紀の世紀末にもあたります。

 そして、梟が活動を始めるのも夕暮れから。一見愛嬌のある姿をしているが、最大種は翼長が二メートルを越える、強力無比な夜の捕食者。

 日本の最大種はシマフクロウ。アイヌ神話に最高神コロタン・カムイとして謳われている。

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