銀河英雄伝説 ヤン艦隊日誌追補編 未来へのリンク   作:白詰草

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女帝の意味について。
なお、ルドルフの娘婿については独自設定としております。


第9話 女帝と女王
黄金樹の墓碑銘


 銀河帝国正統政府と共に亡命してきたエルウィン・ヨーゼフ二世の廃立(はいりゅう)が公表されたのは、宇宙暦798年9月20日のことであった。自由惑星同盟政府の最高評議会議長が、得意の絶頂で彼らとの協定を発表してから、たったの一月後である。

 

 イゼルローン要塞の幹部らが、それを知ったのはもう少し後であった。

 

「大喜びでおいしそうな餌に食いついたら、でかい釣り針がついていたということですな」

 

 灰褐色の髪の美丈夫は、同色の双眸にたっぷりと侮蔑の色を乗せて皮肉った。

 

「しかも、餌は毒入り。

 食いついたお偉方からやられるならまだいいが、そうはならないでしょう」

 

 黒髪の上官は、上の空で返答もしなかった。その気力も失せていたのである。銀河帝国正統政府に軍務尚書として指名をされて、イゼルローンから旅立ったメルカッツ中将らが、ハイネセンについたかどうかという時点でこれだ。なんと迅速であることか。こちらは三ヶ月前の来襲の後始末に、ようやく終わりが見えてきたというのに。

 

 ユリアンに託したビュコック長官への親書の内容が、現実のものとなるのにどれほど余裕があるだろうか。さしものヤンも暗澹(あんたん)としてしまう。

 

 新たに登極したのは、カザリン・ケートヘン一世。ゴールデンバウム朝最初の女帝だ。御年(おんとし)、八ヶ月。幼児どころではない、乳児である。これを聞いた時に、ヤンは王朝の名義変更を悟った。

 

 初代皇帝ルドルフが遺訓としたのは、男子相続である。これは古くからのしきたりだが、人間が本能的に知っていた遺伝学に合致する。男性の性別を決定するY遺伝子は、父からしか受け継がれない。つまり、父系を遡れば皇祖に戻るということである。

 

 ゴールデンバウム朝二代皇帝は、彼の長女カタリナの子であるので、すでに直系男子ではない。ただし、カタリナの夫はルドルフの父系の男性だ。Y遺伝子は皇祖と同一の物である。

 

 女帝の息子は、夫のY遺伝子を受け継ぐ。彼が即位をすると『夫の家名朝』の開始となるのだ。ゆえに、長い歴史の中でも女王、女帝というのは非常手段なのだ。夫の父系が帝室の血を受けていればいいのだが、そんな血族はもういない。皇帝の兄弟は、大公や公爵といった地位に叙爵される。リップシュタット戦役で滅びた門閥貴族らであった。

 

 生後八か月の乳飲み子に、皇帝の務めを果たせるはずがない。いずれ実質的な権力者に皇位を禅譲(ぜんじょう)させられるだろう。 万が一、彼女が成人まで在位し、その息子が即位をしても『ゴールデンバウム朝』は終わりだ。ルドルフの遺訓などもはや守る価値はないと。

 

 貴族の中にはローエングラム公に与した者も、中立を保った者もいるはずだ。エルウィン・ヨーゼフ二世を奉じた際の、大義名分ももう不要というわけだった。

 

 いや、ルドルフへの激しい憎悪さえ感じさせる。これは、恐らくローエングラム公の策ではない。彼は愛する者を奪った相手には苛烈きわまりないが、赤ん坊をこんな方向に利用する人物ではない。そして、女帝の歴史的な意味を知らないだろう。

 

 ヤンは、美貌の帝国宰相の部下の人名録を思い返した。人工の目と貴族号(フォン)の所有者。まだ四十歳前だというのに、褐色の髪は半ばが白い。パウル・フォン・オーベルシュタイン上級大将。

 

 彼の策だろう。ルドルフが掲げた劣悪遺伝子排除法は、名君と名高いマクシミリアン・ヨーゼフ二世が有名無実化した。晴眼帝の異名を持つ彼は、帝位を巡って毒殺されかけ、ほとんど視力を失った。その経験から、障害者などの社会的弱者を救済し、帝国を建て直したのだった。

 

 しかし、法律が有名無実化されても、偏見は一朝一夕に拭い去れるものではない。貴族階級出身者が、義眼を必要とする先天性の障害を持っていたら、受ける差別はいかばかりか。彼はゴールデンバウム王朝そのものを呪ったことだろう。皇帝個人に対するラインハルトの怒りとは質を異にする。

 

「やられたなあ……」

 

 ヤンはベレーを脱ぐと、髪を乱雑にかき混ぜた。実に辛辣で、いっそ見事だ。

 

「彼らは、ポーカーをやっているつもりの相手に、切札を引かせたと思わせて、

 ゲームをババ抜きに変えてしまったんだよ」

 

「なるほど、皇帝はババということですか。厄介ですなあ。

 相手にもう一度引かせるということは、できないもんでしょうかね?」

 

 パトリチェフは、司令官が口を濁した言葉をずばりと口にした。そして、次の疑問は、ゲームになぞらえてはいたが、高度な謀略戦の示唆であった。本来陰湿な内容を要約して、ユーモラスにさえ表現できる。ヤンにとっては非常にありがたい存在だ。

 

「我々の手持ちのカードの数によるね」

 

 これが最後のカードなら、ゲームは終了だ。

 

「じゃあ、結局こっちが『先帝』の面倒をみなけりゃならんということですか」

 

 エルウィン・ヨーゼフは現在七歳。同盟の義務教育の就学年齢を過ぎている。少なくともあと八年、中学校を卒業するまでは保護が必要であろう。

 

「うん、人道的にはそうするしかないんだが……」

 

 司令官の返答に、片眉を上げたのはシェーンコップ少将だった。

 

「ほう、それ以外の方法があるということですか」

 

「あちらが言うように『誘拐』の被害者として対処する方法もなくはない。

 わが国の国是に、真っ向から対立してしまうけれどね。

 『犯人』を拘束して本国へ送還、被害者は保護者の元にお返しする」

 

 おっとりとした様子で、口にするのは悪どいマキャベリズムである。エルウィン・ヨーゼフの保護者は、ローエングラム公ラインハルトだった。

 

「たしかに来る者は拒まずでしたな。だが閣下、それは可能ですか。

 小官の祖父は、借金を踏み倒して逃げてきたわけですから、立派に犯罪者だ」

 

 シェーンコップはやや意地悪く問いかけた。今後、帝国での犯罪歴に左右されるなら、亡命自体の受け入れができなくなるだろう。

 

 しかし、相手は一枚上手であった。伊達に16歳で父親の事故の後始末をつけたわけではない。

 

「いや、それは違うよ。同盟には、いよいよ借金が払えなくなったら破産という方法がある。

 帝国にそれがないなら、それは帝国法の欠陥であるという判断になるからね。

 誘拐とは訳が違うよ」

 

「そういうものですか」

 

 シェーンコップは尖り気味の顎をさすった。

 

「そうだよ。皇帝や貴族が正妻のほかに、側室を抱えるのは法律で認められているだろう」

 

 ヤンは、同盟軍屈指の色事師にふさわしい帝国法を持ちだした。

 

「まあ、そうですが」

 

「だが、帝国で認められていても、同盟じゃ当然駄目さ。

 帝国法では可でも、同盟では不可。あるいはその逆だってある。

 だが、誘拐は同盟だろうと帝国だろうと重罪だ。違いますか?」

 

 ヤンが水を向けたのは、薄茶色の髪と目をした敏腕の軍官僚だった。イゼルローン要塞の建材調達のために、フェザーンを利用して三角貿易をやるぐらいである。この面々、いや同盟軍の中でも、最も帝国法にも詳しい部類に属する。

 

「ああ、被害者と加害者の身分による刑罰の差が、呆れるぐらいに著しかったがな。

 貴族が貴族を誘拐、しかも被害者が未成年なら最低でも懲役10年以上だろう。

 そいつも、あの金髪美形が大幅に改正したようだがね。全く大したもんだよ」

 

 ヤンは頷いた。自分の考えに渋面を浮かべながら対処法の一つを述べる。

 

「犯罪による逃亡ということで亡命の無効を宣告し、帝国国民に戻ってもらうんだよ。

 国交のない国の犯罪は裁けないから、さっき言ったような方法をとる。まず、無理だがね」

 

「小官にはなかなか名案に思えますが、どうしてです?」

 

 士官学校の先輩と後輩は顔を見合わせた。そして、揃って溜息を吐く。

 

「犯罪だという証拠が、ローエングラム公の主張しかないからだ。

 それに基づいてこの方法をとったら、でっちあげ(フレームアップ)の時代に逆戻りさ。

 絶対に世論が納得しない。そんなことを最高評議会議長がやるかな」

 

「そういうことだ。あれだけ派手に宇宙に喧伝してしまったからな。

 ここで手のひらを返したら、同盟は信義に値せずとして、やはり共犯の扱いをされる」

 

 双方とも顔色が冴えない。キャゼルヌは無論だが、ヤンもイゼルローン奪取後に講和を図るという青写真の下で、かなり帝国の法律を調べていたのだ。

 

「法律で対処すると、法律で反撃されるのがオチだ。

 国交がないから、自国の法律で相手を裁くことになってしまう」

 

「それに、なにか問題があるとおっしゃる?」

 

「大ありだよ。あちらには大逆罪があるんだ」

 

 ヤンの指摘に、皆苦い顔をした。メルカッツから聞いた、リップシュタット戦役の状況。その後に、フェザーンを経由して伝えられてくる貴族たちの末路。無味乾燥な官報に秘められているのは、残存した門閥貴族らの粛清であった。

 

「銀河帝国正統政府は、新帝に対する大逆罪を問われてしまう。

 死罪にあたる重罪で、おまけに一族郎党連座させられる。

 『共犯者』である同盟も、その責を免れることはできないだろう」

 

「そいつは撤廃しなかったんですな」

 

 パトリチェフは太い腕を組んだ。

 

「ローエングラム公が、玉座を簒奪(さんだつ)するのも時間の問題ということですか」

 

 ムライが眉間に皺を寄せた。

 

「ああ、そうだよ。女帝を立てたのはそういうことだ」

 

 皆が怪訝な顔をする。男女同権が当然の同盟では、理解しにくいことだ。ヤンは頭をかきながら、歴史的な男子相続と女帝の意味を語った。

 

「キャゼルヌ事務監、どうかお気を悪くしないでくださいね」

 

 そう前置きして。ヤンの説明が終わると、皆が言葉も出ない有様であった。

 

「ちょっと待ってくださいよ、ヤン司令官。

 ローエングラム公に味方した貴族だっているはずでしょう」

 

 三人の姉を持つ、末っ子長男の立ち直りが一番早かった。士官学校時代、ずいぶん戦史の勉強を見てもらい、ヤンの歴史論に馴染みがあったおかげである。

 

「そいつらをどうする気なんです」

 

「どうするもこうするも、これからは俺の時代だと宣告したわけだ。

 気に入らないなら野垂れ死ね、という意味に決まっている」

 

 こう吐き捨てたのは、下級とはいえ貴族の血を引く美丈夫である。

 

「そのぐらい、あの金髪の坊やの権勢は絶大だということだ。

 平民と貴族に公平な法律を導入したのなら、絶対多数の平民が味方になる」

 

「シェーンコップ少将の言うとおりだ。

 ゴールデンバウム王朝を緩やかに奪うことだってできたんだ。

 先帝の孫娘のどちらかと結婚すればいいんだからね。

 彼ほどの美貌と才能の持ち主なら、どんな女性も首を縦に振る。

 リップシュタット戦役は起こらないか、もっと規模が小さく済んだだろう。

 選ばれなかった方が、反旗を翻す程度の私戦になったろうね」

 

 こう言った上官の背後、金褐色の頭部が微かに横に振られた。肝心の相手は全く気がつかなかったが。

 

「なるほど。あんな大規模な内戦の果てに権力を握ったというのは、

 目指すものが違うということですか」

 

 察しのよい副参謀長が、相槌を打つ。

 

「彼が目指しているのは、ゴールデンバウム王朝の打倒と払拭さ」

 

 またも言葉をなくした幹部らに、ヤンは静かな笑みを向けた。不変の定理を述べる学者のように、淡々と言葉を続ける。

 

「永遠に続くものは、この宇宙のどこにもない。

 いや、宇宙だってやがて終焉を迎える。王朝や国も同様だよ」

 

 ヤン艦隊の幹部らの胆力は、低いものではない。だが、彼らの背筋を戦慄が駆け上がった。その中で、ムライが小さく咳払いをした。

 

「しかし、これは政治で解決すべき問題です。我々、軍人がどうこうできるものではない」

 

「たしかにそうだね、ムライ参謀長」

 

 ヤンは同意したが、シェーンコップには歯痒い。

 

「ならば閣下、そのお考えを軍上層部に上申すべきではありませんか。

 文民統制(シビリアンコントロール)と遠慮をなさっている場合ではない」

 

「上申ならしているさ」

 

 短く言ったのはキャゼルヌだった。ヤンが査問会から帰ってくるまで、司令官代理を務め、残務処理の多くを担ったのは彼である。ガイエスブルク要塞来襲、第八次イゼルローン攻略戦の戦況報告は、彼とヤンが連名で行っている。

 

「まさか、皇帝が亡命してくるなんて思わなかったが、

 帝国が再び大規模な侵攻を行う可能性が高いことはな」

 

 苦々しい口調であった。

 

「あれから三か月以上経ったが梨のつぶてだ。帝国は次から次へと()を打ってくるのにな。

 こっちも後始末で大わらわだが、同盟政府も、

 幼い皇帝陛下の面倒を見るのにさぞや忙しいんだろうさ。

 そんなものは、腕のいいベビーシッターに任せておけば済むことだがね」

 

 宙域の残骸は八割以上の処理が完了し、要塞のクレーター工事の進捗状況も悪くはない。だが、ハードウェアが整ってきても、それを運用するソフトウェアが不足していた。

 

 特に、要塞防御部門の兵員である。いままで同盟軍には宇宙要塞というものがなかった。それを帝国語のマニュアルを発掘して、同盟語に翻訳することから始め、演習を重ねてようやく育った兵員だったのだ。新人を補充しても、元の質に戻すのは容易くはない。

 

「では、何度でも繰り返し上申すべきだ。

 一度無視されたからといって、諦めるのは我々に対して無責任でしょう」

 

 シェーンコップの反論に、口を開きかけた先輩と後輩をヤンは手ぶりで制した。

 

「シェーンコップ少将、聞いてくれ。政治的決着は相手が乗ってくれてこそだよ。

 残念だが、既に時期を逸している。

 相手はカードをうっちゃって、銃を抜こうとしているんだからね。

 そっちは政府の仕事さ。我々は給料分の仕事をすればいい」

 

「ふん、給料泥棒がよくもおっしゃるもんだ」

 

 事務監が揶揄(やゆ)としては鋭すぎる相の手を入れ、参謀長は再び咳払いをした。黒髪の司令官は、困ったような笑いを浮かべた。

 

「それが続いてくれる方が、同盟にとっては幸福なんだがなぁ。

 私たちがやるべきは、ローエングラム公の出方に気を揉むことではなく、

 まずは、イゼルローン要塞と、グエン提督らの不在、二つの穴を塞ぐことなんだ。

 とりあえず、作業を進めよう。各部門長は進捗状況の報告を頼むよ。

 期限は三日後。簡単な概要で結構だから」

 

 やれ、司令官がようやくお目覚めのようだ。穏やかな様子はいつもどおりだったが、イゼルローンの幹部は遠雷の響きを聞く思いであった。




参考文献は『アダムの呪い』作者:ブライアン・サイクス氏です。Y遺伝子に関するノンフィクションです。なお、女帝、女王の意味については事実です。欧州の王家のように、親戚同士である場合は影響が少ないのですが。

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