銀河英雄伝説 ヤン艦隊日誌追補編 未来へのリンク   作:白詰草

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余話 ティータイムの接遇研修

 フレデリカ・グリーンヒルは困惑した。急に人事研修の通知が舞い込んできたからである。命令権者は、イゼルローン要塞事務監 アレックス・キャゼルヌ少将。これは納得ができる。

 

 日時は明日の14時から。ちょっと急すぎる。こういう人事研修は、二週間前には通知が来るものだ。幸い、明日は大きな予定は入っていないが、あのキャゼルヌ少将がこんな余裕のない日程を組むものだろうか。

 

 そして場所を見て、ますます訳が分からなくなった。要塞事務監執務室、及び給湯室。タイトルは『接遇研修』とある。そして、講師がアッシュフォード少佐。キャゼルヌの副官的な役割の女性である。

 

 フレデリカは考え込んでしまった。直属の上官であるヤン司令官や、彼の幕僚に対して、不適切な対応をしたのだろうか。従軍してからの二年目で、副官という一人職に就いた。自分なりに一生懸命やってきたつもりだったが、やはり至らぬところがあったのだろうか、と。

 

 半個艦隊を率いることになった駆け出しの提督。フレデリカが配属された時のヤン少将である。エル・ファシルの脱出行の時とさほど変わらない、年齢に比べて若々しい青年だった。物慣れぬ印象の、ちょっと頼りなさそうな表情はあの頃のままで、それは今も変わらない。

 

 変わったのは、彼の地位と立場だった。フレデリカが着任して早々に成功させた第七次イゼルローン攻略戦で、中将に昇進。直後に行われた帝国逆進攻。その最後のアムリッツァの会戦で、同盟軍は二千万人に及ぶ未帰還者を出す。歴史的な大敗であった。そのなかにあって、殿軍を務めて味方の生還に尽力し、自らの艦隊も七割以上の生還を誇る。その功績により、大将に昇進。彼が少将に昇格したアスターテ会戦から、一年で三階級の昇進である。将官にあっては、史上最短記録と言えよう。

 

 その後の軍事クーデターを鎮圧し、先日の帝国軍による第八次イゼルローン攻略戦も退けた。同盟軍の艦隊司令官の多くが、アスターテとアムリッツァの会戦で、戦死してしまったのは事実だが、同盟軍史上最高の名将という評価は過大なものではないと思う。

 

 軍事クーデターの首謀者は、彼女の父だった。その場で罷免(ひめん)更迭(こうてつ)をされても仕方がなかったのに、ヤンはフレデリカをずっと信任してくれている。時折、副官と事務監任せの給料泥棒に変身することがあるが、彼が勤勉になるのは動乱が襲ってくる前兆だった。

 

 先日の幼帝の廃位と女帝の即位のニュースに接して、ヤンは歴史愛好家らしい女帝論を語った。それは伊達と酔狂の青年提督も、不敵で不逞な白兵戦の名手も、神経が特殊鋼ワイヤー製の事務の達人も、一様に言葉を失うものだった。

 

 男子相続とは、初代皇帝のY遺伝子を継ぐためのもの。Y遺伝子は父親からしか受け継がれない。女帝が立ち、その息子が次の皇帝になると、夫の遺伝子の王朝の開始となる。ゴールデンバウム王朝が存続するには、女帝の夫は初代皇帝のY遺伝子を持つ者でなくてはならない。それは皇帝の兄弟に連なる、大公家や公爵家の男性。リップシュタット戦役で粛清された、高位の門閥貴族である。その血を持つ者を、ことごとく滅ぼしてから女帝を立てた。おまえの息子は、ゴールデンバウムの男ではない。もう現王朝は終わりだ。十数年待つ必要はないという意味だと。

 

 一同が絶句し、口論となりかける場面もあったが、司令官の一声で治まった。そして、ヤンが久々に給料泥棒から目覚めて、再起動を開始した。

 

 その矢先に、急の人事研修。余程に悪い事をしてしまったのかと、フレデリカが動揺するのも当然だった。ヤンは怠け者ではあったが、穏やかで紳士的な上官だった。知らず知らずの内に、非礼を働いているのかも知れない。講師役も、先日育児休暇から復帰したばかりで、よく知らない女性少佐である。フレデリカとは階級の差が一つだが、これはヤンの戦功の余慶である。従軍してまだ四年目なのだ。考え出すと、色々思い出されて、くよくよしたり、恥ずかしくなったり。コンピューターの又従姉妹と言われた記憶力も、プラス面ばかりではないのだった。

 

 あまり寝付けなかったその翌日。それでも若さのお陰で、目立つほどの隈はできずに済んだ。いつもより、ややしっかりとファンデーションを塗り、頬紅を広めに刷いた。とりあえず、これでいいだろう。彼女は気を取り直して出勤した。

 

 午後の研修は気がかりではあるが、仕事は毎日待っている。ヤンが司令官らしいことを始めると、増加の一途を辿る。先日、ガイエスブルク要塞襲来後の、復旧状態の報告を求めたので、各部門から報告書が提出されてくるのだった。

 

 ヤンは要塞防御指揮官からの報告書を見て、くすりと微笑んだ。

 

「閣下、どうかなさいましたか」

 

「いや、先生も生徒も両方優秀だなと思ったんだよ。

 内容が見違えるほど、簡潔で具体的になっている。

 おまけにページも少なくて、結構結構」

 

「少ないほうがいいんでしょうか」

 

「決裁する方は楽だよ。隅々まで読める」

 

「まあ」

 

 副官の声に、上官は黒髪をかきながら弁解をした。

 

「分かりやすい事は大事だよ。戦闘中に長々した文書を読んではいられないだろう。

 普段の文書だって、ぱっと読めてぱっとわかったほうがいい」

 

「そうでしょうか」

 

 なおも疑わしげなヘイゼルの瞳に、黒い瞳の持ち主は優しく諭す。

 

「世の中、君のように記憶力や処理能力に優れた人ばかりではないよ。

 報告書や計画書に求められるのは、相手に直感的に分かることだ。

 それが、昨日まで中学生だった兵士でもね」

 

「すみません、私があさはかでしたわ」

 

「いやあ、そんなに深刻にならなくてもいいよ。士官学校出はどうしても忘れてしまいがちだ。

 特に、イゼルローンの女性士官はみんな優等生だったろうからね」

 

 そう言うあいだにも、報告書のページを繰って活字を追う視線は止まらない。最後まで読み終わると、大きく頷いて決裁欄にサインを記入する。その下に小さく、『大変素晴らしい』とコメントを書き加えた。

 

「じゃあ、こちらを届けておいてくれないか。

 それからグリーンヒル大尉、今日は研修だったね。頑張ってきなさい。

 終了時刻が定時に近くなったら、直帰してくれてかまわないよ」

 

「ですが……」

 

「たまには、要塞管理部の友人とおしゃべりでもしてくるといい。

 雑談というのも大事な情報交換だからね。こっちはまあなんとかするから」

 

「はい、了解しました」

 

 研修の開始まであと45分。要塞防御部のオフィスに寄っていっても、そんなに時間が掛かるものではない。要するに、顔つなぎのお使いを兼ねて、気分転換をしてきなさいという意味なのだろう。ヤンの出世のスピードでは、頻繁に昇進者研修への出席を求められていただろう。部下の憂鬱もお見通しということだった。

 

 こうまで言われれば、断ることはできない。手元の情報端末で、シェーンコップ少将の在籍を確認し、これから決裁後の報告書をお持ちします、と伝えた。美丈夫の深い美声は、美女の訪問はいつでも歓迎だと笑い混じりのもので、フレデリカを苦笑させた。

 

 徒歩で5分とかからない、要塞防御指揮官のオフィス。灰褐色の髪と瞳の美丈夫に取り次いでもらうと、司令官の決裁済みの報告書を返却する。そのサインに添えられたコメントに、シェーンコップは整った片眉を上げた。

 

「グリーンヒル大尉、わざわざすまないな。

 『大変素晴らしい』とは光栄だと、ヤン提督に伝えておいてくれ」

 

「はい、そういたします。あの、シェーンコップ少将にお伺いしたいのですが」

 

 美女の言葉に、問われた方は内心で首を捻った。この根っから育ちのいいお嬢様が、この俺に何を聞いてくるのだろうかと。

 

「美人の質問も大歓迎だが、俺にわかる内容か?」

 

「事務部のアッシュフォード少佐、という方はご存知でしょうか」

 

「顔と名前以上の事は知らないな。9月の新年度から産休復帰してきた新顔だろう」

 

「少将がご存じということは、美人なんですね」

 

 シェーンコップは肩を竦めてにやりと笑った。

 

「ご明察だ。アッシュブロンドにスカイブルーの目の、きりりとした美人だな。

 独身時代に知り合えなかったのは残念というところだ。

 年齢は二十代の後半から終わりごろといったところか。しかし、敏腕だな」

 

 ずいぶんよくご存じで。フレデリカは苦笑した。伊達に多くの浮き名を流してきたわけではない。だが、フレデリカは最後の言葉には頷いた。女性の後方職で、産休育休を挟んで20代後半の少佐というのは、かなり昇進が早い。そんな人が講師役になるというのは、ひょっとして自分の仕事ぶりは相当まずいのだろうか。

 

「おやおや、あたら美女が暗い顔をするのはもったいないな」

 

「いえ、なんでもありませんわ。シェーンコップ少将、ありがとうございました」

 

「俺の見るところ、アッテンボロー提督の同期か、後輩ぐらいだと思うがね。

 だが、情報収集よりそろそろ行ったほうがいいだろうな。ご苦労だった」

 

「失礼いたしました」

 

 どうやら、フレデリカの研修もご存じのようである。時間よりやや早いが、彼女はそのまま要塞事務監執務室に向かった。受付役のブライス中尉に研修のために来訪した旨を伝える。

 

「はい、了解しました。グリーンヒル大尉、執務室に入室してください。

 頑張ってきてくださいね」

 

 赤毛の後輩は、灰色の目の片方を閉じて激励してくれた。フレデリカは大きく深呼吸した。ノックをして、姓と階級を告げる。キャゼルヌの声で、入室の許可が告げられる。

 

「失礼します」

 

 マナーのとおりに声を掛け、ドアを開けて扉をくぐる。

 

「忙しいところ、急にすまんな」

 

 薄茶色の髪と目の、ヤンにとって頭の上がらぬ先輩が、気さくな挨拶を掛けてきた。

 

「まあ、そんなに硬くならんでいい。今日の研修というのはな、要するにお茶くみのやり方だ」

 

 ヘイゼルの瞳を真ん丸にする美女に、隣に控えていた女性が声を掛ける。

 

「ほんとうにキャゼルヌ事務監もお人が悪いんですから。

 グリーンヒル大尉、小官が本日の講師、と言っていいものかしらね。

 アッシュフォード少佐です。短い時間ですが、よろしくね」

 

「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 一瞬、呆然として慌てて敬礼をする。シェーンコップ少将が形容したとおりの美人が、それに苦笑いをした。

 

「キャゼルヌ事務監のおっしゃるとおり、そんなに硬くならないでいいわ。

 ヤン提督の従卒だったミンツ少尉が異動して、貴官も仕事が増えたでしょう。

 お茶くみに取られる時間も、正直馬鹿にならないでしょうからね」

 

 フレデリカは思わず頷いた。

 

「司令部では貴官が最年少で一番階級も低いし、

 紅一点だから貴官の仕事になってしまっているでしょうけど。

 お茶を出す、出さないのルール作りの方法と、

 お茶やコーヒーの淹れ方についての研修になります。

 まずは、小官が淹れますから後ろで見ていてね」

 

 フレデリカは告げられた内容に、安堵の吐息をついた。よかった、てっきり厳重注意がくるのだとばかり思っていた。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「アッシュフォード少佐はシロンの出身だからな。

 珈琲も紅茶も淹れるのが上手い。よく習うといいだろう」

 

「あの、ここの給湯室で研修を?」

 

「そうだとも」

 

 キャゼルヌはさっさと執務机に戻った。

 

「俺が味見役さ。さあ、俺がよしと言えば、研修はそこで終了。

 もういい、と言えばよしと言うまで日を替えて続行。今日で終わるように頑張ってくれ」

 

 ヘイゼルの瞳が、スカイブルーの瞳を縋るように見詰めた。アッシュフォード少佐は、四歳下の後輩の肩にぽんと手を置いた。美しい笑顔で一言。

 

「では、頑張りましょう」

 

 彼女が見本に淹れてくれた珈琲や紅茶は、本当に美味しかった。自分が淹れたものと比較すると、敬愛する上官に平伏して謝罪しなくてはならないだろう。

 

「この研修、一日で終わるのかしら」

 

 フレデリカは蒼褪めて呟いた。ある意味、たいそう厳しい内容の研修であった。

 

「違うわよ、グリーンヒル大尉。終わらせるの。

 ヤン提督とキャゼルヌ事務監の胃腸を悪くするわけにはいかないもの」

 

 にこやかにスパルタな発言をするお茶くみの達人。

 

「私、料理が苦手なんです」

 

「私が見たところ、一番の問題は経験不足ね。次は知識の不足。

 貴官、理数系は得意だったでしょう。料理は化学なのよ。

 適切な素材の配合、適切な温度による調理、浸透圧の差によって調味料の加え方も変える」

 

 料理とは咄嗟に結びつかない内容に、金褐色の髪の下の働きが止まる。それをよそに、月光色の短髪の美女の講義はまだ続く。

 

「お茶や珈琲も同じよ。お湯の沸騰のさせ方に注意して、酸素を水に残すように注意する。

 その注ぎ方や湯温を変えることで、成分をバランスよく抽出させるの。

 はい、これをよく読んでみて」

 

 渡されたのは、お茶と珈琲の入れ方のレシピだった。ポットやカップの温め方まで、丁寧にタイムテーブル化されていて、まさに直感的に分かるようなものだった。

 

「よく読んで、まずは一杯淹れてみましょう。

 あなたが理解できてからでいいわ。キャゼルヌ事務監、時間制限は設けていないしね。

 とりあえず、見本のおかわりはいかがかしら? お茶菓子もあるわよ」

 

「いただきます」

 

「珈琲と紅茶、どちらにする?」

 

「半分ずつ、両方を」

 

 真剣な表情で、レシピを熟読するお茶くみ初心者に、黒褐色と琥珀色を湛えたカップを出してやる。さらに真剣な面持ちで、その味見をする後輩に、少佐は笑い混じりに訊いた。

 

「お味はいかが?」

 

「本当に美味しいです。紅茶はミンツ少尉と同じくらい。

 珈琲はホテル・ユーフォニアと同じくらいですわ」

 

「光栄ね。でもね、美味しいものを作るのに、眉間に皺を寄せては駄目よ。

 お茶菓子も食べてごらんなさい。ブライス中尉の自作だから」

 

 言われるがままに、バターケーキを口に入れる。しっとりとして、ブランデーの香りがする。中に混ぜられているのは、薫り高いアールグレーの茶葉だった。こちらも本職顔負けの美味しさだった。

 

「こちらも本当に美味しいですわ」

 

「昨日非番だったから焼いたんですって。まめな子よね」

 

 休日に、手作りのケーキを焼くというのがなんとも女性らしい。敗北感を覚えてしまう。

 

「ええ、本当に。皆さんすごいですね」

 

「あら、あなたの方がすごいし大変だと思うわよ。

 あなたと立場を交換するなんて言われても、ちょっと遠慮するわ。

 ヤン提督の手助けをするなんて、あなた以外にできないわよ」

 

「ありがとうございます……」

 

 なんだか、研修と称したティータイムになってしまっているがいいのだろうか。

 

「あなたも毎日大変でしょう。

 周りは一人を除いておじさんばかりだし、上官は色々と凄い人だし。

 学生の頃は、あんなに出世するとは思わなかったんだけど」

 

「少佐は、学生時代のヤン提督をご存知なんですか?」

 

「私が入学したときにあちらは最上級生だったから、遠目に見るくらいだったけど。

 同期のラップ候補生や後輩のアッテンボロー提督のほうが目立っていたわね。

 あと、キャゼルヌ事務監が士官学校事務局にいらして、当時から親しくしていたわ。

 目立つ人たちの大人しい友人って感じだった」

 

「閣下とお二人は、長いお付き合いだったんですね」

 

「そうよね。もう12年前のことだもの。本当に時の経つのは早いわね」 

 

 フレデリカは思わず頷いた。

 

「あれから12年で、大将まで出世している人がいるのは不思議な気持ちだわ。

 その人が、あの目立つ人たちの上官なんだから、わからないものね」

 

「よく覚えていらっしるんですね」」

 

「あれだけ年齢差のある先輩後輩関係って、やっぱり珍しいもの。

 狐と黒猫とシュナウツァー犬なんて、言ってた子もいたわよ」

 

 目を真ん丸にしたフレデリカに、アッシュフォード少佐は微笑んだ。

 

「だって、ヤン提督とアッテンボロー提督は二歳の差だけれど、

 キャゼルヌ事務監とは六歳と八歳差よ。よくも話が合うものだと思ったわ」

 

 

 彼女は軽やかな笑い声を上げた。

 

「言わば貴方とミンツ少尉くらいの差ね。キャゼルヌ事務監がとても大人に思えたし。

 あの頃は、イゼルローンで彼の副官にお茶の淹れ方を教えるなんて想像もしていなかったわ」

 

 その麗しく優秀な副官が、こんなにお茶くみが下手だということも。これはあれだわ、と金髪碧眼の少佐は思う。『弟』の食生活の梃入れを始めたのね。だが、そんなことはおくびにも出さずに続けた。

 

「あなたもそんなに緊張せずに、息抜きでもしなさいよ。たまには単純労働もいいでしょう」

 

「あの、あまり単純じゃありませんけど」

 

 フレデリカは眉を寄せた。このレシピに、ヤンが『大変素晴らしい』と記入するのは間違いない。だが、珈琲紅茶の淹れ方に、こんなに細かなテクニックがあろうとは。単に湯を注ぐだけのものではなかったのだ。お湯の沸騰温度の見極めとか、カップやポットを温めるタイミングだとか、湯の注ぎ方だとか。フェザーンに旅立った亜麻色の髪の少年に、改めて尊敬の念を送らざるを得ない。

 

「ああ、それは簡単よ。勘で追いつかなければ、道具を使えばいいから。

 茶葉用のスプーン、ケトル用の温度計、タイマーや砂時計とかね」

 

 ふたたび目を丸くする見習いに、数字に強い達人は空色の片眼をつぶった。

 

「言ったでしょう、化学だって。実験と同じで正確に計時計量を行えば、

 大きな失敗はしないものよ。名人には及ばなくてもね」

 

「あの、料理もですか?」

 

「ええ、もちろんよ。でも今日は珈琲と紅茶。今日のうちによし、と言っていただかないと」

 

 それも一発合格させてあげないと、『嫁』としての査定が下がりそう。彼女は、水っ腹になるのを覚悟した。そして今晩の不眠も。明日は午後半休だからまあいいけれど。

 

「はい!」

 

 フレデリカは力強く返事をした。今日はいいが、明日からは本当に忙しい日程が始まる。その前に、もうちょっとましになった紅茶を出してあげたい。『息子』が旅立って、元気のないあの人に。

 

 その後、キャゼルヌ事務監に一発で『よし』を貰う事ができた。しかし、試作と試飲に付き合ってくれたアッシュフォード少佐は『もういい』の心境だっただろう。両手の指を全部折るほどの回数であった。フレデリカも、その日の夕食が不要だったことは述べておく。

 

 だがその結果、司令官が紅茶をブランデーで割る頻度が減少したことは、大いなる功績だった。




 

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