銀河英雄伝説 ヤン艦隊日誌追補編 未来へのリンク   作:白詰草

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熟田(にきた)津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな


Lonliness March

 ヤンからの会合通知を自端末で確認したフィッシャーは、わずかに首を傾げた。面倒くさがりで、コンピュータの操作が不得意だという司令官は、こういった通信は副官任せにしてある。だが、この司令はヤンの端末とIDで行ったものだ。つまり、他言無用ということだった。

 

 ヤンは、組織運営の調整役としても非凡な手腕を持っている。自分の不得意分野を得意な者に任せるのだが、これは他者の力量を見抜くのに長けているのだ。一方で、任せた相手がそれを抱え込まないように、上手にサポート役を買って出たり、あるいはまた違う者と結びつけたりもする。自分が相談すべき相手を選ぶのも的確だった。ムライ参謀長が言うように、人使いがうまいのも才能なのだろう。

 

 参謀長と副参謀長の人事の妙など、まさにそれであった。年長者の規律への厳しさを重視しつつ、朗らかで説明上手なクッション役を挟んで、奔放な若手連中にも納得しやすい状態にしている。

 

 メルカッツ提督らを受け入れる際にも、同盟軍屈指の軍官僚キャゼルヌ事務監と、亡命の先輩格のシェーンコップ少将とのトリオであたっている。どれも、相手を尊重して敬意を持っていることがわかり、下の者たちは自ずとそれに倣う。

 

 先日のガイエスブルク要塞で、シェーンコップ少将とメルカッツ提督が果たした役割は大きく、功績は目覚ましいものだったから、やれ亡命者という色眼鏡で見る者は少なくなった。亡国の宿将と副官が、名前ばかりご大層な銀河帝国正統政府に指名されて、イゼルローンを離れることになった時には惜しむ声が絶えなかったものだった。

 

 フィッシャーも彼らの離任を惜しんだ一人である。無口な彼の場合、大声を上げるようなことはしなかったが、それでも何とかならないものかと司令官に訴えたものだ。ライオネル・モートン少将の残留にも、ヤンと連名で陳情している。

 

 確かに艦隊運用には自信がある。ヤンという、不世出の名将の指揮下においてそれに専念できるならいい。だが、分艦隊司令官として、攻撃指揮もしなくてはならないというのは荷が重い。アッテンボロー提督に自分の分艦隊も任せたいところだが、彼はグエン提督の穴を埋めるために四苦八苦しているところだ。猛将の突進に慣れた連中を、ヤンの戦術思想に近いスタイルに仕立て直さなくてはならない。経験に裏打ちされた重厚な正統派の不在を、どうにかするための相談であろうか。自分ではあまり役に立てそうにないのだが。

 

 こう思いながら、会合通知の出席を返信すると、ほとんど間をおかずに会合場所についての打診が来た。あまり人目につかず、かつ同盟全体の星域と航路が見られる戦術コンピュータのある場所がいいのだがと。フィッシャーはすこし考えてからこう返信した。イゼルローン要塞駐留艦隊司令官室はいかがでしょうか、と。

 

 要塞司令官と兼任のヤンが、ほとんど使用していない部屋だ。要塞司令官執務室に不具合が出た際の予備として整備されたものだ。危機管理対策から生まれた、第七次イゼルローン攻略の落とし子のひとつである。

 

 ヤンからは副司令官が使ってくれていいと申し渡されていたが、彼の方も宙港管制室を主な仕事場にしていた。機器は同盟のものが入っているが、調度や什器の類は帝国時代のまま。絢爛豪華な貴族仕様で、居心地が悪いというか、真紅や黄金の色調が目に優しくないと言おうか。とにかく使いづらいので放置されている、エアポケットのような部屋だった。

 

 ヤンとフィッシャーは、作戦会議の為に久々にそこに入室した。戦術コンピュータを起動させ、ヤンのリクエストが叶う状態であることを確認した。そして、顔を見合わせて溜息を吐く小市民が二人。

 

「それにしても、私には場違いな部屋だね」

 

「はい、小官もです。こういう環境で生活するのは骨が折れそうですね」

 

 巨大な立体モニターの投影装置は、重厚なマホガニーと黄金で装飾されている。それを観覧するための椅子は、背中と尻が埋もれるほど柔らかなクッションの肘かけ椅子。黒檀と真紅のベルベットで作られたもので、床に固定されてもいないのに、ヤンを始めとする軽量級の面々では重くて動かせなかった。豪奢な絨毯の毛足が長くて、引き摺りにくいせいでもある。

 

 結局、要塞防御指揮官とその部下が配置を替えてくれた。軽々と持ち上げたブルームハルト少佐が言ったものだ。

 

「無理ですよ。この椅子、70キロ近くありますね。閣下よりも重たいですよ」

 

「そうだったんだ。持っただけでよくわかるもんだね。

 それにしても、貴官は私の体重を知ってるのかい?」

 

「いや、そんなの白兵戦部隊の人間なら見りゃわかりますって」

 

 ヤンはそろそろと背後を振り返った。複雑な表情のグリーンヒル大尉が佇んでいる。倍の時間を掛けて首を戻し、純朴な童顔の青年を諭したものであった。

 

「すごいね。でもブルームハルト少佐、それはあんまり口に出さない方がいいと思うな」

 

 そして、それを毛ほども示さぬ、かの前連隊長をさすがだと感嘆したものである。そう言えば、現連隊長もそんなそぶりを見せていない。あの純情青年にも指導をしてやって欲しいものだ。

 

 そんなことを思い出しながら、ヤンはフィッシャーに椅子を勧め、自分も傍らの椅子に腰かけた。そして、副司令官に対して、先日来の考察を話し始めた。

 

「私なりに、最近の帝国の情勢を考えてみたんだがね」

 

 そして語ったのは、フェザーン回廊からの帝国軍の大侵攻の予測。それを邪魔されぬ為には、その前か同時にイゼルローンにも進攻を行うだろうと。この二つの回廊の攻略は、帝国の双璧があたるだろうということも。

 

「この回廊攻略は、同盟領侵攻への初戦であると同時に、最大の難所でもあるからね。

 帝国の将帥の中で、最も力量のある人材を起用するだろう。他の人選は考えられない。

 万が一にもローエングラム公が斃れるようなことがあってはならないしね」

 

 フィッシャーは無言で頷いた。

 

「これは私の憶測だが、フェザーンをミッターマイヤー提督、

 イゼルローンはロイエンタール提督が攻略すると思うんだ。

 『疾風ウォルフ』の用兵を生かすには、ここは狭すぎる。

 あちらは、速攻して本星を抑えないと、必要なデータが手に入らない」

 

「閣下、必要なデータとは、まさか……」

 

「同盟領の航路図。フェザーンの航宙管制センターにある真の宝さ」

 

「やはり……帝国は同盟国民が出発してきた所でしたから、文献もそれなりにありましたし、

 亡命者からの情報もありました。このイゼルローンを陥落させた時に、

 更に大量のデータも入手できました。しかし、同盟からの逆亡命は絶対数が少なかった。

 それに、同盟軍の艦船は降伏信号を発信すると、

 星図データを自動破棄するシステムになっています」

 

「ああ、さしものフェザーン商人だって、同盟の航路図は帝国に売らなかった。

 さすがに商人の仁義にもとるし、競争相手だって増える。

 商品の供給源は同盟の方が高い割合だろう。

 遺伝病や代謝異常の薬品なんか、ずいぶん吹っかけているらしいよ。

 まあ商道徳はさておき、私の憶測が当たると、

 こちらにはロイエンタール提督が来ることになる」

 

「厄介な相手ですな」

 

「まったくだよ。戦術という点では、ローエングラム公を凌ぐ名将だ。

 知勇の均衡といい、冷静で広い視野といい。

 帝国軍の将帥は、いずれ劣らぬ名将揃いだが、攻勢型が多いように思うんだ。

 ローエングラム公もそうだから、似たタイプが揃うのかな。

 だが、彼は基本的には堅守型だ。こういう名将に粘られると、早々に決着はつかない」

 

 深々と溜息をついて、行儀悪く片膝を立てるヤンだった。そういう司令官こそが、柔軟な防御を得意とする名将なのだが、似たようなタイプなだけに想像がつくのだろう。フィッシャーも溜息を吐いた。

 

「先日の退却戦はそれは見事なものでしたからな」

 

 ヤンも無言で頷いた。ブランデーとグラスを持ってくるべきだったと後悔しながら。

 

「こちらが帝国防戦に手一杯でいる内に、フェザーンを衝いてくると思うんだ。

 そうなってしまうと、もうどうしようもない。

 ヤン艦隊を除けば、第一、第五艦隊となんとかかき集めてあと一万、三万を越えれば上等だ。

 相手は、ローエングラム公と名だたる提督、概算で一ダースといったところだ。

 ここまで戦力差がつくと、名将も作戦もあったもんじゃない。

 これこそが戦略の天才たるゆえんだがね」

 

 フィッシャーはあまり酒が強い方ではなく、司令部名物ブランデーリレーに普段は参加しない。だが、この時は一杯欲しくなってきた。素面じゃやってられんというヤンの気持ちがよくわかる。と同時に、疑問が湧いてきた。ここまでの話題は、分艦隊の指揮でもなく、ヤン艦隊全体の運用でもない。では、この黒髪の魔術師は、自分に何を求めているのか?

 

「閣下。小官へのお話とは何でしょうか」

 

「あんまり大きな声じゃ言えないし、私も自分のろくでもない考えが妄想ならいいと思っている。

 だが、帝国がフェザーンから侵攻してきたら、同盟は戦略的には勝てない。

 しかし、戦術的には勝つ手段は残されている」

 

 静かな口調だった。フィッシャーは、司令官の学者のような顔を凝視した。

 

「とても正道とはいえない。ゲリラ戦術によるテロというのが正しい。

 ローエングラム公ラインハルトを狙い、彼を殺すことだ」

 

 もはや言葉も出ない初老の提督を前に、息子のような年齢の司令官は淡々と言葉を続けた。

 

「いくつも大前提があるんだがね。まずは、双璧に両回廊の攻略を成功させること。

 フェザーンの方は、ほっとけば成功するから考えなくてもいい。というよりも手が出せない。

 問題はこっちだ。艦隊の損耗を極力減らし、イゼルローン要塞を脱出する。

 勝たせたことを、相手に悟らせないように。これ一つでも難題なんだがね」

 

「なぜなのか、お訊きしてもよろしいですか」

 

「ローエングラム公は、戦功によってここまで栄達してきた。

 彼らの部下も同様だ。何千年も前の中国や日本みたいに、極端な軍事政権なのさ。

 現在もその筆頭たる双璧が、これ以上武勲を独占するのは望ましくない。

 彼らが戦功をたてたら、次は他の提督を起用して武勲の均等化を図るだろう。

 私がオーベルシュタイン上級大将ならそうするね」

 

 先日の、エルウィン・ヨーゼフ二世の廃立とカザリン・ケートヘン一世即位の際、歴史論から見た女帝を語った人の言葉だ。(たと)えようもない凄味があった。

 

「彼ら双璧に比べれば、まだつけ入る隙がある。メルカッツ提督から伺ったが、

 あの二人は、二十代で少将まで出世したホープなんだ。今の同盟よりずっと人材が多い中でね。

 他の将帥はローエングラム公に付いたがゆえに、ここまで早く昇進した側面がある。

 無論、同盟にいてくれれば、名将として敬われるだろうがね。

 彼らにとっては、互いが競争相手でもある。ローエングラム公の寵に対しての」

 

 ここまで語ると、ヤンは立体モニターを起動させた。たどたどしい手つきで、同盟領全体の星図を表示させる。そして、各所の軍事基地も。四十を超える光点が赤く輝き、同盟領の中央付近に夜の車道が出現した。

 

「この競争意識を利用するんだ。アスターテ会戦の逆だね。

 どこに出没するかわからない私を、追い回してもらうのさ。

 こちらが各個撃破するために、相手をばらばらにするんだよ」

 

「それはどのようになさるのです」

 

「帝国逆進攻のさらに逆。敵陣深くに踏み込ませて、補給線を断ち切る。

 そしてのらりくらりと逃げまくる。

 異郷にあって、空腹で、しかも同僚と出世争いをしなくちゃならない。

 こんなに冷静になれない状況もそうそうないと思うが、どうかな」

 

 ヤンは、悪どいことをきわめて穏やかに言った。これは学生時代に、学年主席を破ったシミュレーションの戦法でもあった。

 

「こちらにはまだまだ地の利もあるだろう。それに、補給場所を知っているというのは大きい。

 何人もの有能な将帥と戦って、私が勝ち続けるという非常に高いハードルがあるが、

 そうなったらローエングラム公本人が出馬してくると考えられるんだ」

 

 フィッシャーの目が銀色の眉の下で大きくなった。

 

「帝国の中心人物がですか。そんな、まさか……」

 

「彼は私の意図を見抜くよ。そして、投げつけられた手袋を無視できるような性格ではない。

 若くして成功を重ねてきた天才だからね。フリードリヒ四世の引き立てもあったにせよ、

 昇進も非常に速かった。幼年学校を出たばかりで少尉、その五年後には元帥だよ。

 つまりまあ、せっかちだと思うんだ。そして完璧主義者だ。

 これは、顔や言動を見れば一目瞭然だがね」

 

 フィッシャーは深く同意の頷きを返した。絶世の美貌は覇気に輝き、容貌の華麗さをさらに引き立てる。銀河帝国正統政府への弾劾の言葉の鋭さは、為人(ひととなり)の苛烈さを知るには充分だった。

 

「私は彼の完勝を何度か邪魔している。アスターテとアムリッツァで。さぞや目障りだろう。

 武勲によって立った政権の長は、臣下の誰よりも武勲に優れていなくてはならない。

 こういう意識は、ローエングラム公の中にあると思うよ。

 彼は戦略の天才だし、戦術だって優れている。なによりも負けず嫌いだ。

 同盟侵攻の一番手柄は双璧でしたってことになったら、今後の体制にも影響が出る。

 部下の中から我こそはと彼の座を狙う者が出てくるかもしれない。

 だから、ヤン・ウェンリーなる叛徒の首魁(しゅかい)を討ちとって、同盟征服を完璧にし、

 その権威を絶対のものにしようと考えるんじゃないかとね」

 

 アッシュビー提督と同じ表現なのは恐縮だけれどね、とヤンは肩を竦めて付け加えた。

 

「しかし、それでは閣下ご自身が、連戦を行うことになります。

 ご自分が囮になられるとおっしゃるのですか」

 

「いやね、この憶測が当たったら、囮もなにも他にカードがない。

 だから、貴官の知識と力量を最大限にあてにさせてもらいたいんだよ」

 

 ヤンは、星図の赤い光点の群れを手で示した。

 

「この軍事基地を転々としながら、同盟領の星の海を味方と武器にしてね。

 ドールトン事件の後で、貴官が言っていただろう。

 恒星マズダクの他に、いくらでも難所はあったと。

 帝国は、正規の航路以外の情報には、貴官ほどには詳しくない」

 

 フィッシャーは、同盟領の星図を眺めやった。帝国側の二つの先端にイゼルローンとフェザーン。最深部にバーラト星系。要所要所の有人惑星。人口が十万人程度のものから、十億人を抱えるハイネセンまで。帝国が、フェザーン側から侵攻してくるという。一ダースの艦隊ということは少なくともその百倍の兵員だ。では、人員や物資を一時配置できる軍事基地が必要になる。イゼルローンから移動するにはあまりに遠い。フィッシャーの脳裏に、いくつか候補がピックアップされ始めた。

 

「わかりました。閣下の仰ることを念頭において、小官もいろいろと考えてみましょう」

 

 その言葉に、黒髪の司令官は軽く頭を下げた。

 

「ありがとう。よろしく頼むよ。だからフィッシャー少将、これは命令だ。

 この先、イゼルローンの攻略戦が起きても、貴官は絶対に死なないでくれ。

 そんなことになったら、私は両手を上げて降伏するしかなくなってしまう」

 

「閣下……」

 

 それは、あくまでも帝国に抗うという意志の表明でもあった。

 

「以前のクーデターの際におっしゃいましたね。

 個人の自由と平等の前に国家など重要なものではないと。

 それでも国家を、今のこの同盟を守るために戦いを選ばれるのですか」

 

 衆愚政治と化した同盟政府。その操り人形である同盟軍の上層部。ヤンの予測が的中し、彼が構想する戦いの果てに、ローエングラム公と雌雄を決するというのなら、苦難などという表現さえ生易しい道が待つことになる。

 

 フィッシャーの言葉に、ヤンは穏やかに笑った。

 

「そりゃあ、国民を守るために給料を貰っているんだからね。私は給料分の仕事はするつもりだよ」

 

 下手な韜晦(とうかい)に眼差しを厳しくする部下に、頭をかいてつけ加える。

 

「それに、ヤン・ウェンリーは勝算のない戦いはしないのさ」

 

 宇宙暦798年11月20日、戦艦ユリシーズがイゼルローン回廊に帝国軍の侵入を発見。オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将を総指揮官とする三個艦隊、三万六千隻の襲来。神々の黄昏(ラグナロック)の訪れであった。

 

 宇宙暦799年1月19日。約二ヶ月間の攻防戦の後、ヤン艦隊はイゼルローン要塞を脱出。同盟の永遠の夜に漕ぎ出す。青い恒星を墜とすための、孤独の連戦に。

 

 二百年前、ハイネセンらが自らの血で記した航路図の尊さを、帝国軍に知らしめよ。征服者たちよ、その価値を知り、その為に戦う者の意志を知れ。

 

 ヤン・ウェンリーが、(おびただ)しい流血のインクで記した意志表明と、ある歴史家が評するバーミリオン会戦の開幕であった。

 

――ヤン艦隊日誌追補編 未来へのリンク 了――




わたの原 八十島かけて 漕ぎ出んと ひとには告げよ 天の釣り船

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