ゲヘナでいちばんワルい奴ら   作:ふかしいも

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01_不運な不良の不幸

 ──騙された!

 

 不良少女(チンピラ)が夜のブラックマーケットを駆ける。

 

 ビビるな、足音を消せ、気配を殺せ。

 

 そう何度も何度も自分に言い聞かせるが、膝が自然と震えだすのを止める術がない。

 

「……ちくしょう」

 

 せめて息を整えようと、小汚い違法DVD屋の壁に背中をもたれかけさせる。

 

 どうしてこうなった?

 

 そうだ、楽な仕事だと言われたからだ。

 

 ある物をトリニティで受け取り、それをゲヘナで引き渡すだけ。それもそれぞれの支配が万全ではないブラックマーケット内での話だ。まるっきりガキの使いだったが、提示された報酬は目が眩むほどだった。

 

 しかし、どこかでトリニティに嗅ぎつけられた。

 

 元からマークされていたのか、あるいは自分以外のマヌケがドジを踏んだのか。まるでわからない。

 

 チンケな不良が理解している現実はただ2つだけだ。名簿だと渡されたBDが、トリニティにとってはクソがつくほどの厄ネタであること。そして今、自分はあの正義実現委員会に追われているということだ。

 

「追い込みなさい、ぜったいに逃してはいけません」

 

 その声に、喉の奥で「ひっ」と声を漏れる。慌てて口を手で塞いだ。聞き覚えのある声だった。

 

「ここはもうゲヘナに近いのですから」

 

 委員会のナンバー2、羽川ハスミは、その名を口にするなら道にこびりついたガムを拾って口に含む方がマシだといわんばかりだった。彼女のゲヘナ嫌いは有名な話だ。もし捕まった挙げ句、ゲヘナに逃げ込むつもりだったとバレれば、どうなるだろうか。

 

 わかりきっている。

 

 正義実現委員会のおもてなしは丁重さを尽くしたものになるだろう。

 

 不良少女はぶるりと身を震わせた。

 

 ともかく落ち着け。

 

 ここはブラックマーケットの中でも特に入り組んだ区画だ。雑居ビルが雨後の筍のように立ち並んでいるせいで道は細く、入り組んでいる。おまけに目印になるような看板の類もない。

 

 ここらの住民が意図的にそうしているのだ。ゲヘナとトリニティの汽水域には特にきな臭い仕事が多く集まる為、どちらの治安機関にとってもガサ入れが難しいようになっている。

 

 そのおかげで地上は迷路じみているし、ビルとビルは後付された渡り廊下やハシゴでつながっているおかげで、意地の悪いあみだくじみたいになっている。

 

「よし」

 

 少女は違法DVD屋へと入った。

 

 カウンターにはいくつものディスプレイが並べられ、店員が大量に持ち込まれた違法ディスクの中身をチェックしていた。うさんくさそうに、こっちを見てくる店員を無視して裏から抜けて、後付の外階段を登り始める。

 

 慎重にと言い聞かせながらに一歩を載せる。だいじょうぶだ。いける。二歩目。よし、三歩目を──思いの外に老朽化していた鉄板がギイっと大きく軋んだ。

 

「今、音が?」

 

 ハスミの声。

 

 不良少女は脇目も振らずに走り出す。物音にかまっていられない。とにかく越境してしまえば勝ちだ。正義実現委員会といえどゲヘナの学園自治区までは追ってこない。もし、そんなことをすればこの何の取るに足らない夜がにわかにD-DAYだ。

 

 少女は階段を一段飛ばしで駆け上がる。3階建てビルの屋上まで駆け上がる。周囲を見渡し、隣のビルへと一メートルほどの隙間を飛び越す。それを繰り返して一ブロック先に移動する。

 

 「元気、健康、放射線」と謎の看板を掲げるビルの屋上に辿り着く。錆びついた扉を蹴り開けて飛び込み、勢い余って階段を1フロア分転げ落ちる。受け身を誤って、汚い廊下を舐める羽目になる。どろりと鼻血が溢れ出す。袖で拭いながら一階へ駆け下りる。最後の一段を踏み外す。ほとんどの口がガムテで塞がれた郵便受けに体ごとぶつかった。ピンクチラシや違法武器売買のチラシがどっさりと零れ落ちる。

 

「は……は……」

 

 口の中に鉄の味が広がってくる。唾を吐く。真っ赤だった。

 

 それでもゲヘナは目の前だ。

 

 よろよろと立ち上がってビルを後にする。すぐ目の前が壁がある。肩幅程度しかない狭い道だった。ここはブラックマーケットに張り巡らさらされた街の毛細血管の一つで、まっすぐに進めばゲヘナに入れる。

 

 ──ぶるるるるるるっ……!

 

 どこか遠くで壊れたエンジン音を聞いた。もしかしたら、どこかのガレージで違法戦車のレストアでもしているのかもしれない。

 

「そうだなぁ、戦車っていいよなぁ……」

 

 この仕事の金が入れば戦車の頭金にしようか。戦車の装甲は分厚くて、その強大で、立ちふさがるものは壁だろうがなんだろうがぶち破って進める。それさえあればチンケな運び屋なんて卒業して、もっとデカい山だって踏める。

 

「仲間を集めて戦車で暴れまわってさ、夏には戦車で海に行ったりしてさ」

 

 ──ぶるううぁあぁあああぎゃあああああああああああ!

 

 戦車の唸り音が大きくなってくる。自分の前途を祝しているように感じられた。それと、いっしょにドガンドガンっと道路工事の何倍もの騒音が近づいてくる。

 

 ──ぎりゅあああああうああぶあびゃああああっ!!

 

 おかしい。

 

 戦車は、こんな音はしない。

 

 そう、気づいた時はもう手遅れだった。

 

 ドガーーーーーーーーーーン!!

 

 すさまじい爆発音と共に後方1メートルの壁がぶち壊れた。手榴弾で誕生日を祝うみたいに瓦礫があちこちに飛び散って、狭い路地に跳ね返ってカンカンガラガラと激しい音を立てる。

 

「きええええええええええええええ!!」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 さすがに叫ばずにはいらんれなかった。

 

「あ、あわわあわわ、お、お前は……!」

 

 真っ赤に滴るヘイローを見間違うはずもない。セーラー服の裾を赤に染め、だらりと下げた両の手にレバーアクション式ショットガンを恐れない者がいるはずもない。そう、彼女こそトリニティの歩く戦略兵器こと剣崎ツルギだ!

 

「──くそがッ、だったらよぉっ!」

 

 不良少女は覚悟を決めて一心不乱に駆け出す。戦って勝てる相手ではない。逃げの一手しかない。足元に散乱するペットボトルや袋菓子のゴミを蹴飛ばしながらにひた走る。肺が熱い。残りは50メートル。心臓が破裂しそうだ。あと40メートル。駆け抜ければ、そこはもうゲヘナだ。30メートル。だから振り返るな、振り返るな、前を、前だけを見、

 

「──んんぎぃいあああああああああああああああらあああすっっ!?」

 

 恐竜じみた奇声が少女を石に変えた。

 

 それはツルギなりの配慮だった。銃だと並の生徒ならぺしゃんこになる。かといって背中を蹴り飛ばしたとしてもどうなるか。そんな中、声はツルギの持つ唯一の非殺傷手順といえる。地を這うような姿勢で走るツルギはほくそ笑み、その目論見はうまくいきすぎた。

 

「──ひっ!?」

 

 奇声を浴びせられた不良少女は、蛇に睨まれた蛙みたいに足を止めて硬直し、

 

「はわぁう!!」

 

 ツルギはその爆走を急に止められなかった。ツルギの右肩が、チンピラの腰にぶち当たる。ショベルカーでも持ち上げるみたいに強烈なすくい上げのタックルが炸裂し、

 

「うあーーーーーーーーーーーーーーーー……」

 

 少女はぶっ飛んだ。もし誰かが動画に撮っていれば「ワイヤーアクション?」とコメントするに違いない。それにしてもよく飛んでいる。弾道力学に導かれる砲弾のようにして、ぴゅーんっと背の低いビルを飛び越す。そのまま夜陰に飲み込まれるように、その姿は落ちて消えていった。

 

 ツルギは気の毒なほどに顔を青ざめさせる。

 

「もしかしてやり過ぎた……?」

 

 その通りである。

 

 確保対象の身柄はゲヘナ学園自治区に移ってしまった。

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