トリテニィ総合学園、その全景を見渡すトリニティ・テラスには白いクロスに覆われた長大なテーブルが置かれていた。そのテーブルを彩るのは、いつもならば様々なケーキやマカロンなどを並べたケーキスタンドやティーポットだが、今は白地に金の縁取りをされた古風な電話機がその座を占めている。
「ええ、そちらも大変な騒動だったようですね。ええ、ええ……ふふっ、そんなに愛の無い言い方をされなくても。御校と私たちの仲ですもの。黙っていても、いろいろな噂が耳に入るものです。え? 正義実現委員会のメンバーが御校で秘密作戦を実施したですって? ご冗談を。私どもトリニティがそのような無粋を働くわけもありません……あるいは何か証拠でもお持ちでしょうか? ……ええ、ではまた次の条約交渉の席にてお会いできることを楽しみにしていますわ、マコト議長」
チンッ、と鈴の鳴るような音がした。トリニティ総合学園の生徒会長たち──通称、ティーパーティの一席を占める桐藤ナギサが、どこまでも優しげに受話器を置いたのだ。
ナギサはわずかに冷めてしまっただけのカップに目をやってから、手元のベルを鳴らした。涼やかな音が響き、すぐさま従卒の生徒が音もなく現れてカップごとにお茶を下げる。
それからようやくにテーブルの反対に座る女子生徒へと微笑みかける。
「お待たせしまして、ごめんなさい、ミカさん」
「今の相手ってゲヘナの?」
ナギサと同じティーパーティーの聖園ミカが、かわいらしく小首を傾げる。
「ええ、
「実際したよねー。マシロちゃん、送り込んだんでしょ?」
「はて、あれは正義実現委員会側が独自に遂行した作戦ですよ。失態を犯したツルギさんの禊の為、なにかできることはないかとハスミさんから相談を受けたものですから」
事実、ティーパーティーからは何の指示もでていない。仮にミレニアムが盗聴その他の電子諜報を行ったとしても何の証拠も挙がらないだろう。ティーパーティーの席について以降、ナギサは慎重であることの重要性を日々実地で学んではいた。そして百合園セイアの消息が途絶えて以降は、その態度は慎重の域に留まらず、人間不信と呼ぶべきものに成り果てていた。
「うーわ……ナギちゃんさ~、あんまりパワハラばっかりしてるとさ、どっかで足元すくわれるよ?」
「せいぜい肝に銘じておきますよ。それでミカさん、まさかご忠告の為にいらしたわけではないでしょう?」
「そうだねー、ちょっとだけ確認したい事があって」
ミカは冷めた紅茶を気にもせず一口だけつけてから、
「──なんで偽のリストなんかでっち上げてまで盗ませたりしたの?」
「はて……仰っている意味がわかりませんが」
ナギサが困ったように頬に手を当てる。
「またまた~。ね、十年来の付き合いだよ、私たち? その程度じゃ誤魔化されてあげられないな」
「それにしてもお茶が遅いですね」
「あー、まだとぼける気なんだ? いいよ、じゃあこっちが種明かししたげるから」
ミカが目を細めて、頬杖をつく。
「そもそも色々、不自然なんだよね。ナギちゃんが機密情報をむざむざ盗られるようなヘマをしたり、正義実現委員会を境界ギリギリに送り込んだりね。もし流出した情報が本物だとしても、もっと他にやり方あるんでしょ?」
「ふむ、ミカさんにずいぶんと買い被っていただいているようで嬉しいやら面映いやらですね」
「お惚けで倒すならさ、ゲヘナなんかはどうでもいいけど、身内まで騙すのはやり過ぎでしょ」
ミカの声に力が籠もった。
対するナギサは黙ったままだ。ちょうどその時、従卒の生徒が淹れ直した紅茶のカップを恭しくサーブする。音も立てずに揺れる琥珀色の液面を見つめたまま、
「そうですね、では、ミカさんに一つうかがいます」
ナギサが静かに告げて、カップの持ち手を指先でつうっと撫でる。
「たとえばこのカップに小さな小さなヒビが入っていたとします。目で見ても、手で触っても気づけないほどの小さなヒビです。それを見つけるには、どうすればいいでしょうか?」
「さぁ? 私なら他のカップ使うかな」
「愛がありませんが、まぁ、ミカさんならそういうかと」
「なにそれバカにしてる?」
不満げに唇を尖らせるミカへ、ナギサは微かに肩をすくめる。お互い言葉ほどに毒がないことは承知している。派閥は違えども幼馴染特有の間合いだった。
「私の答えはこうです。お茶を注いでみればいいのです。そうすればヒビからお茶が染み出しますから。あとはそこを塞いでしまうなり、そうですね、百鬼夜行風に金継ぎにでもしてみましょうか」
それで話は終わりだとばかりにナギサはティーカップを持ち上げて口をつける。
「──ナギちゃん、まさか」
「ええ、全てはトリニティの裏切り者を探すため。ミカさんもご存知でしょう、ゲヘナとのエデン条約交渉の水面下で、なにかよからぬ動きが起きていることを」
ミカは「裏切り者……」と口の中で呟く。幼馴染の表情が一瞬、翳ったことにも気づかない様子でナギサは続ける。
「裏切り者の目的がなんであれ、トリテニィとゲヘナとの緊張が高まるような事態があれば反応を見せるはず……もっともいささか乱暴な脚本であることは私も認めるにやぶさかではありませんが、おっと、これではまるでセイアさんのような物言い──」
「ナギちゃん」
「……そうですね、不謹慎でした」
ナギサが謝罪代わりだとでもいうように黒革の書類挟みを取り出して、ミカへと手渡した。
ミカはパラパラと雑誌でもめくるような気の無さで書類をめくる。
まるで自身の陰険なやり口に対して抗議を示しているかのようにナギサには思えた。不思議と安堵を覚える自分に気づく。ああ、そうだ、聖園ミカとはこういう人物だ。昔と少しも変わらず政治に興味を持たないお姫様。だからこそ彼女だけは信じてよいのだと思える。自分たちを取り巻く全てが変わっても、変わらないものを見つけた喜びに胸がいっぱいになった。
やがて書類挟みを閉じてミカがいった。
「ナギちゃん的には、この子達が怪しかったってことか……それで?」
問われたナギサはくすりと笑みを漏らす。
そうだ、彼女の為にもトリニティを守らねばならない。
「そうですね、次はこの子達を一箇所に集めて──」
たとえどれほどに我が身が穢れたとしても。