ゲヘナでいちばんワルい奴ら   作:ふかしいも

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03_いつもの朝、いつもの展開

「モモフレンズのアニメか」

 

 いつかハルカが拾ってきた型落ちPCの前で鬼方カヨコが唸る。朝便利屋68事務所に、ブラインド越しの朝の光が差し込んでいた。ディスクトレイを開いてBDを取り出す。

 

「アニメは時々、高値がつくこともあるし。ちょっとは期待できるかな」

 

 ケースに収めたそれを赤い箱に仕分ける。箱には「メニュカリ出品」という付箋が貼り付けてある。キヴォトスで一般的なトレーダーアプリだった。

 

「おはよう、課長。朝から精が出るわね」

 

 事務所の仮眠室から姿を現した陸八魔アルが微笑みかける。

 

「おはよう。大したことじゃないよ。せっかくハルカが頑張ってくれたから、私もやれることやってるだけ」

 

 小さく肩をすくめながらに顎先でソファを示す。ブラックマーケットを夜回りしていたハルカは今、ソファの上で毛布にくるまっていた。アルは同意を示すように小さくうなずき、それからガタガタと大きく震えだした。

 

「そうよね……ほんとう家賃の支払いどうにかしないと、また、また私たち……」

 

 アルの脳裏に去来するのは風紀委員に睨まれ、ゲヘナ学園を飛び出したばかりの苦難の記憶だった。

 

 カヨコも同感だとばかりに頷いた。

 

「公園にテント張って、夜中、水飲み場で交代でシャワーする生活も嫌だしね」

 

「思い出すだけでも体が震えるわ。冬だったし」

 

「そんな生活が嫌なら早く仕事を取ってきて。迷い猫探しでもなんでもね」

 

「……でもそれってあんまりアウトローじゃ」

 

 カヨコの視線が、アルをぎろりと射抜く。

 

「わ、わかったわよ! だから、そんなに睨まないでよ!?」

 

 一発でブルったアルが、ぶつくさといいながら町内報をめくる。

 

 意外かもしれないが、こういう所には仕事のネタが転がっている。どこそこのバス停が雨漏りしているとか、鳥の糞が多くて困っているなどなど。まったく平和な世界の何でも屋のネタばかりだが、背に腹は買えられないのでアルは我慢して退屈な紙面をめくり続ける。

 

 ぺらり。温泉開発部がスーパーの駐車場を穴ぼこだらけにした。

 

 ぺらり。開店を控えたレストランの土地から不発弾が発見されてオープンが延期に。

 

 ぺらり。給食部の野戦配膳用車両が盗難。

 

「ん……なに、これ?」

 

 カヨコが短くうなる。

 

「社長、ねぇ、ちょっと」

 

「なによ。こっちだってちゃんと真面目にやってるわよ」

 

「違うってば。これ見てほしいんだけど」

 

 手招かれたアルが、カヨコの肩越しにPCのモニターを見つめる。

 

「……なんなの、これ?」

 

 漏れ出たアルの呟きに、カヨコが「さあ?」とばかりに肩をすくめる。

 

 画面に映し出される書類の左上に顔写真、名前が素っ気なく書かれ、12桁から15桁ほどのアルファベットと数字の記号が添えられている。A4サイズの紙面のほとんどは余白になっていて、ほとんど読解のできない手書きで何事かが書きつけられている。

 

「バイトの履歴書に似てるといえば似てるけど」

 

 カヨコが画面をスクロールしていくと同様の紙面が次々に現れる。スクロールバーの表示からは、ファイル全体でいえば数百ページにも及ぶだろうことが察せられた。

 

「おっはよー。あれ、どうしたの、二人とも朝から難しい顔してさー」

 

 呑気な挨拶といっしょに浅黄ムツキが現れる。カヨコが「おはよ」と応じてから、顎をしゃくってモニターを示す。

 

「なになにー。くふふ、もしかして怪しいビデオとかー? ……ってなにこれ、学校の願書とか?」

 

「わからない。でも、どうせ売り物にならなさそうだし。というわけでこれは」

 

 ビューアーを閉じかけたカヨコの手にアルが手を重ねた。

 

「待って」

 

 ムツキとカヨコが「どうした?」という怪訝な目をする中、アルは確信したように手を打った。

 

「これ、何かの暗号ね。ほら、この部分」

 

 アルが画面上の謎の12桁から15桁の文字列を指差す。

 

「暗号って~? またいつもみたいに柳が幽霊に見えてるんじゃないの?」

 

「違うわよ。たとえば頭の2桁に出てくる文字は、いくつかパターンがあるけど同じで、TRとかGNとかが多いわよね。その後は6桁から8桁の数字が、続いて最後にまたアルファベット。そんな感じで一定の規則があるのよ、これ。だから暗号というか……略号かしら?」

 

 アルの推理に対してカヨコは何も言わない。アルの想像力に、現実主義者のカヨコとしては言葉がないらしい。だが、ムツキはといえば、もうちょっとだけアルに対して遠慮がない。

 

「でもさ結局、読み方がわかんなかったら意味なくない?」

 

「うっ……そ、それはそうだけど」

 

「だったら、これの正体があーだこーだってしても意味ないんじゃない?」

 

「もーーーーっなによ! そうかもしれないけど」」

 

 アルは我慢しきれずに叫んだ。

 

「こういうのってかっこいいじゃない! なんだか秘密めいていて、思わず世界の闇に触れてしまったみたいで……そう、ロマンが溢れているのよ、こういうのは!」

 

 カヨコは黙ってビューアーを閉じる。アルには悪いがムツキの言う通りだ。ロマンでは食っていけない。ディスクを取り出してケースに収めて「ゴミ」と付箋の貼られた青いボックスに仕分けしようとして、

 

「待ってーーー! なにサラッとゴミ出ししようとしてるのーーー!?」

 

 その直前、ディスクをアルに奪われた。

 

 同時、複数の場所で、複数の動きが一斉に起きる。

 

 ソファの上でハルカが芋虫のように身動ぎしてから体を起こす。ムツキが「あはは」と笑っている。呆れ気味のカヨコは「だったらあげるよ」と肩をすくめる。ハルカの懐でスマホがアラームを響かせる。画面を確認する。その顔が青ざめる。

 

 事務所周辺の探知ワイヤーの切断──すなわち正体不明(アンノウン)の接近。

 

 飛び起きたハルカがテーブルに横たえたショットガンに手を伸ばす。残る3人の中ではカヨコの反応が早い。すぐに拳銃を胸の前に引き寄せながら構えて窓際の壁に張り付く。ブラインドの隙間から外をうかがう。ムツキは天性の勘で予兆を察知し、アルを突き飛ばして、自身も後ろに飛んだ。

 

 それが一秒でも遅かったら二人は穴だらけになっていた。

 

 ──ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!

 

 まるでホースでも水をぶち撒けるような猛射が窓をぶち破って降り注ぐ。窓枠から垂れるブラインドが踊り狂いながらに千切れ落ちる。PCのディスプレイは一瞬にして穴だらけになり、テーブルは前衛的な弾痕模様が描かれ、ソファからは羽毛が飛び散り、アル愛用のカッコいい漢字が彫られまくった湯呑が砕け散る。戦闘ヘリ並の掃射は五秒間続き、六秒後には便利屋68の事務所はすっかりと弾丸での模様替えを終えている。

 

 ──生きてるか?

 

 仲間へと問いかける暇もない。

 

 バン! バン! とショットガンの音がしたと思いきや入り口の扉が蹴破られた。事務所の内側へと倒れ込んできた扉の向こう側に、前後にスタックを組んだゲヘナ風紀委員会の戦闘服の姿が見える。

 

 即座にハルカがソファの陰から反撃する。スタック前列の戦闘員が吹っ飛んだが、すぐさま後列の戦闘員が猛烈な反撃で応じる。ハルカが「ひいいいぃぃっ」と声を挙げるが、パン! という拳銃の音が三度、続いて敵を黙らせる。社長机の脇、腹ばいのままカヨコが撃っている。

 

「なっ、ななななんでよ!? 風紀委員が、どうしていきなり!?」

 

 尻もちをついたままのアルが顔を青ざめさせている。

 

「わかんないけどさ、アルちゃん、とにかくそっちの窓側を抑えるよ!」

 

 可憐な顔に凶暴な笑みを浮かべてムツキが、肘で割れ残った窓ガラスを叩き落とす。機関銃の銃身をにょっきりと突き出して、狙いもつけずに三秒間の威嚇射撃を行う。そして予想通りに猛烈な反撃がムツキを襲った。あちこちで銃火が咲き乱れ、こちらのビルの壁面がいくつものドリルで抉るみたいに削れていく。

 

「くっふふふ~~~やってくれんじゃん風紀委員ってば! どう、アルちゃん見えたー?」

 

「もうっなんなのよこれーーー!?」

 

 慌てふためきながらもちゃんとアルは観察を終えている。

 

 通りを挟んだ向かい正面の3階建てビル、屋上の室外機の陰に一人。そのワンフロア下の窓際に一人。その両脇のビルの二階に二人ずつだ。

 

 ムツキはポケットからお手製爆弾を取り出して、ポイッと空き缶でも捨てるみたいな乱雑さで窓から放り投げる。カチ……カチ……カチ! 空中で爆弾が炸裂する。爆炎が広がり、朝の街並みを夕暮れのように赤く染める。アルが窓から狙撃銃を突き出す。熱と煙で炙られる空間を睨みつけて撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。ほとんど間を開けない連射で向かいに陣取る風紀委員をあっさりと無力化する。

 

「ひゅーひゅーお見事、さっすが社長」

 

「あっ……あったりまえでしょう! ふふっ、どこの誰だか知らないけど、この陸八魔アルと便利屋68に喧嘩を売ったことを後悔させてあげるんだから」

 

 弾倉を取り替えながら、ビシっと漫画で見てきたようなセリフを決めるが、

 

「だから風紀委員会だってば。自分でも言ってたじゃん、さっき」

 

「そっ、そそそそうだったわね!」

 

 そうして窓際でおバカなやり取りをする一方、正面入口側ではハルカとカヨコが戦っている。カヨコが的確な射撃で敵を抑えながら、ハルカはロッカーやテーブルを集めてバリケードつくりを試みる。しかし、そうはさせまいと風紀委員会は猛烈な射撃で二人の動きを邪魔してくる。猛烈な銃弾の応酬の中、カヨコが叫ぶ。

 

「社長、正面はそんなに長くもたせられない」

 

「えええええ!? じゃ、じゃあ逃げるわよ皆!」

 

「……無理だと思う。だから逃げて。私とハルカが出来る限りここをもたせる」

 

 ハルカも異存はないらしい。青ざめた顔にうっとりとした光悦を浮かべながらコクコクと頷いている。

 

「え、いや、でも、だって……そんなこと」

 

 アルには言葉が続けられない。自分は社長だ。職員の誰より偉い。だから、自分がここで頑張らないで逃げるというのは、ひどく筋が違う話のように思えてならない。

 

「あ~アルちゃん、ヤバいかも。窓側の敵が立て直し始めてるよ?」

 

 窓側の防衛を担うムツキが呑気に報告をよこす。

 

 正面側のカヨコもハルカも必死だ。ハルカはぽっかりと口を開いた入り口から時折、体を出しては廊下へ散弾をばら撒く。時折、反撃をモロに受けても苦痛に顔を歪めるだけで膝を屈しない。ソファの残骸を遮蔽にするカヨコは横顔に汗を浮かべてはいるが、あくまでクールにハルカをカバーし続けている。

 

 刻一刻と迫る破滅の中、アルは非情になれと自らに言い聞かせる。

 

 自らが生きる為に仲間を見捨てて犠牲にする。

 

 その冷徹さを持ち合わせてこそ、一世一代の悪党というものではないか。

 

「ハルカ、カヨコ」

 

 秒間数十発の弾丸が飛び交う戦場でアルは肩にかけたコートをはためかせる。

 

 そして背中を向けた仲間たちに告げる。

 

「絶対よ。何があっても絶対に助けに行くから」

 

 つまりは、それが陸八魔アルという少女のアウトローなのである。

 

 カヨコもハルカも大した反応はみせない。小さく頷いたくらいのものだ。なんだかんだでアルのことは、よく知っている。悪ぶっているくせに結局は情にほだされがちなところなど、まったくもって二人のよく知る陸八魔アルでしかない。

 

「室長、脱出の準備をして」

 

 アルがムツキの肩を叩いてから仮眠室の方を指す。

 

「了解~、ほらっぜーんぶっあげちゃうから!」

 

 ムツキは弾倉を空っぽになるまで撃ち尽くしてから匍匐で仮眠室を目指す。その隙をカバーするように今度はアルが撃ち始める。無理に敵を仕留めるつもりはない。ともかく敵を釘付けにすればいい。

 

 ──ドカンっ!

 

 銃撃の音を破って、くぐもった音が隣室で響く。突破用の指向性爆薬でムツキが壁を破ったのだ。しかし、風紀委員会もバカではない。すぐにでもこちらの意図を察して、脱出ルートを塞ぐに違いない。

 

 アルは全力で駆け出す。

 

 ちらりとカヨコとハルカを振り返る。

 

 牙を剥き出しにしたハルカの隣で、カヨコは親指を立てていた。

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