うらぶれた商店街にあるスーパーの裏でアルとムツキはパンを食べていた。アルはアンパンで、ムツキはジャムパンだった。おまけにどちらの左手にも飲むヨーグルトまである。何を隠そうこのスーパーで買ってきたのだ。
昨今の便利屋の懐事情からすれば驚くべきことに二人は小銭にめぐまれていた。
それというのも──。
「なんか違わないかしら!? カツアゲしてご飯食べてる場合じゃないのよ!」
「アルちゃんうるさいなぁ。ご飯くらい静かに食べよーよ」
エアコンの室外機に腰掛けていたムツキが言った。
「……だって、だってカヨコとハルカが捕まっちゃって……」
「はいはい、それもう聞き飽きたってば。で、どうするの? まさか、このままピーピー泣きながら逃げ回るの?」
「泣いてないわよ。というか絶対に助けるわ! ほら、その証拠にご覧なさい!」
アルは足元を勢いよく指差す。そこには大きなイモムシがもぞもぞと身じろぎしている。イモムシは濃い紫色の制服に身を包んでおり、パッツンに切られた前髪の奥で大きく開かれた瞳が潤んでいる。
どこからどう見ても縛り上げられたゲヘナ風紀委員である。
「もっ……」
「どうしたの、アルちゃん。いきなり青くなって」
「ももももしかしたら私、とんでもない事してないかしらーーー!?」
「えーそうかな? ってかやるじゃん。だって風紀委員に襲いかかって拉致ってお金もパクって」
「緊急事態よ! 取るもの取らずだったんだから」
「お・ま・け・に~これから尋問するんでしょ! よっ、ゲヘナの大悪党!」
ムツキが無邪気に煽り立てる一方、アルは胃に重苦しいものを感じた。アルの知る尋問とは映画や漫画の中での行為でしかなく、まったくリアリティがない。しかしと気を取り直す。脅しだけでこちらの目的が果たせるならば、それで十分だ。
「ともかく……色々と答えてもらうわよ」
アルが風紀委員を見下ろす。その瞳は冷たく、鋭い。もちろん精一杯の悪人面である。
ムツキが膝を折って「くふふ」と笑う。
「あ~あ、本気になったうちの社長は怖いよ~」
「ええ、とんでもないことしちゃうかもしれないんだからっ!」
「ねえねぇ朝ごはん食べた? これから全部戻しちゃうから辛いね」
「え」
「爪とかもさ、きれいにしてるけどさ、ぜんぶダメになるね。二十枚とも」
「えぇ……」
「次に友だちに会っても、もう貴方だってわかってもらえないかもね」
「あ、あの室長?」
「さーーーっというわけでどうぞ社長! 存分にやっちゃってね!」
ものの十秒でガンガンに上げられたハードルを前にして、アルは言葉を失い、ただ目を白黒させる。尋問というのは最初からそこまでやらなければいけないのだろうか。想像するだけで風紀委員が戻すより先に自分が戻してしまいそうだった。
「う、うう……だけど……」
ともかく仲間を助けるにはやるしかない。ここは一つ心を鬼にしてビンタくらいは我慢してもらおう。カツンっとヒールを鳴らしてから膝を屈めて。それから猿ぐつわをそっと解いてやる。
「さぁ、教えてもらおう」
かしらと言いかけるより早くに、
「ごめんなさい、知ってること全部喋るから許してください顔ぐちゃぐちゃだけは許して~~~!」
風紀委員の心は、もうバッキバキに折れていた。
三分後、洗いざらいに喋り終えると風紀委員は事切れたように意識を失う。
「……名簿ってなにかしら?」
「この前、アルちゃんが引っかかった情報商材の顧客名簿とか?」
「引っかかってないわよ! ちょっと気になってついていっただけだから、あれは──って、ああああああああもしかして!?」
アルはコートのポケットを漁って例のBDを取り出す。
「これよこれ! さっすが私! やっぱり何かの機密情報だったのね。わざわざ風紀委員会が狙うくらいだもの、間違いないわねっ!」
「いやーまさか……って笑えないか、さすがに今となっては」
「でも……だったらこれ風紀委員会に渡せばいいんじゃないかしら?」
名案とばかりに手を打つアル。
対するムツキは「んー?」と小首を傾げる。
「ちょっとそれは人が好すぎるかもよ」
「どうしてよ」
「だって私たち、その中身見ちゃったし」
「でも……だからって何よ? 意味分からなかったんだし、いいじゃない」
「でもさ、風紀委員会が待ったなしで狙ってくるようなネタだよ。中身見たけど、わかりませんでしたで許してくれるかなぁ? それこそほとぼりが冷めるまで牢屋に入れられちゃうかも」
「ほ、ほとぼりって……いつよ、それ」
「一年とか?」
「いっ、一年!?」
アルが、へなへなと膝から崩れ落ちる。
「ってわけで出頭はやめにしない? それにさよく考えてみてよ。こっちは向こうが狙うものを持ってる。これって逆にいえば主導権を持ってるってことだよ」
ムツキの冷静さが、どうしてかアルにはちょっとだけ腹ただしかった。
この幼馴染はどうして、いざという時には、こんなに頼りになるのだろうか。そこまで考えて気づく。腹ただしいのはムツキではない。すぐに楽に流されそうになる自分にだった。こんなことでは組織のガバナンスが疑われてしまう。
アルは自分の頬を挟み込むようにして張り、気合を入れ直す。
そう、アウトローたる者は、こういう時にこそビシっと決めなければいけない。
「……だったら行くわよ、室長」
アルは、ゆっくりと立ち上がる。
「どこに?」
「決まってるじゃない、学園の風紀委員会本部よ」
「だから、それは──」
「出頭なんかしないわよ。風紀委員会に一発食らわせにいくのよ」
「……え?」
「そうよ、事務所をぐちゃぐちゃにされて、お気に入りの湯呑も壊されて……おまけに社員まで捕まえられて……こっちを舐めてくれたお礼をたっぷりしてやらないと気がすまないんだからっ!」
「おおおアルちゃんっ! でもいいの、もしかしたらヒナとか出てくるかもだよ」
「ええっ、ヒナぁっ!?」
「さっすが社長、本物のアウトローなら相手を選んで喧嘩売ったりしないよね」
「う、あっ……あああっ当たりまえじゃない! ヒナだろうが誰だろうがやってやるんだから!」
アルはもうヤケクソになるしかなかった。ヒナと遭遇するかもしれないと思うだけで胃が痛くなるが、それでも逃げるわけにはいかない。自分は便利屋68の社長なのだから。
「室長、命令よ。風紀委員本部ビルの地下収容区に潜入しなさい」
「いいけどさ。でも、どうやって? さすがに策もなしには無謀じゃないかな」
「策なら、ほら、そこに転がってるじゃない」
アルが目線で示した先に転がっているのはゲヘナ風紀委員だった。
それで意図を察したムツキが、にんまりと満足げな笑みを浮かべる。
「……ああ、なるほどね、さっすがーアウトロー」
「私が出来るだけ風紀委員会を混乱させるから、その間に二人を救出しなさい」
「了解、かーんぺきに了解だよ、アルちゃん」
「社長と呼びなさい、室長?」
「くっふふふ~了解、社長! じゃあ行動開始だね~」
「ええ、先に行ってて。私はちょっとだけ他の策も仕込んでおくから」
アルがくすりと笑ってから、スマホを取り出すのだった。