閉め切られた部屋は埃っぽく、微かにかび臭い。段ボールや演台、古いカーテンなどが雑多に詰め込まれている。おそらくはいつか使うだろうという当時の判断だったのだろうが、そのいつかとやらが訪れるより早くに世界が終わるかもしれない。
「はい、ゲヘナへの潜入ルートはまだ活きていました」
そのような誰からも忘れ去られた部屋に彼女は身を潜めて、ブルートゥース式のマイクイヤホンを片耳につけて通話をしていた。プリペイド式の電話に秘話通信アプリを入れている。不安ではあるが敵地のど真ん中で作戦用帯域の電波を出すより、よほどにこちらの方が安全だった。
「そうですか、やはりゲヘナはまだリストを確保していないんですね。たしかにこちらで見たところ風紀委員会も混乱しているようにも見えます。何かトラブルがあったらしいですね」
少女が三脚で立てた単眼のフィールドスコープを覗き込む。丸く縁取られた視界にゲヘナ風紀委員会の本部ビル、その正面ロータリーが映っており、兵員輸送車や救急車が出入りをしている。
「フィールドスコープですか? だいじょうぶですよ。ゲヘナで入手しました。キヴォトスのどこでも入手できるような市販品です。脱出の際には残していっても、こちらには繋がりません」
先輩は任務には厳しい人だが、後輩には優しくて世話焼きでもある。だが、今は色々と悩みがあるせいか、心配性を通り越してやや神経質になっているらしい。そんな彼女のことを思うと安心させてあげたくて少女が笑う。
「私ならだいじょうぶです。完全に任務を果たしてみせますよ」
電話の向こうから小さく吐息が返ってきた。こちらに心配をかけたことを反省したらしい。まったくどこまでも苦労症の人だなという気の毒さもあるが、だからこそ自分はこの人の下でなら正義を追求できるのだと発奮する気持ちもあった。
「心配しないでください。バックアップにはイチカ先輩もついてくれています。脱出路の安全も36時間までは請け負ってくれています……え、タイムリミット?」
少女の声が、一つトーンを上げる。
「ツルギ先輩が査問会に? しかし、それは不可抗力であって決して故意でないことは……その行いのどこに正義があるというのでしょうか……はい、そうですね、ともかくリストがゲヘナの当局側に渡ることを阻止すればいいだけのこと」
熱気のこもる暗い部屋の中、長大な対物ライフルの銃身を胸に抱き寄せて、
「はい、任せてください、ハスミ先輩」
静山マシロは決然とした面持ちで通話を終えた。