便利屋の襲撃後、本部へと帰還したイオリが一通りの事務手続きを終えた頃には昼を回っていた。本部ビルのエントランスから出ると、ぐっと背伸びをする。
本部前はロータリーになっている。風紀委員会がゲヘナの一大組織である以上、人の出入りは多い。すぐ近くで数台のタクシーが入れ替わり立ち替わりに客が乗り降りをしている。ちょうど入ってきた護送車からは「温泉掘ってただけなのにー」と頭のイタい連中が吐き出され「人の家でやるなっ」と風紀委員に背中を蹴られていたりする。
イオリはてっぺんに登った太陽を前髪に透かす。コキリと首を鳴らした。
今日も世はなべてゲヘナである。
「さてちゃっちゃとお昼ご飯、済ませとこうかな」
どうせ午後も忙しくなるに決まっている。
「便利屋の連中はしぶといからな」
今までも何度も追い詰めてきたが、一網打尽にできたことはない。
「だけど、それも今日までもかもな……」
参謀格であるカヨコを捕まえられたのは大きい。アルやムツキだけでは、それほど込み入った作戦は立てられないだろう。
「それに今回は面倒な奴らも張り切ってるし」
イオリは遠くにそびえる一際、豪壮な建物を見やる。巨大学園ゲヘナを動かす万魔殿の議事堂だ。まったくバカバカしいと鼻で笑う。
イオリは自らを政治から距離を置いている。それでもアコの指示を受けながら働く以上、好むと好まざるとに関わらずにいろいろな裏事情が耳に入ってくる。この一件が万魔殿の肝煎りなら、残る二人を捕まえるまで風紀委員会が手を緩めることは許されないだろう。
「ったく、めんどくさいったら……」
なんだか自分までドブに漬かってしまったような気分で、淀んだ息を漏らした時、
「こんにちわー」
「んっ、ああ、こんにちわ」
つられてイオリも挨拶を返す。あまり見覚えのない風紀委員だった。
「ふんふふーん」
上機嫌な風紀委員は鼻歌交じりに本部ビルに入っていった。新人だろうか。その背中を、なんとなく見送りながらにイオリは、ふっと力を抜いた。気楽な奴もいたものだと思い直すと
「なんだか辛気臭い顔をするのがバカらしくなるな」
やはり腹が減っているからいけないのだ。学園の給食は、特別に美味いしいわけでもないが、それでも胃袋をいっぱいにすれば今よりマシな気分になるだろう。そう決めた時のことだった。
新たにやって来たタクシーがロータリーで停止し、黒塗りセダンの後部ドアが開いた。それだけなら何でもない一コマだったが、イオリは口をぽかんっと開けて、その様子に見入ってしまう。
ぴーがーががーぴーーーーーと割れた音が響き渡る。
「えーーー……おっほん御機嫌よう御機嫌よう」
イオリを含めた何人もの風紀委員が呆然として足を止める。束の間、彼女らは自らが負うべき使命を完全に忘れていた。
いったいこれは何事だという視線が降り注ぐ中、彼女は拡声器を片手に高らかに宣言する。
「迷い犬探しから要人襲撃、爆破工作までいつもニコニコ価格でお引き受け、あなたの暮らしに寄り添う便利屋、便利屋68でございまーす」
「いやいやいやお前がなんで、どうしてここに!?」
我を取り戻したイオリが大声で叫ぶ。
「そうです、ご存知、私が陸八魔、陸八魔アルでございまーすっ」
まさか渦中の人物が白昼堂々と現れたのだった。