……あれ? ここは?
うつらうつら、まるで眠っていたような感覚からキャトルは目を覚ました。周囲を見回すとバスのような乗り物の中におり、大勢の女性が眠ったまま座らせられている。
……たしか、私は……店主さんの手伝いで料理を運んでて、運んでる最中にフワフワして……そして……記憶が、ない……?
思い出そうとするが、途中から抜け落ちている事に疑問を抱く。ふと、前方の運転席へ視線を向けると、十人近くの男達が何やら話し合っている様子が見える。
「いやぁ、上手くいきましたねモディオの旦那」
盗み聞きしようと警戒しながら、バレないように眠ったフリをして聞き耳を立てるキャトル。
「一界層の住人は警戒心が薄いからってのもありますけど、惚れ薬の効果覿面でしたね!!」
「ふん、当たり前だ」
ここから運転席が見える前乗降扉上ミラーにイケメン――モディオと呼ばれる男が怪しげな小瓶を手で弄ぶ様子が見え、周囲の眠ってる女性達は目の前の男達に一服盛られた事がわかり、自分はその女性達の空気に当てられたと推理した。
「オマケだと言って渡された時はナメられたモノだと思ったが、高い買い物をした甲斐があったぜ」
「飲食物に一滴仕込み、ターゲットの"理想"に近い特徴で近付くだけで強力な催眠状態になって惚れてしまう……四界層の禁止植物のみで作られた品物とはいえ、よくオマケしてくれましたね」
「女共がイケメンってだけで恍惚な
好き放題に言う男達の言葉に怒りを覚えるも、目的を聞き出す為に我慢し、キャトルは落ち着いて耳を傾ける。
「一般人のみの募集だったから、あまり集まらなかったが構わない……顔も姿も変えて、女共を俺の手駒にしていく……もっと華々しく!! 俺達に酔う女共で社交界の男共惑わせ弱味を掴み! 金も!
……界賊か……
モディオの口ぶりから、男達がどんな集団かを察したキャトルは内心怒りに燃えながらも作戦を考え始める。
星遺物は持っているが、肝心の願望機を店に置いてきてしまった事に肩を落とす。不幸中の幸いなのか初犯のような口ぶりから、被害は自分達だけと安堵するキャトル。ここからどう動くべきか思案し始める。
「ん? どこだここ?」
しかし、最悪のパターンが起こってしまった。
女店主が目覚めてしまい、周囲の異変に気付いて声をあげてしまった。
『なんだ? 意識が目覚めたのか?』
『おい! アジトに着くまで目覚めないんじゃないのかよ!!』
『ど、どうすんですかボス』
女店主が目覚めた事に動揺を表す男達だが、モディオは慌てる様子もなく冷静に男達に指示を下した。
「壊れない程度に遊べ……お前達にも褒美が必要だからな」
その指示に動揺してた男達は一瞬で収まり、下卑た笑みを女店主に向け始める。
『ひひ、わかってますねボス』
『俺が先だ。飲食物にバレずに惚れ薬仕込んだんだからな』
『ち、あいあいわかった……暴れないよう抑えとけよ。惚れ薬に麻酔と同じ成分があるって聞いたが、暴れたら他の女が起きて、めんどくさい事になるからな』
男達がゆっくりと女店主に歩み寄る。その瞳には女店主の体に向いており、黒く濁った情欲が獣のように爛々と輝いていた。
「……くっ……近寄るんじゃないよ!」
「おっと、変なマネするなよ? 一人くらい傷物になっても仕方ないんだぜ?」
女店主は抵抗を見せようとするが、モディオは近くにいた女性に剣型の
「……ゲス野郎が」
「さぁ、存分に楽しもうじゃねぇか」
最後の足掻きか憎しみを込めた目を男達に向けるも、それに興奮して男達の一人が下卑た笑みを浮かべながら女店主に手をのばしていく。
「あ、なんだ?」
しかし、目と鼻の先で男の手首にタコの触手が巻かれ、疑問を浮かべると同時に強く締め付けられて手首の骨が小枝のように折れた。
「ぬぎゃあ!? ほ、骨がぁ……」
男が痛みから手首を押さえた瞬間、女店主の後ろからキャトルが現れ、男達の方へ蹴り飛ばした。
「店主さん! 私の後ろに下がってください!!」
「まだ一人いたか!!」
触手を広げて戦闘態勢をとるキャトルに敵意を見せる男達。
「お前ら落ち着け! 状況は未だに此方側が有利だ! 焦らずに詰めていくぞ!!」
しかし、突然の事にモディオは狼狽えずに周囲に指示を与え、その様子にキャトルは内心汗をかく。
女店主を守る為に前へ出たキャトルだったが、状況はモディオが言ってたように限りなく不利な状況だった。
バスという狭い場所では、自分の怪力は最大限活かせない上に周囲の一般人に戦闘の余波で怪我をしてしまうかもしれない。
十人の敵に対して、キャトル一人では数が不利、しかも一般人を人質に取られたら勝敗が決してしまう。
まだ体が少し痺れており、相手のアジトで暴れる計画であったが、女店主が襲われそうになった様子を無視できずに無策のまま出てきてしまった。
少しずつ、距離を詰めながら近付いてくる男達にキャトルは出来る限り前に進んで一般人が人質に取られる可能性を減らそうとする。
「な、なんだと!?」
瞬間、モディオの近くの座席から人影が現れ、バスの前乗降扉に殴り飛ばされる。突然の事に男達はキャトルから視線を後ろの運転席の方へ移すと、その人は運転手に一撃を与えて気絶させた所だった。
仲間割れ、という文字が浮かんだキャトルだが、目の前の頭に頭陀袋を被った人物に目を大きく開いた。
「紡生さん!?」
「キャトルちゃん! コイツラを外に!」
「なんだ貴様! いったい何処から――」
予想打にしない援軍に驚きながら、自分から注意を逸らした男達の隙をついて触手で叩き潰して気絶させ、頭陀袋を被った大男――イチヤに声をかける。
イチヤは返事よりもキャトルに男達を外へ放り出すようにお願いしながらバスの乗降扉のスイッチを押した。イチヤの乱入に剣型の願望機を振るおうとするモディオだったが、瞬時に懐へ潜り込んだイチヤが足を思いっきり踏みつけた。
「ア"ッ……ッ!!」
「よぉ、イケメン……とりあえず表に出ろ!!」
安全靴の硬さも相まって激痛に悶えるモディオを開いたバスの乗降扉から見える外へ蹴り飛ばし、自分も運転席で気絶する男を掴んで外へ飛び出した。
「店主さん! 運転をお願いします! 私は彼と一緒に界賊を鎮圧します!!」
「え、でも、アタシ、バスの運転した事……あぁもう! やってやらぁ!!」
男達を無力化して全員外へ放り投げてたキャトルが、イチヤの行動に気付いて女店主に運転を任せて自分も追うように外へ飛び出した。女店主は何か言おうとしたが、ヤケクソになってバスの運転席へ駆け寄って運転しようとする。
バスの外では、運転席で気絶してた男をマット代わりとして着地に成功したイチヤが外へ飛び出したキャトルを見て、無事に無力化できた事に安堵する。
「きっさまぁ……いつから乗っていた!!」
「店主さんの弟が騒いでたから、何かあると思って急いでバスの窓から侵入して息を潜めてたんだよ……お前らが店主さんの弟に意識が向いてたおかげで潜入できたし、案の定お前らは企んでたようだったしな」
計画を台無しにしたイチヤに怒りを表すイケメンに、イチヤは挑発するかのように答え、男達を嘲笑う様子を見せる。
「……紡生さん、私からも質問いいですか?」
「なにかな? 好みのタイプは千変万化で対応可能だけど」
キャトルの質問に、イチヤはニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべる。そんな気持ちも知らずに、キャトルはこの場に置いて一番気になる疑問を口にした。
「……なんで、パンイチなんですか?」
「……話すと長いので、黙秘権を行使します……」
キャトルの視線に気まずさを覚えたのか、イチヤはゆっくりと夜空に目を背けた。