「ボス! バスがUターンして帰っていきましたが、異常事態ですか!」
女店主が無事にバスをUターンして街に戻ろうとする様子を安堵していたら、別の場所からモディオに声をかける男達が集まってきた。
「援軍みたいですね……バスから離れた所で待機してたようです」
「キャトルちゃん。気絶してる奴の願望機を渡しとくよ……無いよりマシだと思うから」
「イチヤさんは使わないのですか?」
「便利屋は基本的に肉体労働だからね……それに、この程度の奴らならイケるよ」
状況を冷静に分析しながら、倒れてる奴から装備してる願望機と星遺物をキャトルに投げ渡し、イチヤは拳を鳴らしながら戦闘態勢をとる。
「タダで帰れると思うなよ! 貴様らぁ!!」
「それはこっちのセリフだ……キャトルちゃんは半分頼める? もう半分は俺が――」
「いえ、心配いりません」
願望機に青い星遺物を装填して大型バイクを創造すると、キャトルはバイクのタンデムシートを片手で掴み、軽々と持ち上げ素振りを始めた。
ブォン、という空気を切る鋭い音が近くで聞こえ、イチヤはバイクを振るキャトルの姿に目の前の界賊が及び腰になるのが見えた。
「……もう少し重めで良かったかな……」
「……マジかぁ……」
小さな呟きが聞こえ、自分より怪力の美少女に内心震えながら、これ以上聞かない為に界賊へ駆け出した。
「おうおうガキがいっちょ前にヒーロー気取りか? 不意打ちが上手くいったからって調子に乗んじゃ―――」
「ふんっ」
御託を並べながらイチヤに対して棍棒型の願望機を振るう男だったが、攻撃を軽々避けられ、イチヤが懐に素早く潜り込んでからの顎を狙ったアッパーが鋭く突き刺さった。
「あべしッ!?」
パッカーン、と小気味良い音共にアッパーを喰らった敵の一人が綺麗な弧を描き宙を舞う。
宙を舞う仲間を見て呆然とする界賊達。勿論そんな大きな隙を晒してイチヤはなにもしないわけもなく、近くにいる界賊へ次々と拳をお見舞いする。
「お、おい! あのガキメチャクチャつええぞ! 本当に学生かよ!?」
「生憎と、便利屋として活動してた時は依頼の八割がストレス発散で殴らせろ目的の営業妨害が殆どだったんでな……中学でも問題児に振り回されて荒事に放り込まれて、無駄に場数踏んでんだよ」
実力の違いに慌てふためく男を拳で沈め、迫りくる攻撃をバックステップで回避しながらイチヤは息を整える。
「キャトルちゃん! そっちは――」
瞬間、自分の横を界賊の一人がキリモミ回転しながら吹っ飛んでいった。一歩前に出ていれば巻き添えを食らっていた事に冷や汗を流しながら飛んできた方向に目を向ける。
修羅がいた。
キャトルはバイクをバットの代わりのように振り回し、相手の攻撃を野球でバットがボールを打つように打ち返してる。
敵が剣を振るう。攻撃ごと薙ぎ払う。
敵が盾を構える。上から叩き潰した。
敵が銃を向ける。バイクのタイヤをもぎ取ってブン投げる。
敵が後ろから奇襲。タコの触手で受け止め、ガラ空きの胴に横薙ぎでバイクを
相手の攻撃を四本の触手とバイクを駆使し、攻撃を受け流しながら力で捻じ伏せる若き女傑が月明かりに照らされている。
「……わーお……」
此方側が格闘ゲームのような戦いをしてる間に、向こうは雑魚敵を一掃する無双ゲームみたいな戦闘を行なっていた事に思わず感嘆の声を上げるイチヤ。
……キャトルちゃん。意外に力が強いんだな……バイクを乗り回す美女は見たことあるけど、バイクを素手で振り回す美少女は見たことねぇわ。
イチヤがバイクを戦鎚のごとく振り回して界賊を一網打尽をするキャトルの姿に呆気に取られているが、キャトルの筋力に不思議な部分はない。
蛸は水中で泳ぐ姿と無脊椎動物という骨が無いイメージから力は弱いと思われがちだが、実際は強い。
特に大型種のミズダコやマダコは、自分の体重の何倍もの物を持ち上げることができるとされ、ミズダコの腕の力は人間の筋力の約三~五倍とも言われている。
タコの吸盤は人間が使う吸盤式の器具とは異なり、内部の筋肉を使って圧力を自在に調整でき、コレによりタコは吸盤を瞬時にくっつけたり離したりできるだけでなく、ガラスのフタを開けたり、重い岩を持ち上げたりできる。
タコが獲物を捕まえると、その強力な筋力と吸盤で相手を締め付け、完全に動きを封じる事ができるのはタコの筋肉が特殊な構造をしており、関節や骨がないにもかかわらず骨のような役割を果たすことができるからだ。
タコの吸盤一つで三十五キロの吸着力があり、全体の力を合わせると一トン以上の力を発揮できる……考えたくないが、これが人間大のサイズなら、その力は予想以上の剛力となる。
「お、思い出した!!」
バイクを振り回すキャトルの姿に界賊の一人が何かを思い出すかのように叫んだ。その時の顔色は
「ま、間違いねえ! 気を付けろお前ら! そ、そいつは……その女は、
「なんて?」
キャトルに別の意味で見惚れていたイチヤに隙ありと判断して襲ってきた敵を反射的に殴り、加減を見誤って敵の上半身を地面に埋まってしまったがイチヤはそれよりも、界賊が叫んだ二つ名の方が気になった。
『キャ、キャノンボール!? そ、そいつって、敵を倒す為に味方ごと
『俺も知ってるぜ……願望機が好きすぎるあまり、他人の願望機をバラして捕食して、拒否した奴は半殺しにしてる化け物だって!』
『お、俺は、入学式当日に学校が所有する施設を爆破したって聞いた……普通はそんな事しないだろ』
『女が好きすぎるあまり、男を袖にして女共と毎晩遊んでるクレイジーサイコレズって聞いてるぞ!?』
『そ、そんな奴に俺達は喧嘩売ったって事かよ……もうダメだぁ……おしまいだぁ……』
本人が目の前にいるのにも関わらず言いたい放題な界賊に引きつった笑みを浮かべるイチヤ。目に見えて士気が低下してるとはいえ、根も葉もない噂がキッカケな部分にはキャトルに同情するしかなかった。
「……ぜ……」
ふと、呟きが聞こえ、イヤな予感がしたイチヤは恐る恐る振り返るとキャトルが顔を真っ赤にしている……涙目を浮かべてるようにも見えるが、イチヤは彼女が冷静じゃないことを察してしまう。
「……こ、この場にいる全員! 実力行使で鎮圧します!!」
『『『ひ、ひぃぃぃぃぃ!?』』』
「ちょ、落ち着いてキャロルちゃん!」
バイクを真上に挙げて宣言するキャトルの前に立ち塞がって止めようとするイチヤ。界賊から見れば、顔を真っ赤にしたキャトルが怒りでご立腹の様子に見えて、恐怖から悲鳴をあげた。
……あれ? さっき『この場にいる全員』って言ったけど……もしかして、俺も含まれてる?
ふと、キャトルの言葉を思い出して自分も鎮圧されるのではとイチヤは思い始めるが、違うと言い聞かせてキャトルを宥めようとする。
『も、もう無理だろ! かないっこねぇよ!!』
『ちくしょうふざけんな! 俺は降りるぜ!! 命がいくつあっても足りねぇよ!!』
『あんなノー慈悲ノー慈愛ノー慈心の権化と相手するぐらいなら自首した方がマシだ!!』
『遺書を……遺書を書く時間を、ください……お願いします! お慈悲をぉ、お慈悲をぉぉぉ!!』
キャトルの反応にモディオを除く男達は戦意喪失し、蜘蛛の子を散らすかのようにバラバラに逃げていった。モディオが立ち向かうように怒声を浴びせるが、自身の命が大切なので聞く耳持たず逃走していく。
「…………」
「そ、その……無血開城って前向きに考えた方がいいぞ……どうせ噂だから本当のことなんて無いだろ」
「…………」
「……え、ウソだろ……」
落ち込んでると思い、キャトルを元気付けようと声をかけるイチヤだが、彼女が露骨に視線を逸らした事から本当の事が混ざっていると察してしまい言葉を失ってしまう。
「クソが……全て台無しにしやがって!!」
味方全員がキャトルの噂に恐れて戦意喪失し、ただ一人となったモディオは怒りから二人に吠えるように怒鳴り散らした。
「色々あったが、詰みだぜイケメン野郎」
「大人しく投降してください」
実力も状況も優位になり、詰みだと確信した二人だったが、モディオは懐から黒い星遺物を取り出した。
「クソ、クソがぁ……コイツだけは、使いたくなかったぜ……これも全て、テメェらの所為だ!!」
「……なんだあれ?」
「……黒い……星遺物?」
正気を失った瞳で震えながら黒い星遺物を握り締めるモディオ。黒い星遺物は月明かりに反射して怪しげな輝きをみせ、二人はその星遺物が不気味に感じて頬を引き
「キャトルちゃん。俺は星遺物に詳しくないんだけど、アレってどんな
「わかりません……というより、黒い星遺物なんて聞いた事も見た事もありません!!」
見たことない星遺物に戸惑う二人にモディオは黒い星遺物を自身の願望機に装填しようと近付ける。
「なんか、まずい!!」
首筋に冷たい感覚が走ったイチヤは、素早く落ちていた石を拾い上げてモディオに向かって全力投球する。投げた石はモディオの顔に向かって弾丸のように飛んでいくが、当たる直前に黒い星遺物から黒い帯が伸びて、モディオの顔に当たるはずだった石を叩き落した。
「はぁ!? なんだあれ!?」
「は、ははは、力が、力が漲ってくるぞ!!」
装填された黒い星遺物から伸びた黒い帯はモディオの体に巻き付いていく。それは一重二重と何度も重ねるように巻かれ、ついにはモディオの体が視認できる部分がなくなり、黒い繭のような見た目になった。
全身余すことなく巻かれた黒い繭に二人が警戒していると繭がひび割れ、腕が繭を貫いて現れた。
鋭利な鉤爪が特徴的な怪物の腕が現れた。
「なっ!?」
「えっ!?」
予想外の事に驚愕する二人を尻目に繭から、怪物の姿へ変貌したモディオが羽化する虫のように這い出てきた。
下半身は黒い毛が余すことなく生えて膝や脛の部分を守るかのように甲殻に覆われ、上半身は蜘蛛の要素が色濃く出ていて、鋭利なかぎ爪が特徴的な両腕と背中から生えた四本の脚が怪物の異形さを際立てている。
頭部は広い額に赤い目がびっしりと並び、口には鋭い虫の牙が光っている。
全身が黒く、闇のような姿に勇ましさや雄々しさは全く感じられない……不気味で、恐ろしく、気持ちが悪いという印象を受ける禍々しい怪物の姿。
特撮で見るような蜘蛛の怪人のような姿をしたモディオが、そこにはあった。
「……あぁ……生まれ変わったような気分だ」
月に照らされ、自身が怪物に生まれ変わった姿に高揚感を覚えたのか広い額の赤い目が反射して輝く。モディオは二人を視界に捉え、
「さぁ、遊びは終わりだ。ガキ共」
なお、モディオが変身した姿は仮面ライダーBLACKの一話に登場したクモ怪人がモデルです。