時間を
警察からの事情聴取を終え、学園側に報告した際に帰還するよう命じられたキャトルは眠り続けているイチヤを触手で拘束しながら運び、教師の指示から応接室で待機していた。
その際、パンイチ姿のイチヤを見たある女教師から二度見されるが、理由を話すと苦労人を見るような目で心配され、別の教師が眠るイチヤに学生服を着させた。
「……ぐぅ……」
一定の速度で静かに動く秒針の音が応接室に小さく響く。沈黙に耐えられないのか、キャトルは未だに寝息を鳴らすイチヤに目を向ける。
「……まだ寝てますね」
被っていた頭陀袋が無い素顔は変身する前に見た凛とした表情が呆れるくらい無防備に
ふと、イチヤが身じろぎをする。すやすやと眠っていた顔の眉間の
「……ギャンカスがビーバーに噛まれた……お前だけでも姫路城のチャーハンでヌートリアになるんだ……」
……どんな夢を見てるのでしょうか?
「……バカな……お前もビーバーに……」
脈絡の無い寝言だが、どんな状況か気になるキャトル。イチヤは状況が悪化してるのか眉間の皺をより深くさせ、酷く
……随分、
苦悶の表情を浮かび始めるイチヤの様子に起こした方がいいか悩むキャトル。しかし、突然イチヤの動きが止まる。
動かなくなったイチヤに不安を覚えるキャトル……しばらく見ていた時にイチヤが口を開いた。
「……ふわぁ、清々しい朝だぁ」
「あれ!? さっきまで魘されてましたよね!?」
何事もなかったかのように笑顔になったイチヤに、キャトルは思わずツッコんだ。その際に大声だったのか、イチヤが目を覚ました。
「……んがっ!? あれ……ここどこ!?」
「あ、起きましたね」
見知らぬ場所に戸惑うイチヤにキャトルが声をかけると、イチヤはキャトルに怪我の様子を聞く。
「キャトルちゃん! あ、そうだオレたしか……怪我とかない!? 大丈夫?」
「大丈夫です。紡生さんが戦ってくれたお陰で騒動が解決しました」
微笑んで無事を伝えるキャトル。しかし、ふと、申し訳なさそうな表情になり、イチヤは首をかしげる。
「……本当は私が解決しなきゃいけないのに、部外者である紡生さんに任せる事しかできなくて申し訳――」
「部外者じゃねぇよ」
キャトルの弱音をイチヤは一蹴する。
「オレ一人でも、キャトルちゃん一人でも、どっちか欠けたら助けられなかった人がいたんだ……だから、自分を卑下しちゃダメだぜ」
イチヤの言葉にキャトルは静かに耳を傾ける。
事実、イチヤの言葉に間違いはない……あの時、キャトルだけなら店主を連れて逃げる事はできたが、他の女性を見捨てるしかなかった。敵のアジトに着いたとしても、最悪自分が代わりに捕まる場合もあった……イチヤも人質を取られたら酷い目にあってたかもしれない。
あの場に二人がいた。だから、他の人を助ける事ができた事をイチヤはキャトルに伝えたかった。
「……はい」
「それに、オレは便利屋だからな! 困った事があったら初回無料でサービスしてやるよ」
伝わったかは分からないが、少なくとも表情が少し明るくなった事を確認できたイチヤは胸を張るように頼って欲しいとアピールする。手首からガチャ、という金属同士が当たる音が鳴り、存在感が増したように見える。
「……ガチャ?」
ふと、自分の手足から聞き覚えのない……少なくとも人体から鳴らない音に首を傾げて視線を向けると、自分の両手首を繋ぐように手錠が着けられていた。
「あっれぇ!? なにこれ!? なんでオレ、手錠されてんの!?」
「あ、その……実は紡生さんが、警察の方に犯人の一味だと疑われて……念の為に手錠を着ける事になりました」
今更になって自身の異常に気付いて驚くイチヤ、その様子にキャトルが恐る恐る経緯を説明する。
「はぁ!? なんでだよ!? いったい何が原因なんだ!!」
「……その……えっと……」
思わず大きな声で反応するイチヤ。その様子にキャトルは戸惑いながらも答えた。
「……こ、公然わいせつ罪……です……」
キャトルの言葉に、イチヤは静かに目を瞑って部屋の天井を見上げる。
……めちゃめちゃ心当たりあるわ……
眠るまでの出来事を思い出すと、一晩中パンイチで活動してた事にイチヤは静かに頭を抱えた。その様子を心配そうに見てたキャトルの視線を受け、イチヤは何かを決めたように頷いた。
「ごめんキャトルちゃん……侘として切腹するから、ナイフとかない?」
「スナック感覚で腹を切ろうとしないでください……!!」
ろくでもない事だった。
やりすぎな責任感から腹を切ろうとするイチヤを宥めながら、キャトルは辞めるように伝える。
「私は、大丈夫ですから……!!」
「いやでも、下手しなくても署まで連行コースだろ? 庇ってくれた上にワイシャツとズボンまで貸してくれるなんて頭が上がらねぇよ」
気にしてない様子を見せるキャトルだが、イチヤにとって犯罪者の仲間入りを防いでくれたようなモノで申し訳なさそうな表情になる。
「何か礼がしたいけど、生憎と何も持ってないからなぁ……」
「で、でしたら……頼みがあります」
自分自身として納得してないが手段もない事に悩ますイチヤにキャトルは一つの提案を出す。
「が、願望機を、見せてくれないでしょうか?」
恐る恐る言うキャトルに、イチヤは予想外な頼み事に目を点にする。
「そ、そんなのでいいの?」
「そ、そんなのだなんて! 私にとっては重要なんです!!」
「わ、わかった! わかったから! 距離を取って!!」
予想以上の食いつきに戸惑いながら、イチヤは願望機を出す為にキャトルに離れるように伝える。女性として豊満に成長している体は思春期にとって毒であるように、耐性のないイチヤでも例外ではなく焦りを見せる。
……あれ? そういや、どうやって出すんだ?
肝心の願望機の出し方が分からない事に気が付き、キャトルに物申そうとしたが、当の本人は期待の眼差しを向けていた。
……頼む出てくれ! これ以降出てこなくていいから、今だけは出てきてくれぇぇぇぇ!!
まるでサンタクロースを待つ子供のような表情で願望機を出してくれる事を楽しみにしてる彼女を落胆させたくない一心で、イチヤは必死に願望機を出そうとする。
さながら、最終回で力を失った主人公が傷付いていく仲間の姿に耐えきれず、再び力を渇望する少年漫画の主人公ばりの勢いで願望機をイメージする。
その想いが届いたのか、願望機がイチヤの胸からゆっくりと浮かび上がった。
「……出てきた……うぉわ!?」
出てきた事にホッと安堵したイチヤだが、何かに押されてソファに仰向けで倒れる。視線を動かすと、キャトルが真剣な表情で願望機に集中していた。
「……通常の金属ではない……五界層で取れる鉱物でもあまり見ない材質から合金でしょうか……造形はアクセサリー型と同じですが、武器型の部分あり……全体は義肢型に近いけど、アレとは違って……これは増幅装置? それも軍用に見かけるタイプ……ただのアクセサリー型に詰め込める技術力を考えると一回使えばオーバーヒートして願望機の回路や部品が焼き切れるのに、一つも異常がない……そもそも出力方法が他の願望機に比べて……」
黙々と考察しながら、自身の口から呟いている事すら気付かないぐらい集中してイチヤの願望機をナメるように解析するキャトル。仰向けの自分の上に覆いかぶさる彼女にイチヤは応接室の扉に視線を背ける。
……顔が……近い……
キャトルの豊満な体が動く度、自身に触れたり触れなかったりが繰り返され、美人と評される顔が近い事から筆舌に難しい感情を抱くイチヤ。
流石に失礼だと思ったのか、イチヤは精一杯の抵抗として視線を彼女からずらし、脳内で人型の気持ち悪いイルカが『ワクワクを思い出すんだッ!!』と連呼しながら物凄く激しい半副横跳びの想像で満たし、必死に理性を保ちながら終わる事を祈った。
ガッ(願望機を鷲掴みする音)
ギギギギギ……(願望機を引っこ抜こうとする音)
キャトルがイチヤの願望機を鷲掴みして、引っこ抜こうとするまでは。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! キャトルちゃん痛いストップ!! ストップストップ!! ストップって言ってるでしょうが!!」
突然の痛みと奇行で現実に引き戻され、大声で言うイチヤ。イチヤの様子に気付いたキャトルがイチヤから離れ、これ幸いとイチヤはキャトルから距離を取った。
「なにやってんの? ねぇ、なにやってんの?」
「ご、ごめんなさい紡生さん! その、好奇心が抑えられなくなって……引っこ抜いたらどうなるんだろうって思ったら、つい……」
「カサブタが気になる小学生みたいな感じで抜こうとしないで!?」
――『俺も知ってるぜ……願望機が好きすぎるあまり、他人の願望機をバラして捕食して、拒否した奴は半殺しにしてる化け物だって!』
……そう言えば、アイツ
キャトルの申し訳なさそうな表情から出た言葉にツッコむイチヤ。敵が彼女の事を恐れてた理由を思い出し、背筋が凍る感覚になっていく。
「つ、次は引っこ抜きませんので……もう一度、見せてくれないでしょうか?」
「……マジで見るだけだから……」
キャトルの懇願に迷うイチヤだったが、彼女の善意を信じて恐る恐る警戒しながらソファに座る。キャトルもイチヤを恐がらせないように願望機に顔を近付かせて見ている。
……そういや、オレの体ってアイツに貫かれたよな?
ふと、イチヤは蜘蛛の怪人になったモディオに胸を貫かれたり、体を背中から引き裂かれた事を思い出す。
……あの時に見た光景が正しいとするなら、オレは間違いなく致命傷だった……なのに胸が塞がっていたし、怪我も完治じゃないとはいえ殆ど治ってた……願望機や星遺物のおかげとはいえ、そんなスグに治るモノなのか?
あの時に感じた肉を裂く痛みも、鉄錆のような匂いも、間違いなく現実だったと思い起こすイチヤ……ゴト、という机に重い物が置かれる音が聞こえ、誰か来たのかと顔を上げる。
右手にドライバー、左手にハンマーを持ったキャトルの姿が目に入った。
………………………………は?
あまりの衝撃に思考停止するイチヤ。そんなイチヤを余所にキャトルは願望機の溝にドライバーを当ててハンマーで深く当たる様に打ち込んだ。
カーン、という金属音が部屋に鳴り響いた。
「キャトルちゃぁぁぁん!?」
思考が動き出したイチヤは転がりながらキャトルから距離をとるようにソファから離れ、部屋の隅に逃げ込んだ。
「なにやってんの!? マジでなにやってんの!? 見るだけだよね!? なんでハンマーとドライバー握ってんの!? なんで願望機ぶっ叩いたの!?」
「……その……技術者として、やはり気になってしまって……外側から分解していけば、イケるんじゃないかと思って……」
「イケナイよ!? そんなゲームのバグ技にチャレンジするような感じでやってみようとは思わないよ!?」
頬を朱色に染めて恥ずかしそうに言うキャトルに狼狽えるイチヤ。流石に女性よりも自分の命が大切なので、警戒する。
「悪いけど、これ以上は個人的に怖いから願望機は体内にひっこめて……そんな最愛の恋人が悪の組織のラスボスだった事を知ってショックを受ける主人公みたいな表情で絶望しないで!? そんな、表情で、見られ……て……も……しっかりしろオレぇ!!」
キャトルの表情に負けそうになり、目を瞑って誘惑を振り切るように勢いよく立った。
「あら?」
ふらり、体勢が崩れる。
気が遠くなるような感覚から立ち眩みだと理解し、イチヤはそのまま地面に倒れ――
「大丈夫ですか?」
「……あー、ありがとう」
――る事はなかった。
キャトルの触手がイチヤを受け止め、彼の横転を阻止した。
怪我は回復しても体力はまだ回復しきってない事を察し、時間を見ると一時間近く経っている事に気付く。少し怖いが学園の先生が来て情報共有するだけしても大丈夫かとイチヤは判断する。
「キャトルちゃん、大人しく座るから、触手を解いて……キャトルちゃん?」
少し怖いが、大丈夫だと思ってソファに座る意思を見せるイチヤ。しかし、キャトルは触手を緩めることなく何かを考え始める。
「……」
スッ、と静かにハンマーとドライバーを手に持ったキャトルの姿を見て、イチヤは察した。
……あー、はいはい、そういうオチね。
全てを察したイチヤは、せめて近くに先生がいる事に賭けて大声で助けを求めた。
「イィィイィィィヤァァァァァァァ!!」
幸運にも、近くに学園長と教師の三人がいた事は語る必要もないだろう。
そして、現在に至る。