イタリア人の前でパスタを圧し折るとぶちギレるらしい。   作:薔薇尻浩作

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おねショタはいいぞぉジョージィ。お姉さんが程よくSだと尚いいぞぉ。
感想。評価。お待ちしています。


暗殺者のパスタ 1

 

 15歳の中学生である私にとって、大学生とは立派な大人である。

 私からすれば高校生ですら非常に大人びて見えるというのに大学生。それも20歳を迎えた新成人となれば、それはもう。言葉では言い表せない程に眩しく映る偉大な存在に感じていた。

 

 とは言え、そんな大学生様が果たしてどんな生活を送っているかなんて、ごく普通の男子中学生である私には分かるわけもなく。

 年の離れた兄や姉を持つクラスメイトから話を聞いてみた事はあったものの、どうにもコレと言った確固たる答えを教えてくれた人はいなかった。

 

 ゼミとは何ぞや? サークルって何?

 シラバス? インカレ? コンパって俗に言う合コンなのだろうか?

 聞けば聞く程、私にとっては未知の世界である事しか分からない。

 

 故に私は、ひょんな事から縁を持った現役大学生である大人の女性に。

 つまりはオリーブ色の瞳に輝くブロンド。象牙のように滑らかな白い肌がいつ見ても艶やかな、大人の色気を漂わせている魔性の美女であるオリヴィアさんこと、リブさんに色々と尋ねた事があった。

 

 果たして大学生とはどんな生き物なのか?

 一体どんな生活をしているのか?

 

 老若男女を魅了するハリウッドスターさながらのオーラを持った理想の女性。そんな彼女からの回答がこちらである。

 

 

「大学生? 酒飲む事とチョロい異性をとっ捕まえてズッコンバッコンする事しか考えてへんお猿さんの集団やで?」

 

 

 うん。完全に質問する相手を間違えたと確信した。

 

 あの時のリブさんは未成年の私からしたら見たことも聞いたことも無いグラッパという透明な酒を浴びる様に飲みながら、空いた腕を私の尻に伸ばし執拗なまでに撫でたり揉んだりしていた。つまりいつもの残念な酔っ払いの醜態を晒していたのである。

 下手な芸能人も裸足で逃げ出す煌めく美貌を台無しにする様な、やに下がった顔で未成年の私に執拗なセクハラをしながらの御高説だ。当時の私が受けたその衝撃たるや何ともはや。

 

 ある意味では素晴らしき大人の姿と、その御立派な返答のおかげで、私の想像していた『立派な大人』の姿が木っ端微塵に砕け散ったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はバンビちゃんにどーしても作って貰いたいメニューがあるんや」

 

 

 私は将来、絶対にこのチャランポラン女みたいにならないぞ。

 意志薄弱で軟弱者の私にすら、そんな盛大な決意を固めさせた素晴らしき反面教師であるリブさんは週に2、3回の頻度で我が家を尋ねて来る。

 

 大体来る時は夕方か夕暮れ時か。時たま酔っ払った勢いで夜遅くにアポ無しでやってくる時もあるけれど、基本的には私が授業を終えて帰宅する時間を見計らってやって来るのだ。大学生とは暇なのだろうか?

 

 そして今日もまた夕方の5時過ぎ。

 冷蔵庫の中身を眺めながら今夜の献立は何にしようか。と、私が頭を悩ませていた時に彼女はぬるりとやって来ては挨拶もそこそこにリクエストを送ってきた。

 

 

「夕飯を集りに来るのは割と今さらなので諦めるとして、ついにオーダーまで指定するようになったんですね」

 

「そんな固いこと言いっこ無しやで。何だったら御礼代わりにまたチュウしてあげよか?」

 

「遠慮しときます」

 

 

 海外モデルも真っ青の美貌をだらしなく崩してニヤニヤと笑う性悪ナポレターナのセクハラはもはや慣れたものである。

 私が顔色変えることも無くサラッとスルーした事に不満そうに唇を尖らせては「いけず〜」と溢しながらも、リブさんは自身のスマフォの液晶画面を私の目の前に差し出した。

 

 

「コレにレシピが載ってるから見て欲しいんよ」

 

「どれどれ?」

 

 

 最新機種らしくスマートフォンにしては大きめの画面に表示されていたのは、どうやら料理系のブログのようである。

 どこかの有名シェフが書いたものなのか、それとも料理研究家やお料理好きの主婦が趣味で書いたものなのか。

 内容としては主にイタリア料理を中心としたものの様で、真っ赤なパスタ料理の画像がデカデカと映し出されており、そのメニューの名前とレシピまで詳細に記載されていた。

 

 

「これって『暗殺者のパスタ』ってやつですか?」

 

「そやそや。Spaghetti all'assassina。日本語に直訳すると暗殺者風スパゲッティやね」

 

 

 料理の世界にも流行り廃りがある。このブログの記事に載っている血のように赤黒いパスタ料理も、かつては一世風靡したと言っても過言では無い程の人気を誇っていた。

 リブさん情報によると、元々この料理は日本在住の元イタリアンシェフが海外で大流行のパスタとしてユーチューブに載せた事がきっかけで盛大にバズったようで、そのユニークなネーミングと衝撃的な調理法であっという間に日本中で有名になったらしい。

 

 

「いや、そもそもな。昨日サークルの友達と宅飲みしながら映画見てたんよ。それが殺し屋が主役の映画でな? そっから話が色々と盛り上がって、そういえば前に殺人者だか暗殺者だか物騒な名前のパスタが流行ったな〜。ちゅう話が出てきたってわけや」

 

「あぁ。なんか一時期やけに流行りましたよね。料理解説系のユーチューバーは挙って作ってましたし、インスタとかXとかのSNSでも真っ赤なパスタの写真で溢れかえったとか」

 

「まあ、暗殺者のパスタ。って普通にけったいな名前やからな」

 

 

 去年か一昨年か。正確な日付までは覚えていないがヤケに流行った事だけは覚えている。

 

 私はSNSも触った事は無いし、流行りには疎いタイプの人間だ。

 だが料理を趣味としている人間として料理系のブログや動画は休日などの空いた時間を使って定期的にチェックしている。なので私も件のパスタの存在はもちろん知っているわけである。

 と言っても、やたらインパクトの強い名前と、大まかな調理工程をうろ覚えしている程度の曖昧な記憶なのだけれど。

 

 

 

「いやーそれにしても久々にアニメ以外に映画なんか観たわ。友達の勧めやから半ば付き合いで観るつもりやったけど流石は名作!! 普段は観ないジャンルやったけどホンマにおもろかったわー」

 

「リブさんがそこまで素直に褒めるだなんて余程に面白い作品だったんですね。一体どんな話だったんですか?」

 

「ん? なんかロリコンのおっさんが12歳の女の子とイチャイチャしながら殺したり殺されたりする話やな」

 

「絶対に変な偏見が混じってますよね、その悪意ある説明」

 

 

 あんまりにもあんまりな物言いに流石に不安になったので、私は直ぐ様リブさんから映画のタイトルを聞き出した。

 スマフォで検索すると直ぐにヒット。誰もが知っている有名俳優と当時子役だった女優が主演しているだけあって相当に評価が高い。正に名作中の名作らしい。今度TSUTAYAで借りて観てみようと決めた。

 

 絶対にリブさんの説明通りの内容では無い気がするので、確認の意味も込めてだけれど。

 

 

「んで、まあロリコンの話は置いといて」

 

「軽く調べただけですけどロリコン云々はリブさんの偏見ですからね、絶対」

 

「お・い・と・い・て! ウチのリクエスト通り暗殺者のパスタを作ってくれへん? なんならこっち来る前に、さっきのブログ以外にも色んなサイトを調べまくって、あらかたの材料は買っておいたし」

 

 

 普段から有り得ない量の酒を我が家に持ち込んで来るリブさんは常日頃から大荷物を背負っているのだが、今日は酒だけを持ってきたわけでは無いらしい。

 まあ、材料まで用意してくれたのならば作るのは吝かでは無い。食費が幾らか浮いてくれるのは複雑な家庭環境に身を置いている立場の私からすれば有り難い事ではあるので。

 

 

「そこまで御膳立てされたら流石に断ったりはしませんが、材料をわざわざ買い揃える程にアクティブに動いた訳ですし、これを機にリブさんが御自分で作ってみるのは如何ですか?」

 

「え〜ウチは食べる専門やし。中学時代にマンマの手伝いしよう思って台所に立ったら『お前は二度とキッチンに立つな、この糞まみれの雌豚が!!』ってぶちギレられたもん」

 

「えぇ……」

 

 

 何だかんだ半年以上の付き合いになるお姉さんではあるが、彼女の手料理を御馳走になる機会に恵まれなかったのには、しっかりとした理由があったらしい。

 と言うか実の母にそこまで言われる程の壊滅的な腕前だとするならば、逆に怖いもの見たさで興味が湧いてくるのだが。

 いつか簡単な料理でも作って貰うとしよう。流石にペペロンチーノ辺りなら幾ら失敗しても食べられない物は出来ないだろうし。

 

 

「さて、夕飯の時間にしては少し早いですが早速作ると致しましょうか。と言っても、私も始めて作るレシピですので美味しく出来るかは保証致しかねますが」

 

 

 ブログの記事をザッと流し読み、頭に三角巾を巻き付けてからエプロンを装着。

 この格好をすると私の中で何となくスイッチが切り替わる感覚がするのだ。

 

 

「へ? 意外やな。パスタ大好きなバンビちゃんの事やから、流行ってた頃に何度か作った経験が有るもんやと思い込んでたわ」

 

「まあ、私も流行った時期に何度か作ってみたいな。と思った事はあったのですが……」

 

 

 イタリアで爆発的な流行!! そんな見出しでネットの海のあちこちで見かけた暗殺者のパスタのレシピや画像なんかは確かに印象には残ってはいた。

 

 残ってはいたのだが。

 

 

「いつか作ろう、いつか作ろう。と思っている内にブームがすっかり過ぎてしまって。結局、私の記憶からも消えてしまっていまして」

 

「あーそれは分かるわ。ウチも流行りもんは買おう買おう思ってる内にブームが終わってしまうんよな。タピオカだけはタピオカチャレンジで友達からかう為に速攻で買ったけど」

 

「何ですかそれ?」

 

「あら、知らんの? タピオカチャレンジっちゅうのは……ほれ」

 

 

 私の疑問にリブさんは一瞬、口元に手をやって考え込む仕草を見せたかと思うと直ぐに行動に出た。

 キッチンの水切りラックに立て掛けてあったコーヒーカップに手を伸ばしたかと思うと、何とカップを自身の豊満な胸元の上に乗せ出したのだ。

 

 

「ちょ、ちょっとリブさん!?」

 

「よっと……ほれ。こうやって、胸の上にカップを置いて手を離した状態のままストローを使ってタピオカミルクティーを飲めるか。っちゅうのが通称タピオカチャレンジやな。女子の間で密かなムーブになってたんやけどバンビちゃんは知らんかった?」

 

 

 羞恥心なんて何のその。あっけらかんとした表情でリブさんは破廉恥なチャレンジの内容を告白した。

 カップを落とさないようにバランスを取る為だろう。やや中腰になりながらも背を反らした結果、ただでさえ存在感の強いリブさんの豊満な果実がまるで突き出すようにして強調されてしまっている。

 

 耳先が熱くなるような羞恥と気不味さを覚えた私は咄嗟に目を逸らした。

 

 

「知りませんよ……そんな破廉恥な悪ふざけなんて」

 

「おやおやぁ? 顔が赤くなっとるで。くふふっ、バンビちゃんは相変わらず初心で可愛いなぁ」

 

「照れているのでは無く呆れているだけですっ!!」

 

 

 確かにリブさんの胸部はとても大きいと思う。雑誌や動画サイトなんかで偶に見かけるモデルや女優、グラビアアイドルにも引けを取らない、大変立派な双丘を胸部に装備しているわけだし。

 件のタピオカミルクティーの容器がどれだけ大きいかは知らないが、カップにしろコップにしろ乗せる事自体はきっと簡単だろう。

 

 

「そ、そもそもっ。何でそんな下品な挑戦をしようとしたんですか!?」

 

「ん? 大学の友達に悲しいくらいに胸が無い娘がおってな? そいつを嘲笑う為にやった」

 

「動機が想像以上に下品極まりない」

 

 

 うん。それにしても行動理由が最悪だとは思うけど。

 そこそこの長さの付き合いを通して薄々勘づいてはいたが、リブさんはナチュラルに畜生めいた人でなしの部分が垣間見える事があるのだ。

 

 

「ええとこの御嬢様みたいで何故かちょくちょくウチに絡んできおってな? ハキハキした物言いはウチも気に入ってるんやけど、事ある度にやけに高飛車な態度でマウント取ろうとしてくるんよ。せやから絶対に勝てない勝負で完封してやろうと思ってな。いやぁ〜あの時のあの娘の顔!! まるでFXで全財産溶かした様な虚無の顔!! スッキリしたでホンマ」

 

「ひ、人の心とか無いんですか貴女は」

 

「隙があったらボケる。ネタがあったら拾う。弄られキャラは弄くり倒す。そんでもって売られた喧嘩は買う。それが関西人のサガっちゅうもんや」

 

「だから貴女はナポリ出身のイタリア人でしょうが」

 

 

 貧しき女性の尊厳を踏み躙るような無情なチャレンジに件の友人は、それはそれは酷い悲しみを背負ってしまったらしい。

 その素晴らしい体験の御礼として、死んだ目のままに手加減抜きのタイキックをリブさんの大きなお尻にプレゼントしたのだとか。

 

 ムエタイ歴5年の意外とアグレッシブな御嬢様の唸るような右脚の威力にリブさんは暫くの間、陸に打ち上げられた魚のようにして地面の上でのたうち回る羽目になったらしい。

 普通に自業自得だと思う。

 

 

「まあ貧しき民の事は置いといて」

 

「リブさん。貴女ひょっとしなくても反省してないでしょ」

 

「お・い・と・い・て! ちゃっちゃと材料並べておくで」

 

 

 リブさんの交友関係が気になるところではあるが、本人的にはさっさと流したかった話らしい。

 オリーブグリーンをベースにボタニカル柄が印字されたビニル製のエコバッグから、いそいそと材料を取り出した。

 

 

「先ずはニンニクと唐辛子。辛めの味付けが特徴のパスタらしいから唐辛子はホールで多めに用意しといたで」

 

「アラビアータと似たテイストなんですかね? 辛めの味付けに仕上げるなら多めに入れておきましょうか」

 

 

 日本では鷹の爪が最も有名な種である唐辛子の辛味成分は真っ赤な皮と身の部分よりも、種の付近に凝縮されている。

 種そのものの辛味成分は大した事は無いのだが、種の近くの胎座と呼ばれる白いワタの部分に密集するので、より強い刺激を料理に与えたい場合は粉末や輪切りにしたものよりも、ホールの乾燥唐辛子を粗く潰したものを加えるとホットな仕上がりになるのだ。

 

 唐辛子の種類によっては辛すぎて食べれたものじゃないので注意も必要だけれど。

 

 

 

「で、次にトマトピューレ」

 

「まあ見た目からして真っ赤なトマトベースの味付けでしょうからトマトのペーストは必須ですね」

 

「うん。そんで、以上」

 

「……え?」

 

 

 私は思わずリブさんの顔をまじまじと眺めながら聞き返した。

 きっとキョトンと擬音が鳴りそうな間の抜けた顔をしている事だろう。

 

 

「いや、だから材料は以上やって。オリーブオイルはバンビちゃんが常備してるやろうからあえて飛ばしたけど。ニンニクと唐辛子。あとはトマトピューレ、もしくはトマト缶の中身をしっかりと粗越ししたもので材料は揃ってるんやって」

 

「え? マジで言ってます?」

 

「マジやて。そりゃシェフによっては刻んだ玉ねぎやったり、ウスターソース加えたりとかもあるみたいやけどな。それでも一番オーソドックスなレシピだとマジでこれだけで材料揃った事になるみたいやな」

 

「えぇ……具無しのペペロンチーノにトマトピューレ足しただけじゃないですか」

 

 

 オイル系パスタの代表格であるペペロンチーノは、イタリアでは別名『絶望のパスタ』として有名らしい。

 そのあんまりなネーミングの由来としてはオリーブ油とニンニクと唐辛子という殆ど食材が無い絶望的な貧乏人でも作れる単純なパスタだから。と呼ばれている。

 そんなペペロンチーノにトマトピューレを足しただけの材料で出来てしまうのが、かつて一世を風靡した暗殺者のパスタらしいのだ。

 

 いや、まあ。日本中でブームになった程のパスタなのだから決して美味しくない。なんて事は無いのだろうけど……

 

 

「なんか現時点でちょっと嫌な予感して来たんですけど、本当に美味しいんですかね? 暗殺者のパスタって」

 

「ペペロンチーノやって作り手によっては十分美味しくなるんやから大丈夫やろ。知らんけど」

 

「急にぶん投げないで下さいよ」

 

 

 始める前から何となく不安な気持ちになりつつも調理開始。

 先ずは殆どのパスタに登場するニンニクを刻んでいく。

 

 

「今回は2切れ使用します。微塵切りにしたり、スライスしたり。はたまた切らずに包丁の腹で押し潰したり。ニンニクのカットは作り手の好みで決まるので、割と適当でオッケーだったりします」

 

「バンビちゃんは微塵切り派やんな?」

 

「やや大き目に整えた粗みじん切りですね。こうする事によってオイルに良い感じにニンニクのエキスが流れ込む上に、食感も残るので個人的にはオススメです」

 

 

 まな板の上で包丁が弾み、ザクザクと子気味良い音を奏でる度にニンニクがコロコロと切り刻まれて行くのが心地良い。

 イタリアンにおけるニンニクの処理の仕方は本当に人それぞれなので、決まったやり方というものは個人的には無いと思っている。

 

 

「次にオリーブオイル。もしくはエクストラバージンオリーブオイルを気持ち多めに。フライパンの底がひたひたになるまで入れます。そこに先程刻んだニンニクを入れて、弱火で加熱。沸々と細かい泡が立つまでじっくりと火入れしてオイルにニンニクの香りを移していきます」

 

「あ〜ニンニクの焼ける匂いってホンマに堪らんわ。これだけでワイン3本は開けられる」

 

「それはリブさんが化け物なだけです」

 

 

 詳しくは知らないがワインというのは一人でそんなにパカパカ空にしてしまう程に酒精が弱い酒なのだろうか? 少なくともビールや酎ハイなんかよりは度数が強いとネットで見た記憶があったのだけれど。

 既に私の横で1本目のワインを空にしようとしているイタリア産の蟒蛇に戦慄しつつも、調理は続く。

 

 

「ニンニクが薄い褐色に変わって来たらここで唐辛子を投入。今回は二人前ですし辛さを強調するレシピの為、ホールの唐辛子を5個使います」

 

「わざわざニンニクの後に入れるのには何か理由があるんかいな?」

 

「これも人によって好き好きなのですが、唐辛子は比較的に焦げやすい食材なのであんまり火に当てたくないんですよね」

 

 

 シェフによってはニンニクの先に入れたり同時に入れたり。メニューによってタイミングを変えるなど様々なパターンがある。

 とは言え、私のような趣味で料理を作っている人間なら安全に安全を重ねるぐらいが丁度いい。

 乾燥した鷹の爪を5本一気に粗く刻んでフライパンに入れる。

 

 すると少し炒めるだけで辛味成分がオイルと溶け合い、黄金色のオイルが徐々に赤く染まって行く。

 

 

「本当は鷹の爪よりもペペロンチーノ・ピッコロみたいな海外産の唐辛子を使った方が刺激的になるのですけど、中々近所のスーパーには売ってないんですよね」

 

「そうなん? 知り合いに家庭菜園やってる人がおるから、今度貰って来てあげよか?」

 

「唐辛子を育ててるんですか? 珍しいですね」

 

「キャロライナ・リーパーとブート・ジョロキアのどっちがええ?」

 

「うん。絶対要らない」

 

 

 摂取量によっては死人が出かねない激辛唐辛子を育ててるヤバい知り合いがいるリブさんにビビりつつ、ここで私はトマトピューレに手をつける。

 

 

「トマトピューレを半量フライパンに入れ、中火でかき混ぜる。それとは別鍋、もしくはボウルに残った半量のトマトピューレを入れる。フライパンに入れた方は程よく水分が飛ぶまで炒めておきます」

 

「このボウルに分けた方はどないするん?」

 

「残ったトマトピューレの4倍から5倍のお湯、または水を加えてジュース状にします。そこに塩を適量加えてシンプルなトマト出汁にするわけです」

 

 

 ここからが暗殺者のパスタを作る上で欠かせない工程だ。

 フライパンの上にはニンニクの香りや唐辛子の刺激がトマトの酸味と絡み合った真っ赤なペーストがグツグツとマグマのように煮え立っている。

 

 

「ここでフライパンの上にスパゲッティを入れます。茹でる時のように縦に入れるのではなく、横にしてフライパンの底に広げる様にして焼き目をつけていくのです」

 

「おお!! 動画とかで何度も見かけたあの光景がついに見れるんやな!?」

 

 

 そう。暗殺者のパスタ最大の特徴は『スパゲッティを焼く』という非常にユニークな調理法にある。

 パスタの扱いをちょっとでも間違えればぶちギレる事で有名なイタリアの地で産まれたとは思えないような独創的な調理法はかつて日本で盛大に流行った事もあり、目にした人も多い事だろう。

 

 

「今回は愛用している1.6ミリのスパゲッティーニを使用します。こうしてフライパンの底に敷き詰めるようにして……」

 

 

 フライパンに大して平行になるようにして乾麺を持ち、綺麗にフライパンの底に広がるようにして、慎重に。それでいて大胆に。

 

 いざ、パスタを投入する。

 

 

 グッ。

 

 ……。

 

 ……。

 

グッ。グッ。グッ! グッ!!

 

「おーい。バンビちゃーん? どう考えてもフライパンにパスタが入って無いんやけど」

 

「パスタをフライパンに投入します」

 

「いや、無理やん。このフライパン小さめやしパスタの長さ考えたら物理的に無理やて」

 

「パスタをフライパンに! 投入しますっ!」

 

「いや、幾ら押し付けても無理なもんは無理やて。ヘリのとこに引っ掛かってめっちゃパスタしなってるやん。ビヨンビヨン言うてるし」

 

「パスタを!! フライパンにぃっ!! 入れるのぉ!!」

 

「バンビちゃんは何をそんなムキになってるんや?」

 

 

 

 

 

 結局。どう頑張ってもパスタがフライパンの中に入ってくれなかったので諦めた私は、イタリア人の目の前でパスタを圧し折る事となったのでした。

 

 リブさんが生暖かい視線を向けながら私の頭を撫でくり回してきたのが、妙にむず痒く感じる。

「これが萌え」ってやつなんやな〜。とか言いながらニヨニヨ笑ってる彼女を尻目に、ようやく本格的な調理が始まるのでした。

 





・オリヴィア
 愛称はリブ。イタリア出身の女子大生。外面は完璧だが中身はアレなタイプ。友人の前以外では標準語。

・少年
 リブからはバンビちゃんと呼ばれている。外面も中身もしっかりしている今どき珍しいタイプ。友人の前ではツッコミが鋭くなりがち。
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