イタリア人の前でパスタを圧し折るとぶちギレるらしい。 作:薔薇尻浩作
今回の話は1話につき5000〜6000文字。全部で4、5話程度でまとめるつもりです。
複雑な家庭環境に産まれた自覚があるとは言え、私という人間は人の縁に恵まれた人生をおくっていると思う。
私は矮小な体躯であり、顔つきも男気というものに欠けている。
色白で華奢、女のような覇気の無い顔つきと、いかにも周囲にいじめられてしまいそうな弱々しい見た目をしているのは紛れも無い事実だ。
だが小中学校共にそのような不幸に襲われる事も無く、こうして平和な学生生活を謳歌している。
級友は皆、心優しく穏やかな気質の善人ばかり。多少のからかい混じりのイジりはあるものの、それでも一人一人が友情と礼節を大切にしているからだろう。イジメのイの字も見当たらない。
そんな平穏なスクールライフが私の日常となっているのだ。
……なっている。
筈だったのだが。
「被告人、前へ」
最上級学年である3年生に進級してから早一ヶ月。
クラス分けによって雰囲気もクラスメイトも一新した教室にようやく慣れて来た、五月のある日。ゴールデンウィーク明けの放課後の出来事である。
「これより南暮里中学第3学年C組による、第一回目の裁判を開廷する」
何故か私は罪人の如く、後ろ手に縄跳びで拘束され。
こうして教室のど真ん中に立たされているのでした。
「……あの、何なんですかコレ? 私は早く帰って買い出しに行きたいのですけど」
今朝、登校した時から違和感はあったのだ。やけに教室中がソワソワしており、幾人かの男子が私の方に意味深な視線を投げかけては舌打ちしてきたり、女子達がニヤケ顔でヒソヒソ話に興じていたり。
妙な疎外感を感じるので何か事件でもあったのか。とは考えたのだが、長期休暇明け特有の、一種の休みボケの反動みたいなものだろうとスルーしていたのは失敗だったらしい。
放課後になるや否や、帰宅しようとした私を一部の男子生徒が忍者の如く素早い動きで囲んで来た事に驚いている内に、あっという間に拘束(跡はつかないように縄跳びと腕の間に新品の雑巾でクッションを作る恩情はあった)されてしまった。
こうして私は何故か3年C組の男子ほぼ全員、約20名に囲まれながら罪人の様な扱いを受けて裁判? に強制参加させられてしまったのだ。
「えー被告人。許可の無い発言は慎むように。貴方の立場をますます悪くするだけです」
教卓の後ろに一人で立ったクラスのリーダー的ポジションを務める学級委員長が、無駄に畏まった態度で私に忠告を飛ばして来た。
厳かな雰囲気を醸し出そうと本人的には頑張って渋い声を出しているのだろうが、普段のおちゃらけた彼を知っている身としては変にしか思えない。
「あの、委員長? どうしたんですか、その取ってつけたような堅物キャラ。女子の透けた下着の色に一喜一憂し、如何にして合法的にスカートの中を覗き込むかを常日頃から討論しているような下ネタ好きのお調子者キャラですよね? 本来のあなたは」
無駄にキリッとした顔で厳粛そうに言っているけど、やはり彼には似合っていない。
休み時間になる度に大声で下ネタ喋りまくっては女子から冷たい目でもって「サイテー」と言われながらドン引きされるタイプの一般男子中学生が彼である。
何だったらウチの学年で唯一数学で0点取った事がある生粋のお馬鹿キャラなのだ。
「被告人、静粛に。さもなくば死刑です」
「略式裁判にも程がある」
そもそも今でこそ学級委員長なんて生徒代表のような責任感の強い役職を務めてさえいるが、その実情としては誰もやりたがらなかったのでジャンケン勝負でクラス中で委員長役を押し付けあった結果。
運の悪かった彼が最後まで負けてしまったので半強制的に就任してしまっただけの話だし。
そんな君には裁判長? の役作りはどう考えても荷が重いと私は思うのだけれど。
「と言うか、全く話が見えないんですけど。そもそも、何故に私が被告人扱いなんでしょうか? それなりに品行方正に生きているつもりなのですが」
ポツリと私が素朴な疑問を漏らした瞬間。
私の背後に座っていた傍聴席?(わざわざ机と椅子を動かして、それっぽく配置し直したらしい)に座っていた生徒達がその言葉を待っていましたとばかりに次々と立ち上がっては声を張り上げた。
「黙れえぇぇい!! 犯罪者に人権など無いのだぁ!!」
「ヒャッハー!! 公開処刑の時間だぜぇ!!」
「待ってたんだぜぇ……この
「えぇ……何なんですか、この悪ノリは」
「被告人、勝手な発言は慎みなさい。それから傍聴席。いいぞ、もっと言ってやりなさい。何だったら石とか腐った卵も投げてやりなさい」
「ダメだこの欠陥裁判。裁判長からして公平に裁く気概が感じられない」
ブーイングを煽るような裁判長の発言に更に盛り上がる傍聴席の男子生徒達。
流石に石や卵を投げるのは良心が痛んだのが、それとも単に用意していなかっただけなのか。
その代わりとばかりに、丸めた消しゴムのカスやクシャクシャになったプリント用紙が次々と投げ込まれては私の背や後頭部にポコポコ当たった。
もはやこの時点でこれは裁判では無く、ただの私刑な気がする。
それから濡らしたティッシュペーパーを投げつけた野球部の坊主頭。お前は後で覚えてろ。今、首筋がヌチャッとして猛烈に気持ち悪いんだから。
「取り敢えず罪状を教えて下さいよ。いや、私は何も悪い事をした覚えはありませんけど話が進みませんので」
「被告人、勝手に喋らない。次勝手に喋ったらレッドカードです」
「裁判なのかサッカーなのかハッキリして欲しい、切実に」
と言うか、何で私はこんな茶番につきあわされているのか本気で分からない。
野次を飛ばすクラスメイトの声にも本物の怒りでは無くコントでも演じるかのような笑いの気配が混ざっているので茶番とは分かるのだが。
それでも何故、私が罪を犯した被告人扱いなのだろうか?
そんな私の疑問についに答えてくれる気になったらしい。
タイミングを見計らったかのようにして咳払い一つ鳴らした裁判長が今回の茶番のテーマを無駄に厳かに発表した。
「えーこれより……
『こちとらゴールデンウィーク中にも関わらず女っ気無しで男同士、寂しく傷を舐め合うという屈辱的な連休を俺達が過ごしていたにも関わらず、そんなクラスメイト達を裏切って一人だけパツキンのエロい姉ちゃんとイチャついていた奴が居たらしい。ってタレコミが入ったからお前の事は絶対に許さねえ、マジで絶対に羨ま死刑してやるから覚悟しておけこん畜生!!!! 罪』
……の容疑についての裁判を開廷します。スゥッ……野郎共おおおおぉぉぉ!! リア充を血祭りに上げるお時間だああああぁぁぁぁ!!!!』
「「「「「ヒャッハアアアアァァァ!!!!!!」」」」」
「おいコラお前らマジでふざけんな!!」
何かもの凄く下らない理由で、私の人権とプライバシーが思いっきり剥奪されようとしている現状に、流石の私も普段のキャラを崩す勢いで大声で抗議した。
と言うか罪状の名前が酷過ぎるでしょう、幾ら何でも!? それから、どうせパツキンの姉ちゃんってリブさんの事でしょう!!
いや、確かにゴールデンウィーク中に遊びに来たリブさんに、せっかくだから。と、買い出しを手伝って貰った事はあったけども!!
わざわざ学区から離れた遠くのスーパーに寄ったというのに、まさかクラスメイトに目撃されていたなんて。
もしもこの茶番劇を張本人であろうリブさんに知られたら後々になって絶対にニヤニヤ笑いながら、執拗なまでにからかわれるに決まっている!!
こんな茶番に付き合ってられるか!!
私は力いっぱい挙手をしてから意義を唱えた。
「異議有り!! 罪状が無茶苦茶に過ぎますし露悪的にも程があります!! っていうか裁判長が一番私の事を血祭りに上げる気満々じゃないですか!? 依怙贔屓なんて生易しいものじゃない、この裁判は無効ですっ!!」
「知らねーよバアアアカァ!! この場に貴様の味方は居ないと思え!! 誤解だろうが無実だろうが私情を挟みまくって公開処刑にまで持っていってくれるわあ!!!!」
「もう裁判長役を辞めろよあんた!!」
「嫌ですうぅぅ!! この世全てのリア充を血祭りにあげるまでは絶対にやめません〜!!」
私の抗議はクロスで中指立ててファックサインをかました畜生裁判長に素気なく却下された。
もはや裁判の形すらまともに保っていない、ただの私刑である。
「おいこら被告人うるせえよ!! リア充に人権なんか無ぇんだよカスが!!」
「イイご身分だよなぁ!! 俺達の嫉妬の醜さを知るがイイ!!」
「死にたくなかったら噂の年上外人お姉さんについて白状しやがれお願いします!!」
「エッチなことしたんですか? エッチなことしたんですよね!?」
煽るようなアホ裁判長のせいで傍聴席の面々もますますヒートアップしているし。
後ろ手で縛られていなかったら今ごろ私は頭を抱えていた事だろう。
女の嫉妬はなんとやら。という言葉は聞いた事はあったものの、男の嫉妬はそれ以上に見苦しくて傍迷惑なものだと今正に強く実感していた。
「えー傍聴席の皆様。リア充をフルボッコにしてやりたい気持ちは痛いぐらいに分かりますが、先ずは静粛に。粛正の時間は判決の後にしっかりと。それはそれは、しっかりと!! 絶対に取るので一旦、御着席下さい」
「うわぁ。本格的に裁判が始まる前から有罪にする気満々だよ、この外道」
もはや悪意を隠そうとすらしない裁判長の一声でようやくオーディエンスは静まり、渋々席に着いた。
おい、そこの野球部。勝訴って書いたルーズリーフを頭上に掲げるんじゃないよ。まだ冒頭手続すら始まって無いんだぞコラ。
「えー、では。本来ならここで被告人に対する本人確認として生年月日や氏名の確認等をするのですが……それだと面白くないからここで校選弁護士の登場です」
「委員長あんた実は裁判の流れとか良く理解ってないだろ」
「失礼な。俺はリーガル・ハイを全シリーズ観た男だぞ。バッチリに決まっているだろうが」
いや、それ弁護士ドラマの中でも一番参考にしちゃいけない奴では? そりゃ、フィクションとしては爽快感と独特な台詞選びが印象的な傑作ではあると思うけど。
もはやこれ以上は落ちる事は無いだろうと思っていた裁判長への株が更にガクッと落ちたところで、傍聴席から1人の生徒が立ち上がるとゆっくりと私の隣に立った。
どうやら彼が私の弁護士役らしい。と言うか普通に私の友人だった。
「どうも。今回、被告の校選弁護人を担当致します神田川です」
「いや神田川くん、あなた何やってるんですか? 先月末スマブラでボコボコにした事もしかして根に持ってます? って言うか、そもそも校選弁護人って何なんですか?」
「「被告人は静粛に!!」」
「……私は間違いなく今日この時に一生分の理不尽を感じている」
教室の明かりをキラリと反射する銀縁フレームの眼鏡をクイッと中指で押し上げたクラスメイトは、果たして本当に私の弁護をしてくれるつもりがあるのだろうか。
なんか、こう弁護するフリして思いっきり背中から刺しまくってきそうな、そんな剣呑な気配がプンプン臭ってくるのだ。
この前カービィで彼の使っているスネークをボコボコにしたばかりだし。
こうして私の隣に立っている神田川くんだが、彼は私の良き友人である。
いかにも運動が苦手そうな痩せ細った体躯に度の強い眼鏡を掛けて、更には髪型はキッチリと整えられた七三分け。という絵に描いたガリ勉じみた見た目に反して、話していて気安いタイプでユーモアもある。恐らくだが私以上に人望のある生徒だ。
入学してから学年一位以外を取った事の無い秀才は自らの頭の出来の良さを鼻にかける事など一切無く、勉強を教えてくれと周囲の生徒が頼めば笑顔で頷いてくれる。そんな自慢の友人である。
「ご安心下さい。クイッ。ワタシは私情を挟まずにしっかりと君の弁護を務めて見せますから。クイッ。クイッ。クイッ」
「ならば口でクイクイ言いながら執拗なまでに眼鏡のブリッジを上げるの止めて下さいよ神田川くん。眼鏡の位置を直すフリして然りげ無く私に中指立ててるのは丸分かりなんですから」
「それは、クイッ。被害妄想、クイッ。と言うものですよっクイッ」
「もはや新手のモンスターの鳴き声と化している」
神田川くんは間違いなく良き友人ではある。友人ではあるのだが、先ほども言った通りに彼は如何にも頭の硬そうな見た目に反して友人も多くてノリも非常にイイ。
つまり今回みたいな茶番にも割とノリノリで協力してしまうタイプだ。
嫉妬丸出し、悪意剥き出しで裁判長役を務めている委員長に同調してる時点で黒確定である。
「では改めて!! コレより『裁判っぽい形式でパツキン姉ちゃんとイチャついていた裏切り者の腐れリア充を晒し上げる会』を開催するぞおおおおおぉぉ!!」
「「「「「「「「いええええええい!!!!」」」」」」」」」
ガベルの代わりに握り拳で教卓を力強く叩いた裁判長の宣言に、傍聴席から鬨の声を思わせる大歓声が響き渡り、教室中を揺らす。
もはや裁判の形すら保っていない、最低の茶番劇がコレより始まろうとしていた。
……あぁ、帰りたい。
ノリノリで「リア充死すべし!!」と拳を振り上げている神田川くんの隣で、私は頭痛を感じながら重たい溜息を零した。
・少年
多分、次ぐらいに名前が出る。何だかんだ言ってクラスメイトとは仲がいい。
・委員長
名前は不明。クラスの良きムードメーカー。明るくサッパリとした人気者なので下ネタを言ってもそこまで女子に嫌われない羨ましいキャラ。
・神田川くん
下の名前は不明。少年の友達。見た目はよく居る頭の固いガリ勉キャラだが結構ノリが良い。スマブラの怨みは忘れない。