イタリア人の前でパスタを圧し折るとぶちギレるらしい。 作:薔薇尻浩作
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「良い感じに煮詰まったトマトソースにパスタを合わせます。この時、気持ち茹で汁を多めに麺に纏わせながらフライパンに入れるとソースに良く絡みます」
パスタの茹で汁は程良い塩分と小麦の旨味、それからグルテン成分がいい塩梅に混ざり合った立派な調味料。
全て捨ててしまうような勿体無い事はしてはいけない。
「ソースとパスタを調和させるイメージで絡めあいながら火を入れていきます。フライパンを煽って空気を入れながら混ぜるも良し。菜箸などで掻き混ぜるも良し。ここら辺はお好みで」
「アレやん。YouTubeで有名になったマンテカトゥーラ。愛を込めてフライパンを振るやつやな」
「暗殺者のパスタの火付け役の人でしたっけ? 確かにフライパンを煽るのは見た目も格好良くてプロっぽいので憧れはあるのですが、私はやりません。単純にキッチン汚したくないので」
「えぇ〜バンビちゃんがフライパンをヒョイヒョイ振ってるところを見てみたかったのに」
「やりません。私は後でお皿に盛り付ける事まで考えてトングを使って掻き混ぜます」
ぶーたれながら酒をラッパ飲み(ついさっき確認したら黒霧島という有名な銘柄の焼酎らしい)するリブさんをスルーしながら、私はフライパンの中身を丁寧に掻き混ぜる。
その道何年のプロのシェフですらフライパンを煽ればソースや油が溢れてしまう事があるのだ。たかが料理好きの中坊が上手く出来る筈も無い。
まあ、実のところ二年ほど前に見た目の良さに憧れて真似をしたら、盛大に中身をひっくり返した事がトラウマになっているだけなのだが……恥ずかしいからリブさんには内緒だ。
「この時、もしもフライパンの中の水分量が少なかったりソースが重くてモッタリとしてしまったら茹で汁を足してバランスを取って下さい」
「ほ〜ん。ウチは自分で乾麺を茹でる時はなーんも考えずにザルに流して水気を切っとったから茹で汁なんか全部捨ててしもうてたわ」
「だから本当にイタリア人なんですか貴女」
「イタリア人の全員が料理に拘りが有るわけとちゃうんやで」
リブさんの残念具合にツッコミを入れながらフライパンを掻き混ぜていると、パスタと麺がしっかりと絡んできた。
石鹸で手を良く洗った後にトングで1本だけ麺を捕まえて、そのまま指で摘んで口の中へ。
行儀が悪いと思われがちだが、味見は料理の中でも大事な工程だ。特に人様に食べさせる時に味見無しで出すのは失礼に値する。
「麺の硬さは理想的なアル・デンテでバッチリですね。味についても問題無いのですが……うぅっ。やっぱり私には辛すぎますぅ……!」
「あらら言わんこっちゃ無い。今から砂糖でも足して辛味を誤魔化すんか?」
舌に刺さるような唐辛子の刺激は心地良さを通り越して痛みすら感じる激しいもので、あっという間に体中の毛孔が開いて汗が出始める程。
激辛カップ焼きそばを鼻歌歌いながら完食するような辛いもの好きのリブさんには美味しく頂けるラインかも知れないが、私にとっては辛過ぎる。
確かにこのままでは美味しく頂けない。だが裁判所のパスタはまだ完成していないのだ。
「い、いえ。この時点では多少、辛過ぎる程度が丁度いいんです。麺とソースが完全に混じり合ったところで火を止めて、ここに刻んだイタリアンパセリの3分の2を。それから大量の粉チーズを振りかけます」
「お、この段階でチーズを入れてしまうんやな」
「裁判所のパスタの特徴は唐辛子の辛さ。イタリアンパセリの爽快感。それからチーズのコク。この三つが肝のメニューですからね」
本来のレシピで使うチーズはパルミジャーノ・レッジャーノなのだが、家庭では中々本場イタリアのチーズを塊で購入するには敷居が高い。
私は普段その代用品として粉チーズを使うのだが、この際に注意して欲しいのはパルメザンチーズを100%使用している物を使って欲しい点。
品物によってはコストを下げる為に他のチーズをブレンドしていたり、必要以上に大量のセルロースを混ぜ込んでいる物もあるので、そういった品は可能な限り避けて欲しい。
「本家本元のレシピではチーズグレーター*1を使ってパルミジャーノ・レッジャーノを摩り下ろすのですが、一般家庭では中々チャレンジ出来ませんから。そもそもパルミジャーノ・レッジャーノって熟成期間にもよりますが、結構なお値段もしますし」
「確かに長く寝かせたチーズはお高いなぁ。モノによっては何十万もする。って聞いた事があるわ」
「イタリアチーズの王様とも言われてますからね。機会があったら長期熟成したものを食べてみたいものです」
イタリアの一部の銀行では業者から熟成前のパルミジャーノ・レッジャーノをローンの担保として預かっているのだとか。
それ程に高価であり、またブランドに対する信頼が非常に厚い。イタリアが誇る自慢のチーズなのだろう。
「そう言やぁ、パルミジャーノ・レッジャーノとパルメザンチーズって、そもそもは何が違うんや? ウチ、あんまり気にした事は無かったんやけど」
「えぇ……リブさんって本当にイタリア人なんですか?」
「せやから魂は日本人なんやて」
あっけらかんと自分の出身を偽るナポリターナに若干引きつつも、私はザックリと両者の違いについて説明した。
「パルミジャーノ・レッジャーノは言うまでもなくイタリアで作られているハードチーズの代表格です。品質管理が非常に厳しく、ブランドの重みを守る為に原産地名称保護制度の規定をクリアしなければ名乗れない名称なんです」
「げん……? 原産地名称保護制度? なんやら無駄に雄々しい名前やなぁ。結局はどういう意味なんや?」
「凄ーく雑に説明すると生産地域がルールによって限定されている。という意味です。日本だと原産地呼称の方がまだ馴染み深い呼び方かもしれませんね」
そもそもパルミジャーノ・レッジャーノの名前の由来はイタリアの地名であるパルマとレッジョ・ネッレミリアから付けられたと言われている。
主にこの二つの都市を含んだエミリア・ロマーニャ州やロンバルディア州のみでチーズの王様は作られているらしい。
その後、厳しい審査を合格したものだけがパルミジャーノ・レッジャーノを名乗って良い。と認可されるのだとか。
「対してパルメザンチーズはそんなパルミジャーノの作り方を真似したチーズの総称です」
「要はパチモンかいな?」
「うーん……そう言われると素直に肯定出来ませんが。まあ、とにかくパルメザンチーズはパルミジャーノ・レッジャーノとは別物であり、粉チーズの総称。みたいな感じで考えておいて頂ければ間違いは無いかと」
そもそも粉チーズで一番有名と言われているクラフト社はアメリカの企業なので、イタリアとは掠りもしていないし。
「ほうほう……つまりバンビちゃんが言った事を纏めると。パルミジャーノ・レッジャーノとパルメザンチーズの関係は、シャンパンとスパークリングワイン。日本酒と清酒。テキーラとメスカル*2みたいな関係。っちゅう事やな」
「いや、あの。酒で例えられても私には分からないのですけど。って言うか日本酒と清酒って何か違うんですか?」
リブさん本人としては分かりやすく整理したつもりかも知れないが、未成年の私には縁の無い酒で例えられても全く意味が分からない。
と言うか、メスカルって何? 他の酒については何となく名前だけは聞いたことあるけれど、それでもどんな味でどんな種類なのかは良く分からない。
私は名前が出された酒の中でも、まだ辛うじて多少の知識がある日本酒と清酒について聞いてみた。
「おっ、興味あるん? せやったら教えたるわ。さっきバンビちゃんが話に出した原産地名称保護制度の話に近いものがあるんやけど……」
リブさん曰く、清酒とは米と米麹に水を主原料に使った醸造酒の全般を指すもの。
そして日本酒はその中でも原料に日本産の米を使用した物かつ、日本国内で生産されたものに限定にされた呼称なのだとか。
確かにそう言われて見ればパルミジャーノ・レッジャーノとパルメザンチーズの関係に似ているかも知れない。
「シャンパンとテキーラも似たようなもんやな。フランスのシャンパーニュ地方で作られたスパークリングワインのみがシャンパンを名乗れる。テキーラはメキシコのハリスコ州周辺で作ったメスカルのみがテキーラを名乗れる。っちゅうわけやな」
「はぁ……お酒の世界も色々と複雑なんですね」
「まあ、これでもかーなーりー大雑把な説明やからな。本当はもっと色々区別する為の細かい条件があんねん」
リブさん曰く、これでもかなり乱暴で雑に纏めただけらしいので、お酒関係を仕事にしている界隈の詳しい人に聞かれたら怒られるレベルの説明なのだとか。
酒のブランドと言うのは原産地呼称以外にも厳しい決まりが多々あるのが普通らしい。
例えばシャンパンならば、原料の葡萄の品種が細く指定されていたり、酒を作る時の発酵のやり方をシャンパーニュ方式と呼ばれる伝統のやり方でやらなくてはならなかったり。
テキーラならば原料にはアガベ・アスールと呼ばれる特別なリュウゼツランを使わなければならない他、その割合なんかも細く規定がされていたり蒸留の回数やアルコール度数もある程度は規定が定められているのだとか。
「スパークリングワインやメスカルはまだ可愛い方やで。ワインやウィスキー。日本酒辺りはマジで沼や。分類分けの法則や名付けの定義を語るだけで、下手したら丸一日潰れてまうで」
しかもコレはあくまで一例で、他の酒ではもっと複雑なルールに則っているモノも少なくは無いらしい。
話を聴いていると、オリーブオイルについての品質基準を国際オリーブ評議会が厳粛に管理している事に通じるモノがあるかも知れない。私は何となくそう思った。
「と言うか素朴な疑問なのですがリブさんってどうしてそこまでお酒に詳しいんですか?」
「ウチはマンマもパパも酒豪な上にお酒大好きやからな、その血がウチにも流れとる。好きこそものの。っちゅう諺もあるやろ? 色々と飲みまくって勉強して覚えた。っちゅうわけや」
エヘンと胸を張ったリブさんの胸元がポヨンと弾み、私は慌てて視線を背けた。
好きなものについて語っている女性は活き活きとして素敵だとは思うが、互いの距離感を少しでも良いから把握しておいて欲しいのだ。主に物理的に。
「ま、まあ。とにかくリブさんがお酒が大好きで仕方ない。という事は私にも改めて分かりましたよ
「酒はホンマに奥が深いんやでぇ? どや、バンビちゃん。これを機にお酒デビューしてみんか?」
リブさんはそう言いながら先ほどまで飲んでいた焼酎のボトルを私の眼前に突き出す。
プンと匂い立つ酒精と麹の癖のある香り。それから焼きたてのサツマイモを思わせる甘い香りが印象的だった。
「未成年に堂々と飲食を勧めないで下さいよ。私は法律を遵守する人間なのですから」
「いけずやな〜。ウチなんか中二の頃から飲んどったのに」
「それはただ単にリブさんが不良なだけだと思います」
ドラマのシーンなんかでバーカウンターで大人がお酒を嗜むシーンを観ては憧れを抱いた事もあるので、お酒に興味が無いとは言い切れない。
そもそも一流のシェフは料理の味を一緒に提供するお酒とのマリアージュでもって最終的な味付けを決めるらしい。そんな話も聞いた事があるので、いつかは挑戦してみたいがそれは未来の話だ。
成人して、いつか立派な大人になれた時には試してみたい。
リブさんが笑顔でゴクゴク飲んでいるところを何度も見ていると、果たしてどれほど美味しいものなのか? と興味を唆られるし。
「まあ、真面目な話をするとやな。初めて酒を飲む時は絶対に身内、もしくは信頼出来る友人と一緒に飲むことや。これ、ホンマに大事やで」
「一人で飲むと危ないんですか?」
「どうせ初めて飲む時は加減なんか判らんもんや。調子に乗って飲み過ぎて吐いてしもうたり、急性アル中で救急車に運ばれたりしたら笑えんやろ? だから、いざという時に止めてくれる人がおる環境で、先ずは自分の体質と限界を把握するんが大事。っちゅう、こっちゃな」
なるほど。確かに人によっては一滴も飲めない人がいる。なんて聞いたこともあるし、アルコールハラスメントなんて言葉も存在するらしいし。信頼出来て、一緒に飲んでくれる人の存在は重要なようだ。
と、ここまで考えて私はふとした疑問を思い浮かべた。
「あの、そう言えばリブさんって限界まで飲むとしたらどの位の量を飲むんですか?」
「う〜ん……まあ、美味しく楽しく飲める量はテキーラ3本位やな。二日酔いを覚悟するなら5本位はイケるけど」
「それって一般的にはお酒に強い人って事になるんですかね?」
「まあ、弱くは無い。っちゅう程度やな。エヘヘ」
「へー。そうなんですか」
近い将来。私はこの時のリブさんの回答を真に受けた結果、非常に強い後悔をする事になるのだが。
当然ながら、今はまだ知る由も無かった。
さて、閑話休題。
パルミジャーノ・レッジャーノから派生したお酒の話も一段落したところで、いよいよパスタを盛り付ける。
「熱を逃さないように螺旋を描きながらパスタをお皿に盛り付けます。上からソースをかけ、先ほど残しておいた残りの微塵切りにしたイタリアンパセリ、それから追加の粉チーズを豪勢に振りかけて見た目も美しく彩りましょう」
「おぉ! 真っ赤なパスタにイタリアンパセリの緑と粉チーズの白が映えるなぁ。イタリアの国旗を思い出す鮮やかなトリコロール配色や!」
「美味しい料理は味は当然として。食欲を唆る香り。それからお客様を喜ばせる見た目も大事な要素ですからね」
赤、緑、白の色合いがバランス良く映えているパスタの上に、最後の仕上げとして形を残したまま加熱していたカラブリアの唐辛子をソッと乗せれば完成だ。
「お待たせ致しました。これが私特製の『裁判所のパスタ』です」
さあ。お熱い内に召し上がれ。
・早乙女 鹿之助
主人公の中3男子。オリヴィアからはバンビちゃんと呼ばれている。お酒は飲んだ事が無いが、実は下戸。
・オリヴィア
多分ヒロインの女子大生。愛称はリブ。大学の歓迎コンパにて下心満載の30人以上の先輩達を全て酔い潰した伝説の蟒蛇。最高記録はビール大ジョッキ3杯、ワイン5本、日本酒8合、ウィスキー1本、テキーラ2本。控えめにいって化け物。