イタリア人の前でパスタを圧し折るとぶちギレるらしい。   作:薔薇尻浩作

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これにて裁判所のパスタ編は完結。後々、加筆修正するかもです。
次回は貧乏人のパスタ編。登場人物が地味に増えていきます。

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裁判所のパスタ 6

 

「ボナペティ……イタリア語で召し上がれ。ってこれで合ってましたっけ?」

 

 

 真っ白な皿に乗せられたトマトベースのパスタには真っ白な粉チーズの化粧を纏い、刻んだイタリアンパセリのティアラを被っている。

 パセリの爽やかさとトマトの甘味と酸味。唐辛子のスパイシーな刺激とチーズの重厚なコクが、登り立つ白い湯気となって私達の鼻腔を擽った。

 

 パスタだけでは無い。野菜たっぷりのコンソメスープに、シーザー風サラダ。その他のいくつかの常備菜がところ狭しとテーブルに並んでいる。

 我ながら、今夜は豪勢な晩餐になりそうだ。

 

 

「今の発音やとフランス語に近いな。イタリア語で召し上がれ。っに近いニュアンスで言うと『Buon appetito』や。日本人にも分かりやすく発音するならボナペティート。ちゅうとこやな」

 

「ふむふむ。やっぱり外国語は難しいですね」

 

 

 私がイタリア語の発音の難易度に眉を顰めていると、目の前の欠食20歳児の空腹に限界が来たらしい。

 行儀悪くカチカチとフォークで皿の縁を叩いては早く食わせろとアピールして来た。

 

 

「バンビちゃーん。御馳走を前にお預けなんて殺生なことは堪忍してや〜。ウチお腹空いてんねん」

 

「はいはい。では頂きましょう」

 

「偉大なる父よ。あなたの慈しみに以下略。アーメン……てなわけで、いっただきまーす!!」

 

 

 日に日に雑になっていくリブさんの食前の御祈りを聞き流しつつ、私は出来立てのパスタにフォークを刺した。

 目の前のなんちゃってイタリア人がパスタを圧し折ってしまったせいも有り、クルリと巻き付けるには少々長さが心許ないが食べる分には問題無い。

 巻くと言うよりも絡み付けるイメージでフォークで掬い上げてそのまま口へ運んだ。

 

 

「濃厚」

 

 

 先ずはその感想が浮かんだ。煮詰めた事によってトマトの旨味と仄かな酸味がバランス良く引き出されており、そこにたっぷりと入れたパルメザンチーズの奥行きのあるまろやかなコクが口いっぱいに広がっていく。

 舌先に唐辛子の刺激がピリリと刺さり、飲み込む度にイタリアンパセリ独特の爽やかな香りが鼻から抜けていく。

 

 

「美味しいな、これ」

 

 

 一口食べる度にまた一口食べたくなる。そんな癖になる美味しさが堪らない、我ながら絶品のパスタだった。

 

 

「めっっっちゃ美味いやん!! いや、バンビちゃんの作るパスタはいつも絶品やけどっ。今回のはそん中でもピカイチで美味いでっ!! いや、ホンマに!!」

 

「良かった。そう言って頂けると作った甲斐がありますよ」

 

「なんちゅうか、旨辛の王道を押さえてるっちゅうか……ただ美味いだけと違くて、深みのある味わいって言うか……う〜ん、美味いこと言えへんウチのバカさ加減が憎い!! でもこのパスタはマジで美味い!!」

 

 

 ウンウンと唸りながらもリブさんの右手は止まらず、フォークは皿の上と口の中をひたすら交互に往復している。

 時おり思い出したかのようにして大きな氷が入ったロックグラスに注がれた茶色い飲み物をチビチビと飲んでは、また食べるを繰り返している。

 

 前回の暗殺者のパスタの時も思ったが、この人は本当に美味しそうに食べてくれるので作っているこちらも気分が明るくなるのだ。

 

 

「うん……アレやん。ウィスキーや。このパスタは寝かせたウィスキーに近いもんがあるな」

 

「はぁ……? またリブさんらしい独特な例え方ですね」

 

 

 パスタを食べてはチビチビと何かを飲んでいたリブさんは整いました。とばかりにポンと一つ手を打つと、手元のグラスを掲げた。

 先ほどの発言から察するにその中身はウィスキーという酒なのだろう。

 勝手なイメージでは年配の男性が好む酒。というイメージがあったので、リブさんのような美しくて瑞々しい女性が好んでいる事にちょっとしたギャップを感じた。

 

 

「バンビちゃんには想像し難い例えかも知れんがな。安もんのウィスキーっちゅうんは基本トゲトゲしてるんや。角ばった感じの不快なアルコール臭が舌に刺さるし、変に甘かったり中途半端に煙臭かったり……飲めへん事は無いけども、あと一歩。って感じで、まあ大体のモノはそこまで美味くは無いねんな」

 

「はぁ」

 

「せやけど、しっかりと樽で寝かせたウィスキーは違う(ちゃう)ねん……味に深みが出るんや」

 

 

 そこまで言うとリブさんはいそいそと鞄を漁り出したかと思うと一本のボトルをテーブルに置いた。

 彼女の鞄から酒が出てくるのは今更のことなのでスルーするとして、リブさんは普段から一体何本の酒を持ち歩いているのだろう。

 我が家の空き部屋には酔っ払ったリブさんが置き去りにしていった酒が何十本もあるのだ。まあ、勝手に料理酒の代わりとして消費させて頂いてるので構わないのだが。

 

 

「これな、今ウチが飲んでるウィスキーやねんけど。日本産のウィスキーでもかなり人気の銘柄で『山崎 18年』っちゅう酒なんや。蘊蓄は語ると長くなるから省略するとして、まあラベルに書いてある通り18年は樽で寝かせたウィスキー。っちゅうわけや。バンビちゃんよりも年上のお酒やね」

 

「随分と長い間、寝かせてるお酒なんですね」

 

「まあ、ウィスキーは上を見たらキリ無いけどな。この銘柄も一般販売してるやつで一番長いのは50年以上も寝かせてるのがあるみたいやしな」

 

「何だか途方も無い話ですね」

 

 

 50年云々はあまりにもスケールが違い過ぎて想像がつかないが、ともかく目の前のボトルのお酒だ。

 18年。現在15歳の私からすれば3つも歳上にあたる。酒と人間を比べる事自体が間違っているのかも知れないが、それでもちょっとした親近感と謎の尊敬を覚える。

 

 それと同時に今、目の前に置かれているボトルの酒がとんでもない年月をかけて造られた逸品である事も改めて実感した。

 

 

「樽で長い間、熟成させたウィスキーはホンマに美味しくなるんよ。アルコールの角が取れて、樽から滲み出る薫りが移ってまろやかになって……何より味わいに奥行きと深みが増すんや。アフターフレーバー……まあ、ざっくり言うと飲んだ後の余韻も堪らんもんがある」

 

「はぁ」

 

「そういう要素がいい塩梅に纏って、絶品の酒になるんや。あ、纏ってる言うても決して小さく纏ってるわけでは無いんやで? 何ちゅうか、寧ろアレや。オーケストラみたいな感じやね。盛大で豪快、それでいて繊細かつ繊密。身体だけやなくて、心の奥底まで響いて来るハーモニーっちゅうヤツや」

 

 

 そこまで言い切るとリブさんは再びパスタを口に運んでは何度も美味そうに頷きながら味わい、またグラスに口をつけて舐めるように酒を飲んだ。

 やがてホォッとやけに色っぽい溜息を吐いたかと思えば、うっとりとした夢心地のような表情のまま語りを続ける。

 

 

「たっぷり寝かせたウィスキーは幾重にも芳醇な薫りが重なりよる。そんでもって、バンビちゃんが作ってくれたパスタは食材一つ一つの美味みと風味が見事に調和し合って、より壮大な味わいへと進化している……うん。そういう感じやね」

 

「そ、そこまで大袈裟に褒められてしまうと照れてしまうのですが」

 

「いや、大袈裟ちゃうで。ホンマに美味いもん、このパスタ。酒も進みよるし……ハァ。アカン、こんなん作られたら敵わんわ。惚れ直してしまうやないかい」

 

「惚れっ……!? か、からかわないで下さい」

 

 

 確かに今回の料理は自分でも上手く出来た実感がある。

 トマト本来の甘さと美味み。チーズのコク。イタリアンパセリの風味。ダメ押しとばかりにコンソメとうま味調味料が味の繋ぎとなって、それぞれの個性を上手く後押ししてソース全体の完成度を高めていた。

 私がいままで作ってきたパスタの中で5本の指に入る程度には会心の出来だと断言できる。

 

 だがリブさんから盛大に語彙を尽くして絶賛されていると思うと、どうにも恥ずかしくて堪らないのだ。

 まだいつもみたいに浴びるように酒を飲んでアッパーなテンションで絡んで来る分には慣れて来たのだが、今のリブさんは……その、なんだか普段と違う。

 

 今飲んでる酒が相当に良いモノだからなのか、いつものように痛飲する事なくゆっくりと。それこそ一滴一滴を名残惜しむかのように味わっている様は、彼女の美貌も相まってか蕩けるような色気を醸し出している。

 

 

「からかってるわけと違う(ちゃう)んやけどなぁ。ウチ、バンビちゃんのこと好きやのに」

 

「そういう言葉! い、いらないですから冷める前に早く食べちゃって下さいよ!!」

 

「ふふっ……相変わらず、いけずやなぁ」

 

 

 とろりとした薄紫色のオーラでも可視化するのではないか。そんな馬鹿馬鹿しい妄想すら掻き立てる今のリブさんはあまりにも官能的で、直視する事すら憚られた。

 結局、私はリブさんからの微笑ましそうな視線を感じつつも終始無言のまま食事を終える事となった。

 

 今回のパスタの味自体は、ほぼ満点と言っても過言では無い出来栄えではあったが唐辛子を5本も入れたのは失敗だったかも知れない。

 自覚出来る程に私の顔が耳の先まで熱を持っているのは、きっとスパイスが効きすぎているせいである。

 

 そうに違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はいつもみたいに豪快に飲まないんですね。お酒」

 

「うん? まあ、そういう気分やからな」

 

 

 私が洗い物を終えてテーブルに戻るれば、リブさんは晩飯の時と同様にチビリチビリとグラスを傾けていた。

 いつも以上に脱力してすっかりリラックスしている。普段が酒を『呑んでいる』ならば、今日は珍しく『飲んでいる』。私は彼女の様子からそんな感想を抱いた。

 

 

「やっぱりお高い酒はゆったり味わあなきゃ損やしな。もちろん安酒には安酒の楽しみ方があるわけやし、ウチはどっちも好きやけど」

 

「そんなに高いお酒なんですか? 今飲んでるボトルは」

 

「まあこれは貰い物やから実質はタダやけど、買うとしたら……なんやかんやで今なら10万以上はするんやないか?」

 

「じゅっ、10万!?」

 

 

 想像以上の値段に思わず私は立ち上がった。高いといっても精々1万円程度だと勝手な予想をしていたのだが、まさかの10倍とは衝撃のお値段である。

 下手な最新家電より高額なお酒だったとは想像すらしなかった。

 

 

「まあ元々の定価は大体5万くらいなんやけどな? 原酒不足やら原材料費の高騰やら。あとは単純にこの酒が美味すぎるから需要が供給に追い付いていない。っちゅうのが一番の理由やな。日本のウィスキーは世界的にも有名なブランドやからな」

 

「え? 日本のウィスキーってそんなに有名なんですか? 日本でお酒って言ったら日本酒のイメージだったんですけど」

 

「もちろん日本酒……海外だとSake (サーキー)って呼ばれてる國酒も人気やで? 特にフランス辺りではエライ流行ってるみたいやしな。でもジャパニーズ・ウィスキーの影響力はそれ以上や」

 

 

 リブさん曰く、ウィスキーの中でも特に優れた名産地を誇る世界5大ウィスキーと呼ばれるものがあるらしい。

 

 それぞれ、スコットランドで生産されるスコッチ・ウィスキー。

 アイルランドで造られるアイリッシュ・ウィスキーに、アメリカが産地のアメリカン・ウィスキー。それからカナダが原産地のカナディアン・ウィスキー。

 そして最後が、我が黄金の國で造られている『Japanese Whisky』なのだとか。

 

 

「特にサントリーが作ってるこの『山崎』は伝説的な人気がある銘柄やからな。世界各国のファンやマニアが挙って買いたがる伝説の銘酒。ウィスキーを飲むなら先ずはコレを薦めるな、ウチは」

 

「いや、1本10万円する酒は普通に飲めないでしょう」

 

「ショットバーとか行けば安く飲めるで? 今なら1杯30ミリ計算で、2万は行かない位で飲めるんやないかな?」

 

「いや、十分高いですよ」

 

 

 1杯で万単位の価格の液体って一体何なんだよ。私があまりの高価さに恐れ慄いていると、ふいにリブさんが手元のグラスを私の眼前につき出してきた。

 

 

「ほれ」

 

 

 カラン。と澄み渡った優美な音を立てて大きな氷が揺れ動く。

 

 

「バンビちゃんの料理の美味さに勝るとも劣らぬ、ホンマにええ酒やで。一口試してみ?」

 

「え、えぇ……?」

 

 

 未成年の私が飲酒なんかしてしまえば当然、法律違反である。私が目指す立派な『大人』の理想像からは程遠い愚行にしかならない。

 ただ、我ながら俗っぽいとは思うのだがボトルで10万円以上するという液体の価値に、純粋な好奇心が揺れ動いている。

 

 

「う、うぅ……」

 

 

 それに加えて、グラスから烟るかの如く立ち昇る見事な芳香が私を誘惑するのだ。

 俗に言う酒臭さ。とは全く違う様々な果実を凝縮させたような濃厚な果実と、重厚な香木を思わす香気が複雑に絡み合っている。

 今までの私の人生で味わった事の無い。それ程に素晴らしい香りだったのだ。

 

 

「え、遠慮しておきます!! お酒は二十歳になってからなんですから!!」

 

「あらら。フラれてしもうた……ホンマにバンビちゃんは真面目さんやな」

 

 

 いつものようなケラケラした笑いからは考えられないような、艶やかな笑みを一つ見せるとリブさんは残っていたグラスにキスをした。

 トロリとした琥珀色の液体がその量を減らす度にリブさんの真っ白な喉が緩やかに揺れ動く。

 空になったグラスの中で溶け始めた氷が涼やかな音を鳴らせば、いっそ卑猥なまでに生々しいリブさんの舌先が自身の唇を掠めるように小さく舐め回していく。

 

 

「そういう可愛らしいところ……ホンマにそそるわぁ」

 

 

 その様が、どうにも。何とも言えない程に美しくて。

 私は破廉恥な事に、彼女のそんな艶姿にすっかりと見惚れてしまっていた。

 

 

「ほな、テイスティングの代わり。存分に味わっておきなはれ」

 

 

 そんな風に呆けていたものだから。

 

 リブさんの顔がゆっくりと近付いて来た時も。

 

 その柔らかな唇が私の口に重なった時も。

 

 艶めかしい舌先が私の中を擽った時も。

 

 琥珀色の甘露の薫りが肺の奥底まで満たした時も。

 

 

 私はただただ呆然と。

 間抜けな案山子の様に、真っ赤な顔をしたまま固まることしか出来なかったのだった。

 

 

「ふふっ……お味は如何やった? 鹿之助くん

 

 

 初めて味わうことになった、あの時の酒の残り香は後になってもハッキリとは思い返せない。

 ただ、どうにも甘酸っぱい。誤魔化しようの無い。

 

 そんな初恋の味がしたのは確かだったのだ。

 




・早乙女 鹿之助
主人公の中3男子。オリヴィアからはバンビちゃんと呼ばれている。年上のお姉さんの艶姿にすっかり心を奪われた。なお次に会った時に残念な酔っ払い姿を見て気の迷いだったかもと後悔する。

・オリヴィア
多分ヒロインの女子大生。愛称はリブ。ぶっちゃけ最初から大人のお姉さんキャラで迫っていけば鹿之助はとっくに堕ちていた。次回会う時に酔っ払いの醜態に幻滅される事はまだ知らない。
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