モテない男、薬で現実逃避をする   作:輝く羊モドキ

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現実も夢も、過去があって現在があって未来がある。
ただ、現実と違うのは因果の鎖で繋がれてない事。
過去と現在、現在と未来。その全ては現実において全て因果の鎖で繋がれている。
でも夢の世界は、過去も現在も未来も、因果の鎖では繋がれていない。
過去と未来、現在と過去、未来から現在へ……あらゆる時間軸が繋がっては離れる浮動の世界。
原因と結果が繋がる現実とは違う。夢の世界には原因が無くても結果だけが残る事もある。

なんでかって?
夢って、そういうものでしょう?


優しい夢の中の世界:残酷な夢の外の世界

「おーい祐希ぃー!遊びに来たぜー!!」

 

 人里の中、少女の声と戸を叩く音が響く。

 戸が開かれると、そこには妙齢の女性が立っていた。

 

「なんだ魔理沙か。此処まで来るのは久しぶりだな」

 

「おう慧音。祐希は居るか?」

 

「ああ、勿論居るぞ」

 

 そう言って自然に髪を掻き上げる女性。その左手の薬指には、キラリと黒く輝く小さな宝石が付いた指輪がはまっていた。

 

「……まあ、相変わらず()()()なようである意味安心したぜ」

 

「う、五月蠅いよ。……若い男女が身体を持て余しているんだ。()()もなる」

 

 顔を赤く染めながらそっぽを向く妙齢の女性。その腹部は少し大きくなっていた。

 

「あー……3人目だっけか」

 

「ああ。この子も女の子らしい。全く、女ばかり増えて困ったもんだよ」

 

「まあ良いじゃねえか。アイツに似た男の子が生まれて、アイツみたいにヤンチャするよりかマシだろ」

 

「……そうかもしれんな」

 

 そんな光景がありありと脳裏に浮かぶのか、眉をひそめる上白沢慧音。

 そんな会話をしていたら、庭先から斧を持ったままのそのそと祐希が現れた。

 

「おー魔理沙か、久しぶりだな」

 

「よお。……あー、薪割りでもしてたのか?」

 

「おう。とりあえず今日の分だけ終わらせるからちょっと待ってろ」

 

「へいへい。早く終わらせてくれよな」

 

 返事を聞き届け、またのそのそと庭先へ戻っていく祐希。その左手の薬指には、小さな翡翠の装飾をあしらった指輪がはまっていた。

 

 斧を振り下ろす。薪が割れる。魔法の腕で新たな薪をすぐに台へのせ、再び斧を振り下ろす。

 小気味良くコーンコーンと薪が割れていく音が響き、あっという間に大量の薪が庭先に積み重なっていた。

 

「見ていて気持ちいいな」

 

「だろう?」

 

 軒先で座りながらテンポ良く薪が割れていくのを見る魔理沙と慧音。

 

「よし、今日の分終わりっと」

 

「うん、お疲れ」

 

「よっし!早く遊びに行こうぜ!」

 

「分かった分かった……じゃあ母さん、行ってくるよ」

 

「日が沈むまでには帰ってこい」

 

「もう子供じゃねえんだからよ……」

 

 そうして魔理沙に引っ張られるように家から連れ出される祐希。

 

「なあなあ、聞いてくれよ。少し前になんかデカいピラミッドが―――」

 

「また異変か?相変わらず忙しそうだな―――」

 

 

 

 

 森にキノコ狩りに行き、息抜きに魔法の森の上空を飛行レースしたり、山に行って魚釣りをしてその場で焼いて食べたり、そのまま川辺で昼寝をしたり。充実した日を送った。

 夕方、二人は名も無い丘の上で座っていた。

 

「……なんか、懐かしいな」

 

「そうだな……」

 

 昔、二人が魅魔の下で魔法を習っていた頃。些細な事を切っ掛けとして殴り合いの大げんかをした事がある。魔法魔術錬金術何でもありでの殴り合い。ある意味では殺し合いにも近い大げんかであった。

 そんな喧嘩の舞台は、ちょうど此処。この名も無き丘の上であった。

 

「何で喧嘩してたんだっけか」

 

「忘れた」

 

 今振り返ってみれば実にしょうもない事だったような気もする。あっさり忘れてしまえるような、そんなしょうもない理由で殺し合いに近い喧嘩を繰り広げた当時の自分達は少し頭がおかしかった。

 全身血だらけ傷だらけとなった二人は、ちょうど今のような時刻に同時に丘の上で倒れたのだった。

 魔理沙も、祐希も、当時を思い出して、当時と同じように地面に倒れ込む。当時と変わらず、丘の上に生える草々は柔らかく二人を包み込む。

 

「……なあ、祐希」

 

「……なんだ、魔理沙」

 

()()()に、戻ってくる気は無いのか」

 

「……―――」

 

 

 

「―――ああ。戻れない……戻る気も、無いよ」

 

 

 

「……そっか」

 

 心地の良い風が吹く。夕陽が妖怪の山と人里を包む。転がる二人から伸びる影は、決して交わる事が無かった。

 

「私な、実はお前の事……滅茶苦茶好きだったんだぜ。あの時から……今でも、な」

 

「……そっか。悪いな、気持ちに応えられなくて」

 

「いいさ、お前がアリスに一直線だった時からの気持ちだからな。慣れてるよ」

 

「……そうか」

 

 太陽は沈んでいき、東の空から夜が迫ってくる。

 また、長い夜の時間が来る。

 二人は、何も言わなくても同時に立ち上がる。別れの時間、二人は最期に向き合った。

 

「立派な魔法使いになれよ、魔理沙(親友)

 

「ああ。……さようなら、祐希(初恋の人)

 

 今にも泣きだしそうな優しい笑顔を浮かべたまま、霞のように世界から消えていく霧雨魔理沙。

 霧雨魔理沙の姿が完全に消えるまで微笑みながら立っていた男は、魔理沙の姿が完全に消えた後。夜の世界を緩やかに飛んで、最愛の人が待つ家に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――……ああ、くそ。最悪の寝覚めだぜ」

 

「おはよう、気分は……聞くまでもなさそうね」

 

「……悪い、永琳。もう少しだけこのまま寝かせてくれ」

 

「……落ち着いたら、そこに置いてある蒸しタオルで顔を洗いなさい」

 

「ありがとな……」

 

 

 

「……うぅ……うぁぁ……祐希、どうして……くそ、ちくしょう……ばかやろうが……!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 上白沢慧音の突然の死は、人間の里全体に大きな衝撃を与えた。

 今人間の里に居る人間で、上白沢慧音の世話になっていないものの数の方が圧倒的に少ないからだ。

 彼女の葬式は里のほぼ全域で行われ、彼女の墓には連日墓参りにくる人間達が途絶えなかった。

 

 だが、彼女の葬式にも、彼女の墓の中にも、彼女の遺体が無かった事を知る人間は、殆ど居なかった。

 

 彼女の死と葬式の様子は天狗の新聞にも載り、幻想郷中にバラまかれた。

 今ではもはやこの幻想郷において上白沢慧音の死亡を知らない者は少数派となっている程に。

 

「……『人間の里の守護者、斃れる』……ねえ」

 

 博麗神社に住む博麗霊夢もまた例外ではなかった。

 人も妖怪も寄り付かなくなってしまって久しい博麗神社の縁側に座りながら、天狗が持ってきた新聞をぼんやりと眺める。

 今の博麗霊夢の心の内を占めるのは、唯々不愉快という感情のみ。数日に渡り、怒りと不快感と殺気をまき散らす神社内には妖精一匹居らず、神社に住み着いていた同居人は顔を青褪めさせたまま何処かへ逃げ、いつもは用もなく勝手に居座る隙間妖怪はここ数日姿を見せず、新聞を持ってきた天狗は霊夢の顔を見るなりすぐさまに退散していった。

 新聞の内容なんぞに興味は無いが、暇つぶしの道具も相手も居ない博麗霊夢は退屈凌ぎに新聞を読むことにした。

 それと同時に、胸の中でざわめきだす『勘』が何らかの異変を叫んでいた。

 

 新聞の内容を見ても、特に大きな問題は無かった。言ってしまえば、博麗霊夢にとって大した関係の無い半獣がくたばって大きな葬式になった、というだけの内容だ。見出しに付随する写真も、守護者の死によって悲しみに暮れる人里の様子が写っていただけ。

 人里の守護者が居なくなったことでもしかしたら妖怪達が騒ぎ出すかもしれない、だから『勘』が騒ぎ立てるのか?そういう感じでもない。と思考を巡らせながら再び新聞の内容を読み返す博麗霊夢。

 

 そして、ふと気が付く。

 新聞の内容には、上白沢慧音を弔う葬儀の喪主が『藤原妹紅』となっていた事に。

 上白沢慧音に、血の繋がってない息子が居るのはほぼ周知の事実。当然博麗霊夢も、()()()が居る事を知っていた。

 親の葬儀の『喪主』は、大抵の場合その子供が行う。だと言うのに、喪主は子供どころか、仲の良い相手とは言え『他人』であった。

 それが違和感の正体だった。

 

 ()()()は何処?

 

 新聞を握りつぶし、そのまま博麗神社を飛び立とうとする霊夢の前に突如スキマが開かれる。

 

「待ちなさい霊夢」

 

「邪魔よ紫」

 

 スキマから傘が飛び出し、霊夢の行く手を遮る。

 即座に戦闘態勢に移行する霊夢に、数多もの標識を突き出して物理的に阻害する八雲紫。

 

「……何?今あんたに構ってる暇は無いんだけど?」

 

「お生憎、わたくしも霊夢に構ってあげる時間はそんなに無くってよ?人里の守護者が突如として居なくなって、里周りに居る妖怪達が妙に殺気立ってきてるんだもの」

 

「邪魔するのなら始末すればいいじゃない。私も今そうする所よ」

 

「全く、男性経験の無い女の子はこれだから嫌になるわねー。そんなになるくらいなら、あの時素直に『はい』って言ってれば良かったのに」

 

「……は?急に何?」

 

 スキマから這い出て、腰掛ける八雲紫。その口元には扇子が広げられているが、その嘲笑を隠しきれていなかった。

 

「あの子も草葉の陰で泣いてるわよきっと。自分からフッておいて、その実今でもまた同じ男の子に告白される事を待ち望んでいるヘタレな娘だなんて」

 

「……いつもの冗談にしては笑えないわね。あと母さんはどっかで隠居してるだけでまだ生きてるでしょうが」

 

「あら、笑えるでしょう?だってあなた、つい先日あんなにも酷い言葉で拒絶しておきながら未だに夢想しているじゃない。今、あの男の子がどういう状況かも知らないで」

 

「……へぇ、そう。じゃああんたのそのおしゃべりな口を掻っ捌いて、しゃべりたくなくなるまで痛めつけてあげる」

 

「今のあなたにそれが出来るとは思えないわね。あらあら、いつの間にかわたくしよりも冗談が上手になっちゃって。ほんと、子供って成長が早い事」

 

「ついでにその無駄口を開けなくなるまで全身に針を刺してやろうかしら」

 

 そして始まる弾幕ごっこ。

 普段と違うのは、博麗霊夢にはまるで余裕がなく、対する八雲紫は非常に余裕があった事であろう。

 敵意と殺意を剥き出しにして弾幕を放つ博麗霊夢は、なるほど確かに驚異的だ。だが、そんな必死になっても、まるで全然届かない。

 弾幕ごっこは美しさを競う()()()である。()()を忘れた者が勝てる道理もない。

 

 故に、この結果は必然であった。

 

「まったく、この前の異変を解決して増長しちゃったのかしら?本格的に鍛え治してあげないと不味いか……」

 

 墜落していく巫女を見下しながら、そのまま何処かへ消えていく八雲紫。

 どうせ諦めないん(コンテニュー)でしょうねと思いながら。

 

 

 

「ぐ……くそ……」

 

 悪態をつきながら神社で自身に包帯を巻く博麗霊夢。

 巻き終わりすぐさま再び神社から飛び出していくと、八雲紫の姿は影も形も無かった。

 

「逃げやがったわね……まあ良いわ、あんな奴に構っていても時間の無駄よ」

 

 そうして、人間の里へ向かう博麗霊夢。向かう先には、アイツの家がある。そこになら手がかりはある筈だ、と。

 

 

 

 人間の里に到着した霊夢は、すぐに上白沢宅へ向かった。

 道中、里の様子が暗い事に気が付く。葬式が終わってから既に数日は経過しているにもかかわらずだ。

 

「あ、霊夢さん……」

 

「小鈴ちゃん」

 

 早歩きで移動していたら、目の前に知り合いの少女が現れる。

 

「なんか里の中が随分辛気臭いじゃない」

 

「……そりゃあそうですよ。だってあの慧音さんが……し、死んじゃったんですもん……」

 

 今にも泣きだしそうな顔をして小鈴は言う。

 

「慧音さんにお世話になったことの無い人なんて、人里には少ないでしょうし……あの人は、誰にでも優しかったですし……」

 

 葬式もあげて、数日も時間が経ってるんだから割り切ればいいのにと思う博麗霊夢だが、それを口に出さない程度の良心は残っていた。

 

「ところで小鈴ちゃん、最近『アイツ』を見なかったかしら」

 

「『アイツ』……?」

 

 誰の事かまるでピンと来てないようだ。その事に内心イラつきつつ、質問を続ける。

 

「アイツよアイツ、慧音の所に居候してたアイツ」

 

「あ、ああ……祐希さんですか……そういえば、お葬式の時も居なかったですね」

 

「何処に居るか知ってる?」

 

「流石にそこまでは……ただ、里の中には居ないと思います。……あの人がお葬式に出てこない理由が無いですからね」

 

 そのまま小鈴と別れ、上白沢宅へ向かう霊夢。すぐに到着したが、門には鍵が掛かっているようだった。

 内心でめんどくさいと思いつつ、門を飛び超えて強引に中に入る。家の中には、目を点のようにして闖入者に驚く女性が居た。

 

「……霊夢、流石に博麗の巫女だからと言って不法侵入は駄目だよ」

 

「……なんで母さんがこんなとこに居るのかしら」

 

「アタシのセリフだよ霊夢」

 

 そこには外来から流れてきた洋服を着こなす、見た目妙齢の美女。博麗霊夢の母にして一つ前の代の博麗の巫女が煎餅を齧りながら茶を啜っていた。

 

「私に役目を継承してからてっきり死んだかと思ってたらこんなとこに居たのね」

 

「おいおい……本当に死んだとも思ってないくせに口ばかり達者になってまぁ」

 

 ズズズと茶を啜りながらダラダラとした姿勢を正そうともしない。

 

「ところで質問に答えてもらってないんだけど?」

 

「まったく、良い歳した娘がそんな殺気立ってもしょうがないだろうに。紫のヤツも嘆いてたよ」

 

「年寄りは話が長いだけでしょ。良いからさっさと答えなさい」

 

「あのモンペのお嬢ちゃんがアタシにこの家の管理を頼んできたのよ。あと()()()も夢枕に立ってきてまで住み慣れた家に埃が積もるのが忍びないって―――」

 

「アイツに会ったの!?」

 

 親に掴み掛かる霊夢。そんな行動を全く意に介さず話を続ける元博麗の巫女。

 

「ああ。あの子はちょうど()()に座ってて、アタシに頼んできたのよ。まぁ母親らしい事一切してなかったし、最期のお願いくらいは聞いてやらないとね」

 

「何処に居るの!?最期ってどういう事よ!!!」

 

 ガクガクと揺さぶる霊夢を押さえることも無く、されるがままになりながらも口が止まる事は無い。

 

「霊夢には関係の無い事さ。霊夢の性格なら、顔も見たくない声も聴きたくない相手がどうなろうと知ったこっちゃないだろう」

 

「なッ……なんでそれを……」

 

「母親だからね、霊夢の事なら何でも知ってるよ。あの子の事もね。だからこそ母親として忠告してやろう。もうあの子の事は忘れて生きていきな」

 

「……あんたに、何が解かるって言うの」

 

 掴む腕に力が込められていく。そんな事を知ってか知らずか、煎餅を噛み砕きながら朗々と話し続ける。

 

「霊夢、お前は『間違った』のさ。覆水盆に返らず、吐いた唾は吞めぬモンだ。せめてあの子に姉として接していればまだマシな結末になったかもしれないが……まあ、そりゃ教育してないアタシの責任かねぇ。なぁんで同じ天才として生まれ育ったのに、こうも変わるのか……」

 

 感情のままに振るわれる右腕。振り抜いた拳は、妙齢の女性の頬に()()()()()

 

「ッ!!?」

 

「はぁぁぁ……霊夢、お前には呆れるよ本当に。『博麗の巫女』として異変解決に飛び回って慢心しているのかい?『遊び』にばっかり集中して、巫女のお役目ってモンを理解してないのか……役目の継承をする前に、あと2~3年は精神修行させてやれば良かったかね」

 

「黙れ!!」

 

 大量に撒き散らす光弾、お札、退魔針。上白沢宅の中を破壊していく筈の弾幕は、しかしまるで何も起きなかったかのように傷一つ残らなかった。

 

「こらこら、管理を任されてるって言った傍から家の中を荒そうとするんじゃないよ」

 

 ゆらゆらと靄のような姿で揺れながら、煎餅を食べ終える女性。湯呑に残った茶を飲み終えると立ち上がり、霊夢の首根っこを捕まえて庭へ放り投げる。

 

「娘の不出来を親が叱らん訳にもいくまいよ……さて、久々の拳骨教育といこうかねぇ」

 

 コキコキと首と肩を鳴らしながらサンダルを履く元博麗の巫女。

 体勢を立て直した霊夢が弾幕勝負とばかりに空を飛ぼうとすると、既に密着距離に居た女性は固く握った拳を霊夢の鳩尾へ突き入れた。

 

「ゴッ……げぇッ……!!」

 

()()じゃないんだから、悠長に飛ぼうとしない。さて、後遺症は残さないから、存分に教育をしてあげようか」

 

 博麗霊夢は、弾幕ごっこを考案した偉大な人物である。弾幕ごっこは幻想郷中の流行となり、今や人も妖怪も皆が弾幕勝負に夢中となっている。

 そんな弾幕ごっこの考案者である博麗霊夢が、弾幕ごっこにおいて決して勝てない相手が二人居る。

 一人は、かつて同じ釜の飯を食い、同じ布団で寝た事もある男性、祐希。持ち前の天賦の才をいかんなく発揮し、『どんな弾幕も当たらない』程に回避力に特化している相手。弾幕ごっこは美しい方が勝つ勝負だが、『当たらなければ負けない』のだ。

 そしてもう一人が、目の前の存在。『何処にでも居て、何処にも居ない』博麗の秘術を繰り、自身の攻撃全てを絶対に当てる程度の力を持つ。

 要するに、その二人相手にはゲームが成り立たないのだ。だから、博麗霊夢は、勝てない。

 

 

 僅か数刻程。

 あらゆる抵抗が無為に帰した博麗霊夢は、上白沢宅の庭に血反吐を吐いて沈んでいた。

 当代の博麗の巫女をボロボロのボロにした張本人はと言うと、家の中で置き薬が無いかをゴソゴソ探していた。

 

「えーと?こういうのは大体箪笥の上にありそうなモンだけど……おっ、あったあった」

 

 永遠亭印の救急箱を無事見つけた女性は、中から軟膏と包帯を適当に出して娘に向けて投げる。

 

「霊夢。お前がどうしても……不幸になってまでも祐希に会いたいって言うんなら、永遠亭とやらに向かいなさい。お前の親として、忠告はしたからね」

 

 そう言って、家の中へ戻る女性。

 霊夢は、震える手足を引きずって転がる軟膏を拾い上げ、自身に塗る。永遠亭印の怪我に効く軟膏は、すぐに効いた。

 胸の中で燃える怒りの炎に、痺れる不快感をくべていく。

 

「……待ってなさいよ……!」

 

 親の忠告を無視して、博麗霊夢は迷いの竹林へ飛んでいった。

 

 

 

 迷いの竹林の入り口。

 そこに到着した霊夢は、竹林の中から二人の少女が出てくるのが見えた。

 

「魔理沙と蓬莱人じゃないの」

 

「……霊夢か。どうしたんだこんなところに」

 

「祐希に会いに来たのよ。丁度良いわ、永遠亭に案内を―――」

 

 突如、燃え上がる蓬莱人。

 

「―――ああ、悪いね。今なんて言った?博麗の巫女」

 

「……永遠亭に案内をして欲しんだけどって、言ったのよ」

 

「その、前にさ。お前今、なんて言ったよ。なあ」

 

「聞こえなかったの?年を取ると耳が遠くなるのね……『祐希に会いに来た』って言ったのよ」

 

「―――」

 

 さらに噴き上がる炎。轟々と音を立てて燃え上がる炎は、自身の肉体ごとブスブスと焼き焦がしていく。

 

「ははっ、はははッ!ははははははは!!!」

 

 炎の勢いに負けない、笑い声。狂笑としか表現出来ない表情で、大きな声で、笑う。嗤う。

 

「おい。おいおいおいおい博麗の巫女さんよぉ……お前、どの面下げてアイツに会いに来てんだ?なあ?」

 

「も、妹紅……?」

 

 炎の勢いに押された魔理沙が困惑の表情で藤原妹紅を見る。

 

「ははは……ああ、魔理沙は知らなかったんだっけか。アイツが、()()なった原因の『あと一人』が、そこの腐れ巫女って事よ」

 

「……!霊夢、お前……アイツに、祐希に何を言った……!」

 

 魔理沙の、霊夢を見る眼が。

 困惑の色から、敵対者を見る眼に変わる。

 

「―――ああ、そう。アンタらもか」

 

 アンタらも、私の邪魔をするのか。

 大量のお札を握る。

 魔理沙も、懐からミニ八卦炉を取り出す。

 

「悪いね、魔理沙。此処は私に任せてくれない?」

 

「……仕方ないな。妹紅が負けた時の為に後ろで待機しておくとするぜ」

 

「ありがとう。今度焼き鳥奢ってあげる」

 

「どっちでもいいからさっさとしなさいよ。何なら二人同時でも良いけど?」

 

「ははッ!全身包帯塗れの死にぞこないが言うじゃない!でも私から行かせてもらう!!!」

 

 全身から燃え上がる炎が、不死鳥の姿を取る。それと同時に魔理沙は竹林の方へ隠れるように飛んでいくのが見えた。

 

 

 

 燃える。

 燃える。

 燃え上がる。

 胸の中で燃える怒りの業火が顕現する。

 相手の放つ光弾を、お札を、針を、全てすべてを燃やし尽くす。

 何度叩き落とされても。何度撃ち落されても。蘇る。甦る。

 不死の執念。

 不滅の妄執が。

 遂に。

 遂に。

 

 空を飛ぶ巫女の両腕を焼いた。

 

「ぐぅぅッ!!!」

 

「ひゃはッ!ひゃはははッッッ!!!」

 

 もはや制御の出来ない炎は完全に藤原妹紅の肉体そのものを焼き尽くしていた。

 皮膚を燃料に。血肉を燃料に。骨すら燃料に。

 自身の精神すら燃料として火にくべ、不死鳥は空を飛ぶ巫女を撃ち落した。

 

 嘲笑。狂笑。

 空間そのものが轟々と燃える中、空に狂った笑い声が響き渡る。

 

 しかし笑い声も長くは続かない。精神すら燃料とした不死鳥は、突如として消滅してしまう。

 後に残るのは燃えカスと、両腕が壊死寸前となった博麗の巫女だけ。

 

「くそ……クソッ!!!」

 

 悪態をつきながら、震える手で懐に入れておいた永遠亭印の軟膏を再び腕に塗る。手が言う事を聞かなければ、足を使ってでも。言う事の効かない腕に軟膏を塗り終えれば、何とか動くようになったが酷い火傷痕が残る腕が見えた。

 しかし、その腕はまるで―――

 

「ふ、ふふふ……まるで、アイツの腕みたいね」

 

 無意識だった。

 無意識に、にぃぃと口角が上がっていた。

 ()()()となった腕をうっとりとした目で見て、下腹部が熱くなっていくのを感じていた。

 

「……さあ、アイツを迎えに行かないとね」

 

 ピクピクと僅かに痙攣する腕の上に包帯を巻きなおし、跳び上がる博麗の巫女。

 アイツを捕まえたら何をしてあげようか。アイツを引き連れて人里の中デートをするのもいいかもしれない。アイツを外で押し倒して、既成事実を作ってしまうのもいいかもしれない。

 当てつけのように見せられた悪夢を、自身に上書きしてやると眼を血走らせていた。

 

 ああ、だから。

 

「……」

 

 私の邪魔をするな。

 

「……」

 

 霊夢と、魔理沙。もはや二人の間に言葉は無かった。

 魔理沙にも、先程の藤原妹紅の狂笑が聞こえていた。そして腕が包帯だらけで満身創痍に近い霊夢を見て、何が起きたかおおよそ正確に予測していた。

 目の前の存在を、止めなければいけないと。そう正しく認識していた。

 祐希の親友として。霊夢の親友として。そして、恋敵として。

 

 目の前の怪物を止めなければ、全員にとって不幸になると。確信していた。

 

 だから、全身全霊で。

 いつか、祐希とやったように。全力全開で。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 魔理沙は、自身の持つ全ての魔法薬を霊夢にぶつける。

 霊夢は、殺傷能力の高い針を魔理沙に向けて投げる。

 魔法の弾丸が身体を掠める。

 ありがたい針が、衣服を穿つ。

 致命に至る砲撃が周囲を薙ぎ払う。

 致死の霊撃が空間を飲み込む。

 空から隕石にも似た大量の光弾が降り注ぐ。

 視界を埋め尽くす大量のお札がまき散らされる。

 

 弾幕ごっこの結末は、魔理沙の墜落によって決着した。

 

 乗っていた箒から落ちて、頭から地面に吸い込まれるように墜ちていく魔理沙。

 無感動の目でそれを眺めているだけの霊夢。

 硬い地面に頭から落ち、赤い血の花を地面に咲かせる……ことは無かった。

 フッ、と。地面に当たる直前に()()()ように、魔理沙は姿を消した。

 

「……」

 

 その消え方には見覚えがあった。何処かで監視でもしているのだろうが、邪魔をしなければ何も問題は無い。

 火傷の上に巻いた包帯を撫で、竹林の奥へと進む。

 

 

 霊夢が魔理沙を撃墜する直前、魔理沙は霊夢に、致命傷を与えられる機会があった。

 弾幕のほんの僅かな隙間を縫うように接近した魔理沙は、お得意の魔砲をほぼゼロ距離で霊夢に直撃させることが出来る、そんな機会があった。

 だが、撃たなかった。撃てなかった。昔の何も知らない子供の時とは違う、相手を殺す事への躊躇いがあった。

 それは、見方によれば魔理沙は()()()()()と言えるだろう。現に、躊躇った一瞬の隙を突いて霊夢は魔理沙を撃墜したのだから。

 

「よく頑張った。成長したな、魔理沙」

 

「……アンタが抱えたら?」

 

「ふふ、師匠ってのは教え終わったら物語からフェードアウトしていくものなのさ」

 

「じゃあ今此処に居ちゃ駄目なんじゃない?」

 

 しかし、緑色の長い髪を持つ彼女はそうとは捉えない。自身の馬鹿な愛弟子の成長を心から喜びながら、そのハチミツ色の髪を優しく撫でる。

 竹林を飛んでいく紅白の巫女を見届けながら、愚かな娘が破滅へと向かっていくのをただ見つめる女性。それもまた自由の結果と、放任主義の彼女は腕の中で気絶する少女を治療するため家に戻っていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 迷いの竹林の中。

 博麗霊夢は迷っていた。

 

「チッ、なかなか着かないわね」

 

 目印らしい目印も無い竹林の中、博麗霊夢は自身の勘と運だよりで永遠亭へ向かっていた。

 ふ、と。視界の端に何かの影を捉えた。

 

「ひぇぇ……全く、人形遣いも人斬りもアタシに何の恨みがあるって言うウサか」

 

 そこにはヘトヘトになりながら何かから逃げてきたと思われる妖獣がトボトボと歩いていた。

 

「ああもう、足が棒のようになっちゃったウサ……ぁ……」

 

 巫女と妖獣の目が合う。直後には、巫女はその妖獣の頭を掴んで地面に突き倒していた。

 

「ぴ、ぴぃ……」

 

「ああ、ちょうど良かったわ。あんたを永遠亭までの案内人にすれば解決ね」

 

 ギリギリと音が鳴る程に強く妖獣の頭を掴み、抵抗を奪っていく。

 

「い、命だけは許してほしいウサぁ……」

 

「ならさっさと永遠亭まで案内しなさい。早くしないとあんたの耳を引きちぎるわよ」

 

「ひぃぃ……」

 

 妖獣、因幡てゐは涙目になりながら、内心で自身の不幸を呪う。なんだって今日はこんな厄事が畳みかけてくるのか。

 棒のようになった脚を必死に動かし、殺意を背中に受け続けながら永遠亭まで向かう。

 

 何度か背中の巫女から逃げ出そうとした因幡てゐだが、『今』と思った瞬間に自身の耳を掠めていく退魔の針を見て、絶対に逃げられない事を悟ってから一刻。永遠亭の入り口がようやく見えた。

 

「まったく、此処まで長かったわね」

 

 永遠亭の扉が見え、そちらに博麗霊夢が意識を向けた直後、最後の力を振り絞って脱兎のごとく何処かへ消えていく因幡てゐ。

 用済みの妖怪なんぞに一瞥も無く、永遠亭の扉を蹴破って中に侵入する霊夢。

 

「……コッチね」

 

 腕の疼きと持ち前の勘から、ほぼ正確に祐希の居る方向を特定した霊夢はそちらに向けて直進する。

 

「待ちなさい」

 

「そこまでよ!……うわ、すごいボロボロ」

 

 立ち塞がるように行く手を遮るのは、八意永琳と鈴仙・優曇華院・イナバ。

 

「邪魔よ」

 

「病院の中では静かにするものよ」

 

「あら、愛し合う男女の間に入るなんて随分無粋な医者だこと」

 

「……は?愛し合う?誰と誰の事を言ってるの?」

 

「決まってるでしょ?私と祐希の事よ」

 

 心底理解が出来ないという表情を浮かべる鈴仙。

 無表情で目の前の異常者を観察する永琳。

 

「へえ、博麗の巫女と祐希がお付き合いしているなんて初耳ね。あの人からそんな話は一度も聞いたことないけど」

 

「お前みたいな宇宙人がアイツを語らないでくれる?そもそも付き合う付き合わないの話じゃないわ。アイツは私の事を想っている。私はアイツの事を想っている。それで十分でしょ」

 

「―――気持ち悪い」

 

「あ?」

 

 震える自身の身体を押さえるように自身の腕を抱く鈴仙。

 

「貴方は祐希さんを拒絶したんでしょ!?なんで想いあってるなんて言えるのよ!!」

 

「別に拒絶なんてしてないわよ。ただアイツが、私というものがありながら浮気しているのが許せなかっただけ。そもそもアイツの方から告白してきたんだから、アイツは今でも私の事を想っているのよ」

 

「なんて、おぞましい……」

 

「霊夢、そもそも貴方はここに何しに来たのかしら」

 

「はぁ……決まってるでしょ?祐希を取り返しに来たのよ。居るんでしょ?ここに」

 

「ならお生憎だけど、あの子はもう()()()()には居ないわよ」

 

「―――は?」

 

 ベキッ、手に持っていた退魔針がへし折れる。

 

「あの子に会いたいって言うのなら、薬を処方してあげても良いんだけど。あの子を()()()()()()()って言うのなら、無駄な事よ」

 

「……どういう意味よ」

 

「あの子の肉体は既に永遠の結界の中。その精神は夢の世界にあって、もう幻想郷には無いの」

 

「……ふざけんな。()()んでしょう、そこに!お前らの後ろに!!」

 

「『居る』だけよ。貴方に永遠の秘術を破るすべはなく、私も永遠の秘術を破らせる事は絶対にない。ああ、貴方が独自の手段で夢の世界に行くのもおすすめはしないわ。夢の世界の中でも、特段『特別な場所』に居るんだから」

 

「…………はぁ~……ああそう。要するに……アンタらも私の邪魔をしたいって言うのね」

 

「本当に博麗の巫女って話を聞かない奴らね。そう思うでしょううどんげ?」

 

「そうですね……霊夢は強敵だけど、2対1でも文句はないわよね?痛い目を見て目を覚ましなさい!」

 

 そして始まる弾幕ごっこ。片や万全な状態の二人で、片や満身創痍の一人。どんなに神がかりな才能を持つ者であっても、真の天才の前にはなすすべもなく敗れた。

 

「……ほら、この薬をあげるわ。死んでも会いたいって言うのなら止めはしないし勝手にすればいい。一日に一錠、それ以上飲んだら命の保証はしないわよ」

 

 そう言ってボロクズのように横たわる霊夢に、巫山夢丸改を投げ渡す。

 そしたら、ボロクズのように横たわる霊夢は突如揺らぐ蜃気楼のように消えていった。

 

 

 

「……これで良いのかしら先代さん?」

 

「ああ、上出来だ。馬鹿娘でもあれで頭がようやく冷えただろう」

 

「……また来たりしないわよね?」

 

「安心しなウサギのお嬢ちゃん。あの子がここに来ることは二度とないから」

 

「……それって」

 

「ま、これも親の愛ってヤツよ。とんだ親不孝娘だが、地獄に落ちるよりかはマシってところか」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 博麗霊夢は、気が付けば博麗神社の自室に居た。

 全身がビリビリとした痛みに包まれたまま、身体を起こす。外を見れば、既に日は沈み夜の闇に包まれていた。

 

「っ……!くっ―――クソッッッ!!!!!」

 

 ダン、と畳を強く叩く。鈍い痛みが腕を伝い、腕に巻いていた包帯が衝撃でほどけた。

 

「―――……ゆう……き……」

 

 両腕に残った大きな火傷痕を見て、昼間の出来事は―――悪夢のような出来事は―――夢ではなかったと告げていた。

 

 かさ……

 

 小さな音が部屋に響く。音の出どころは、永遠亭の印が入った薬袋だった。

 袋を開けてみると、そこには小さな丸薬が3つ入っていた。

 

『……ほら、この薬をあげるわ。死んでも会いたいって言うのなら止めはしないし勝手にすればいい。一日に一錠、それ以上飲んだら命の保証はしないわよ』

 

 薬師の言葉がリフレインする。

 まるで、この薬を飲めば祐希に会えるかのような言葉だった。

 

「…………」

 

 博麗霊夢は、その丸薬を一つ飲み込む。

 逢えれば、それでよし。逢えなければ、怪我が治り次第また永遠亭に向かえば良いだけの話だ。

 丸薬を飲んで僅かな時間が経つと、沈むような眠気に包まれる。

 ボロボロの巫女服を纏ったまま、霊夢はそのまま眠りに着いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「―――夢……霊夢……霊夢……起きろ、霊夢」

 

「ん……んん……?」

 

 懐かしい声に目を覚ませば、此処は博麗神社の自室。むくりと身体を起こせば、目の前に差し出される傷一つない小さな手。

 

「ほら、さっさと起きた起きた。顔洗って飯食おうぜ?」

 

 にかっと傷跡一つ残ってない笑顔で少年が笑う。私はその小さな手を取ると、自身に被さっていた布団ごと引き起こされ、立つ。

 妙に小さい身体だなと思ったが、自分の身体も妙に小さくなっているようだった。

 

「ほら早くシャキっとしろ!今日も修行漬けの日々だぞ!」

 

「まったく、あんたはいつも楽しそうね」

 

 聞こえる声も、口から出る声も、思った以上に幼い声で。

 

「起きたか霊夢。少しは祐希を見習って早起きしたらどうだ?」

 

「うるさいわね母さん。母さんこそ祐希にご飯作ってもらうんじゃなくて自分で作ったら?」

 

「分かってないね霊夢は。食べるとしたら美味い飯の方が良いに決まってるだろう?」

 

「子供に料理の腕で負けて恥ずかしくないの?」

 

「ああ恥ずかしくない、祐希が特殊過ぎるからな」

 

 ふんす、と鼻を鳴らす母親に陰陽玉を投げつける。陰陽玉は綺麗な軌跡を描いて母親の顎に直撃し、そのまま畳に倒した。

 

「……何やってんだ。床に寝っ転がってないで配膳の手伝いくらいしたらどうだシショー」

 

「霊夢も祐希も冷たい……」

 

 若干涙目になりながらすっと起き上がり、朝食の配膳に手を貸す母さん。

 今日の朝食は焼き鮭と玉子焼き、ほうれん草のおひたしにひじきの煮物、納豆、豆腐と大根のお味噌汁、そして大盛りの白米だった。

 

「相変わらずとんでもない量ね」

 

「朝からしっかり食べないと身体が育たないだろ?」

 

「うむ、真理だな。よく食べよく遊びよく眠る。丈夫な身体があってこその博麗の巫女だからな」

 

「母さんは丈夫過ぎる気もするけど」

 

 岩を素手で叩き割る事が博麗の巫女のお役目と何の関係が有るのか。

 パン、と手を合わせて、家族そろっていただきますを言う。

 

 

 

 朝食を食べ終えた後は早速修行に入る。母さん監修のもとで精神修行だ。その後巫女の霊術を学び、昼を過ぎれば自由時間となる。

 祐希は私の手を引いて遊びに行く。

 

「夕方には帰ってこいよ」

 

 返事もそこそこ、私と祐希は空を飛んで何処かへ向かう。あては無いが、有っても変わらない。

 

 閑散とした森の中。二人で追いかけっこをして遊んだり、かくれんぼをしたり、木の実を探して一緒に食べたり、横に並んで昼寝をしたり。

 夕方。神社に帰れば、誰も居ない。私は慣れたように手を洗い、夕ご飯の準備をする。

 

「手伝うよ」

 

「ありがと」

 

 気が付けば互いに身長が伸びていて、見慣れた身長差で並んで台所に立っていた。

 頭一つ分高い背、鍛え上げられた腕、巌のような脚。その両腕には炎のような、雷のような火傷痕が刻まれ、その顔には横一文字に刀傷が残っていた。

 

 二人だけの夕食。二人だけの時間。

 いつも騒がしい同居人たちは今日は居ない。

 ゆるやかに流れる時間。互いに何を言わなくても、それが自然と思える距離感。

 そっ、と。彼の隣に座る。

 外を見上げれば、キラキラと輝く満天の星空。

 そよそよと心地よい夜風が吹き、辺りの木々をさらさらと流れていく。

 

「霊夢」

 

「ん……」

 

 彼の呼び掛けに顔を動かせば、静かに繋がる口と口。ほんのりと温かい体温を感じる。

 そのまま祐希に優しく抱き上げられ、同じ布団に連れていかれる。

 彼の大きな手が、私の身にまとう衣服を優しく脱がしていく。

 あっという間に産まれたままの姿にさせられた私は、彼の情熱が籠った黒い目を見て―――

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 目が、覚める。

 辺りは真っ暗で、厚い雲が夜空を覆い隠していた。

 身体を起こす。ビキビキと痛む全身を無視して、明かりを灯す。

 部屋にある姿見を見ると、そこには酷い顔をした女が居た。

 

「……」

 

 博麗神社には、私以外誰も居ない。ズキズキと、全身の痛みとは違う胸の痛みが主張し続ける。

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」

 

 突如全身から血が無くなってしまったかのように眩暈が起き、立っていられなくなり床にへたり込む。

 頭を押さえる腕には、炎のような模様の火傷痕が刻まれていた。

 

「ふ、あは、あはは、あははははは!!!」

 

 口からは嘲笑が出続けるのに、目からはぼろぼろと涙が零れる。

 

『帰って。貴方の顔なんて見たくもないわ』

 

 分かっていた。分かっていた筈だろう博麗霊夢。自身で投げ捨てたものが勝手に手元に帰ってくることなんてないように。

 

『貴方の声も聴きたくない、何処かへ消え失せろ』

 

 大切な物を捨てた。感情に任せた行動だろうと、その選択を選んだのは他の誰でもない自分自身であると。

 割れた器は二度と同じ形で戻らないと知っていた筈だろう。

 

「あははははははは!!!あははははははははは!!!!」

 

 星の光も月の光も地上に届かない暗い夜。博麗神社に笑い声が響き続けた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 気が付けば私は里の入り口に立っていた。手には大きな籠。籠の中にはツヤツヤした大きな布のようなものが入っており、それを少し動かせばその下に大きな弁当箱が隠れていた。

 

「おう、お待たせ霊夢」

 

「べつに待っちゃ居ないわよ」

 

 里の中から歩いてきたのは、四本の刀を腰と背中に担いだ男性、祐希。

 その手には大きな酒瓶と風呂敷が下がっていた。

 

「早く行きましょ。良い所が取られちゃうわ」

 

「はいはい、おーせのとーり」

 

 少し困ったように笑う祐希。そんな貴方がとても愛おしい。

 歩いていく背中を、後ろから抱きしめる。

 

「ちょ!?何々!?急にどした!?」

 

「別にいいじゃない。このまま行くわよ」

 

「よくねえですけど!?あの、ちょ、あ、当たってるんでほんと……」

 

 有無を言わせずに、後ろから押すように歩き出す。

 ドキドキと鳴る心臓の音に耳を傾けながら。

 

 

 一本桜の根本。

 満開の巨大桜と、ゆらゆら揺れる桜吹雪が私と祐希を出迎えた。

 

「おりょ?誰も居ないとは珍しい」

 

「ま、場所に困らなくて良いわね。丁度良い所で花見と行きましょ」

 

 持っていた籠から大きなシートを広げ、そこに座る。

 祐希は酒瓶と杯を置き、酒を注ぐ。

 

「あー……乾杯の音頭は?」

 

「何でも良いわよ」

 

「じゃあー……美しい桜吹雪に乾杯」

 

「ん、乾杯」

 

 かちゃっ、と杯を軽く打ち合わせる。

 飲み干すお酒の味は、今まで飲んだどのお酒よりも美味しく、お腹の中からじんわりとした熱を放っていた。

 

 他愛も無い話。尽きぬ話題。二人、話に根も葉も掘り出し語り尽くす。

 時に涙が出る程笑い、時にコミカルに怒り、時に笑わせにくる。

 喜怒哀楽がはっきりと顔に現れ、見ているだけでも飽きないような貴方。

 

 あっという間の半日。酒も料理も尽きても、私と貴方の会話は途切れない。

 

 舞う桜吹雪。二人の輪の外から、声が聞こえてきた。

 

「おおい。そろそろ帰る時間だぞ」

 

 辺りは既に夕暮れ。もう間もなく妖怪達が跋扈しはじめる時間だ。

 輪の外の声に反応した祐希は、名残惜しそうに立ち上がり私に背を向ける。

 

「待って!」

 

 自分でもびっくりしてしまう程に大きな声が出る。

 私は、背を向けている彼に後ろから抱きつく。

 

「お願い……何処にも行かないで……」

 

 まるで子供のように泣きじゃくる私を宥めるように、ゴツゴツとした大きな手が私の頭を優しく撫でる。

 

「霊夢……」

 

 大きなその優しい手。

 私と同じように天賦の才を持ちながら、長い間努力を続けてきた手。

 何人もの人間を救ってきた、その優しい手に。

 

 

「ごめんな……」

 

 

 頭を優しく撫でるその、左手の薬指には。

 翡翠の装飾が施された指輪がはまっていた。

 

 

「さあ、帰ろう」

 

「……ああ」

 

 

 そう言って祐希の隣に並び、彼の手を引く女の左手には……オニキスがきらりと輝く指輪がはまっていた。

 

「霊夢、もう……来るな……」

 

 桜吹雪の中へ消えていく男女。

 私は、一人。桜の下で座り込んでいた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 時刻は、朝。

 既に太陽が地平線から顔を出している時刻。

 いつもであれば布団から出て、朝食を作っている時間である。

 寝起きで食べるには少し多すぎるのではないかと思える量の朝食を作っている時間であった。

 小鳥のさえずりが響き渡る時間であった筈だった。

 

 外は大雨。

 バケツをひっくり返したかのような大雨が降り注いでいた。

 分厚い雲の壁を僅かに通り抜けた太陽の光が地表に届く。

 

 博麗霊夢は、未だに布団の中で蹲っていた。

 

 ガリガリと、自身の首を掻きむしっていた。

 

 布団の中、血走った目で呪詛を呟き続ける。

 呪いをまき散らし続けている。

 ブツブツと、悪意と殺意を込めて呪い続ける。

 祐希は私のだと、(こいねが)い続ける。

 

「……取り返さなくちゃ」

 

 掻きむしり続けたせいで皮膚が裂け、自身の血に染まった両手指で。

 ()()()()()()を取り、飲み込んだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 真夜中。

 ざあざあと土砂降りの雨が世界に降り注ぐ。

 何処とも知れぬ森の中、身体を起こす。

 

 祐希は何処だ。

 

 立ち上がり、駆け出す。

 ざあざあと鳴り響く雨の音。風のように軽い身体を思うがままに操り、森の中を駆けていく。

 胸がざわめく方向へ。

 

 月の光すら見えない暗黒の世界。何故かそれでもぼんやりと周囲の様子がわかる。

 駆けて、駆けて、駆けて、駆けて。

 ふ、と。

 

 目の前に、綺羅と輝くオニキスを薬指にはめた女が居た。

 

 祐希は何処だ。

 祐希を返せ。

 

 女に飛びつき、自身の腕を振り抜く。その剛腕は、容易く木々すらなぎ倒す。この女の細首であれば、まさに紙切れの如く切り裂いてしまう事は想像に難くない。

 しかし女は転がるように避け、攻撃を躱す。

 

 祐希は何処だ。

 祐希を返せ。

 

 追撃するために再び飛び掛かり、その腕を振るう。岩すら容易く引き裂くその爪は、少しでも掠めれば人間程度なら容易く殺める事が出来るだろう。

 女を殺める為に、振るう。振るう。

 しかし女は攻撃を転がるように避け続け、全身は泥に塗れようと尚必死に足掻き続けた。

 

 祐希は何処だ。

 祐希を返せ。

 

 お前のような泥塗れの汚らしい女に、祐希は相応しくない。此処で死ね。死んでしまえ。

 全力の突進が、ついに女の胴体に直撃する。闇夜、土砂降りの中。女の痛みに悶える声が僅かに聞こえる。

 ずし、ずし、と地面に横たわる女に近づいていき、その息の根を止める為に腕を振り上げる。

 

 祐希は返してもらう。

 

 にぃぃぃと悪意で口角が上がる。この泥棒女がゴミクズのように横たわり、地面に赤い花を咲かせたのならさぞ愉快だろう。

 腕に力が入る。確実に仕留めんと力が込められる。

 そうして腕が振り下ろされ―――

 

 

 

 銀閃と共に、腕が斬り飛ばされた。

 

 

 

「―――■■?」

 

「大丈夫か母さん」

 

「す、すまない……油断した……」

 

「すぐに治療するよ」

 

 土砂降りの闇夜の中、ぼうと魔法の光が女を包む。すると泥だらけであった女の全身に刻まれた擦り傷が消えていき、あっという間に元の綺麗な姿に戻ってしまった。

 

 祐希……?どうして……?

 

「……」

 

 まるで痛みを堪えるように。耐えがたい現実を直視しなければならないかのように顔を歪ませて、祐希はその4本の刀を全て抜き放った。

 

 どうして?なんで?なんで私に刀を向けるの?

 

 ―――そう。そういう事。そこのクソ女に操られてるんだ。そうでもなければ、祐希が私に刀を向けてくる事なんてありえない。

 

 なら、その女を殺して。貴方の心を開放してあげなきゃ。

 

 斬り飛ばされた腕を生やし直し、祐希に向かって突進する。

 鋭い爪が、鋭い牙が、祐希に当たる……その、直前。

 

 1秒が、極限に引き伸ばされていく。

 

来るなって言っただろうが、バカやろう……!

 

 祐希が、何かを呟いて―――

 

 闇夜に、四閃の銀が煌めいた。

 バラバラに斬り捨てられる手足、胴体、そして……首。

 転がる首から見える自身の姿は、まるでバケモノのようであり。

 

……ごめん。そして、さようなら……

 

 祐希が持つ刀に映る私の顔は、まるで怪物のように歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、こんなに早く()を見つけに行かないといけないなんて」

 

「悪いな。私の娘が」

 

「悪いと思うのならしっかり教育してほしかったですわ」

 

「そういうならお前も手伝ってくれればいいのに」

 

「なんで私が人間のお世話をしなきゃいけないのよ……まあ、過ぎた事をとやかく言ってもしょうがないわね。私が()を見つけに行ってる間の『代打』は任せたわよ」

 

「はいはい、アタシは()()()()()()()()だからね。ゆっくり厳選してきな」

 

 

 

 

 

「まったく、我が娘ながら……なんて醜い顔なんだい」

 

 

 

ーEND1 オーバードーズー




二人は永遠の夢の中、仲睦まじく過ごしましたとさ。めでたしめでたし。








では、次の分岐路で会いましょう。
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