異邦人と大迷宮~現代ダンジョンシーカーは、スキルと知恵で異世界迷宮の果てを目指す~   作:九泉

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第107話 墜ちる嵐

 セレスティアの放った白銀の槍が雷光の尾を引いた。

 狂乱する巨大な怪鳥の懐へと彼女は肉薄していた。周囲の空気を焼き焦がすほどの熱量が彼女を包み込んでいる。

 

 自身の身を避雷針と化すという捨て身の戦法だった。限界を超えた魔力の奔流が彼女の華奢な体を内側から軋ませる。

 それでもセレスは一切の迷いなく踏み込んだ。

 狙うべきはただ一点のみである。怪鳥の強靭な胸部装甲の隙間だった。

 蒼介が事前に【探知(サーチ)】で暴き出していた心臓部である。

 

「貫けええぇぇぇッ!」

 

 セレスの裂帛の気合いが暴風を切り裂いた。

 纏い続けた敵の紫電と自身の清冽な雷魔力が槍の穂先で融合する。

 それはもはや物理的な刃というより極太の光の柱だった。

 眩い閃光と共に槍がストーム・ブリンガーの硬質な羽毛を打ち砕く。

 肉を焼き骨を断つ鈍い感触がセレスの両腕に伝わった。

 

『ギャアアアアアァァァァァッ!!』

 

 ストーム・ブリンガーが血を吐くような絶叫を上げた。

 心臓部を深く抉られた痛みが災害級の魔物を狂乱させる。

 

 しかしこの怪鳥はまだ終わっていなかった。

 死の淵に立たされながらもその黄金色の瞳は邪悪な光を失わない。

 怪鳥は最後の力を振り絞って巨大な嘴を大きく開いた。

 喉の奥で致死量の雷魔力が極限まで圧縮されていく。

 槍を突き出した体勢のセレスには回避する術がない。

 

(させない……!)

 

 蒼介の体が誰よりも早く動いていた。

 彼は【迅速(ブースト)】の残滓を振り絞って大地を蹴った。

 地面に縫い付けられた巨体の頭部へと一直線に跳躍する。

 彼の右手には道中で手に入れていた高爆発性の魔石が握られていた。

 本来は鉱石の採掘や障害物の破壊に使う危険物である。

 蒼介は無防備に開かれた怪鳥の口内へと魔石を力任せに放り込んだ。

 

「吹き飛べッ!」

 

 蒼介が空中で身を捻って叫んだ。

 直後、ストーム・ブリンガーの口内で魔石が起爆した。

 鼓膜を破るような轟音と共に怪鳥の頭部が内部から激しく爆ぜる。

 圧縮されていた雷のブレスが暴発し、黒煙と火花が周囲に撒き散らされた。

 

 蒼介は爆風に煽られて地面を転がった。

 セレスも槍を引き抜きながら後方へと大きく跳躍して距離を取る。

 致命的な二撃だった。

 心臓を貫かれたうえ口内で爆発を起こされて生きている生物などいない。

 誰もが勝利を確信した瞬間だった。

 

 しかし――土煙の中から立ち上がったのは異様な気配だった。

 

 ストーム・ブリンガーの巨体が痙攣しながら無理やり首をもたげたのだ。

 嘴の半分は吹き飛び、全身からは黒い血が噴き出している。

 それでも魔物は生きていた。

 五十層の主たる怨念がその体を無理やり動かしているかのようだった。

 羽ばたくことすらできない怪鳥の周囲に無数の風の刃が渦巻き始める。

 自らを犠牲にしてでも眼前の敵を道連れにするという明確な殺意だ。

 

「嘘だろ……。あれだけやってまだ動くのかよ」

 

 蒼介は痛む体を引きずって立ち上がった。

 ナノマシンのエネルギーはとうに底を突きかけている。

 セレスも魔力欠乏で膝を突き、ネアは暗示の反動で動けない。

 全滅の危機が再び四人を覆い尽くそうとしていた。

 

『ソウスケさん!』

 

 その時、蒼介の腰から凛とした声が響き渡った。

 リリアーナの魂を宿す銀のペンダントが異常な熱を帯びて光り輝いている。

 先程の猛攻の中で彼女が囁いた言葉が蒼介の脳裏に蘇る。

 敵の放つ無差別な魔力を利用できるかもしれないというあの提案だ。

 

「リリア! いけるのか!?」

 

『ええ! 臨界点に達しましたわ! 今です!』

 

 蒼介は一瞬の迷いもなく腰のペンダントを力強く握りしめた。

 銀の細工越しに膨大なエネルギーの脈動が伝わってくる。

 

 それはリリアが長い旅路の中で少しずつ溜め込んできた魔力だ。

 周囲に満ちる怪鳥の雷魔力をも取り込み、極限まで圧縮された純粋な力の塊である。

 蒼介はペンダントを握った右手をまっすぐに怪鳥へと突き出した。

 

「ああ、これでなんとかなれえッ!」

 

 蒼介はヤケクソのように叫んだ。

 限界を超えた状況で彼の口から飛び出したのは、あまりにも単純な言葉だった。

 

 

「ま、魔力ビーーーム!!!!!!」

 

 

 その間抜けな叫び声がカルデラに響いた瞬間だった。

 蒼介の握るペンダントから圧倒的な光の奔流が解き放たれた。

 

 それは魔法という概念すら置き去りにする純粋なエネルギーの束だった。

 極太の光線が空気を焼き焦がし、空間そのものを歪ませながら一直線に迸る。

 放たれた光は怪鳥の放つ風の刃など意に介さず突き進んだ。

 

『ギュェェェェェェ…………ッ!?』

 

 光の奔流がストーム・ブリンガーの巨体を完全に飲み込んだ。

 魔力そのもので構成された灼熱が怪鳥の肉体を原子レベルから消滅させていく。

 

 断末魔の叫びは光の轟音にかき消され、もはや音として届くことはなかった。

 圧倒的な光芒がカルデラの底から天空の暗雲までを真っ二つに切り裂く。

 その光景はまるで神の怒りが地上に降り注いだかのようだった。

 

 数秒後、光の奔流は嘘のようにふっと途絶えた。

 後に残されたのは静寂だけである。

 ストーム・ブリンガーの巨体は跡形もなく消え去っていた。

 

 空を覆っていた分厚い暗雲が急速に晴れ渡っていく。

 狂ったように吹き荒れていた暴風も止み、穏やかな空気がカルデラを包み込んだ。

 残されたのはキラキラと宙を舞う光の粒子だけだった。

 

「か、勝った……」

 

 蒼介は力なくその場にへたり込んだ。

 ペンダントを握っていた右手が痺れて感覚を失っている。

 体内のナノマシンも急速に休眠状態へと移行し、凄まじい疲労感が全身を襲った。

 少し離れた場所ではセレスが大の字になって岩盤に倒れ込んでいる。

 

「本当に……死ぬかと思ったぞ」

 

 セレスの掠れた声には深い安堵が滲んでいた。

 常に気を張っている騎士の彼女がここまで無防備な姿を晒すのは珍しい。

 蒼介は荒い息を吐きながら重い首を巡らせた。

 

「ネア……無事か?」

 

 岩陰からフラフラと歩み出てきたのはネアだった。

 彼女の顔色は青白く、鼻の血を袖で拭った跡が痛々しい。

 規格外の相手に暗示をかけ続けた反動で魔力酔いを起こしているのだろう。

 それでも彼女は蒼介の姿を認めると、ふにゃりと愛らしい笑みを浮かべた。

 

「ソースケぇ……。私、ちゃんと頑張ったよぉ……」

 

 ネアはそのまま蒼介の胸元へと倒れ込んできた。

 蒼介は驚きながらも彼女の華奢な体をしっかりと受け止める。

 子供のようにすり寄ってくるネアの頭を、蒼介は大きな手で優しく撫でた。

 

「ああ。お前が飛び方を忘れさせなきゃ手も足も出なかった。最高の働きだったぞ」

 

 蒼介が優しく声をかけると、ネアは嬉しそうに目を細めた。

 彼女は安心しきったように蒼介の胸に顔を埋める。

 その穏やかな光景を横目で見ながら、セレスがよろよろと身を起こした。

 

「全くだ。ネアの力がなければ私たちはあそこで炭になっていた」

 

 セレスは土埃を払いながら蒼介たちの元へと歩み寄る。

 彼女の視線は蒼介の腰で静かに輝きを取り戻した銀のペンダントに向けられていた。

 

「で、なんだ。いまのは?」

 

 セレスが一行を代表するように問いかけた。

 その声には純粋な驚きと呆れが混じっている。

 蒼介もまた自分の右手を見つめながら首を傾げていた。

 

「俺にもよくわからん。リリアが急にいけるって言ったから合わせただけで……」

 

『ふふふ。皆様、本当にお疲れ様でしたわ』

 

 ペンダントからいつもと変わらぬ優雅な声が響いた。

 先程まであれほどの破壊力を放っていたとは思えないほど穏やかな声だ。

 

『あれは私がこの迷宮で少しずつ蓄積していた魔力の解放ですわ』

 

「蓄積って……そんなことできたのか?」

 

 蒼介の問いにリリアは言葉を続ける。

 

『ええ。ソウスケさんたちと同行する中で、迷宮の濃密な魔力や倒した魔物から散る魔力を少しずつ吸収しておりましたの。それを限界まで圧縮し、指向性を持たせて一気に放出いたしました』

 

 リリアの説明を聞いてセレスが感心したように頷く。

 

「なるほど。このペンダントそのものが一種の魔力貯蔵庫の役割を果たしているのだな」

 

『その通りですわ。ですが最低限の出力でも溜め込むにはには数日はかかりますし、急速な補充は不可能ですの。今回のようにここぞという時にしか使えない大技と考えてくださいませ』

 

「十分すぎる切り札だ。最後の最後で本当に助けられたよ」

 

 蒼介が安堵の溜息を吐きながら礼を述べた。

 しかしその和やかな空気を引き裂くように、セレスがジト目を向けてきた。

 

「それはいいとしてだ。ソウスケ……」

 

「な、なんだよ」

 

「……『魔力ビーム』。もうちょっとなんとかならなかったのか?」

 

 セレスの容赦ないツッコミに蒼介は言葉を詰まらせた。

 

「い、いや。咄嗟のことでそれしか思い浮かばなくてな」

 

 蒼介が言い訳をしようとすると、胸元でぐったりしていたはずのネアが顔を上げた。

 彼女の紫色の瞳がジト目で蒼介を見上げている。

 

「ソースケ……ネーミングセンスが終わってるよ……。すっごくかっこよかったのに、ダサダサな名前のせいで台無しだよぉ」

 

 ネアからの追撃に蒼介はたじろいだ。

 さらに腰のペンダントからも冷ややかな声が追い打ちをかける。

 

『私も同感ですわソウスケさん。そのような格好のつかない名前で私の力を呼ばれるのは、王族の矜持に関わります。どうかやめてくださらない?』

 

「わ、わかりやすくていいだろ! ビームだぞビーム! 男のロマンじゃないか!」

 

 蒼介は必死に反論したが、三人の女性陣からは白い目を向けられるだけだった。

 現代日本のサブカルチャーなど知る由もない彼女たちにその魅力が伝わるはずもない。

 冷たい視線に耐えきれず、蒼介は大きな肩を落とした。

 

「……わかったよ。じゃあなんて呼べばいいんだよ」

 

 蒼介が拗ねたように尋ねると、セレスが腕を組んで思案した。

 

「そうだな。魔力を砲弾のように撃ち出すのだから……シンプルに『魔力砲』で良いのではないか?」

 

『ええ。それが無難でよろしいかと存じますわ』

 

「うん! そっちの方がずっとかっこいいよ!」

 

 あっという間に満場一致で決定してしまった。

 蒼介はなんとも言えない敗北感を味わいながらも小さく頷く。

 かくしてリリアの強力な隠し玉は「魔力砲」という名前に落ち着いたのであった。

 

「さて、無駄話はこれくらいにしておこう」

 

 蒼介は気を取り直して立ち上がった。

 カルデラの底にはストーム・ブリンガーの消滅跡が残されている。

 完全な塵になったわけではなく、いくつかの一際輝くドロップアイテムが落ちていた。

 蒼介は足を引きずりながらそれに近づき、拾い上げた。

 

「これは……」

 

 それは一本の巨大な羽だった。

 鋼鉄のように硬く、縁は刃物のように鋭利に研ぎ澄まされている。

 右目の【物質分析(アナライズ)】が瞬時にその特性を解析した。

 

「極上の風属性素材だな。これを加工すればとんでもない魔剣や防具が作れそうだ」

 

 蒼介の言葉にセレスが目を輝かせた。

 彼女は魔法剣士として常に良質な武具を求めている。この羽を持ち帰れば冒険者ギルドでも相当な高値で取引されるだろう。

 

「他にもいくつか魔石が落ちている。回収してしまおう」

 

 蒼介たちは疲れた体に鞭を打ち、手早く戦利品を回収袋に収めた。

 そして彼らの視線はカルデラの最奥に鎮座する石造りのゲートへと向けられた。

 第五十一層へと続く新たな扉である。

 ボスの魔力が消失したことで、ゲートは淡い青色の光を放ち始めていた。

 いつでも転移が可能な状態になったのだ。

 

「第五十一層のゲート、無事にアクティブ化できたな」

 

 蒼介はゲートの輝きを見つめながら安堵の息を吐いた。

 これまでの道のりはあまりにも長く過酷だった。

 魔の峡谷と呼ばれる四十一層からの強行軍は、彼らの心身を極限まで削り取っていた。

 

「ここから先は中層の後半戦だ。未知の領域になる」

 

 蒼介の言葉に仲間たちも静かに頷く。

 五十層という節目を乗り越えた達成感は確かにある。しかし同時にこの先に待つ恐怖も予感していた。

 

「今日はここまでだ。一度テルスの街に戻って羽を休めよう」

 

 蒼介の提案に異論を挟む者はいなかった。

 ネアはほっとしたように笑顔を見せ、セレスも肩の力を抜いて頷く。

 ペンダントの中のリリアも静かに同意の気配を示した。

 

 彼らは互いに肩を貸し合いながら青く光るゲートへと足を踏み入れた。

 光が四人の姿を包み込み、カルデラの底から完全に消え去る。

 

 後に残されたのは再び静寂を取り戻した広大な岩の空間だけだった。

 吹き抜ける風はもはや刃のような殺意を持たず、ただ優しく大迷宮の空を撫でていた。

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