異邦人と大迷宮~現代ダンジョンシーカーは、スキルと知恵で異世界迷宮の果てを目指す~   作:九泉

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第113話 色彩の暴力

 静寂が鼓膜にへばりつくような回廊を歩きながら蒼介は小さく息を吐き出した。

 大迷宮第五十一層から続く法則の歪む画廊。赤い絨毯と磨き上げられた大理石の壁がどこまでも続く空間には、戦闘の痕跡も魔物の死骸も一切残らない。

 すべては壁に掛けられた額縁の中で完結しているのだ。

 

 蒼介の少し前を歩くセレスティアの足取りは、先ほどとは見違えるほど滑らかだった。白金級冒険者フェイルのたった一言の助言。肩甲骨から魔力を流すというその感覚を、彼女は歩きながら自身の肉体に馴染ませようとしているようだった。

 誇り高い王国騎士が正体不明の男の言葉を受け入れたという事実に、蒼介は複雑な思いを抱いていた。

 ネアは相変わらず蒼介の外套の裾を掴んだまま、時折おずおずと背後を振り返っている。

 

 その後方数メートルの位置を、フェイルは散歩でもしているかのように呑気な足取りでついてきている。

 彼の存在そのものが一つの巨大な爆弾のようだ。いつ爆発するかわからないが、ひとたび火が点けばこの空間ごと自分たちを消し飛ばしてしまうだろう。

 蒼介は右目にわずかに青い光を宿し、後方のフェイルに【探知(サーチ)】の意識を向け続けた。相変わらず彼の生体データは厚いノイズに阻まれて読み取れない。

 

『ソウスケさん。あまり彼に意識を向けすぎるのは危険かもしれませんわ』

 

 腰のペンダントからリリアの静かな声が脳内に響いた。

 物理的な肉体を持たない彼女の魂は、他者の視線や意識の動きに敏感だ。

 

『あの男はソウスケさんの探知の視線を完全に理解した上で、あえて無視して楽しんでいる節があります。下手に探りを入れて警戒心を煽るより、自然に振る舞うべきかと』

 

(わかってる。だが背中を預けるには得体が知れなさすぎる)

 

 蒼介は心の中でリリアに答えながら前方へと視線を戻した。

 この歪んだ階層では彼自身の経験や現代日本の知識はあまり役に立たない。大迷宮の悪意がそのまま具現化したようなギミックをいかにして出し抜くか。それだけが生存の鍵だった。

 

「ソースケ、次のが見えたよ」

 

 ネアの小さな声が静寂を破った。

 回廊の先、壁の左右ではなく正面を塞ぐようにして新たな巨大キャンバスが立ちはだかっていた。

 これまでの金や真鍮の額縁とは違う。それは黒く焼け焦げた鉄の茨が複雑に絡み合ったような、刺々しく暴力的なデザインの額縁だった。

 そしてキャンバスに描かれているものは風景ですらなかった。

 赤、青、黄、緑。

 原色の絵の具をバケツごと叩きつけたような、極彩色の抽象画である。

 意味のある形は一つも描かれていない。ただ色が暴力的に渦を巻き、キャンバスの上で混ざり合って毒々しい模様を形成している。

 

「目がチカチカするな。ひどい絵だ」

 

 蒼介は目を細めながら額縁の下にあるプレートを確認した。

 

「『色彩の暴力』。それがこの絵のタイトルのようだ」

 

「暴力だと? 法則を歪めるこの画廊において、ずいぶんと直接的な物言いだな」

 

 セレスが槍を構え直して絵画を睨みつけた。

 先ほどの『焦燥の時計塔』では時間の流れを歪められた。今度は色がテーマのようだが、それがどういう暴力として襲いかかってくるのか見当もつかない。

 

「いやあ、素晴らしい前衛芸術だね。作者の激情がキャンバスから溢れ出しているよ」

 

 フェイルが横に並び立ち、楽しそうに絵画を見上げている。

 

「君たちは本当に運が良い。こんな刺激的なアトラクションに次々と挑めるんだからね」

 

「アンタも巻き込まれるんだぞ。少しは緊張感を持ったらどうだ」

 

「僕が見学のチケットを手放すわけないじゃないか。さあ、早く中に入ろうよ」

 

 急かすフェイルを無視して、蒼介はセレスとネアに視線を向けた。

 二人は無言で頷き、戦闘の準備ができていることを示す。

 蒼介は深く息を吸い込み、右手を極彩色のキャンバスへと突き入れた。

 絵の具が泥のようにまとわりつく感覚と共に、四人と一人の体は絵画の内部へと飲み込まれていった。

 

 

 * * *

 

 

 視界が明転した瞬間、蒼介は思わず手で顔を覆いそうになった。

 上下左右、全方位が狂気に満ちた極彩色に染まっていた。

 空や地面という概念が存在しない。宙に浮いているのか地面に立っているのかすら判然としない空間だ。

 赤い壁のようなものが渦を巻き、青い床のようなものが波打っている。黄色い絵の具の飛沫が空中で静止したまま奇妙な模様を描いていた。

 形のない抽象画の世界。

 そこに放り込まれた一行は、強烈な目眩に襲われていた。

 

「なんだここは……。方向感覚が全く掴めないぞ」

 

 セレスが目を瞬かせながら周囲を見渡した。

 彼女の視線が、左側にうねる巨大な赤い絵の具の渦に向けられた時だった。

 

「っ……!? 熱いっ!」

 

 セレスが突如として悲鳴を上げ、自身の左腕を抑えて蹲った。

 白銀の甲冑の隙間、露出していた手首の皮膚が、炎で焼かれたように真っ赤に爛れていたのだ。

 

「セレス! どうした!」

 

 蒼介が駆け寄ろうとした直後、今度は反対側からネアの泣き叫ぶ声が響いた。

 

「痛っ! 冷たいよぉ!」

 

 ネアは足元の青い絵の具の海を見つめていた。

 彼女の足先から膝にかけてが、急速に白い霜に覆われ、凍傷を引き起こしていた。

 

「なんなんだこれは……!」

 

 蒼介が周囲を見渡そうと視線を巡らせた瞬間、彼の網膜にナノマシンからの強烈な警告ログが赤く明滅した。

 右側で静止していた黄色い絵の具の模様を見た瞬間、全身の筋肉が激しく痙攣した。

 まるで高圧電流を直接浴びたかのような激痛が走り、蒼介はその場に膝をついた。

 

(視覚情報が……直接物理ダメージに変換されているのか!)

 

 蒼介の脳が瞬時にこの空間の異常な法則を弾き出した。

『色彩の暴力』。

 そのタイトルは比喩でも何でもなかった。特定の色を視認すること自体が、肉体に物理的なダメージをもたらす極悪なギミックだったのだ。

 赤い空間を見れば火傷を負い、青い空間を見れば凍結し、黄色を見れば感電する。

 目を開けているだけで全方位からダメージを受け続けるという、理不尽極まりない地獄の空間である。

 

「目を閉じろ! 周りを見るな!」

 

 蒼介は激痛に耐えながら絶叫した。

 セレスとネアが慌てて両目をきつく瞑る。

 その瞬間、皮膚を焼く熱も足を凍らせる冷気もピタリと止まった。

 ナノマシンの【自己修復(リペア)】が働き始め、蒼介の全身の痺れが徐々に引いていく。

 

「な、なんだこの仕掛けは……。物を見るだけで傷を負うなど、戦いようがないではないか!」

 

 目を閉じたままセレスが槍を盲滅法に構えて怒鳴った。

 彼女の言う通りだ。目を閉じればダメージは防げるが、それは自らの視覚を完全に放棄することを意味する。

 

『ソウスケさん! 前方から魔力の塊が迫ってきますわ!』

 

 ペンダントからリリアの警告が響く。

 大迷宮が挑戦者をただ立たせておくはずがない。ギミックと魔物は常にセットで襲いかかってくるのが定石だ。

 蒼介は薄く薄く目を開け、涙を滲ませながら前方を睨んだ。

 

 極彩色の風景がグニャリと歪み、そこから巨大な爬虫類のような姿をした魔物が四体、姿を現した。

 体長三メートルを超える巨大なカメレオン型の魔物だ。

 その皮膚は周囲の狂った色と完全に同化しており、輪郭を捉えることすら困難だった。

 ただでさえ色を見るとダメージを受けるのに、敵はその色の中に溶け込んでいるのだ。

 

「シュルルルルッ!」

 

 カメレオンの魔物が大きく口を開いた。

 赤と青の絵の具のような体液が口内で混ざり合い、紫色の粘液となって吐き出される。

 毒の塊だ。それが空気を溶かしながら蒼介たちに向かって飛来する。

 

「セレス、正面から毒液が来る! 回避しろ!」

 

「……っ! だが、目を開ければ……!」

 

 目を閉じているセレスは蒼介の言葉に反応できず、立ちすくんでしまう。

 蒼介は痛みを堪えながら彼女の腕を引き、無理やり横へと倒れ込んだ。

 直前までセレスが立っていた空間を紫色の粘液が通り過ぎ、背後の見えない壁に当たってジュウと不気味な音を立てて溶かした。

 

(クソッ。このままじゃ全滅する。見れば傷つき、見なければ殺される)

 

 八方塞がりの状況下で、蒼介の脳は極限まで回転していた。

 視覚情報が直接脳にダメージのフィードバックを与えている。ならばその視覚情報そのものを書き換えてしまえばいい。

 

「全員、目を閉じろ!」

 

 蒼介は立ち上がりながら再び指示を飛ばした。

 

「ネア、出番だ! お前の暗示で俺たちの認識を書き換えろ!」

 

「ううっ……何をすればいいのぉ!?」

 

 凍傷の痛みで涙声になっているネアが目をきつく閉じたまま尋ねてくる。

 

「色だ! 俺たちが見ているこのイカれた色を全部奪え! 色なんかない、ただの白黒の世界だと思い込ませるんだ!」

 

 蒼介の叫びにネアはハッとした。

 魔人族の精神干渉魔法。それは対象の認識を強制的に書き換え、現実を歪める力だ。

 物理的な色が存在していても、脳がそれを「色」として認識しなければダメージのフィードバックは発生しない。

 

「わ、わかった! やってみる!」

 

 ネアは勇気を振り絞り、パッと目を開けた。

 四方から襲い来る極彩色のダメージに顔を歪めながらも、彼女は両手を胸の前で強く組み合わせ、魔眼に紫色の光を宿した。

 

「私の声を聞いて、目を見て……!」

 

 その声は空間に反響し、蒼介とセレスの脳内に直接響き渡った。

 二人はわずかに薄目を開け、ネアの輝く紫の瞳を見た。

 

「みんなが見てる色は、ただの白黒だよ! 怖い色なんてどこにもないの!」

 

 強烈な魔法の波長が精神の深淵に叩き込まれた。

 その瞬間だった。

 蒼介の網膜に焼き付いていた暴力的な赤や青、黄色の色彩が、まるで古いテレビの電源を切ったように一瞬で色褪せていった。

 

 極彩色の世界が、濃淡の異なるモノクロームの風景へと強制的に変換されたのだ。

 脳が色を認識しなくなったことで、物理的なダメージのフィードバックが嘘のように消え去った。

 火傷の熱も凍傷の冷気も感電の痺れも、もうどこにもない。

 

「すごい……痛みが消えたぞ!」

 

 セレスが目を見開き、自身の腕を確かめながら感嘆の声を上げた。

 ネアはふらつきながらも得意げに胸を張る。

 

「えへへ……色、なくしてやったよ!」

 

「よくやったネア! これで目を開けて戦える!」

 

 蒼介はナイフを構え直した。

 しかし絶望的な状況が完全に覆ったわけではなかった。

 色は白黒になった。だがそれは敵にとっても同じことだった。

 周囲の風景に同化するカメレオン型の魔物たちは、モノクロームの世界においてもその濃淡を利用して完璧なカモフラージュを維持していた。

 灰色の風景の中に溶け込んだ灰色の魔物。

 視覚情報が制限されたことで、むしろ敵の輪郭は先ほどよりも捉えにくくなっていたのだ。

 

「シュアァァァッ!」

 

 不気味な鳴き声と共に、見えない魔物が長い舌を鞭のように振るってきた。

 セレスが勘で槍を弾くが、軌道がずれて腕の装甲を強く打たれる。

 

「くっ、色がないせいで距離感も形も全くわからない!」

 

 セレスが後退しながら歯噛みする。

 白黒の世界では遠近感が狂い、敵の攻撃を視覚だけで回避するのは至難の業だった。

 

(視覚に頼るからダメなんだ。目から入る情報をすべて捨てろ)

 

 蒼介は瞬時に決断した。

 彼はあえて両目を完全に閉じた。

 視覚を遮断し、その分の脳の処理能力をすべて体内のナノマシンへと回す。

探知(サーチ)】の出力を最大まで引き上げた。

 網膜の裏側に、青いワイヤーフレームで構築された3Dマップが展開されていく。

 色も光も存在しない、純粋な空間座標と生命反応だけの世界。

 魔力と体温のわずかな揺らぎが、光点となって蒼介の脳内にリアルタイムで表示される。

 

「ここからは俺の()を使え! 俺の指示通りに動け!」

 

 蒼介の研ぎ澄まされた声が白黒の空間に響いた。

 彼は目を閉じたまま、スーパーコンピュータのように戦場のすべてを把握していた。

 

「右斜め前、三メートル! 敵の頭が下がってる! セレス、そのまま上段から突け!」

 

「承知した!」

 

 セレスは蒼介の声を信じ、何の迷いもなく右斜め前方の虚空に向かって踏み込んだ。

 見えない敵に対して全力の突きを放つのは恐怖が伴う。しかし彼女は五十層での死闘を経て、蒼介の指揮を己の命よりも深く信頼していた。

 雷を纏った白銀の槍が白黒の空間を切り裂く。

 グチャリ、という生々しい手応えと共に、虚空からカメレオンの魔物が悲鳴を上げて姿を現した。槍がその頭部を完璧に貫いていたのだ。

 

「いいぞ! ネア、左後方へ三歩下がれ! そのまま斜め上に風壁!」

 

「うん!」

 

 ネアが指示通りにステップを踏み、青白い風の障壁を展開する。

 その直後、ネアが先ほどまで立っていた空間を別の魔物の毒液が通過し、展開された風壁によって無害な霧となって散らされた。

 

「右に二体回ってる! セレス、反転して横薙ぎ!」

 

 蒼介の音声ナビゲートは寸分の狂いもなかった。

 彼の指示に従って動くだけで、見えない敵の攻撃を完璧に回避し、的確な反撃を叩き込むことができる。

 視覚を完全に封じられた状態での、聴覚と信頼のみで結ばれた奇跡的な連携。

 

 だが敵の数が多い。カメレオンの魔物はさらに数を増し、八体が同時に三人を包囲しようとしていた。

 

「君たち、本当に面白い戦い方をするねえ」

 

 その乱戦の最中、のんびりとした声が降ってきた。

 フェイルだった。

 

 彼は白黒に染まった世界の中で一人だけ薄く目を開け、楽しそうに周囲を見渡していた。

 ネアの暗示は彼にもかかっているはずだが、彼は色のない世界を絵画鑑賞でもするように眺めている。

 一切の攻撃に参加せず、ただ避けることすらしないでそこに立っていた。

 魔物の攻撃はなぜかフェイルの体をすり抜けるように外れていく。

 

(こいつ……ただ見ているだけか。いや、利用させてもらう)

 

 蒼介は【探知(サーチ)】のレーダーにフェイルの光点を組み込んだ。

 彼が敵対行動を取らないのであれば、その圧倒的な火力を一つの駒として戦術に組み込むまでだ。

 

「フェイル! お前もただ見てるだけなら手を貸せ!」

 

 蒼介が目を閉じたまま叫ぶ。

 

「えー? 僕は観客なんだけどな。でもまあ、君のその指揮には興味があるよ。どう動けばいい?」

 

 フェイルは嬉しそうに腰の剣の柄に手をかけた。

 

「真後ろ、上段だ!」

 

 蒼介の指示が飛んだ瞬間。

 フェイルは振り返ることもなく、ただ無造作に剣を頭上へと跳ね上げた。

 ヒュンッ、と空気が裂けるような軽い音がした。

 フェイルの背後から跳躍し、彼を丸呑みにしようとしていたカメレオンの魔物が、空中で綺麗に真っ二つに両断された。

 白黒の体液を撒き散らしながら、左右に分かれた死骸が絨毯の上に落ちる。

 

「的確だねえ。君のそれ(・・)、すごく便利だ。目が後ろについてるみたいじゃないか」

 

 フェイルは剣を軽く振って血を払いながら、感嘆の声を上げた。

 

「次はどうする?」

 

「左斜め前、距離五メートル。低い姿勢から舌が来る。斬り落とせ!」

 

「オッケー」

 

 フェイルが軽くステップを踏む。

 見えない魔物の舌が鞭のように飛来するが、フェイルの剣はその先端を正確に捉え、紙を切るような軽さで切断した。

 そのまま踏み込み、舌の持ち主の首を刎ね飛ばす。

 

 圧倒的だった。

 蒼介の完璧な索敵能力と、フェイルのラグの存在しない超絶的な剣技。

 最強のセンサーと最強の火力が組み合わさったことで、戦場は一方的な蹂躙へと変わっていった。

 セレスが残った魔物を槍で牽制し、蒼介の指示を受けたフェイルが死角からすべてを刈り取る。

 カメレオンの魔物たちは為す術もなく次々と切り刻まれていった。

 

「これで最後だ! セレス、正面突破!」

 

「はあああッ!」

 

 セレスの突進が最後の一体を壁に縫い付ける。

 断末魔の叫びと共に、魔物の体が霧散して消えていった。

 完全に気配が消滅したことを【探知(サーチ)】で確認し、蒼介はゆっくりと目を開けた。

 

 同時にネアが暗示を解除する。

 モノクロームだった世界に再び色が戻りかけた瞬間、周囲の空間そのものがドロドロと溶け出した。

 絵画の主を失ったことで、この抽象画の世界が崩壊を始めたのだ。

 色と色が混ざり合い、真っ白な光となって四人を包み込む。

 

 気がつけば、彼らは元の静謐な画廊の回廊に立っていた。

 背後の巨大な額縁からは『色彩の暴力』のキャンバスが消え去り、ただの白い布へと戻っている。

 

「……終わったな」

 

 蒼介はどっと押し寄せる疲労に耐えながら、ナイフを鞘に収めた。

 視覚を遮断して全神経をレーダーに集中させる行為は、脳を焼き切るような疲労を伴う。

 

「見事な指揮だったよ。目隠しプレイであそこまで完璧に空間を把握するなんてね」

 

 フェイルが剣を収めながら拍手をして歩み寄ってきた。

 その漆黒の瞳は、蒼介を興味深く観察している。

 

「君の頭の中がどうなっているのか、本当に覗いてみたい気分だよ」

 

「悪趣味な奴だ。俺の脳みそを解剖しようとするな」

 

 蒼介は憎まれ口を叩きながら、壁際に背中を預けた。

 セレスとネアも無事であることを確認し、深く安堵の息を吐く。

 

『ソウスケさん、お疲れ様ですわ。フェイルという男……やはり並の者ではありません。あなたの指示を聞いてから剣を振るうまでの時間が、限りなくゼロに近い。あれは思考を介していませんわ』

 

 リリアの分析に蒼介も内心で頷いた。

 彼自身の【探知(サーチ)】がどれほど優れていようと、指示を受けて動く人間にタイムラグがあればあれほど完璧な迎撃は成立しない。

 フェイルの肉体は、言葉を聞いた瞬間に自動的に最適解の動きを実行するようにできているのだ。

 

「さて、まだまだ先は長いよ。この調子でどんどん進もうじゃないか」

 

 フェイルは全く疲れた様子を見せず、軽い足取りで回廊の奥を指差した。

 蒼介は重い体を起こし、仲間たちに視線で合図を送る。

 狂気の絵画はまだ彼らを待ち受けている。一行は法則の歪む画廊のさらなる深層へと足を踏み出していくのだった。

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