異邦人と大迷宮~現代ダンジョンシーカーは、スキルと知恵で異世界迷宮の果てを目指す~   作:九泉

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第25話 第10層の情報

 始まりの街テルスの冒険者ギルドは、夕暮れ時を迎えてもなお、昼間と変わらぬ熱気に満ちていた。

 迷宮から生還した者たちの安堵と高揚、これから挑む者たちの緊張と覚悟。それらが入り混じった独特の空気が、酒と汗の匂いと共にホール全体を支配している。蒼介はその喧騒を抜け、まっすぐにカウンターへと向かった。

 

「第10層の『主』について、情報を聞きたい」

 

 蒼介が単刀直入に用件を告げると、カウンターの女性職員は愛想の良い営業スマイルを浮かべた。彼女は手元の分厚いファイルに視線を落とし、数秒間パラパラとめくった後、顔を上げる。

 

「第10層の『主』でございますね。……現在確認されている情報としましては、非常に巨大な百足《ムカデ》型の魔物であること。そして、その外殻は鉄のように硬い、との報告が上がっております」

「……それだけか?」

 蒼介の問いに、女性職員は「申し訳ありません」と完璧な角度でお辞儀をした。

「現在、ギルドから公開できる情報は、以上となっております」

 

(公開できる、ね)

 

 その僅かな言い回しの(とげ)を、蒼介は聞き逃さなかった。つまり、ギルドはこれ以上の情報を間違いなく持っている。だが、それを蒼介には意図的に伏せているのだ。

 腰のペンダントから、リリアの不満げな小声が響く。周囲には聞こえない、蒼介だけの共鳴だった。

 

「まあ、随分と意地悪ですこと。命懸けで挑むというのに、情報を出し渋るなんて」

「……そういうわけでもねえんだろ」

 

 蒼介はカウンターを離れ、ギルドの酒場スペースへと視線を移した。ベテランらしきパーティが、得られた情報(あるいは、得られなかった情報)について、真剣な顔で議論を交わしている。

 

(これは、この世界の『教育方針』なんだ。曖昧な情報だけを与え、あとは自分たちの頭と力で乗り越えさせる。そうやって冒険者としての地力を養わせる……死ぬ奴は、そこまでの器だったと切り捨てる、合理的だが過酷なやり方だ)

 

 現代ダンジョンでは、情報は金で買うものであり、その精度が生死を分ける最も重要なリソースだった。しかし、この世界では、情報は「試練」の一部として管理されている。

 蒼介は、そのベテランパーティの中に、見覚えのある大男の姿を見つけた。以前、酒場で言葉を交わしたことがある、大盾使いのジークだ。ダメ元で声をかけてみることにした。

 

「よう。ちょっと聞きたいんだが、第10層の『主』と戦ったことは?」

 

 蒼介に気づいたジークは、手に持っていたエールジョッキを豪快に煽ると、ニヤリと笑った。

 

「おう、坊主か。見ての通り、ピンピンしてるぜ。まあ、ちっとばかし厄介な相手だったがな」

「どんな風に厄介だったんだ? ギルドじゃ、硬いムカデとしか教えてくれなくてな」

「そいつはなあ……」

 

 ジークは勿体ぶるように言葉を切り、周囲の仲間たちと顔を見合わせた。悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼は蒼介の肩をバンと叩く。

 

「自分で見てくるのが一番だ。俺たちから言えるのは、ただ一つ。……真正面から殴り合うことだけは、考えねえこったな」

「健闘を祈るぜ、銅級《ルーキー》!」

 

 それだけ言うと、ジークたちは再び自分たちの酒盛りに戻ってしまった。やはり、この調子だ。これ以上は望めそうにない。

 

「なんなのですか、あの者たちは! 少しくらい、ヒントをくれてもよろしいでしょうに!」

「期待するだけ無駄だ。俺たちみたいな新人にタダで情報をくれてやる義理もねえってことだろ」

 

 蒼介はため息をつき、(きびす)を返した。「主」の情報なしでは対策の立てようがない。一度迷宮に戻り、遠目から様子を探るしかないか。彼が諦めてギルドの重い扉に手をかけた、その時だった。

 

「―――ああッ!」

 

 突如、ペンダントからリリアの甲高い声が迸った。それは驚きと、そして何かが閃いたような、歓喜の色を帯びていた。

 

「どうした、いきなり大声出しやがって」

「思い出しましたわ! そうです、そうでしたわ! あの忌々しい魔物のこと、ようやく思い出しました!」

 

 リリアの声は興奮で震えている。蒼介は慌てて周囲を見回し、訝しげな視線を向けてくる他の冒険者たちから逃れるように、足早にギルドの外へ出た。人通りのない路地裏まで移動し、ようやくリリアに問いかける。

 

「本当か!?」

「ええ、ええ! 完っ璧に思い出しましたわ!」

「もっと早く思い出せってんだ。無駄足じゃねえか、まったく……。で、そいつの名前は?」

 

 蒼介の軽口に、リリアは誇らしげに、そして確信に満ちた声で答えた。

 

「あの第10層の関門に巣食う『主』の名は―――【大鎧百足(グランアーマー・センチピード)】! 間違いありませんわ!」

 

 その名を聞いた瞬間、蒼介の脳裏で、ギルドで得た断片的な情報―――巨大なムカデ、鉄の硬度―――が線で結ばれた。

 

「……グランアーマー・センチピード。大層な名前じゃねえか。んで、そいつの特徴は? 弱点はどこだ?」

「ふふん。このわたくしを誰だとお思いですの? 一度思い出したからには、全てお見通しですわよ!」

 

 リリアは芝居がかった咳払いを一つすると、よどみなく語り始めた。

 

「その名の通り、大鎧百足は全身を分厚く、そして極めて硬い外殻で覆われています。生半可な物理攻撃はもちろん、魔法ですら通じません。かつての王国でも、多くの騎士たちがその硬さに歯が立たず……」

「結論を頼む」

「せ、せっかちですわね! ……ですが、弱点がないわけではありませんわ。あの巨体を動かすためには、無数の脚が必要……そして、その脚の付け根にある関節部。そこだけは、他の部位に比べて装甲が薄く、比較的柔らかいのです」

 

(脚の付け根の、関節部……)

 

 蒼介は、頭の中で大鎧百足の姿を想像する。無数の脚が蠢く、巨大な体。その下腹部に連なるであろう、小さな急所。

 

「なるほどな。つまり、奴の懐に潜り込んで、下から突き上げるのが定石、というわけか」

「その通りですわ! ですが、言うは易く行うは難し。あの巨体による突進は凄まじい破壊力を誇り、並の冒険者では近づくことすら叶いません」

「だろうな。……だからジークの奴も『真正面から殴り合うな』なんて言ってたわけか。んー、でもな」

「なんですの?」

「ムカデってこたぁ、脚がめちゃくちゃあるんだろ? 一つ二つ破壊したところで、機動性は変わらないんじゃねえのか?」

「ふむん?」

「それに、ムカデって生命力が高い蟲だろ? 頭もぎ取っても真っ二つにされても暫くは動き続けるって言うぜ? そんな奴の脚を狙ったところで、効果はあるのか?」

 

 蒼介の至極もっともな疑問に、リリアは一瞬言葉を詰まらせた。……かに見えたが、すぐに「もう!」と甲高い声を上げた。

 

「もう、ソウスケさんは早とちりが過ぎますわ! だから朴念仁だと……いいですか、よくお聞きなさい!」

 

 ペンダントが、蒼介の腰でぷるぷると震えているかのような剣幕だ。

 

「狙うのは『脚』そのものではありません。わたくしが申し上げたのは、脚の『付け根の関節部』ですわ」

「だから、そこのことだよ。そこを潰しても、他の脚で動けるだろって」

「違いますわよ! 目的が!」

 

 リリアは、もどかしそうに息を吐いた。

 

「……あの魔物の構造は、例えるなら……そう、分厚い鎧をまとった蛇のようなものですわ。その鎧の『隙間』が、たまたま脚の付け根にあるだけなのです」

「鎧の隙間……」

「そうですわ。そして、その鎧の隙間のすぐ下……薄い皮一枚を隔てた場所に、あの巨体を制御する『神経索』が通っているのです!」

「!」

 

 蒼介の目が、鋭く光った。

 

「神経索だと?」

「ええ。王家の記録によれば、そこを断ち切られた大鎧百足は、いかに生命力が高かろうと、即座に全身の動きを失い沈黙した、とありましたわ。狙うのは脚の機能ではなく、その下にある中枢神経! 関節部は、そこへ刃を通すための、唯一の『鍵穴』なのです」

「……なるほどな」

 

 蒼介の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。

 

「脚の付け根の『隙間』から、神経索を断ち切りにいく、か」

「ご理解いただけて、ようやく光栄ですわ。まったく、手間のかかる方……」

「そりゃあ、いい。……最高にそそる情報じゃねえか」

 

 全てのピースが、今、カチリと音を立てて嵌った。情報さえあれば、道は拓ける。もはや彼の胸に、未知への不安はなかった。あるのは、強敵との戦いを前にした、シーカーとしての冷徹な高揚感だけだ。

 

「あら、そうなると、ギルドに行ったのも全くの無駄足というわけではなかったようですわね。あの者たちのおかげで、わたくしの記憶が刺激されたのですから。むしろ、感謝してほしいくらいですわよ?」

「へいへい。ナビ様のおかげで助かったよ」

 

 ペンダントから聞こえる得意満面な声に、蒼介は軽く肩をすくめた。

 彼は踵を返し、宿屋ではなく、冒険者向けの武具や道具を扱う店が並ぶ一角へと向かった。

 

(大鎧百足の突進を、どう躱すか。懐に潜り込むタイミングは、一度きり。そこで確実に仕留めるには……)

 

 頭の中では、すでに戦闘のシミュレーションが始まっている。スキル【迅速(ブースト)】は、回避と接近に使える。問題は、どうやって体勢を崩させ、無防備な腹を晒させるかだ。

 蒼介は店先に並ぶ品々を吟味し始めた。頑丈なワイヤーロープ、粘度の高い獣油が詰められた壺、そして、目眩ましに使うための発煙筒。彼の頭の中では、徐々に、しかし確実に、巨大な百足を狩るための計画が組み上がっていく。

 

「待ってろよ、大鎧百足。お前のその錆びついた鍵穴、俺がこじ開けてやる」

 

 誰に言うでもなく呟いたその声は、始まりの街の喧騒に、静かに吸い込まれていった。

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