異邦人と大迷宮~現代ダンジョンシーカーは、スキルと知恵で異世界迷宮の果てを目指す~   作:九泉

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第31話 騎士、再び

 逆さ大樹の森は沈黙に満ちていた。

 

 時折、遥か遠くで響く獣とも鳥ともつかぬ鳴き声が、この広大な空洞の静寂をより一層際立たせる。天井の岩盤の裂け目から差し込む光の筋は、巨大な樹々の葉に乱反射し、きらきらと舞い落ちる鱗粉を照らし出していた。それはあまりに幻想的な光景でありながら、一歩足を踏み外せば奈落へ吸い込まれるという現実が、常に死の匂いを漂わせている。

 

 神谷蒼介は、リリアに示された光を目指し、慎重に枝の上を進んでいた。

 道なき道。彼の足場となっているのは、天から地へと伸びる巨大な樹の、複雑に絡み合った枝や根だけだ。スキル【探知(サーチ)】を絶えず発動させ、脳内に流れ込む情報を頼りに、安全なルートを慎重に、流動的に選び取っていく。

 見た目は頑丈そうな枝が、探知によれば驚くほど脆かったり、逆に頼りない蔓が、見た目に反して強靭であったりする。この階層は、視覚情報だけを信じる者を容赦なく奈落へと突き落とすだろう。

 

(ったく、いやらしい作りだ。初見殺しにも程がある)

 

『ソウスケさん、文句を言っている暇はありませんわよ。光が、先ほどより強くなっていますわ』

 

 腰に下げたペンダントから、リリアの澄んだ声が響く。

 彼女の言う通り、目指す先にある淡い光は、先ほどよりも輝きを増しているように見えた。それは鉱石が放つ無機質な光ではなく、まるで呼吸をするかのように、ゆっくりと明滅を繰り返している。生命活動を思わせるその揺らぎは、蒼介の警戒心をさらに引き上げた。

 

「ああ、分かってる。ただの光じゃなさそうだな」

 

 いくつかの枝を慎重に飛び移り、回り込むようにして進む。

 光の源は、比較的開けた太い枝の上にあった。そこだけ、周囲の枝葉が切り払われたかのように、ぽっかりとした空間が生まれている。

 そして、その中心に佇む一つの人影を認めた時、蒼介はわずかに目を見開いた。

 

 見覚えのある、銀の鎧。陽光のような光を受けて輝く、短く切りそろえられた金色の髪。背筋を凛と伸ばし、腰に下げた剣の柄に手を置くその姿は、この異質な森の風景の中で、ひときわ強い存在感を放っていた。

 人影が、蒼介の接近に気づいてゆっくりと振り返る。

 涼やかな青い瞳が、まっすぐに蒼介を射抜いた。

 

「……何の用だ、騎士様。こんなところで待ち伏せとは、感心しないな」

 

 蒼介は肩をすくめ、わざと軽薄な口調で声をかけた。

 女騎士――セレスティーナ・エッケハルトは、その言葉に眉一つ動かさず、静かに口を開いた。

 

「待ち伏せではない。貴様がここに来るのを待っていただけだ」

「それを待ち伏せって言うんだろ」

 

『ふふん。相変わらず、可愛げのない女ですわね』

 

 リリアが面白がるような声音で囁く。

 蒼介がセレスティーナと出会ったのは、第十層に挑む前、オーガとの戦闘に苦戦していた時だ。彼女は圧倒的な実力でオーガを屠り、蒼介の戦い方を「邪道」と一蹴して去っていった。それきりの関係のはずだった。

 

「俺に何か用か? あんたとは、特に話すこともないと思うが」

「惚けるな。貴様の名は今、テルスの冒険者たちの間でちょっとした噂になっているぞ。『魔法なし』のカミヤ・ソウスケ。銅級でありながら、単独で第十層の主、大鎧百足を討伐した、と」

 

 セレスティーナの青い瞳が、探るように蒼介を見据える。その視線には、侮蔑ではなく、純粋な好奇心と、わずかながらの警戒が混じっていた。

 

(ああ、やっぱりか。ギルドでの一件がもう広まってやがる)

 

 蒼介は内心で舌打ちした。目立つのは本意ではない。面倒事が増えるだけだと、元の世界で嫌というほど学んだはずだった。

 

「噂は噂だ。大方、尾ひれがついてるんだろ。運が良かっただけだよ」

「運、か。運だけで、あの主をソロで討伐できると? 私を愚弄するな」

 

 セレスティーナの声に、ぴりりとした剣気が宿る。彼女は蒼介のはぐらかすような態度が気に入らないようだった。

 彼女が放っていた光は、その手に掲げられた魔道具から発せられていたようだ。周囲に幻惑系の魔物を寄せ付けないための、一種の結界のようなものだろう。

 準備万端で、蒼介がこの第十一層に足を踏み入れるのを、文字通り待ち構えていたのだ。

 

「それで、俺の実力が本当かどうか、わざわざこんな場所まで確かめに来たと? 暇なことだ」

「……そうだと言ったら?」

 

 セレスティーナは、手にした魔道具の光を消すと、一歩、蒼介の方へと踏み出した。枝がミシリと軋む音が、やけに大きく響く。

 

「私は、エッケハルト家の名において、この大迷宮の攻略を進めるという使命を帯びている。そのためには、不確かな要素は一つでも排除せねばならない。貴様のような……常識外れの存在は、特にだ」

「常識外れ、ね。そりゃどうも」

「貴様の戦い方は邪道だ。騎士の誇りにもとる、姑息な手を使う。それは今も変わらん」

 

 きっぱりと言い切るセレスティーナ。だが、その言葉には以前のような絶対的な侮蔑の色は薄れていた。彼女は続けた。

 

「だが、結果として貴様は第十層を突破した。それは紛れもない事実。ならば、その力が本物か、我が騎士の名誉にかけて、この目で見定める必要がある」

 

 真剣な眼差し。彼女は決して蒼介を試しに来たわけではない。むしろ、自らの信じる「正道」と、蒼介が示した「結果」との間で、己の価値観を確かめに来たかのようだった。

 ただひたすらに、まっすぐな女。蒼介はそう感じた。融通は利かないだろうが、嘘はつけないタイプだ。

 

『ソウスケさん。この女、貴方の力を利用しようとしているだけかもしれませんわよ』

 

 リリアが俺にだけ聞こえる声量で警戒を促す。

 蒼介は、小さく息をついた。

 

「確かめる、ね。なんだ、決闘でもするか?」

「馬鹿を言うな。冒険者同士の戦闘行為は規則で禁じられている」

「そうかい。ま、自慢じゃないが俺は負ける自信があるぜ」

「本当に自慢にならないことを……」

 

 眉間を抑えるセレスティーナに、蒼介は肩を竦めた。

 

「まあ、何を確かめるんだか知らねえが、俺も暇じゃないんでな。立ち話はここまでだ」

 

 彼はセレスティーナの横をすり抜け、先へと進もうとする。

 この階層の探索が先決だ。彼女の個人的な信条に付き合っている余裕はない。

 だが、その腕を、セレスティーナが掴んだ。

 

「待て」

「……なんだよ」

「一人で先へ進むつもりか? この階層の危険度は、第十層までとは比較にならんぞ」

「あんたに関係ないだろ」

 

 振り払おうとした蒼介の手を、セレスティーナは意外なほど強い力で掴んで離さない。その真剣な瞳が、蒼介を正面から捉えていた。

 彼女は一度、逡巡するように唇を噛み、そして、意を決したように言った。

 

「……私も、貴様に同行させてもらう」

 

 予想外の言葉に、蒼介は思わず目を見開いた。

 

「……はああ!?」

 

『なんですって!?』

 

 蒼介とリリアの呆気にとられた声が、逆さ大樹の森に、小さく響いた。

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