異邦人と大迷宮~現代ダンジョンシーカーは、スキルと知恵で異世界迷宮の果てを目指す~   作:九泉

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第33話 騎士道と生存戦略

 奇妙で、不本意で、そして何より前途多難な共闘契約が成立してから数分。神谷蒼介とセレスティーナ・エッケハルトの間に流れる空気は、まるで固まった溶岩のように重く、そして棘々しい熱を帯びていた。

 天井から垂れ下がる巨大な樹々の根が作り出す不気味な影の中を、二人は無言で進む。先頭を歩くのは蒼介だ。彼のスキル【探知(サーチ)】が、この視界の悪い迷宮で最も信頼できる道標だった。セレスティーナは、その数歩後ろを不機嫌そうな顔でついてくる。

 

(……気まずいとか、そういうレベルじゃねえな)

 

 蒼介は内心で悪態をついた。背中に突き刺さる視線が痛い。それは物理的なものではないが、彼の警戒心を常に最大限まで引き上げさせるには十分だった。まるで背後にもう一体、常に臨戦態勢の魔物を連れているような気分だ。

 契約を結んだとはいえ、互いを仲間と認めたわけではない。あくまで利害の一致。目的のための手段。その認識は、二人とも寸分違わず同じだった。

 

『……ソウスケさん。あの女、まだ何か言いたげな顔をしていますわよ』

 

 腰のペンダントから、リリアの囁き声が届く。それは蒼介にしか聞こえない、共犯者の声だ。

 

(だろうな。プライドをズタズタにされたと思ってるだろうし)

 

『自業自得ですわ。そもそも、いきなり現れて高圧的に同行を求めてくる方がおかしいのです。まったく、これだから脳筋騎士様は……』

 

(その辺にしとけって。聞こえなくても気分が悪い)

 

 蒼介が内心で釘を刺すと、リリアは不満げに「むぅ」と唸って黙り込んだ。

 まさにその時だった。

 蒼介の【探知(サーチ)】が、前方の太い枝の上、その樹皮と同化していた複数の生命反応を捉えた。数は五。枝の影に巧妙に身を隠し、こちらが通り過ぎるのを待ち構えている。

 

「……来るぞ」

 

 蒼介が短く告げると、セレスティーナは即座に腰の剣の柄に手をかけた。その反応速度だけは、さすがに騎士の名門だけのことはある。

 

「敵の数と位置は」

「五体。十時の方向、頭上の枝だ。樹皮に擬態してる。カマキリみたいな形状だな」

「擬態か。小賢しい真似を」

 

 セレスティーナが吐き捨てるように言った、その瞬間。彼女の足が地面を蹴った。

 蒼介が制止する間もなく、その体は一陣の風となって敵の潜む枝へと駆け上がっていく。

 

「おい、待て!」

 

(馬鹿野郎! 単独で突っ込むな!)

 

 蒼介の静止は、彼女の耳には届いていなかった。あるいは、届いていても無視したのだろう。

 セレスティーナの剣が、まばゆい光を放つ。魔法が付与された刃が、枝に潜んでいた一体の魔物を、その擬態ごと両断した。甲高い断末魔が響き渡る。

 

「フン、隠れたつもりか!」

 

 続け様に剣を振るい、二体目、三体目を瞬く間に斬り捨てる。その剣技は鮮やかの一言に尽きた。力任せではなく、洗練された動きと的確な魔力制御。かつてのBランクシーカーの動きと較べても遜色ないどころか、圧倒するくらいの戦闘だ。

 だが、敵もさるものだった。

 残りの二体が、セレスティーナが仲間を斬る一瞬の隙を突き、左右から同時に飛びかかった。鋭い鎌が、空を裂く音を立てて迫る。

 

「甘い!」

 

 セレスティーナは冷静にそれを見極め、体をひねって一体の攻撃を躱し、カウンターでその胴を薙ぎ払う。しかし、死角から迫った最後の一体の鎌が、彼女の肩の鎧を掠めた。

 ガキン、と硬質な音が響き、火花が散る。鎧のおかげで深手は負わなかったようだが、体勢がわずかに崩れた。

 

(……やっぱりな。真正面からじゃ効率が悪すぎる)

 

 蒼介は舌打ちしながら、懐から安物の短刀を取り出していた。狙いは、セレスティーナが今まさに立っている、その枝の付け根。彼の【探知(サーチ)】は、そこが構造的に脆くなっていることを見抜いていた。

 

『ソウスケさん!』

 

 リリアの緊迫した声が響く。

 蒼介は躊躇わなかった。彼は、崩れた体勢を立て直そうとするセレスティーナの足元、そして最後の一体の魔物が乗っている枝の根元に向かって、寸分の狂いもなく短刀を投げつけた。

 短刀は吸い込まれるように枝の亀裂に突き刺さる。次の瞬間、ミシミシ、と木が軋む嫌な音が響いた。

 

「なっ……!?」

 

 足元の異変に気づいたセレスティーナが驚愕の声を上げる。

 彼女が立っていた巨大な枝が、蒼介が作り出した衝撃をきっかけに、ゆっくりと、しかし確実に奈落へと傾き始めたのだ。

 

「跳べ!」

 

 蒼介が叫ぶ。

 セレスティーナは一瞬ためらったが、即座に状況を判断し、傾く枝からより安定した幹の方へと跳躍した。同時に、最後の魔物はバランスを崩し、為す術もなく枝ごと暗い谷底へと落ちていく。断末魔の叫びが、徐々に小さくなって闇に吸い込まれていった。

 静寂が戻る。

 幹に着地したセレスティーナは、呆然と眼下の闇を見つめていたが、やがてゆっくりと振り返り、燃えるような怒りを宿した瞳で蒼介を睨みつけた。

 

「……貴様、今、何を……!」

「見ての通りだ。敵を一掃した」

 

 蒼介は肩をすくめてみせる。だが、その態度はセレスティーナの怒りに油を注ぐだけだった。

 

「私ごと叩き落とすつもりだったのか! 一歩間違えれば、私もあの魔物と同じ運命を辿っていたのだぞ!」

「あんたなら跳べると計算した上でやった。結果、敵を片付けられた。何か問題でも?」

 

 蒼介の悪びれない態度に、セレスティーナの眉がつり上がる。

 

「問題しかない! なぜ正々堂々と戦わない! そのようなやり方、卑怯千万! それは騎士の戦い方ではない!」

 

 ついに、彼女の口からその言葉が飛び出した。蒼介が最も嫌う、そして最も馬鹿げていると切り捨ててきた価値観。

 

(……出たよ、騎士道)

 

『言いましたわね、あのツンケン女! 助けてもらった恩も忘れて、よくもまあ!』

 

 リリアの怒声が、蒼介の腰から聞こえてくる。

 

「あのな、セレスティーナ」

 

 蒼介は、わざとらしく大きなため息をついてみせた。

 

「俺は騎士じゃないんで、騎士の戦い方なんて知ったこっちゃない。それに、あんたのやり方じゃ、さっきみたいにいずれ隙が生まれる。一体ずつ相手にするより、まとめて片付けた方が安全で確実だろ」

「それでもだ! 敵に背を向けさせ、罠に嵌めるような戦法は、エッケハルト家の名誉が許さない!」

「そのくだらない名誉とやらを抱きしめて、ここで死にたいって言うなら俺は止めない。だが、俺を巻き込むな」

 

 蒼介の声から、温度が消えた。

 

「俺の目的は、生き残って、このクソみたいな迷宮の底に辿り着くことだ。そのためなら、卑怯だろうが邪道だろうが、使える手は全部使う。死んだら騎士も何もないだろ」

 

 それは、彼の信念そのものだった。現代ダンジョンで、常に死と隣り合わせで戦ってきた彼が、その身に刻み込んだ生存戦略。

 だが、騎士としての誇りを叩き込まれてきたセレスティーナにとって、それは到底受け入れられるものではなかった。

 

「……貴様とは、やはり相容れん」

「最初から分かりきってたことだろ」

 

 二人の視線が、火花を散らして交錯する。一歩も引かない蒼介と、決して自らの信念を曲げないセレスティーナ。

 契約の際に交わした「互いの戦い方に口出ししない」という約束は、ものの十分程度で破られようとしていた。

 

『ソウスケさん! もっと言ってやりなさいまし! あの石頭の脳筋騎士様には、それくらい言わないと分かりませんわよ!』

 

 ペンダントの中で、リリアが完全に蒼介の味方となってセレスティーナを罵倒する。

 目の前には、怒りに燃える女騎士。

 頭の中では、やかましく囃し立てる元王女。

 

(……ああ、クソ。頭が痛え)

 

 物理的な戦闘よりも、この精神的な板挟みの方が、よっぽど消耗が激しい。

 蒼介は、現実のセレスティーナと脳内のリリア、二人の女性に挟まれ、本気で頭を抱えたい衝動に駆られるのだった。

 この即席パーティの先行きは、逆さ大樹の森の底よりも、遥かに暗く見通しが悪そうだった。

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