異邦人と大迷宮~現代ダンジョンシーカーは、スキルと知恵で異世界迷宮の果てを目指す~ 作:九泉
銀級への昇格から、早くも三週間ほどが過ぎようとしていた。
テルスの街は相変わらず冒険者たちの熱気で満ちているが、蒼介たちの周囲には、以前とは明らかに違う空気が流れていた。
すれ違う冒険者たちが向ける視線には、明らかな敬意が含まれている。時には会釈をされることすらあった。
かつて「魔法の使えない変わり者」と奇異な目で見られていたのが嘘のようだ。
「……おい、また見られてるぞ」
「ふふん、当然だろう。私たちは今や、この街でも有数の実力者パーティなのだからな」
蒼介が小声でぼやくと、隣を歩くセレスは誇らしげに胸を張った。
彼女の銀色の鎧は入念に磨き上げられ、朝陽を受けて眩い輝きを放っている。胸元の銀色のタグも同様だ。
エッケハルト家の誇りを取り戻しつつある彼女は、以前よりも一層、凛とした美しさを増していた。
「お前はいいよなぁ、そういうの素直に喜べて」
「何を言う。ソウスケだって、悪い気はしていないはずだぞ? 昨日も酒場で若手に助言を求められて、まんざらでもない顔をしていただろう」
「あ、あれは……断りきれなかっただけだ」
蒼介はバツが悪そうに視線を逸らした。
確かに、実力を認められるのは悪くない。だが、それに伴う面倒事の多さには閉口していた。
先行して「主」を打倒したこともあり、【濃霧と幻影の回廊】の進行は順調に進んだ。休暇を挟みながらも一日一層に近いペースで探索は進み、三十層の転移門も解放済みだ。
次の三十一層には、もはやいつでも挑める状況ではあった。
だが、
(銀級になってからというもの、依頼の質が重すぎるんだよな……)
ギルドへ向かう足取りが少し重くなる。
これまでのような、ただ魔物を狩って素材を納品するだけの単純な依頼は減り、代わりに街の運営や治安維持に関わるような、責任重大な案件が回ってくるようになっていた。
『あら、ソウスケさん。皆様の期待に応えるのも、英雄の務めですわよ』
腰のペンダントから、リリアが楽しげな声を響かせる。
最近の彼女は、蒼介とセレスの活躍を自分のことのように喜んでいる節があった。
「英雄なんて柄じゃないっての。俺はただ、生き残って帰りたいだけだ」
「またそんなことを。まあ、その慎重さがソウスケの良いところだがな」
セレスが苦笑交じりに言う。
そんな軽口を叩きながら、三人は冒険者ギルドの扉をくぐった。
ギルドに入ると、受付嬢がすぐに気づいて駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました、カミヤ様、セレスティーナ様。ギルドマスターがお呼びです」
「……またかよ。これで三日連続だぞ」
「それだけ期待されているということだ。行くぞ、ソウスケ」
嫌がる蒼介の背中を、セレスがグイグイと押す。
通された応接室では、ギルドマスターが眉間に皺を寄せて地図を睨んでいた。
「来たか。座ってくれ」
二人が席に着くと、ギルドマスターは一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。
それはテルスの街周辺の詳細な地図だったが、いくつかの場所に赤い印がつけられている。
「またスタンピードの予兆か?」
蒼介が尋ねると、マスターは重々しく頷いた。
「ああ。最近、大迷宮周辺の魔素濃度が不安定だ。それに呼応するように、街の近郊にある小規模な迷宮や、未開拓の地域で魔物の活性化が観測されている」
「大迷宮の影響が、外にまで漏れ出していると?」
「その可能性が高い。そこで君たちに頼みたいのは、この……『西の荒野』の調査だ」
マスターが指差したのは、テルスから馬で半日ほどの距離にある岩場だった。
「ここ数日、地響きのような音がするという報告が上がっている。現地の生態系に変化がないか、強力な個体が出現していないかを確認してほしい」
「調査任務か。戦闘になる可能性は?」
「高いだろうな。だが、殲滅が目的ではない。あくまで状況の確認と、危険度の査定だ。……頼めるか?」
蒼介はチラリとセレスを見た。彼女は既にやる気満々の顔で頷いている。
「承知いたしました。我々にお任せを」
「……はぁ。了解。引き受けますよ」
蒼介が溜息混じりに答えると、マスターはようやく安堵の表情を見せた。
「助かる。君たちのような遊撃戦力は貴重なんだ。特に『霧殺し』の二つ名を持つ君たちなら、不測の事態にも対応できるだろうと期待している」
「そのダセぇ二つ名、流行らせないでくれよ……」
やれやれと肩をすくめ、蒼介たちはギルドを後にした。
*
準備を整え、西門を出た二人は荒野を目指して歩を進めていた。
街道を外れると、ゴツゴツとした岩肌が露出した荒涼とした景色が広がる。
日差しは強く、乾いた風が砂埃を巻き上げていた。
「しかし、銀級になってから休みなしだなオイ」
「贅沢を言うな。それだけ報酬も良いのだ。装備の充実も図れるし、悪くない話だろう。銀級冒険者は、街の戦力の中核だ。期待されるのは当然だろう」
「期待されるのはいいが、雑用まで押し付けられてる気がするんだよなぁ」
セレスは蒼介のぼやきを聞き流し、新しい槍の感触を確かめるように、空気を突く仕草をした。
第31層攻略を見据えて新調したその槍は、穂先が鋭く、柄も特殊な木材で作られている。
蒼介もまた、報酬で消耗品を補充し、ナノマシンのメンテナンスに必要な触媒も手に入れていた。
戦力の底上げは順調に進んでいる。
(第30層まではなんとか突破できた。だが、次は中層だ)
今回の依頼で得られる報酬も、次層攻略のための資金にするつもりだった。
『ソウスケさん。右前方、300メートル先に反応がありますわ』
リリアの声で、蒼介の思考が現実に引き戻された。
【
「……ああ、拾った。数は4。大型の獣タイプだ」
「やるか?」
「向こうも気づいてる。迎撃するぞ」
二人は岩陰に身を隠し、呼吸を整える。
やがて現れたのは、全身が岩のような皮膚で覆われた巨大な猪、ロック・ボアだった。
凶暴な性質で知られ、その突進は城門すら破壊すると言われる。
「『雷』のテストには丁度いい」
セレスが槍を構え、切っ先に魔力を集中させる。
バチバチと青白い火花が散り、空気が焦げる匂いが漂った。
彼女は最近、雷属性の魔法習得に力を入れていた。
彼女は火や水よりも土や風の適性が高いらしいが、雷はその派生として相性が良いようだ。
「行くぞ!」
セレスが岩陰から飛び出す。
ロック・ボアたちが反応し、地響きを立てて突進してくる。
真正面からの激突。
だが、セレスは直前でステップを踏み、切っ先を突き出した。
「『スパーク・ランス』!」
槍がボアの堅い皮膚を貫くと同時に、強烈な電撃が怪物の体内を駆け巡った。
断末魔の悲鳴と共に、巨大な猪が痙攣して倒れる。
残りの三頭が怯んだ隙を、蒼介は見逃さなかった。
「【
視界が引き伸ばされ、世界がスローモーションになる。
蒼介は風のように駆け抜け、ボアの懐に潜り込む。
手にしたナイフは、喉元の柔らかい部分を正確に切り裂いた。
一頭、二頭。
流れるような動きで急所を突き、離脱する。
【
最後の一頭がセレスに向かうが、彼女は冷静に槍で突進を受け流し、カウンターの一撃で眉間を貫いた。
わずか数秒の戦闘。完勝だった。
「……ふぅ。悪くないな」
「ああ。新しい槍もだいぶ板についてきたじゃないか」
「まだ制御が甘い。もっと出力を調整しないと自分まで感電しかねん」
セレスは真剣な表情で槍を見つめる。
彼女の向上心には頭が下がる思いだ。
『お二人とも、お見事ですわ。以前よりも連携がスムーズになっています』
「まあな。数だけはこなしてるからな」
蒼介は倒したボアから手際よく魔石と牙を回収していく。
解体作業もすっかり慣れたものだ。
「さて、この調子で調査を進めるか」
荒野の奥へと進むにつれ、異変の痕跡が濃くなっていった。
地面には無数の亀裂が走り、そこから微かに魔素が漏れ出している。
岩肌には、何かが暴れたような真新しい爪痕が刻まれていた。
「これは……ただの魔物の縄張り争いじゃないな」
「ああ。何かが、地下から這い出そうとしているような……そんな気配だ」
セレスが足元の亀裂を覗き込む。
その時、蒼介の【
「来るぞ! 足元だ!」
蒼介が叫び、セレスの腕を引いて跳躍する。
直後、二人が立っていた地面が爆発したかのように弾け飛び、巨大な顎が空を食らった。
「なッ……!?」
土煙の中から現れたのは、全身が鋼鉄のような甲殻で覆われた、ムカデ型の魔物だった。
だが、かつて第10層で戦った「大鎧百足」とは違う。
体色は赤黒く、体節の隙間からはマグマのような光が漏れている。
「マグマ・センチピードの亜種か!? こんな平地に出現するなんて!」
「ギルドの言っていた『強力な個体』ってのはこいつか!」
魔物は鎌首をもたげ、二人を威嚇するように咆哮した。
その口から熱波が放たれ、周囲の岩が赤熱する。
「ソウスケ、どうする!?」
「調査任務だ。確認したら撤退でもいいんだが……」
「逃がしてくれる気配ではなさそうだな!」
百足が猛然と襲いかかってくる。
巨体に似合わぬ俊敏さだ。
「やるしかないか! セレス、脚を狙え! 動きを止める!」
「承知!」
戦闘が再開される。
相手は強敵だが、蒼介たちには既に階層主を討伐した経験があった。
第30層の「サイレント・ストーカー」に比べれば、動きは読みやすい。
何より、姿が見えているだけマシだ。
「【
蒼介は回避しながら魔物の情報を解析する。
甲殻は硬いが、熱を放出するための排熱器官が腹部にある。
「腹だ! 腹の光ってる場所が弱点だ!」
「そこか!」
セレスが雷を纏った槍で牽制し、百足の注意を引きつける。
その隙に蒼介が背後へ回り込み、岩場を駆け上がる。
高所からの落下攻撃。
狙うは排熱器官。
「食らえッ!」
ナイフを突き立てようとした瞬間、百足が予想外の動きを見せた。
全身から高熱の蒸気を噴出させたのだ。
「ぐっ!?」
熱波に煽られ、蒼介の体勢が崩れる。
そこに百足の尾が鞭のようにしなった。
直撃コース。
『ソウスケさん!』
「させんッ!」
セレスが割り込み、盾で尾の一撃を受け止める。
金属音が響き、セレスの足が地面を削って後退する。
「ぐぅ……ッ! 重いな!」
「セレス!」
「気にするな! 隙は作った、やれッ!」
セレスが受け止めたことで、百足の動きが一瞬止まる。
蒼介は空中で体勢を立て直し、蒸気の晴れ間を縫って急降下した。
「【
加速した一撃が、今度こそ排熱器官を深々と貫いた。
断末魔の叫びと共に、百足がのた打ち回る。
傷口から魔力が暴走し、内部から崩壊が始まった。
「離れろ!」
二人は全速力で距離を取る。
直後、百足は爆散し、赤黒い体液と甲殻の破片を周囲に撒き散らして絶命した。
「……はぁ、はぁ。なんとかなったか」
「危ないところだった」
荒い息を整えながら、二人は魔物の残骸を確認する。
やはり、通常種とは違う変異が見られた。
大迷宮の影響が、生態系を歪めている証拠だ。
「こいつは報告案件だな。魔石を回収して、さっさと引き上げよう」
「ああ。長居は無用だ」
手早く処理を済ませ、二人はテルスの街へと帰還した。
夕暮れのギルドで報告を終えると、マスターは渋い顔で唸った。
「溶岩百足か……。やはり事態は深刻だな」
「大迷宮の活動が活発化している影響でしょうか」
「間違いないだろう。中層、特に第31層以降の攻略が急務となる」
マスターは真剣な眼差しで二人を見た。
「君たちの働きには感謝する。今回の調査で、街の防衛計画を見直すことができる」
「役に立てて何よりです。……で、報酬は?」
「ははは、心配するな。弾んでおくよ」
渡された報酬袋は、予想以上に重かった。
これなら、装備を揃えるのに十分な額になる。
「さて、これで心置きなく次の階層へ進めるな」
ギルドを出た蒼介が言うと、セレスが力強く頷いた。
「ああ……必ずや攻略してみせる」
『頼もしいですわ、セレスさん。ソウスケさんも、よろしくお願いしますね』
「へいへい。せいぜい頑張るよ」
街は夜の帳に包まれ始めていた。
酒場の灯りが賑やかに揺れている。
銀級になったことで増えた責任と、迫り来る未知の脅威。
だが、今の二人には、それを乗り越えるだけの実力と絆があった。
(……まずは、明日の準備だな)
蒼介は夜空を見上げ、深く息を吐いた。
月の無い暗闇が、蒼介を静かに見下ろしていた。