異邦人と大迷宮~現代ダンジョンシーカーは、スキルと知恵で異世界迷宮の果てを目指す~   作:九泉

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第56話 銀級の責務

 銀級への昇格から、早くも三週間ほどが過ぎようとしていた。

 テルスの街は相変わらず冒険者たちの熱気で満ちているが、蒼介たちの周囲には、以前とは明らかに違う空気が流れていた。

 すれ違う冒険者たちが向ける視線には、明らかな敬意が含まれている。時には会釈をされることすらあった。

 かつて「魔法の使えない変わり者」と奇異な目で見られていたのが嘘のようだ。

 

「……おい、また見られてるぞ」

「ふふん、当然だろう。私たちは今や、この街でも有数の実力者パーティなのだからな」

 

 蒼介が小声でぼやくと、隣を歩くセレスは誇らしげに胸を張った。

 彼女の銀色の鎧は入念に磨き上げられ、朝陽を受けて眩い輝きを放っている。胸元の銀色のタグも同様だ。

 エッケハルト家の誇りを取り戻しつつある彼女は、以前よりも一層、凛とした美しさを増していた。

 

「お前はいいよなぁ、そういうの素直に喜べて」

「何を言う。ソウスケだって、悪い気はしていないはずだぞ? 昨日も酒場で若手に助言を求められて、まんざらでもない顔をしていただろう」

「あ、あれは……断りきれなかっただけだ」

 

 蒼介はバツが悪そうに視線を逸らした。

 確かに、実力を認められるのは悪くない。だが、それに伴う面倒事の多さには閉口していた。

 

 先行して「主」を打倒したこともあり、【濃霧と幻影の回廊】の進行は順調に進んだ。休暇を挟みながらも一日一層に近いペースで探索は進み、三十層の転移門も解放済みだ。

 次の三十一層には、もはやいつでも挑める状況ではあった。

 

 だが、

 

(銀級になってからというもの、依頼の質が重すぎるんだよな……)

 

 ギルドへ向かう足取りが少し重くなる。

 これまでのような、ただ魔物を狩って素材を納品するだけの単純な依頼は減り、代わりに街の運営や治安維持に関わるような、責任重大な案件が回ってくるようになっていた。

 

『あら、ソウスケさん。皆様の期待に応えるのも、英雄の務めですわよ』

 

 腰のペンダントから、リリアが楽しげな声を響かせる。

 最近の彼女は、蒼介とセレスの活躍を自分のことのように喜んでいる節があった。

 

「英雄なんて柄じゃないっての。俺はただ、生き残って帰りたいだけだ」

「またそんなことを。まあ、その慎重さがソウスケの良いところだがな」

 

 セレスが苦笑交じりに言う。

 そんな軽口を叩きながら、三人は冒険者ギルドの扉をくぐった。

 

 ギルドに入ると、受付嬢がすぐに気づいて駆け寄ってきた。

 

「お待ちしておりました、カミヤ様、セレスティーナ様。ギルドマスターがお呼びです」

「……またかよ。これで三日連続だぞ」

「それだけ期待されているということだ。行くぞ、ソウスケ」

 

 嫌がる蒼介の背中を、セレスがグイグイと押す。

 通された応接室では、ギルドマスターが眉間に皺を寄せて地図を睨んでいた。

 

「来たか。座ってくれ」

 

 二人が席に着くと、ギルドマスターは一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。

 それはテルスの街周辺の詳細な地図だったが、いくつかの場所に赤い印がつけられている。

 

「またスタンピードの予兆か?」

 

 蒼介が尋ねると、マスターは重々しく頷いた。

 

「ああ。最近、大迷宮周辺の魔素濃度が不安定だ。それに呼応するように、街の近郊にある小規模な迷宮や、未開拓の地域で魔物の活性化が観測されている」

「大迷宮の影響が、外にまで漏れ出していると?」

「その可能性が高い。そこで君たちに頼みたいのは、この……『西の荒野』の調査だ」

 

 マスターが指差したのは、テルスから馬で半日ほどの距離にある岩場だった。

 

「ここ数日、地響きのような音がするという報告が上がっている。現地の生態系に変化がないか、強力な個体が出現していないかを確認してほしい」

「調査任務か。戦闘になる可能性は?」

「高いだろうな。だが、殲滅が目的ではない。あくまで状況の確認と、危険度の査定だ。……頼めるか?」

 

 蒼介はチラリとセレスを見た。彼女は既にやる気満々の顔で頷いている。

 

「承知いたしました。我々にお任せを」

「……はぁ。了解。引き受けますよ」

 

 蒼介が溜息混じりに答えると、マスターはようやく安堵の表情を見せた。

 

「助かる。君たちのような遊撃戦力は貴重なんだ。特に『霧殺し』の二つ名を持つ君たちなら、不測の事態にも対応できるだろうと期待している」

「そのダセぇ二つ名、流行らせないでくれよ……」

 

 やれやれと肩をすくめ、蒼介たちはギルドを後にした。

 

 

 *

 

 

 準備を整え、西門を出た二人は荒野を目指して歩を進めていた。

 街道を外れると、ゴツゴツとした岩肌が露出した荒涼とした景色が広がる。

 日差しは強く、乾いた風が砂埃を巻き上げていた。

 

「しかし、銀級になってから休みなしだなオイ」

「贅沢を言うな。それだけ報酬も良いのだ。装備の充実も図れるし、悪くない話だろう。銀級冒険者は、街の戦力の中核だ。期待されるのは当然だろう」

「期待されるのはいいが、雑用まで押し付けられてる気がするんだよなぁ」

 

 セレスは蒼介のぼやきを聞き流し、新しい槍の感触を確かめるように、空気を突く仕草をした。

 第31層攻略を見据えて新調したその槍は、穂先が鋭く、柄も特殊な木材で作られている。

 蒼介もまた、報酬で消耗品を補充し、ナノマシンのメンテナンスに必要な触媒も手に入れていた。

 戦力の底上げは順調に進んでいる。

 

(第30層まではなんとか突破できた。だが、次は中層だ)

 

 今回の依頼で得られる報酬も、次層攻略のための資金にするつもりだった。

 

『ソウスケさん。右前方、300メートル先に反応がありますわ』

 

 リリアの声で、蒼介の思考が現実に引き戻された。

探知(サーチ)】を意識的に広げる。

 

「……ああ、拾った。数は4。大型の獣タイプだ」

「やるか?」

「向こうも気づいてる。迎撃するぞ」

 

 二人は岩陰に身を隠し、呼吸を整える。

 やがて現れたのは、全身が岩のような皮膚で覆われた巨大な猪、ロック・ボアだった。

 凶暴な性質で知られ、その突進は城門すら破壊すると言われる。

 

「『雷』のテストには丁度いい」

 

 セレスが槍を構え、切っ先に魔力を集中させる。

 バチバチと青白い火花が散り、空気が焦げる匂いが漂った。

 

 彼女は最近、雷属性の魔法習得に力を入れていた。

 彼女は火や水よりも土や風の適性が高いらしいが、雷はその派生として相性が良いようだ。

 

「行くぞ!」

 

 セレスが岩陰から飛び出す。

 ロック・ボアたちが反応し、地響きを立てて突進してくる。

 真正面からの激突。

 だが、セレスは直前でステップを踏み、切っ先を突き出した。

 

「『スパーク・ランス』!」

 

 槍がボアの堅い皮膚を貫くと同時に、強烈な電撃が怪物の体内を駆け巡った。

 断末魔の悲鳴と共に、巨大な猪が痙攣して倒れる。

 残りの三頭が怯んだ隙を、蒼介は見逃さなかった。

 

「【迅速(ブースト)】!」

 

 視界が引き伸ばされ、世界がスローモーションになる。

 蒼介は風のように駆け抜け、ボアの懐に潜り込む。

 手にしたナイフは、喉元の柔らかい部分を正確に切り裂いた。

 一頭、二頭。

 流れるような動きで急所を突き、離脱する。

 【迅速(ブースト)】の効果が切れると同時に、二頭のボアがどうっと倒れ伏した。

 

 最後の一頭がセレスに向かうが、彼女は冷静に槍で突進を受け流し、カウンターの一撃で眉間を貫いた。

 わずか数秒の戦闘。完勝だった。

 

「……ふぅ。悪くないな」

「ああ。新しい槍もだいぶ板についてきたじゃないか」

「まだ制御が甘い。もっと出力を調整しないと自分まで感電しかねん」

 

 セレスは真剣な表情で槍を見つめる。

 彼女の向上心には頭が下がる思いだ。

 

『お二人とも、お見事ですわ。以前よりも連携がスムーズになっています』

「まあな。数だけはこなしてるからな」

 

 蒼介は倒したボアから手際よく魔石と牙を回収していく。

 解体作業もすっかり慣れたものだ。

 

「さて、この調子で調査を進めるか」

 

 

 荒野の奥へと進むにつれ、異変の痕跡が濃くなっていった。

 地面には無数の亀裂が走り、そこから微かに魔素が漏れ出している。

 岩肌には、何かが暴れたような真新しい爪痕が刻まれていた。

 

「これは……ただの魔物の縄張り争いじゃないな」

「ああ。何かが、地下から這い出そうとしているような……そんな気配だ」

 

 セレスが足元の亀裂を覗き込む。

 その時、蒼介の【探知(サーチ)】が強烈な反応を捉えた。

 

「来るぞ! 足元だ!」

 

 蒼介が叫び、セレスの腕を引いて跳躍する。

 直後、二人が立っていた地面が爆発したかのように弾け飛び、巨大な顎が空を食らった。

 

「なッ……!?」

 

 土煙の中から現れたのは、全身が鋼鉄のような甲殻で覆われた、ムカデ型の魔物だった。

 だが、かつて第10層で戦った「大鎧百足」とは違う。

 体色は赤黒く、体節の隙間からはマグマのような光が漏れている。

 

「マグマ・センチピードの亜種か!? こんな平地に出現するなんて!」

「ギルドの言っていた『強力な個体』ってのはこいつか!」

 

 魔物は鎌首をもたげ、二人を威嚇するように咆哮した。

 その口から熱波が放たれ、周囲の岩が赤熱する。

 

「ソウスケ、どうする!?」

「調査任務だ。確認したら撤退でもいいんだが……」

「逃がしてくれる気配ではなさそうだな!」

 

 百足が猛然と襲いかかってくる。

 巨体に似合わぬ俊敏さだ。

 

「やるしかないか! セレス、脚を狙え! 動きを止める!」

「承知!」

 

 戦闘が再開される。

 相手は強敵だが、蒼介たちには既に階層主を討伐した経験があった。

 第30層の「サイレント・ストーカー」に比べれば、動きは読みやすい。

 何より、姿が見えているだけマシだ。

 

「【物質分析(アナライズ)】!」

 

 蒼介は回避しながら魔物の情報を解析する。

 甲殻は硬いが、熱を放出するための排熱器官が腹部にある。

 

「腹だ! 腹の光ってる場所が弱点だ!」

「そこか!」

 

 セレスが雷を纏った槍で牽制し、百足の注意を引きつける。

 その隙に蒼介が背後へ回り込み、岩場を駆け上がる。

 高所からの落下攻撃。

 狙うは排熱器官。

 

「食らえッ!」

 

 ナイフを突き立てようとした瞬間、百足が予想外の動きを見せた。

 全身から高熱の蒸気を噴出させたのだ。

 

「ぐっ!?」

 

 熱波に煽られ、蒼介の体勢が崩れる。

 そこに百足の尾が鞭のようにしなった。

 直撃コース。

 

『ソウスケさん!』

「させんッ!」

 

 セレスが割り込み、盾で尾の一撃を受け止める。

 金属音が響き、セレスの足が地面を削って後退する。

 

「ぐぅ……ッ! 重いな!」

「セレス!」

「気にするな! 隙は作った、やれッ!」

 

 セレスが受け止めたことで、百足の動きが一瞬止まる。

 蒼介は空中で体勢を立て直し、蒸気の晴れ間を縫って急降下した。

 

「【迅速(ブースト)】!」

 

 加速した一撃が、今度こそ排熱器官を深々と貫いた。

 断末魔の叫びと共に、百足がのた打ち回る。

 傷口から魔力が暴走し、内部から崩壊が始まった。

 

「離れろ!」

 

 二人は全速力で距離を取る。

 直後、百足は爆散し、赤黒い体液と甲殻の破片を周囲に撒き散らして絶命した。

 

「……はぁ、はぁ。なんとかなったか」

「危ないところだった」

 

 荒い息を整えながら、二人は魔物の残骸を確認する。

 やはり、通常種とは違う変異が見られた。

 大迷宮の影響が、生態系を歪めている証拠だ。

 

「こいつは報告案件だな。魔石を回収して、さっさと引き上げよう」

「ああ。長居は無用だ」

 

 手早く処理を済ませ、二人はテルスの街へと帰還した。

 

 夕暮れのギルドで報告を終えると、マスターは渋い顔で唸った。

 

「溶岩百足か……。やはり事態は深刻だな」

「大迷宮の活動が活発化している影響でしょうか」

「間違いないだろう。中層、特に第31層以降の攻略が急務となる」

 

 マスターは真剣な眼差しで二人を見た。

 

「君たちの働きには感謝する。今回の調査で、街の防衛計画を見直すことができる」

「役に立てて何よりです。……で、報酬は?」

「ははは、心配するな。弾んでおくよ」

 

 渡された報酬袋は、予想以上に重かった。

 これなら、装備を揃えるのに十分な額になる。

 

「さて、これで心置きなく次の階層へ進めるな」

 

 ギルドを出た蒼介が言うと、セレスが力強く頷いた。

 

「ああ……必ずや攻略してみせる」

『頼もしいですわ、セレスさん。ソウスケさんも、よろしくお願いしますね』

「へいへい。せいぜい頑張るよ」

 

 街は夜の帳に包まれ始めていた。

 酒場の灯りが賑やかに揺れている。

 銀級になったことで増えた責任と、迫り来る未知の脅威。

 だが、今の二人には、それを乗り越えるだけの実力と絆があった。

 

(……まずは、明日の準備だな)

 

 蒼介は夜空を見上げ、深く息を吐いた。

 月の無い暗闇が、蒼介を静かに見下ろしていた。

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