異邦人と大迷宮~現代ダンジョンシーカーは、スキルと知恵で異世界迷宮の果てを目指す~ 作:九泉
水の底に沈んだ王都。その正門前広場において、静寂は唐突に破られた。
ズドンッ!!
重厚な水音が響き渡り、泥煙が舞い上がる。
蒼介たちが対峙しているのは、かつてアルストロメリア王国の最精鋭と謳われた近衛兵団――その成れの果てである、六体のマーマン・ロードたちだ。
「はぁぁッ!」
セレスティーナが気合いと共に長槍を突き出す。
水流を切り裂く鋭い一撃。それは通常のマーマンであれば、反応する間もなく喉元を貫かれていただろう速度だった。
だが、相手は五百年の時を戦士として存在し続けた亡霊だ。
ガギンッ!
セレスの槍先が、眼前のマーマン・ロードが振るった三叉槍によって弾かれる。
単に硬い鱗で受けたのではない。
槍の腹を使い、力のベクトルを絶妙に逸らす「受け流し」の技術。
「なっ……!?」
セレスが目を見開く。
体勢が前のめりになったその瞬間、左右に展開していた別の二体が、滑るような動きで死角へと回り込んだ。
一切の無駄がない、機械のように精密な連携攻撃。
鋭い三叉の切っ先が、セレスの横腹と太腿を狙って突き出される。
「させるかよッ!」
蒼介が叫ぶ。
彼は背中の『水流噴射推進機』を一気に吹かし、セレスと敵の間に強引に割り込んだ。
手にしたミスリルのナイフで片方の槍を受け止めつつ、もう片方の攻撃を推進機の噴射圧で吹き飛ばす。
ゴボボボッ!
泡の壁が生まれ、マーマンたちの視界を遮る。
蒼介はその隙にセレスの腕を掴み、推進機の出力を上げて後方へと大きく跳躍した。
「助かった、ソウスケ! くっ、なんて手強い……!」
「礼は後だ! ……冗談じゃねえぞ、こいつら。そこらの冒険者パーティよりよっぽど連携が取れてやがる!」
距離を取って着地した蒼介は、忌々しげに舌打ちした。
ただの魔物ではない。
個々の戦闘能力が高い上に、集団戦術を完璧に理解している。
【
『……彼らは、王家の盾。「鉄壁の六華」と呼ばれた近衛第一小隊の兵士たちですわ』
脳内に響くリリアの声は、悲痛に震えていた。
かつての臣下。
自らを守るはずだった盾が、今は殺意の矛となって襲いかかってくる。その事実は、彼女の魂を苛むのに十分すぎた。
『わたくしが……わたくしが声をかければ、あるいは……』
「やめとけリリア。あいつらの目に光はねえ。もう魔物としての本能と、歪んだ使命感しか残ってない」
蒼介は冷静に、しかし断固として否定した。
目の前の敵から漂うのは、明確な殺意だけだ。言葉が通じる相手ではない。
マーマンたちは再び扇状に展開し、じりじりと包囲網を狭めてくる。
その動きに合わせて、周囲の水流が不自然に揺らぎ始めた。
魔力だ。
彼らの身体から発せられる青白い光が、周囲の水を支配し始めている。
「キリがねえ! 数が多すぎる!」
蒼介がナイフを構え直す。
水流推進機による高機動戦闘は強力だが、燃料たる魔石のエネルギー消費も激しい。
長期戦になればなるほど、こちらが不利になる。
かといって、一点突破を狙おうにも、この鉄壁の布陣を崩すのは容易ではない。
その時だった。
リーダー格と思われる、頭一つ分巨大なマーマンが、手にした三叉槍を高く掲げた。
その槍は他の個体のものとは異なり、黄金の装飾が施され、禍々しいほどの魔力を帯びている。
ゴゴゴゴゴ……。
地響きのような音が水底に轟く。
いや、それは水の振動だ。
「……何だ? 水の流れが……」
セレスが異変に気づき、周囲を見回す。
浮遊していた瓦礫や海藻が、ゆっくりと、しかし確実に一定方向へと回転し始めていた。
「来るぞ! 何かデカいのが!」
蒼介の警告と同時だった。
リーダーが槍を力強く振り下ろす。
ズオオオオオオオッ!!
爆音と共に、広場全体の水が牙を剥いた。
渦だ。
それも、ただの渦ではない。六体のマーマンたちが練り上げた魔力を、リーダーが増幅し、制御して作り出した巨大な竜巻のような激流。
逃げ場のない広場全体が、巨大な洗濯機の中に放り込まれたかのようなカオスと化す。
「うわっ!?」
「きゃあぁぁッ!?」
蒼介とセレスの身体が、抗う間もなく吹き飛ばされる。
上下左右の感覚が消滅する。
凄まじい水圧が全身を締め上げ、肺の中の空気を絞り出そうとする。
水流推進機のスラスターを全開にして姿勢を保とうとするが、自然災害にも等しいエネルギーの前では、木の葉のように翻弄されるのが精一杯だった。
(くそッ、これが水魔法の上位魔術……『大渦《メイルシュトローム》』かよッ!)
蒼介は歯を食いしばり、飛んできた岩の塊を紙一重で回避した。
渦の中には、崩れた建物の残骸や鋭利な鉄骨が凶器となって舞っている。
ミキサーの中に入れられたようなものだ。
マーマンたちは、その激流の中を平然と泳いでいた。
彼らは流れに逆らうのではなく、流れに乗って加速し、四方八方から蒼介たちを襲撃してくる。
ガッ!
すれ違いざまの一撃が、蒼介の肩を掠める。
ナノマシンの防御膜がなければ、腕ごと持っていかれていたかもしれない。
「ぐぅッ……!」
蒼介は近くにあった崩れた石柱の影に、半ば身体をねじ込むようにして退避した。
ここなら、多少は水流の影響を緩和できる。
すぐにセレスも転がり込んでくる。
彼女の兜はズレ、鎧のあちこちに凹みができていた。
「はぁ、はぁ……ッ! まずい……! このままじゃジリ貧だ!」
セレスが苦悶の表情で叫ぶ。
渦の勢いは衰えるどころか、時間を追うごとに増している。
このままでは体力を削られ、魔力も枯渇し、なぶり殺しにされるのは時間の問題だ。
蒼介は脳をフル回転させた。
状況は最悪。
敵は六体。地形効果はこちらに圧倒的不利。
撤退? いや、背中を見せた瞬間に串刺しだ。
全滅させる? この状況で、あの近衛兵たちを? 不可能だ。
(……いや、待て)
蒼介は冷静に戦況を俯瞰する。
俺たちの目的はなんだ?
敵の殲滅じゃない。
あの『水門』を開けることだ。
そのためには、あの塔――制御室へ辿り着けばいい。
蒼介は柱の影から、チラリと視線を走らせた。
渦の中心の向こう側。
そこに、目的の尖塔が静かに聳え立っている。
距離にして約百メートル。
普段なら数秒の距離だが、今のこの激流の中では、あまりにも遠い。
だが、道はある。
渦潮の構造上、外側ほど流れは速く、破壊力が高い。
逆に言えば――「目」に近い中心部は、相対的に安定している可能性がある。
(賭けだが……やるしかねえ)
蒼介は決断した。
敵の注意を完全に引きつけ、その隙に一人が突っ込む。
「セレス! 聞こえるか!」
轟音の中で、蒼介はセレスの肩を掴んで叫んだ。
「デカいのを一発頼む! 奴らの注意を、お前に引きつけてくれ!」
「デカいの……!?」
セレスが驚愕の表情を浮かべる。
だが、すぐに蒼介の瞳にある真剣な光を見て取り、覚悟を決めたように頷いた。
「分かった! ……私の全魔力を持って、奴らの目を釘付けにしてやる!」
「頼む! お前が撃ったら、俺が走る!」
短い打ち合わせ。
それで十分だった。
二人の間には、死線を共に潜り抜けてきた信頼がある。
セレスは深呼吸をし、槍を構え直した。
彼女の碧眼が、激しくスパークする。
「雷よ……!」
彼女の身体から、バチバチと青白い火花が散り始めた。
魔力の充填。
防御を捨て、全ての力を攻撃へと転化する特攻の構え。
マーマンたちがその高まる魔力に反応する。
危険な輝きを放つ獲物を、先に始末しようと殺到してくる。
「今だ、セレス!」
「おおおおおおッ!! 穿てぇッ!!」
セレスの咆哮と共に、水底が閃光に包まれた。
「『サンダー・ジャベリン』!!」
彼女が放ったのは、この短期間で習得した最大の雷魔法。
槍の先端から放たれたのは、細い稲妻ではない。
それは巨大な光の槍。
圧縮された雷の塊が、水を、渦を、そして闇を切り裂いて、マーマンのリーダー格へと一直線に突き進む。
水中で雷が炸裂する。
鼓膜をつんざく雷鳴と、目が焼けるほどの閃光。
指向性を持たせたとはいえ、周囲の水全体が帯電し、ビリビリとした衝撃波が広場を駆け巡る。
「ギョオオオッ!?」
マーマンたちが怯んだ。
強力な電撃と閃光に対し、彼らは咄嗟に防御姿勢を取り、動きを止める。
リーダー格でさえ、迫りくる雷の槍を防ぐために、渦の制御を一瞬放棄して槍を交差させた。
その一瞬。
世界が白く染まり、全ての視線がセレスの一撃に集まった、その刹那。
「もらったァァッ!」
蒼介が岩陰から飛び出した。
背中の『水流噴射推進機』のバルブを、限界まで開放する。
リミッターなど知ったことか。
壊れてもいい。今、この瞬間だけ保てばいい!
ドォォォォォンッ!!
爆発的な水流が背後へ噴射され、蒼介の身体が弾丸のように射出される。
「【
さらに、蒼介はナノマシンにコマンドを送った。
脳内物質が過剰分泌され、知覚速度が極限まで引き伸ばされる。
時間が泥のように粘度を増して遅くなる。
目の前に広がるのは、荒れ狂う水流の壁。
無数の瓦礫。
そして、硬直しているマーマンたちの隙間。
(見える……!)
蒼介の視界には、水流のベクトルが光の線となって見えていた。
逆巻く渦の中にも、一筋だけ、通り抜けられる穴がある。
そこを縫う。
ナノマシンが全身の筋肉をミクロン単位で制御し、推進機の噴射角を微調整する。
右から迫る石柱を、わずかな体重移動で紙一重にかわす。
前方から来る逆流には、あえて身を任せて加速に利用する。
まるで針の穴を通すような精密機動。
「ギッ!?」
一匹のマーマンが蒼介に気づき、槍を突き出そうとする。
だが、遅い。
今の蒼介にとって、その動きは止まっているも同然だ。
蒼介は敵の槍を踏み台にして、さらに加速した。
「ソウスケ!?」
背後でセレスの驚愕の声が聞こえた気がした。
だが、振り返らない。
蒼介は一気に渦の中心を突破し、包囲網を食い破った。
視界が開ける。
目の前には、目指す塔の入り口があった。
鉄製の扉は閉ざされているが、鍵はかかっていないはずだ――いや、かかっていてもブチ破る!
「リリア! 開錠術式の準備だ!」
『はいっ! 解析は済んでいますわ!』
蒼介は減速もせず、扉へと突っ込んだ。
肩から体当たりをする勢いで、扉に手を叩きつける。
リリアの魔力が流れ込み、五百年の錆びつきを強制的に解除する。
ギィィンッ!
重い金属音と共に、扉が内側へと弾け飛んだ。
蒼介は勢い余って床に転がり込み、すぐに起き上がって扉を閉める。
かんぬきを下ろし、さらに近くにあった机や棚を蹴飛ばしてバリケードにした。
ドガンッ! ドガンッ!
直後、外から激しい衝撃が扉を襲った。
近衛マーマンたちが追いついてきたのだ。
だが、この塔の壁は厚い。そう簡単には破られないだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
蒼介はその場に崩れ落ち、荒い息を吐いた。
心臓が早鐘を打っている。
【
だが、生きていた。
「……セレス」
扉の向こうに残してきた相棒を思う。
彼女なら大丈夫だ。
あの『サンダー・ジャベリン』の威力なら、近衛兵といえども無傷では済まない。それに、自分がここを制圧すれば、勝機は見えてくる。
「待ってろよ。……すぐに終わらせる」
蒼介は震える足に力を込め、立ち上がった。
塔の螺旋階段を見上げる。
この上に、水門の制御装置があるはずだ。