異邦人と大迷宮~現代ダンジョンシーカーは、スキルと知恵で異世界迷宮の果てを目指す~   作:九泉

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第73話 渦潮の死闘

 水の底に沈んだ王都。その正門前広場において、静寂は唐突に破られた。

 

 ズドンッ!!

 

 重厚な水音が響き渡り、泥煙が舞い上がる。

 蒼介たちが対峙しているのは、かつてアルストロメリア王国の最精鋭と謳われた近衛兵団――その成れの果てである、六体のマーマン・ロードたちだ。

 

「はぁぁッ!」

 

 セレスティーナが気合いと共に長槍を突き出す。

 水流を切り裂く鋭い一撃。それは通常のマーマンであれば、反応する間もなく喉元を貫かれていただろう速度だった。

 だが、相手は五百年の時を戦士として存在し続けた亡霊だ。

 

 ガギンッ!

 

 セレスの槍先が、眼前のマーマン・ロードが振るった三叉槍によって弾かれる。

 単に硬い鱗で受けたのではない。

 槍の腹を使い、力のベクトルを絶妙に逸らす「受け流し」の技術。

 

「なっ……!?」

 

 セレスが目を見開く。

 体勢が前のめりになったその瞬間、左右に展開していた別の二体が、滑るような動きで死角へと回り込んだ。

 一切の無駄がない、機械のように精密な連携攻撃。

 鋭い三叉の切っ先が、セレスの横腹と太腿を狙って突き出される。

 

「させるかよッ!」

 

 蒼介が叫ぶ。

 彼は背中の『水流噴射推進機』を一気に吹かし、セレスと敵の間に強引に割り込んだ。

 手にしたミスリルのナイフで片方の槍を受け止めつつ、もう片方の攻撃を推進機の噴射圧で吹き飛ばす。

 

 ゴボボボッ!

 

 泡の壁が生まれ、マーマンたちの視界を遮る。

 蒼介はその隙にセレスの腕を掴み、推進機の出力を上げて後方へと大きく跳躍した。

 

「助かった、ソウスケ! くっ、なんて手強い……!」

「礼は後だ! ……冗談じゃねえぞ、こいつら。そこらの冒険者パーティよりよっぽど連携が取れてやがる!」

 

 距離を取って着地した蒼介は、忌々しげに舌打ちした。

 ただの魔物ではない。

 個々の戦闘能力が高い上に、集団戦術を完璧に理解している。

 【探知(サーチ)】で動きを先読みしようとしても、六体が有機的に動き回り、常に誰かが誰かをカバーしているため、隙が見当たらないのだ。

 

『……彼らは、王家の盾。「鉄壁の六華」と呼ばれた近衛第一小隊の兵士たちですわ』

 

 脳内に響くリリアの声は、悲痛に震えていた。

 かつての臣下。

 自らを守るはずだった盾が、今は殺意の矛となって襲いかかってくる。その事実は、彼女の魂を苛むのに十分すぎた。

 

『わたくしが……わたくしが声をかければ、あるいは……』

「やめとけリリア。あいつらの目に光はねえ。もう魔物としての本能と、歪んだ使命感しか残ってない」

 

 蒼介は冷静に、しかし断固として否定した。

 目の前の敵から漂うのは、明確な殺意だけだ。言葉が通じる相手ではない。

 

 マーマンたちは再び扇状に展開し、じりじりと包囲網を狭めてくる。

 その動きに合わせて、周囲の水流が不自然に揺らぎ始めた。

 魔力だ。

 彼らの身体から発せられる青白い光が、周囲の水を支配し始めている。

 

「キリがねえ! 数が多すぎる!」

 

 蒼介がナイフを構え直す。

 水流推進機による高機動戦闘は強力だが、燃料たる魔石のエネルギー消費も激しい。

 長期戦になればなるほど、こちらが不利になる。

 かといって、一点突破を狙おうにも、この鉄壁の布陣を崩すのは容易ではない。

 

 その時だった。

 リーダー格と思われる、頭一つ分巨大なマーマンが、手にした三叉槍を高く掲げた。

 その槍は他の個体のものとは異なり、黄金の装飾が施され、禍々しいほどの魔力を帯びている。

 

 ゴゴゴゴゴ……。

 

 地響きのような音が水底に轟く。

 いや、それは水の振動だ。

 

「……何だ? 水の流れが……」

 

 セレスが異変に気づき、周囲を見回す。

 浮遊していた瓦礫や海藻が、ゆっくりと、しかし確実に一定方向へと回転し始めていた。

 

「来るぞ! 何かデカいのが!」

 

 蒼介の警告と同時だった。

 リーダーが槍を力強く振り下ろす。

 

 ズオオオオオオオッ!!

 

 爆音と共に、広場全体の水が牙を剥いた。

 渦だ。

 それも、ただの渦ではない。六体のマーマンたちが練り上げた魔力を、リーダーが増幅し、制御して作り出した巨大な竜巻のような激流。

 逃げ場のない広場全体が、巨大な洗濯機の中に放り込まれたかのようなカオスと化す。

 

「うわっ!?」

「きゃあぁぁッ!?」

 

 蒼介とセレスの身体が、抗う間もなく吹き飛ばされる。

 上下左右の感覚が消滅する。

 凄まじい水圧が全身を締め上げ、肺の中の空気を絞り出そうとする。

 水流推進機のスラスターを全開にして姿勢を保とうとするが、自然災害にも等しいエネルギーの前では、木の葉のように翻弄されるのが精一杯だった。

 

(くそッ、これが水魔法の上位魔術……『大渦《メイルシュトローム》』かよッ!)

 

 蒼介は歯を食いしばり、飛んできた岩の塊を紙一重で回避した。

 渦の中には、崩れた建物の残骸や鋭利な鉄骨が凶器となって舞っている。

 ミキサーの中に入れられたようなものだ。

 

 マーマンたちは、その激流の中を平然と泳いでいた。

 彼らは流れに逆らうのではなく、流れに乗って加速し、四方八方から蒼介たちを襲撃してくる。

 

 ガッ!

 

 すれ違いざまの一撃が、蒼介の肩を掠める。

 ナノマシンの防御膜がなければ、腕ごと持っていかれていたかもしれない。

 

「ぐぅッ……!」

 

 蒼介は近くにあった崩れた石柱の影に、半ば身体をねじ込むようにして退避した。

 ここなら、多少は水流の影響を緩和できる。

 すぐにセレスも転がり込んでくる。

 彼女の兜はズレ、鎧のあちこちに凹みができていた。

 

「はぁ、はぁ……ッ! まずい……! このままじゃジリ貧だ!」

 

 セレスが苦悶の表情で叫ぶ。

 渦の勢いは衰えるどころか、時間を追うごとに増している。

 このままでは体力を削られ、魔力も枯渇し、なぶり殺しにされるのは時間の問題だ。

 

 蒼介は脳をフル回転させた。

 状況は最悪。

 敵は六体。地形効果はこちらに圧倒的不利。

 撤退? いや、背中を見せた瞬間に串刺しだ。

 全滅させる? この状況で、あの近衛兵たちを? 不可能だ。

 

(……いや、待て)

 

 蒼介は冷静に戦況を俯瞰する。

 俺たちの目的はなんだ?

 敵の殲滅じゃない。

 あの『水門』を開けることだ。

 そのためには、あの塔――制御室へ辿り着けばいい。

 

 蒼介は柱の影から、チラリと視線を走らせた。

 渦の中心の向こう側。

 そこに、目的の尖塔が静かに聳え立っている。

 距離にして約百メートル。

 普段なら数秒の距離だが、今のこの激流の中では、あまりにも遠い。

 

 だが、道はある。

 渦潮の構造上、外側ほど流れは速く、破壊力が高い。

 逆に言えば――「目」に近い中心部は、相対的に安定している可能性がある。

 

(賭けだが……やるしかねえ)

 

 蒼介は決断した。

 敵の注意を完全に引きつけ、その隙に一人が突っ込む。

 

「セレス! 聞こえるか!」

 

 轟音の中で、蒼介はセレスの肩を掴んで叫んだ。

 

「デカいのを一発頼む! 奴らの注意を、お前に引きつけてくれ!」

「デカいの……!?」

 

 セレスが驚愕の表情を浮かべる。

 だが、すぐに蒼介の瞳にある真剣な光を見て取り、覚悟を決めたように頷いた。

 

「分かった! ……私の全魔力を持って、奴らの目を釘付けにしてやる!」

「頼む! お前が撃ったら、俺が走る!」

 

 短い打ち合わせ。

 それで十分だった。

 二人の間には、死線を共に潜り抜けてきた信頼がある。

 

 セレスは深呼吸をし、槍を構え直した。

 彼女の碧眼が、激しくスパークする。

 

「雷よ……!」

 

 彼女の身体から、バチバチと青白い火花が散り始めた。

 魔力の充填。

 防御を捨て、全ての力を攻撃へと転化する特攻の構え。

 

 マーマンたちがその高まる魔力に反応する。

 危険な輝きを放つ獲物を、先に始末しようと殺到してくる。

 

「今だ、セレス!」

「おおおおおおッ!! 穿てぇッ!!」

 

 セレスの咆哮と共に、水底が閃光に包まれた。

 

「『サンダー・ジャベリン』!!」

 

 彼女が放ったのは、この短期間で習得した最大の雷魔法。

 槍の先端から放たれたのは、細い稲妻ではない。

 それは巨大な光の槍。

 圧縮された雷の塊が、水を、渦を、そして闇を切り裂いて、マーマンのリーダー格へと一直線に突き進む。

 

 水中で雷が炸裂する。

 鼓膜をつんざく雷鳴と、目が焼けるほどの閃光。

 指向性を持たせたとはいえ、周囲の水全体が帯電し、ビリビリとした衝撃波が広場を駆け巡る。

 

「ギョオオオッ!?」

 

 マーマンたちが怯んだ。

 強力な電撃と閃光に対し、彼らは咄嗟に防御姿勢を取り、動きを止める。

 リーダー格でさえ、迫りくる雷の槍を防ぐために、渦の制御を一瞬放棄して槍を交差させた。

 

 その一瞬。

 世界が白く染まり、全ての視線がセレスの一撃に集まった、その刹那。

 

「もらったァァッ!」

 

 蒼介が岩陰から飛び出した。

 背中の『水流噴射推進機』のバルブを、限界まで開放する。

 リミッターなど知ったことか。

 壊れてもいい。今、この瞬間だけ保てばいい!

 

 ドォォォォォンッ!!

 

 爆発的な水流が背後へ噴射され、蒼介の身体が弾丸のように射出される。

 

「【迅速(ブースト)】ッ!」

 

 さらに、蒼介はナノマシンにコマンドを送った。

 脳内物質が過剰分泌され、知覚速度が極限まで引き伸ばされる。

 時間が泥のように粘度を増して遅くなる。

 

 目の前に広がるのは、荒れ狂う水流の壁。

 無数の瓦礫。

 そして、硬直しているマーマンたちの隙間。

 

(見える……!)

 

 蒼介の視界には、水流のベクトルが光の線となって見えていた。

 逆巻く渦の中にも、一筋だけ、通り抜けられる穴がある。

 そこを縫う。

 ナノマシンが全身の筋肉をミクロン単位で制御し、推進機の噴射角を微調整する。

 

 右から迫る石柱を、わずかな体重移動で紙一重にかわす。

 前方から来る逆流には、あえて身を任せて加速に利用する。

 まるで針の穴を通すような精密機動。

 

「ギッ!?」

 

 一匹のマーマンが蒼介に気づき、槍を突き出そうとする。

 だが、遅い。

 今の蒼介にとって、その動きは止まっているも同然だ。

 

 蒼介は敵の槍を踏み台にして、さらに加速した。

 

「ソウスケ!?」

 

 背後でセレスの驚愕の声が聞こえた気がした。

 だが、振り返らない。

 蒼介は一気に渦の中心を突破し、包囲網を食い破った。

 

 視界が開ける。

 目の前には、目指す塔の入り口があった。

 鉄製の扉は閉ざされているが、鍵はかかっていないはずだ――いや、かかっていてもブチ破る!

 

「リリア! 開錠術式の準備だ!」

『はいっ! 解析は済んでいますわ!』

 

 蒼介は減速もせず、扉へと突っ込んだ。

 肩から体当たりをする勢いで、扉に手を叩きつける。

 リリアの魔力が流れ込み、五百年の錆びつきを強制的に解除する。

 

 ギィィンッ!

 

 重い金属音と共に、扉が内側へと弾け飛んだ。

 蒼介は勢い余って床に転がり込み、すぐに起き上がって扉を閉める。

 かんぬきを下ろし、さらに近くにあった机や棚を蹴飛ばしてバリケードにした。

 

 ドガンッ! ドガンッ!

 

 直後、外から激しい衝撃が扉を襲った。

 近衛マーマンたちが追いついてきたのだ。

 だが、この塔の壁は厚い。そう簡単には破られないだろう。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」

 

 蒼介はその場に崩れ落ち、荒い息を吐いた。

 心臓が早鐘を打っている。

 【迅速(ブースト)】の反動で、全身の筋肉が悲鳴を上げている。

 だが、生きていた。

 

「……セレス」

 

 扉の向こうに残してきた相棒を思う。

 彼女なら大丈夫だ。

 あの『サンダー・ジャベリン』の威力なら、近衛兵といえども無傷では済まない。それに、自分がここを制圧すれば、勝機は見えてくる。

 

「待ってろよ。……すぐに終わらせる」

 

 蒼介は震える足に力を込め、立ち上がった。

 塔の螺旋階段を見上げる。

 この上に、水門の制御装置があるはずだ。

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