異邦人と大迷宮~現代ダンジョンシーカーは、スキルと知恵で異世界迷宮の果てを目指す~   作:九泉

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第96話 紫の髪の少女

 大迷宮第45層の奥深くに隠された魔人族の里。

 岩壁の内部に広がるそのドーム状の大空洞は、外の魔の峡谷が嘘のように穏やかな空気に満ちていた。

 天井を覆う発光苔が淡い青白い光を放っている。人工的な昼夜の概念がないはずの地下空間でありながら、不思議と朝の清々しい気配が漂っていた。

 蒼介はあてがわれた石造りの客室でゆっくりと目を開けた。

 

(……よく寝たな)

 

 硬い石のベッドの上には獣の毛皮が敷き詰められている。

 高級宿の柔らかいシーツには遠く及ばないが、命の危険を感じずに眠れるというだけで極上の寝床だった。

 蒼介は上半身を起こして軽く首を回した。

 ナノマシンの駆動音は静かだ。昨日の死闘で酷使した神経系のダメージも、深い睡眠と【自己修復(リペア)】の働きによってあらかた回復している。

 同じ部屋の少し離れた場所に敷かれた毛皮の上では、セレスがすでに身支度を整えていた。彼女は愛用の白銀の槍を布で丁寧に磨いている。

 

「起きたかソウスケ」

「ああ。久々に死ぬ心配をせずに朝を迎えられた気がするよ」

「まったくだ。だが気を抜くわけにはいかんぞ」

 

 セレスは槍から視線を外さずに答えた。

 彼女の表情は引き締まっている。

 ここはあくまで魔人族の里だ。長老からは一時的な滞在を許されたに過ぎず、明確な歓迎を受けているわけではない。いつまでも長居できる場所ではなかった。

 蒼介が立ち上がって軽く準備運動を始めたその時だ。

 

「おはよー! ソースケ! セレちゃん!」

 

 木製の扉が勢いよく開け放たれた。

 元気な声と共に飛び込んできたのは、青紫色のミドルヘアーを揺らす少女だ。

 額に二本の小さな角を生やした魔人族の娘、ネアである。

 彼女の腕には木で編まれた大きな籠が抱えられており、中には赤や黄色の色鮮やかな果実が山のように積まれていた。

 

「朝ごはん持ってきたよ! 里で採れた木の実なんだけどすっごく甘いんだから!」

「お、おう。助かる」

 

 蒼介は圧倒されながらも籠を受け取った。

 セレスは槍を置いて立ち上がったが、その顔は困惑に満ちている。

 

「あのなネア。昨日も言ったが私はセレちゃんなどという可愛らしい名前ではない。セレスティーナという立派な騎士の名が……」

「うんうんわかってるよセレちゃん! ほらこれ食べてみて! これが一番美味しいやつ!」

 

 ネアはセレスの抗議を笑顔で聞き流し、赤い果実を無理やり彼女の手に握らせた。

 毒気を抜かれたセレスがため息をつきながら果実をかじる。その瞬間に彼女の目が丸くなった。

 乾いた喉に瑞々しい甘酸っぱさが染み渡る。大迷宮の深層で育ったとは思えないほど豊かな味がした。

 

「美味しいでしょ? 私が昨日一番に収穫したんだから!」

「あ、ああ……。感謝する」

「えへへー!」

 

 ネアは屈託のない笑みを浮かべて部屋の中を歩き回る。

 彼女は好奇心の塊だった。

 昨日から蒼介たちにつきまとい、人間という種族や外の世界のことについて質問攻めにしてきた。

 長老からは深く関わるなと釘を刺されているはずだが、この天真爛漫な少女にはそんな大人の事情など関係ないらしい。

 

「ねえねえソースケ。これなあに?」

 

 ネアが蒼介の荷物の中にあったアンカーショットを指差した。

 

「それは崖を登ったり飛び移ったりするための道具だ」

「へええ! 魔法が使えない人間ってこういう変な道具を使うんだね! すごいなあ!」

 

 悪気のない言葉が蒼介の胸に少しだけ刺さる。

 事実この世界において蒼介は魔法が使えない。ナノマシンというオーパーツの力で擬似的にスキルを発動しているだけだ。

 だがネアの瞳に軽蔑の色はなく、純粋な驚嘆だけが輝いていた。

 蒼介がアンカーショットの構造を簡単に説明してやると、ネアは身を乗り出して「うんうん」と熱心に頷いた。

 

『あらあら。随分と賑やかな朝ですわね』

 

 その時だった。

 蒼介の腰のベルトに結ばれたペンダントが淡い光を放ち、リリアの声が室内に響いた。

 魂だけの存在である彼女は睡眠を必要としないが、蒼介が休んでいる間は無用な魔力消費を抑えるために休眠状態に入っていることが多い。

 声がした途端、ネアの動きがピタリと止まった。

 

「えっ……? 今どこから声がしたの?」

「ああ、こいつは俺の相棒でな」

 

 一瞬躊躇した蒼介だが、隠す意味もないかとペンダントを軽く持ち上げて見せる。

 ネアは目を丸くしてペンダントに顔を近づけた。アーモンド型の大きな瞳がペンダントの青い石をじっと見つめる。

 

「わあ! なにこれ! 綺麗な魂!」

『た、魂……?』

 

 直球すぎる表現にリリアが戸惑いの声を漏らす。

 ネアは興奮した様子でペンダントを指差した。

 

「お姉さん幽霊なの? ペンダントの中に住んでるの? すごーい!」

『幽霊とは失礼な! わたくしは誇り高きアルストロメリアの……』

「ねえねえ! お姉さんの名前は? 私はネア! よろしくね!」

『え? あ、わたくしはリリアーナと申しますけれど……』

 

 リリアの高貴な自己紹介はネアの無邪気な勢いにかき消されてしまった。

 これまでリリアの正体を知った者約一名は驚愕し畏怖した。だがネアの態度はまるで珍しいおもちゃを見つけた子供のようだ。

 

「リリアーナお姉さんかあ! じゃあリリさんだね!」

『リリさん……?』

「リリさんも外の世界から来たの? どんなところだった? お城とかあるの?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問にリリアは完全に毒気を抜かれていた。

 ペースを乱されながらも彼女はネアの質問に一つずつ丁寧に答え始めた。五百年前に滅びた王国の話など今の人間には通じないことが多い。だが外界の知識に飢えているネアにとってはすべてが新鮮なおとぎ話のように響くらしい。

 

「へええ! お姫様だったんだ! すっごくかっこいいね!」

『か、かっこいいだなんて……。そんな風に言われたのは初めてですわ』

 

 リリアの声はどこか照れくさそうでまんざらでもない様子だった。

 セレスが苦笑いしながら蒼介に小声で耳打ちする。

 

「あの誇り高い王女殿下をあっという間に手懐けるとはな。恐ろしい娘だ」

「まったくだ。だが悪い気はしない」

 

 蒼介も肩をすくめて笑った。

 過酷な迷宮攻略の最中にあってこの部屋だけがまるで切り取られた平和な箱庭のように感じられた。

 

 

 *

 

 

 その日の夜。

 蒼介は客室の外に出て石造りの階段に腰を下ろしていた。

 里を照らす発光苔の光は時間経過とともに少しずつ薄暗くなっている。彼らなりの夜の表現なのだろう。

 静かな川のせせらぎだけが聞こえる空間で蒼介は大きく伸びをした。

 

 明日の朝にはここを出立する。

 長老との約束通り体力が回復した以上は長居する理由がない。ここから先は再びあの地獄のような峡谷を下っていくことになる。

 

(しっかり休めた。これならまた無茶も効く)

 

 蒼介が夜空の代わりである岩盤の天井を見上げていると軽い足音が近づいてきた。

 

「ソースケ。眠れないの?」

 

 ネアだった。

 彼女は蒼介の隣にちょこんと腰を下ろし同じように天井を見上げた。

 

「明日の出発に向けて気持ちを作ってたところだ。ネアこそどうしたんだ?」

「うん。なんとなくね。……明日いなくなっちゃうんだなあって思ったら少し寂しくなっちゃって」

 

 ネアは膝を抱え込んで小さく笑った。

 その横顔は朝の元気な様子とは少し違いどこか大人びた憂いを帯びていた。

 彼女の視線は天井の発光苔ではなくもっと遠い場所を見つめているように蒼介には見えた。

 

「ここでの生活も悪くないけどね」

 

 ネアがぽつりと呟いた。

 

「みんな優しいしご飯も美味しい。魔物も入ってこないから安全だよ。でも……」

 

 彼女は言葉を切り一度だけ蒼介の顔を見た。

 

「私はもっと広い世界が見てみたいの」

 

 その言葉には強い熱がこもっていた。

 大迷宮の底で生まれ育った魔人族にとってこの里が世界のすべてだ。だが彼女の好奇心はその狭い檻に収まりきらないらしい。

 

「広い世界か」

「うん。私ね人間の絵物語が大好きだったんだ」

 

 ネアは空中に指で四角い形を描いた。

 

「里にたまーに流れ着いてくるものを擦り切れるくらい読んだの。上の階層から流れてくる冒険者の荷物とかね。そこにはすごく綺麗な景色とかかっこいい英雄のお話がたくさん書いてあった」

 

 彼女の瞳に憧れの光が宿る。

 

「青い空とか白い雲とか。大きな海とか。私はそれを自分の目で見てみたい」

「外に出ればいいじゃないか」

「駄目だよ」

 

 ネアは首を横に振った。

 

「里の掟は絶対なの。外の世界は危険だから絶対に出ちゃいけない、って長老様にもきつく言われてる。私たちが外に出れば人間に狩られるかもしれないからって」

 

 魔人族が迫害されて迷宮に逃げ込んだという歴史。

 それが彼らをこの深い場所に縛り付けている鎖だった。

 長老の懸念も理解できる。外の世界は彼女が絵物語で読んだような美しいだけの場所ではない。人間の悪意や裏切りといった醜い部分も確実に存在する。

 

「……それにあの崖の道は私一人じゃ抜けられないしね」

 

 ネアは諦めたように笑って再び天井を見上げた。

 蒼介は彼女の横顔をじっと見つめた。

 大迷宮という絶望の底に縛られながらも彼女の心は常に上を向いている。もっと広い世界へもっと遠くへと。

 その純粋な渇望が蒼介にはひどく眩しく見えた。

 

(俺には……あんな目はできなかったな)

 

 かつて現代日本のダンジョンでB-ランクシーカーとして活動していた頃の自分を思い出す。

 仲間を失ったトラウマから上昇志向を捨て、ただその日を生き延びるためだけに依頼をこなしていた。

 上を目指すことをやめ狭い世界で満足しようとしていた自分とは真逆の存在だ。

 だからこそ惹かれるのかもしれない。

 彼女の中に失ってしまったかつての自分の欠片を見ているような気がした。

 

「ソースケの外の世界はどんなところだった?」

 

 不意にネアが尋ねてきた。

 

「俺の世界か」

 

 蒼介は現代日本の風景を思い浮かべた。

 高層ビル群や行き交う自動車。そして突如として現れたダンジョンの入り口。

 異世界ファンタジーのような魔法はないが、科学という別の魔法が存在する世界。

 

「そうだな。空は青くて雲は白い。夜になれば星がたくさん見える。海はとてつもなく広くてしょっぱい水で満たされている」

 

 蒼介は言葉を選びながら丁寧に語った。

 

「便利な機械がたくさんあって、魔法がなくても空を飛ぶ鉄の乗り物がある。……でもお前が読んでいた絵物語ほど綺麗で完璧な世界じゃない。嫌な奴もたくさんいるし理不尽なことも腐るほどある」

「そっか」

 

 ネアは目を細めて蒼介の言葉に聞き入っていた。

 

「でもやっぱり見てみたいな。ソースケが育った世界」

「いつか見られるさ」

 

 蒼介は無責任だと分かっていながらもそう言わずにはいられなかった。

 この眩しい光を、この暗い場所に閉じ込めたままにしておくのは間違っているような気がしたのだ。

 

「迷宮を全部攻略したらきっと道が開ける。俺の故郷に通じる道がな」

「本当!?」

 

 ネアの顔がパァッと明るくなった。

 

「ああ。俺はそこを目指して潜ってるんだ。だから……いつか絶対に見せてやるよ。お前が憧れた空を」

「約束だよ!」

「ああ。じゃあ約束のまじないをしよう」

 

 蒼介が促すと、ネアは嬉しそうに小指を差し出した。

 蒼介は少し照れくさそうにしながらもその小さな指に自分の小指を絡めた。

 指切りげんまんという習慣がこの世界にあるのかはわからない。だが確かな約束が交わされたことだけは二人の中で共通していた。

 

 

 *

 

 

 翌朝。

 里を包む青白い光が少しだけ強さを増す頃、蒼介とセレスは旅立ちの準備を整えていた。

 長老をはじめとする数人の魔人族が里の入り口である横穴の前まで見送りに来てくれている。

 相変わらず警戒心は解けていないが、敵意は完全に消え去っていた。

 

「人間よ。約束通り速やかに立ち去るのだな」

「ああ。世話になった」

 

 蒼介が短く頭を下げる。

 長老は杖を地面に突き一つだけ忠告を与えた。

 

「この先の峡谷はさらに険しさを増す。風の動きを読み違えれば命はないと思え。我ら魔人族でさえ滅多に近づかぬ領域だ」

「肝に銘じておく」

 

 蒼介は気を引き締めた。

 ここから先が本当の地獄だ。ナノマシンの【探知(サーチ)】をフル稼働させて風と地形の情報を処理し続けなければ生き残れない。

 脳血管への負荷を覚悟しながら蒼介は暗い横穴へと足を踏み入れた。

 セレスがそれに続く。

 

「ソースケ! セレちゃん! リリさんも! バイバーイ!」

 

 背後からネアの元気な声が聞こえた。

 蒼介は振り返らずに右手を軽く上げて応えた。

 振り向けば彼女の眩しさに後ろ髪を引かれそうな気がしたからだ。

 

 横穴の中は相変わらず暗く静寂に包まれていた。

 里の温かい空気が遠ざかり峡谷の冷たい風の匂いが徐々に濃くなっていく。

 

「……いい里だったな」

 

 セレスがぽつりと呟いた。

 

「ああ。まさかこんな場所に癒やしがあるとは思わなかったぜ」

『短い間でしたけれど心休まる時間でしたわ。ネアさんのような素直な方とお話しできたのは本当に久しぶりでした』

 

 リリアもペンダントの中から名残惜しそうに言葉を添える。

 だが感傷に浸っている暇はない。

 前方の出口からはごうごうと吹き荒れる風の音が聞こえ始めていた。

 再びあの魔の峡谷に身を投じる時が来たのだ。

 

(さてと。気合いを入れ直すか)

 

 蒼介がナノマシンのシステムを起動しようとしたその時だ。

 

 ――タッタッタッ。

 

 背後の暗闇から軽い足音が聞こえてきた。

 それは蒼介たちの足音ではない。もっと小さく軽快な足音だ。

 蒼介は【探知(サーチ)】を使うまでもなくその気配の正体に気づいていた。

 セレスも歩みを止め振り返る。

 

「……ついてきてるぞ」

 

 蒼介が呆れたようにため息をついた。

 暗闇の中からひょっこりと顔を出したのは大きな布製の荷物を背負ったネアだった。

 自分の身長の半分ほどもある荷物を背負っているせいで少しだけ歩きにくそうにしている。

 

「えへへ。バレた?」

 

 ネアは舌を出しておどけてみせた。

 セレスが険しい顔で彼女に歩み寄る。

 

「バレたではない! なぜついてきた! 長老に見つかればタダでは済まんぞ!」

「大丈夫大丈夫! ちゃんとこっそり抜け出してきたから!」

「そういう問題ではない! ここから先は遊びではないのだ。貴様のような子供がついてこられる場所ではない!」

 

 セレスの怒気を含んだ声にもネアはまったく怯む様子がなかった。

 彼女は背中の荷物を下ろし真っ直ぐに蒼介の目を見た。

 

「連れて行ってソースケ。私も外の世界を見たい」

「……」

 

 昨夜の彼女の目を思い出して蒼介は言葉に詰まった。

 彼女の覚悟は本物だ。だが大迷宮の深層は覚悟だけで生き残れるほど甘い場所ではない。

 

「気持ちはわかる。だがセレスの言う通りだ。ここは俺たちでもギリギリの戦いになる。お前を守りながら進む余裕はない」

 

 蒼介はあえて冷たく突き放した。

 ここで甘い顔を見せれば彼女を死なせることになる。それだけは絶対に避けたかった。

 だがネアは引き下がらなかった。

 

「守ってもらわなくていいよ! むしろ私が助けてあげる!」

「助ける?」

「うん! 案内してあげる! この先の『風鳴りの回廊』は風の変わり目を知らないと絶対に落ちるよ?」

 

 ネアの言葉に蒼介の眉がピクリと動いた。

 風鳴りの回廊。

 長老が忠告していたさらに険しい領域のことだろう。

 

「私は魔人族の中でも特に風の声を聞くのが得意なんだから!」

 

 ネアは胸を張って宣言した。

 その言葉を証明するかのように、峡谷の出口から吹き込んできた強烈な突風が彼女の体を包み込んだ。

 だがネアの髪や服はまったく乱れなかった。

 彼女の周囲に薄い緑色の魔力障壁が展開され突風の軌道を綺麗に受け流していたのだ。

 

「風の魔力……。しかもかなり高度な制御だ」

 

 セレスが驚きの声を上げる。

 ただ防ぐだけではない。風の向きや強さを瞬時に読み取り、それに合わせて障壁の形を変化させているのだ。

 これほどの風魔法の使い手は地上の冒険者の中にもそう多くはない。

 

(なるほど。これなら……)

 

 蒼介の脳裏に一つの計算が閃いた。

 峡谷の攻略において最大のネックは風の動きを読むための【探知(サーチ)】の酷使だ。

 蒼介の脳への負荷は昨日限界寸前まで達していた。このまま進めばいずれ脳血管がショートして使い物にならなくなる危険性があった。

 だがネアの風読みの能力があればその負荷を劇的に減らすことができる。

 

「ソースケ、どうする? 私がいたほうが絶対に安全だよ?」

 

 ネアが交渉のテーブルにつく大人のようなしたり顔で笑う。

 その姿がいかにも背伸びをしている子供のようで蒼介は思わず吹き出してしまった。

 

「……お前なぁ。そういうことはもっと早く言えよ」

「えっ? じゃあ!」

「ソウスケ! 正気か!? いくら魔法が使えても実戦経験のない素人だぞ!」

 

 セレスが猛烈に抗議する。

 騎士である彼女からすれば民間人を戦場に連れ出すことなど言語道断なのだ。

 

「わかってる。だが背に腹は代えられない。俺の脳みそが焼き切れる前にこいつの能力に頼る価値はある」

 

 蒼介はセレスをなだめながらネアの方を向いた。

 

「いいかネア。同行は認める。ただし俺の指示には絶対に従うこと。勝手な行動は即、死に繋がると思え。約束できるか?」

「うん! 絶対守る!」

 

 ネアは弾かれたように元気よく頷いた。

 その笑顔は峡谷の暗雲さえも吹き飛ばしてしまいそうなほど輝いていた。

 

「よし。じゃあ荷物を持て。出発するぞ」

 

 蒼介が背を向けて歩き出す。

 セレスはやれやれと首を横に振りながらもそれ以上は反論しなかった。彼女もまた蒼介の判断を信じているのだ。

 

『ふふ。賑やかな旅になりそうですわね』

 

 リリアの声がペンダントから嬉しそうに響く。

 大迷宮第45層。

 絶望の峡谷に足を踏み入れた蒼介たちのパーティに、新たなそしてひどく風変わりな仲間が加わった。

 

 紫の髪の少女の存在がこの先の過酷な道のりをどう変えていくのか。

 吹き荒れる風の音はまだその答えを教えてはくれなかった。

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