一方。同日の太陽が沈んだ頃合いの、ある場所。
「か……ぁ……」
そこはリュシテの王国王都からいくらか離れた地点、暗闇に覆われた平野のど真ん中。その中を、何か掠れた苦し気な声を漏らしながら彷徨う一つの人影がある。
それはリュシテの王都を襲った帝国軍団の、軍団長の男だ。
あと少しで王都を陥落させられようという所で。しかし突如として現れた、全く得体の知れぬ驚異の高速飛行体。
その手によって起こされた、何の魔術かもしれぬ恐るべき攻撃に襲われ、軍団長の預かる軍団は壊滅した。
襲い来た攻撃、人の身を容易く焼き千切る爆炎に晒された中で。軍団長は軽くはない負傷を追いながらも、奇跡的に生きながらえた。
そしてまた奇跡的に生き残った数少ない軍団の兵たちは。しかし、最早軍団長の何の命も聞き入れることなく散り散りに逃走。
軍団長自身もそれを止めて統率する術は無く、手負いの体で戦場より逃げ延びるのがやっとであった。
軍団長は、その時にはまだ諦めてはいなかった。
王都より後方には軍団を支援するための後方補給部隊を待機させており。
さらに本国に再三の要請を掛けてようやく取り付け、寄越させていた応援部隊が到着している頃合いであり。
軍団長はとにかくそこに逃げ延び転がり込んで、せめて傷ついた体を休めることを考え。
可能ならばその部隊をもって、夜闇を利用して潜み忍び寄り王都を再襲撃。王都を『人質』にとって、あの正体不明の飛行体の攻撃を凌ぐ企てに一縷の望みをかけていた。
だがその目論見は、逃げ延びた先で目の当たりにした光景によって潰える。
軍団長が逃げ伸びた先に待っていたのは、その待機させていた後方補給部隊や、追い付いてきた応援部隊が。
その土地ごと焼け焦げ、塵と煤、欠片と慣れ果てていた光景であったのだ。
軍団長は知る由も無かったが。
「いずも任務群」は、その後方補給部隊の配置と応援部隊の接近も掌握しており。
飛行隊を王都の救援に向けると同時進行で。艦隊各艦の艦対地ミサイル投射によって、それらの無力化を抜かりなく行っていたのだ。
その光景と事実に、軍団長の望みは潰えた。
王都の陥落を是が非でも達成させれば、軍団を焼き払われて失った失態も拭える希望があった。
ある程度の責任追及こそ免れないだろうが。帝国軍人としての最低限の身分と、そしてその命だけにだけは慈悲を与えられる希望があった。
しかし、すでに今の軍団長の手中には何もない。
ここまでの失態を犯した軍団長に、帝国は最早何の機会も与えないだろう。冷酷な末路を与えるだろう。
「く……ぁ……」
何の希望も充てもなく、ただ亡霊のように夜闇の中を彷徨っていた軍団長は。
ついに気力を失い、地面に倒れ気を失った。
世闇の静けさの中で、倒れ沈んだ軍団長。
こうなっては、帝国に処罰されるか敵対国の追手に討たれるよりも前に。体力持たずに事切れるか、野生生物などに襲われて命潰える末路が早いかに思われた。
しかし。
そんな軍団長に、何か異質な音が近づき徐々に大きくなり。次には強烈な光が唐突に差し、倒れる軍団長のその体を照らした。
軍団長の前に現れたのは。何か異質に唸り響き、自然界には無い強力な光を発する物体。
乗り物――車、「車輛」だ。
「――おやおや」
その車輛、四輪の軽量車輛から降りて来たのは一人の人物。
車輛のヘッドライトの前に立ったことで明確になった姿体躯は、その人物が若い女であることを示す。
そして覗き見えたその顔立ちは、年齢不詳だが可憐なもの。人物が、美少女と美女の間と言った風貌の女であることが分かった。
「爆撃で焼き払われた軍団の敗残兵か?」
その可憐な女は軍団長の前に立ち、何か軽薄な声色で零す。
そんな女の横を、次に別の屈強な男が通り抜け。軍団長の横に屈んでその顔と、そして容態を確かめる。
「帝国の狼猛軍団のレヒュツ軍団長です、まだ息があります」
男は、倒れていた人物が軍団長であることを確認し。その名を紡いで明かし、併せて息があることを女に伝える。
「己の軍団も後方補給も応援も全てを失い、途方に暮れて彷徨っていたという所か?可哀そうに」
次には女も軍団長の側に近づき立ち、軍団長の顔を覗き込みながら言葉を紡ぐ。
『可哀そう』などと発した女だが、その顔には何か軽薄な笑みが浮かんでいる。
(思ってもいないことを)
そんな女のそれを見透かしてか、男はそんな軽蔑に似た感情を内心で浮かべる。
「ふむ……このまま放って置くのは気が引けるな、帝国の将兵の扱いに感心しない所があるからな……愚かでしかし恋しい我らが祖国のように」
そんな男の内心をよそに。女は何か憂うような台詞を、しかしやはり軽薄そうな声色で紡いで見せる。
「助けるおつもりで?」
「「Япония」に「西側」のヤツ等の爆撃を生き延びた悪運、それに成り行きから祖国を追われることとなった境遇。何か私たちと似ているじゃないか」
遠回しな女の言葉にその企むところを察し、それを端的な解釈で返し尋ねた男に。女はまた人を食ったような色で肯定の回答を返す。
「それに、顔の良さが私好みだ」
そして女は次にはその可憐な顔に、『ペロ』と下唇を舐める、愛らしいのか品の無いのか判別に悩む様を見せ。
併せてここまでから一転、そんな俗物的な発言をする。
「結局いつもの『欲しがり』ですか、まったく」
そんな女に、男はついに嫌味染みた言葉を内心に留めず直接発して向けたが。
対する女はその可憐な顔に、しかしまた人を揶揄うような笑み作り返すのみ。
そして男は最早女と言葉を交わす事は無く、手を上げて向こうへ何かを示す。
すると何か物々しい格好の者たちが、暗がりから現れ集って来て。軍団長はその者たちの手で担架に乗せられ運ばれて行き。
そして向こうに停まっていた武骨な車輛に、「装甲車」に運び込まれた。
「Жду с нетерпением(楽しみだ)」
その動きを見送りながら、女が静かに零したのは。何か妖しく、そして微かに加虐さを感じさせる言葉。
「「大尉」、寄り道が過ぎました。我々もこれ以上は安全とは言えません」
そんな女に男はまた微かな軽蔑の目を向けながらも、併せてそう促す言葉を向ける。
「分かっているさ。寄ってみた収穫はあったな、もう立ち去るとしよう」
「Да(は)」
そして、それを区切りとするように両名はそんな言葉を交わすと。
次には男が示した合図で、周りの者たちは夜闇の中に停車していた数輛の車輛に乗り込んでいき。
そしてエンジンを吹かし、ライトを絞って夜闇に消えていった――