仮面ライダーPOLARIS   作:正気山脈

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「ったく、どいつもこいつも! 飲み食いしたらポイ捨てで、捨てたら捨てっ放し! ホンットだらしないわ!」

 時は2026年。
 空にそよぐ白い雲の下、海沿いに砂浜を歩く三つの人影。
 その先頭を歩く女は、悪態を吐きながらも広い砂の絨毯の上に散乱している空のペットボトルや空き缶などのゴミを拾い集め、袋の中に放り込んでいく。
 年の頃はおよそ19歳か20歳ほど。黒いリボンでマゼンタカラーの髪を後ろに結んでポニーテール状にしており、黒いヘソ出しチューブトップの上に肩出しの白いベスト、さらに下着の黒紐がVの字に飛び出している状態でデニム地のホットパンツを着用している。
 ザッザッと苛立ちを砂浜に叩きつけ、そのせいで靴の中に多く砂が入ってしまっても、大きくパッチリとした目やスッと通った鼻など端整な顔をムスッと歪めながらも女は進む。

「お仕事とはいえ嫌になるよね~」
「……あまり長引かせないようにしよう、この辺りは長居して良い場所じゃない」

 後ろに続いてゴミ拾いするのは、同じく年若い女子の二人。
 片方は黒い髪をボブカット状に切り揃えた眼鏡の女で、小柄で華奢な体格に加え顔立ちは幼い。服装も左胸に小さく黒いイヌがプリントされたピンクのシャツにフリル付きのスカートというものだが、眼鏡の奥に光る理知的な青い瞳は、外見より大人びた印象を見る者に与える。
 もう片方は、オレンジ色のウルフカットヘアとツリ上がった三白目が特徴的な長身の女。上下共にカーキ色の作業着という出で立ちで、整った顔ながら中性的な雰囲気があり、声を聞かなければ男性とも見られかねない。

「そうね。すぐに終わらせて、ラーメンでも食べに行きましょ」
「お、相変わらず人をやる気にさせるのが上手いね。じゃあ頑張ろうかな」

 オレンジ髪の女はそう言ってフッと微笑み、眼鏡の女も瞳を輝かせてゴミを拾い始める。
 現金だな、などと思いつつ、マゼンタ髪の女は周囲に目立ったものがないか探しだす。

「うわ、あれとか普通に落とし物なんじゃ……」

 しばらく歩き続けると、彼女は銀色のジュラルミンケースと誰かが置き去りにしたテントの残骸のようなものを遠目に見つけ、それに向かって近付いていく。
 ケースは表面が泥だらけになっており、海草が付着したり潮風に当てられるなどして汚れている。
 一体これは誰の落し物なのだろうか。そんなことを考えながら汚れたケースに手を伸ばした、その時だった。
 ケースの持ち手を掴もうとした彼女の手を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、勢い良く握り締めたのだ。

「えっ!?」

 いきなり伸びて来た手の方角を見れば、そこには海水にまみれ泥に汚れた右腕があった。
 さらにその先に視線を向けると、その場でうつ伏せに倒れ、ボロボロの布を頭まで被って海水に浸かっている青年の姿がある。
 テントの残骸などではなく、人間だった。それに気付いたマゼンタ髪の女はギョッと目を剥いて、握る力を徐々に失っていく男の腕を掴み返す。

「ちょ、ちょっと!? 大丈夫!?」

 身体に外傷はないものの、明らかに衰弱している。
 衣服もところどころが裂けており、全身が冷えてしまっていた。
 後から走って来た二人も目を見張って、三人でアタッシュケースも含め必死に引き上げる。

「た、大変! お医者さん呼ばないと!」
「溺れたのかも知れない、まだ意識はある?」

 オレンジ髪の女はそう言いながら男の頬にペチペチと触れた。
 すると、長い睫毛と共に薄く目を開く。
 夜空に散りばめられた星々を思わせる煌きと、様々な色と模様が揺蕩い星雲めいて複雑に混ざり合っている金色の瞳があらわとなって、一同はほんの数瞬見惚れてしまう。
 しかしここで意識を手放させてはいけないと思い、マゼンタ髪の女はすぐに我に返って、青年に向かって必死に呼びかけた。

「聞こえてる!? ここがどこだか分かる!? しっかりしなさい、すぐに知り合いの医者のところへ連れて行くから!!」
「……」
「ちょっと! まだ目を閉じないで!」

 青年からの返事はない。
 否、意識が朦朧としているのか、戸惑って口籠っているようだ。
 やがて男は三人の顔を見上げながら、ただ一言呟く。

()()……()()……」

 そう言い残して青年は目を閉ざし、完全に意識を失う。



PROLOGUE[WONDER SURPRISE(ワンダー・サプライズ)]
ROUND.00[BEGINNING RUN(ビギニング・ラン)]


 再び目を覚ました時、青年はややシミの付いた白い天井を見上げていた。

 海水や泥やゴミなどにまみれた身体は既に綺麗に洗い流されており、ボロボロだった衣服も薄い入院着に変わっている。

 頭も綺麗に洗い流した上で乾かされており、無造作に流れるような黒と赤のツートンカラーの短髪が目を引く。

 ただし、当の本人は覚えのない場所や自分の着ているものを不思議そうに見ていたが。

 

「あ、やっと起きた!」

 

 それから間もなくして、二人の人物が狭い病室を訪れる。

 片方は海で出会ったマゼンタ髪の女、もう片方は白衣を纏う骸骨のように痩せた白髪の老人だった。

 

「おお、目を覚ましたかね」

「ここは……?」

「ワシの診療所じゃよ。君が海岸で倒れているところを、この子が見つけてね。お礼は彼女に」

 

 老医が言うと彼女は得意げに胸を張り、唇を吊り上げる。

 

「ま、アタシは解決屋として当たり前のことをしただけなんだけどね……そうそう、名乗るのが遅れたわね。アタシは葉賀瀬 茅英璃(ハカセ チエリ)

「カイ、ケツ、ヤ? チエリ……」

 

 しきりに首を傾げているが、ひとまず目の前の人物の名前を数度反芻し、彼は静かに頷く。

 老医は自身も「ワシは開業医の伊呂葉 菅彦(イロハ スゲヒコ)じゃ」と名乗った後、青年を安心させるよう柔らかい口調で茅英璃を差す。

 

「何があったか知らんが、困り事で海に飛び込むくらいなら今度は彼女らに相談することじゃな、神浦(コウラ)くん」

「……コウラ?」

 

 再び、眠たげな目を細めて青年は首を傾げる。

 茅英璃も眉をしかめ、ややヒビ割れた白い板を取り出して見せた。

 そこには、確かに黒い字で『神浦』と刻まれている。

 

「アンタの名前なんでしょ? ほらこのネームプレート、アンタが着てた服から取ったヤツよ。名字じゃないの?」

「名前? 俺の……?」

 

 青年は、神浦と呼ばれた彼は首をひねった。

 それを見て、いよいよ茅英璃と菅彦は頭を抱える。

 

「まさか記憶喪失ってヤツ?」

「うぅ~む、余程大きなショックを受けたと見えるな。何か思い出せることはないかね? 例えばホラ、あのケースとか」

「あ、一緒に転がってたし関係ありそうね」

 

 そう言って次に見せたのは、海に落ちていたジュラルミンケース。

 よく見れば開け口の部分には小型の機械でロックがかけられており、特定のワードにのみ反応する仕掛けとなっているようであった。

 青年ならばこれを解除できる可能性が考えられ、そこに何か正体に関する手がかりがあるかも知れないと判断して尋ねたのだが、やはりと言うべきか彼は首を左右に振る。

 

「分からない、かぁ」

「そうか……ワンチャン中身が高値で売れそうなモンかも知れんと思ったんじゃがのぅ」

「おいコラふざけんじゃないわよクソジジイ」

 

 茅英璃が菅彦の胸倉を掴み、拳を握ってギロリと睨む。

 

「ま、待て待て! 誤解なんじゃよ! 一文無しでおるのはマズいと思って!」

「だからって手がかりを売らせようとすんな! ったく……ちょっと! ボーッとしてないで、それちゃんと大事に持っておきなさい!」

 

 ビシッと指を突き出し、神浦青年は頭に疑問符を浮かべつつも承諾。持ち込んだ紙袋の中に入った衣類を寄越し、カーテンを閉めて着替えを促す。

 不思議そうに鏡を見ながら、神浦は言われた通りに衣服を着替えていく。

 背中に地球のマークが刺繍された真っ赤なレザーライダースジャケットに、無地の黒いシャツ。さらに黒いライディングパンツに加え、全体的に黒と赤を基調としたスタイリッシュなバイクシューズ。

 神浦は窮屈な様子を見せずにそれらを着て、カーテンを開ける。

 

「お、ピッタリだったみたいね。流石はアタシの目利き。じゃ、出発するわよ」

「どこに?」

「解決屋のアジト。ハッキリと素性が分かってないし、警察から連絡が来るまでとりあえず一緒に来て貰うわ……正直期待できないけどね」

「……気が抜ける……面倒だ」

「つべこべ言ってる場合か身元不明者! 大体自分のことなのになんでアンタが一番無関心なのよ! ホラ、さっさと行くわよ退院退院!」

 

 身長185cmはある彼よりもずっと背が低いにも関わらず、首根っこを引っ張るようにして、神浦と茅英璃は菅彦に見送られながら伊呂葉医院を出ていく。

 

 外で日差しに出迎えられ、眩さで神浦は僅かに眉をしかめた。

 やがて視界が慣れて来ると、信じられない光景を目の当たりにする。

 

()()は、何だ?」

「……記憶喪失でも、あんなのがあるのは異常ってことは分かんのね」

 

 眉間にシワを寄せて目を細めながら、茅英璃は言う。

 二人の見つめる遠く先にあるもの、それは山よりも高くそびえる無機質な黒い()

 都市全体を囲んで見下ろし、まるであらゆる侵入者を拒んで脱走者も許さないかのように立っているそれは、神浦にとって不気味なものに感じられた。

 茅英璃はその壁を睨んで歯噛みし、疑問に答える。

 

「見ての通りの『壁』よ。日本とこの都市とを隔てる、国境みたいなもの」

「ここは、そのニホンじゃないのか?」

「もちろん日本よ。でも『あの事件』を経て、この街は何もかも変わっちゃったのよ」

 

 あの事件、と言われても神浦には覚えがない。とはいえ、それが重大な出来事であったのは茅英璃の神妙な表情から伝わって来た。

 

「それも覚えてないなら相当ヤバいわね。そんなんじゃ、この()()()()()じゃやってけないわよ」

「ザ、ナ……ドゥー?」

 

 日陰を歩きながら、茅英璃は携帯端末機器『N(ネイバー)-フォン』を取り出し、2006年のニュース記事を表示させる。

 見出しには『隕石直撃!! 宇宙開発計画水泡に!?』とあった。

 記事によると、県を超えて幾つもの都市が一丸となって『X(ザナドゥー)プロジェクト』という宇宙進出の技術開発活動を進めたと書いてあり、当時の街の様子を撮影した画像や完成予想図のCGアートも添付されている。

 現実の光景では、その場所は荒れ果ててジャングルのように木々が複雑に生い茂っている上、都市内の他の場所も砂漠地帯や海に沈んだ状態となっていたり、あまりにも理想とかけ離れた歪な都市となっているのだが。

 ともかく茅英璃はこの構想されていた宇宙開発都市が、本来ザナドゥーと呼ばれるべきだったものだと明かす。

 

「昔はこんな感じで宇宙開発用の設備が建設される予定だったの。けど、いきなりドカーンと落ちて来たデカい隕石のせいで、全部台無しになったのよ。何も知らない外の人たちは『天罰みたいだ』って言ってる。ただ運が悪かっただけだろーにね」

「理不尽だな」

「ええそうね、しかも理不尽はそれだけじゃ終わらなかった」

 

 言いながら茅英璃は、再び黒い壁へと目をやった。

 

「あの壁は、隕石が落ちた後に日本政府のお偉いさんが()()()()()らしいのよ。住民の反対意見なんて一切無視して、危険だからとかなんとかいう理由で、ここに押し込めた」

 

 神浦の目がほんの僅かに、見開かれる。

 

「そんなことがあり得るのか?」

「あり得ないわ。絶対にあっちゃいけない理不尽よ。でも、もう誰もがみんな水で流して忘れちゃったみたいにこの状況を半ば受け入れてる……恨みも怒りも、恐怖も悲しみも一緒に。アタシはそれが何より気に入らない」

 

 ひたすらに、抗い続けて打ち砕こうとしているかのように。

 巨大な壁を睨み上げ、茅英璃は拳を握る。

 どのような言葉をかければ良いのか分からず、神浦は黙り込んで、彼女の横顔を見つめるしかなかった。

 するとその視線に気付いたのか、茅英璃は頭を振って歩き出す。

 

「この街のことはちょっと分かったでしょ? もうすぐそこだからさ、何か質問があるなら後でね」

 

 短く頷いた後に神浦も彼女に続いてしばらく歩き、そして二人は目的の場所である広い緑地公園に到着する。

 そこにある広場には白いテーブルと椅子が備え付けられており、さらにその近くにハンバーガーのイラストと共に『PTOLEMY(トレミー)』の文字が書かれた赤い看板を掲げる大きなキッチンカーが停まっていた。

 

「解決屋『トレミー』へようこそ」

 

 茅英璃はゆっくりと振り返り、神浦に言う。

 すると、車の中から二人の女子が出て来て、茅英璃たちの方に駆け寄っていく。

 

「あっ、茅英璃ちゃん」

「どうだった……って、連れて来たの?」

「どうせ警察からの調査報告待たなきゃいけないし。それまでの間は預かることにしたの。それより、悪いわね。ラーメンはまた今度になりそうで」

 

 問われると、小柄な女は「大丈夫だよ」と笑い、作業着姿の大柄な方も「しょうがないさ」と答える。

 続いて不思議そうな目で自分たちを見る神浦の視線に気づくと、すぐに二人は一礼して自己紹介を始めた。

 

「えっと、私は市子 未来(イチゴ ミク)。こっちのおっきい子が夏見 環(ナツミ タマキ)ちゃん。二人とも茅英璃ちゃんと一緒に解決屋をしてるの」

「ボクが環だよ、よろしくね。そっちは……なんて名前?」

 

 言葉に詰まってしまい茅英璃の方を見ると、彼女は頷いて神浦の状況について説明する。

 

「ソイツどうも記憶喪失みたいでさ、名字は分かったけど下の名前が分かんないのよ」

「めっちゃ不便だね、それ……どうしようか」

「じゃあさ、みんなで名前を考えよう!」

 

 幼い少女のような見た目の未来が率先して手を挙げ、しかし環は腕を組んで考え込む様子を見せた。

 

「勝手にそんなことして平気なのかな。警察に何か言われない?」

「環ちゃんが不便って言い出したんでしょ? ちゃんとした名前が分かるまでのあだ名みたいなものだし、そんなに怯えることないよ」

「び、ビビッてないし……じゃあ、どうしよっか」

 

 全員でテーブルを囲みつつ、神浦以外の三人は頭を寄せ合って話し合う。

 先に元気よく挙手して案を出したのは、未来だった。

 

「タロウくん!」

「う~ん……タロウくんって感じではなくない? 見てよこのイケメン」

「いや、タロウって名前で美形もそりゃいると思うけど……コイツの感じだとあんま納得できないわよねぇ」

 

 うんうんと唸りながら、次は環が候補を提示する。

 

「彼の目の色が結構それっぽいし、ギンガってどうだろう?」

「う~ん、名字と合わせると語呂が悪くならないかな?」

「名前つけるのって意外と難しいわ」

 

 悩みに悩み、唸り続ける一同。

 N-フォンをいじりながら続いて思いついた名を挙げたのは、茅英璃だ。

 

「サイセイとかは?」

 

 言いながらメモ用紙を持ち出し、茅英璃が大きく『最』と『星』の二文字を書いて見せる。

 

「おー! いいんじゃないかな!」

「こっちも異論なし」

「うんうん、じゃあこれからアンタは神浦 最星(コウラ サイセイ)! これで解決! いいわね?」

 

 ビシッと指先を突きつけ茅英璃が言うと、目をパチパチとさせた後に頷く。

 

「あー……分かった」

 

 勝手に決められてしまったが異を挟むことなく、神浦 最星と名付けられた青年はその字を記憶して受け取ったペンと紙で名前を書き、再び頷いた。

 そして三人がキッチンカーで昼食を作る準備をしている最中に、最星が言葉をかけた。

 

「質問がしたい。そもそも解決屋ってなんだ?」

「あぁ、そういえばまだちゃんと話してなかったわね」

 

 茅英璃はコホンと咳払いした後、説明を始める。

 

「この都市の現状についてはさっき話したわよね。例の隕石衝突以来、みんなすっかり生きていく気力をなくしてる。Z.E.U.S(ゼウス)グループとか今でも支援を続けてくれてる企業はあるけど、それでも復興作業は全然進んでない」

「ザナドゥーには色々な問題がある。権力者共や元々裏社会で生きて来たような連中は住民から搾取するし、法を何とも思わない連中も闊歩してる。果ては()()()()……自衛のためにって武器の携帯が許可されてるくらいだ」

「そんな感じだから、ここに入るのにはパスポートが必要なんだよ。一応日本なのに国外みたいな扱いなんだよね」

 

 茅英璃・環・未来の三人は順番にそう言って、このザナドゥーがいかに危険な場所かを説いた。

 続いて、バンズに加えて肉やレタスやトマトなど挟む具を四人分揃え、茅英璃は大きく伸びをして言い放つ。

 

「だからアタシは、このトレミーを立ち上げた。この場所やみんなが抱えている問題を、自分たちのできる範囲で少しずつ解決していく。今日海で清掃活動してたみたいにね。そうすれば街がキレイになって……ちょっとは住みやすくなるはずよ」

「……どうしてそこまでするんだ? 苦しい生活をするくらいなら、いっそこんな場所から出て行けば良いだけじゃないか?」

 

 最星から問われると、茅英璃はそれに答えようとして、しかし一度開きかけた口を閉ざして黙って俯く。

 それを見てキョトンと首を傾げていると、彼女はハッと顔を上げ慌てて答えを出した。

 

「簡単に住む場所をホイホイ変えられるワケないでしょ? 出入口には見張りの警備兵だっているし。強行突破したって、ちゃんと本土で生活できる保証はないのよ」

 

 茅英璃はそれだけ言って、キッチンカーに備えてある冷蔵庫を開く。

 最星は納得し切れずに腕を組んで考え込むが、やがて面倒になったのか、ジュラルミンケースを椅子の下に置いて足で挟み込みつつ、息を吐いて椅子の背にもたれる。

 すると、手の空いた未来が黒い液の入ったガラス瓶を冷蔵庫から出し、栓を開けて浮かない顔で天井を仰ぐ最星に手渡す。

 ラベル部には、商品名らしい『WONDER COLA(ワンダーコーラ)』の白字ロゴがポップな書体でプリントされている。

 

「はい、飲んでいいよ」

「なんだこれは?」

「コーラ。記憶を失う前にも飲んだことくらいあるんじゃないかな?」

 

 シュワシュワと音を立てているそれを受け取って、飲み口から香る匂いを嗅ぎつつ、最星は一口含む。

 瞬間、ずっと気怠げだった最星の目は僅かに見開かれ、数度まばたきをして瓶を見下ろしたかと思うと、再び口をつけゴクゴクと飲み始める。

 舌に広がり喉を通る甘い味と、弾けるような心地いい音を鳴らす炭酸の感触、複数の香料が混ざり合った独特のスパイシーな香り。

 まるで魔法でもかけられたかのように、最星はそのコーラという飲み物に魅せられていた。

 

「これは……刺激的だ」

「気に入ったみたい」

 

 環が苦笑し、茅英璃も呆れつつも微笑んで肉やレタスやチーズなどを挟んだハンバーガーを皿に盛りつける。

 その最中、最星は自分の身に起きたある変化に気付く。

 いつの間にか、先程のコーラ瓶とは()()赤いラベルとキャップの半透明な黒い小型ボトルのようなものを右手に持っていたのだ。

 

「なんだこれは?」

「ハンバーガーよ、すぐ持っていくわ」

「いやそういうことじゃなくて……まぁ、いいか」

 

 天音たちは盛り付けに夢中で状況に気付いておらず、最星は困惑しつつもそれをポケットの中へとしまった。

 

「ほら、コーラだけ飲んでちゃダメよ。食べちゃいなさい」

 

 最星はコクコクと頷いて、茅英璃たちと共にハンバーガーを喰む。

 ハンバーグにトマト・レタス・チーズとシンプルな組み合わせながら、その味は最星を唸らせる。

 そうして食べ終わって食器を片付け一息ついた頃、茅英璃は両手をパンと叩いた。

 

「じゃあ、そろそろ仕事を始めましょうか。解決屋兼バーガーショップ・トレミー、開店よ!」

『おー!』

 

 未来と環が返事をし、準備に取り掛かる。

 対する最星は、その場で目を丸くしてただ立ち尽くしていた。それからすぐに、茅英璃たちの手によって開店準備が進められていく。

 キッチンカーの側面が開いて販売窓口となり、メニューやハンバーガーの写真が並べられていき、さらに外には電子看板(デジタルサイネージ)がひとつ設置される。

 これは一体何なのだろう。そう思って眺めていると、作業着から清潔なワイシャツとスラックスとエプロンというウェイター風の衣服に着替えた環が声をかけて来た。

 

「君もエプロンを着けてくれ、音楽をかければお客さんはすぐにやって来るからね」

「音楽……?」

 

 彼女の持って来た赤いエプロンを受け取り、言われた通りにそれを身に着けながら最星は首を傾げる。

 それからすぐに、やや傷が目立つ銀色のラジカセを両手で運ぶ茅英璃と何故かレンズに『DJ』の文字が入ったサングラスをかけている未来が現れ、二人は叫んだ。

 

『ミュージック、スタート!』

 

 差込口にUSBメモリをセットし、カチッとスイッチを押すと、ヒップホップ調の軽快な音楽が流れ始める。

 しばらく待つと、本当にぞろぞろと人が集まり始め、最星は舌を巻いた。

 

「すごいなこの機械」

「いや本当に音楽で集まったワケじゃないのよ……ちゃんとSNSで開店する場所と時間を告知してんの」

「そうか」

 

 僅かだがシュンと眉を下げる最星、茅英璃は冗談を飛ばした環にジトッと視線を送る。

 環は視線を逸らしつつ、しかし苦笑しながら最星の肩に手を伸ばす。

 

「でもあのラジカセは本当に特別なものなんだよ。少なくとも、ボクらにとっては」

「どういうことだ?」

「昔……10年くらい前だったかな? 隕石が落ちてからしばらく経って、ボクは廃品置き場で生活していたんだ。使えそうなモノを修理しながら、直ったら時々人に売ったりしてね」

 

 空っぽのコーラの瓶を指で転がすように弄び、環は続ける。

 

「ある時、小さな女の子が二人ボクの前に現れた。最初は姉妹なのかなと思ったけど、どうやら違うみたいで。片方の女の子が、どこから持って来たのか知らないけど、いきなり壊れたラジカセを突きつけて『直して』って言ったんだ」

「……それが茅英璃?」

「もう片方は未来だったよ。で、三人で手分けして素材を集めて修理して、三人で音楽を聞いて……それが解決屋(トレミー)の始まりだったんだ」

 

 環はフフッと笑みを浮かべ、直後に茅英璃がキッチンから首を出して声を上げた。

 

「アンタら! くっちゃべってないで接客なさい! 環は注文取って番号札渡して、最星は番号札を持ってるお客さんに同じ番号の完成品を渡す! ホラ動いて!」

 

 言われて環は慌てて動き出し、最星も渋々配置につく。

 環は女性客から熱烈な人気があるようで、彼女が接客のために近づくと度々黄色い歓声が上がる。

 また少女のような容姿の故か未来も客たちから頭を撫でられるなどして可愛がられており、茅英璃もキッチンで作業しながら手短な挨拶を交わしていた。

 そうして食事を受け取った客たちは、料金を支払って紙袋を受け取り、一部の者たちは待っている間にNフォンを操作して電子看板に向かってデータを送信している。

 

「ああいう感じで食事ついでにみんなから依頼を送って貰ってるの。緊急性の高い案件の場合は、SNSで直接って感じ。ま、最近はそこまで深刻なのは来てないけどね~」

 

 未来はそう言いながら、茅英璃と共に調理する手を早めていく。

 時間が過ぎて次第に客の人数は少なくなっていき、環が依頼のチェックを始めた頃。

 突如として、けたたましいサイレンと共に、激しく大地を踏む音がこちらに向かって来るのが最星の耳に聞こえた。

 

「なんの音だ?」

「この警報……マズい、撤収するわよ! 今すぐ! お客さんの避難優先ね!」

「どういうことだ? 何が起きてる?」

「あぁん、もぉ! 説明してる時間なんて――」

 

 瞬間、頭上からひとつの影が一同の眼の前に降り立ち、獣めいた咆哮を放つ。

 二本足で立って人々を睨む屈強なシルエットはまるで人間のようであるが、全身が毛むくじゃらで体色は赤く、口の両端は額の辺りまで大きく裂けて牙が剥き出しである。

 また、裂けた口の端には左右に二本のナイフが突き刺さって鬼の角のような形を作り、右腕は肥大化して五本の指全てが鋭利なナイフと化していた。

 さらに両肩や背中など身体の各部に『赤い液体の入ったガラス瓶を握り締める人間の手』のような異形の器官や、イバラ状の植物が全身を覆ってブドウの果実が生えているのが見て取れ、それが生物としての異質さをより際立たせている。

 

「ヤバい……デューラントだ!!」

「こっちを見てるわ!?」

「く、来るな!!」

 

 デューラントと呼んだ怪物に怯え、民衆は足を竦ませつつも逃げ惑う。

 件の怪人が彼らを眺めて一吠えすれば、恐怖に震える人々の胸から淡く青白いの光球が飛び出し、それが怪人の口内にどんどん吸い込まれていく。

 

「今のは何だ……!?」

 

 疑問が氷解する間もなく、その怪物は身体に生えた口のひとつから瓶を引き抜き、地面に叩き込む。

 すると、割れた瓶の破片が中の赤ワインに似た色の液体と混ざり合ってモゾモゾと蠢き始め、見る見る内に異形の人型を成す。さながら、植物が種から成長していくかのように。

 そうして出来上がったのは、トゲのついたツタで毛の覗く黒い身体を覆っている、逆さまにしたワイングラスを被ったような形状の異様に大きな頭部の生物。

 ギョロリとした目をクルクル動かし、中にバネでも仕込まれているのではないかと思えるほど、歩く度酔っ払いめいて頭が揺れ動いている。

 あまりにも現実離れした光景に、最星は思わず問いかけた。

 

「茅英璃、一体何が起きた? アレは何だ?」

「デューラントよ。隕石が落下してしばらくした後にザナドゥーで出没するようになった、人間を襲って生きる気力を貪る怪人(バケモノ)。周りの手下みたいなのはボブルヘッズって呼ばれてる」

「……そんなものがいるのか……」

「とにかく速く逃げるのよ! ()()()()まで出てくる前に!」

 

 キッチンカーの中から例のジュラルミンケースを回収した未来・環と合流した後、茅英璃と最星も脱走を図る。

 だが、その時。エンジンの爆音が轟き、怪人たちの背後へと煤汚れた車両が飛び出して来た。

 元は装甲車のようだが、フロント部にブルドーザーのブレードを無理矢理増設し、その表面に無数のトゲを加えるなど狂気じみた改造の数々が施されている他、機体側部には『MUGISAWA』の文字と共に三ツ首の凶暴な豚のデカールが貼られている。

 

「ケケッ! アルニタク・アルニラム・ミンタカ! 只今到着ゥ!」

「ありゃエンフィク・デューラントだな」

「キャッホー! こいつは俺たち麦澤(ムギサワ)三兄弟の獲物だァ!」

 

 そう言いながら異常改造装甲車から降りて姿を現したのは、三人の男たち。

 天に伸びるモヒカン頭とブタに似た大ぶりな低い鼻が特徴的な、それぞれモヒカン部が赤・黄・青で色分けされている黒褐色のマスクの戦士。

 全身にブラウンカラーの重々しい装甲を纏い、右手にはグリップと編み込まれた長い鉄のワイヤーで繋がれたヤカンのような形状の鉄球を装備している。

 そしてまだ逃げ遅れた人々がいるにも関わらず、その場で戦闘を始めた。彼らへの被害など、お構いなしに。

 彼らの姿を見ると、茅英璃は頭を押さえ「最悪……」と呟いた。

 

「一体どういうことだ。助けが来たんじゃないのか?」

「アイツらは人間だけど、アタシたちの味方じゃないわ! 外で流れてる『仮面ライダー』って都市伝説を元に作られた、デューラントと同じくらい迷惑で最低な厄介者……それが、()()()()()()()よ!」

 

 仮面ライダー。

 その単語を聞いた瞬間に、頭の中で映像がフラッシュバックし始める。

 三兄弟が自らの腹部に装着している、奇妙な形状のベルト。加えて、三本のボトルのような形状の物体。

 例のジュラルミンケースの中にそれらを収納し、何事かを呟いてロックをかける自分自身の視点。

 

「あのベルトを……俺は知っている?」

 

 自分の眉間を指で押さえながら、最星は自問する。

 何か、頭の中で引っかかる。それが何なのかは彼自身にも全く分からないのだが、どうしても今すぐに必要であることは理解していた。

 

「急いで逃げよう」

「待って環ちゃん! まだラジカセが!」

 

 環と未来がそんな会話を交わす中。

 モヒカン頭の豚の戦士が突き飛ばしたボブルヘッズがキッチンカーに激突し、その勢いでラジカセが地面に落下。

 派手な音を立て、ヒビ割れてしまう。

 

「あ……!」

 

 力のない声を上げ、走り出した茅英璃は急いで壊れたラジカセを拾い上げる。

 先程までの鳴っていた音楽は完全に止まり、物言わぬプラスチックと機械の部品の塊となったそれを見下ろし、茅英璃は静かに両眼から雫を流した。

 ふつふつと、最星の中で熱い怒りが込み上げる。

 

「はぁ? パンピーどもがいつまでも何やってんだぁ?」

「俺らの邪魔すんじゃねぇぞ! っつーか金払えや、街のお掃除してやってんだからよぉ! 一人100万だ!」

「足りなきゃ身体で払って貰おうかなぁ? ギャハハハハー!」

 

 振り返りながらそんな言葉を吐きかけて嘲笑を飛ばし、三兄弟は再び怪人たちに向かっていく。

 そんな時だった。

 

「――ポラリス」

 

 茅英璃のたち後ろで、ジュラルミンケースを手にした最星がジュラルミンケースの鍵の部分に口を寄せて呪文のように囁く。

 すると、音声・声帯認証によるものか、今まで開かなかったはずのケースが開錠された。

 

「少しだけ……分かった」

 

 三兄弟が戦いに夢中になって気付いていない間に、茅英璃たちが驚いている目の前で、中身を取り出す。

 

「それって!?」

 

 そこにあったものは、一本のベルト。さらに、色のないボトルらしきものが三本。

 映像で見た通りの状態だ。最星はケースからベルトと三本のボトルを取り出し、ベルト左腰側のホルダーに配備していく。

 右側面にはボトルキャップに似た円筒形の金色のハンドルレバーがあり、反対側にはシロクマを模した戦士の横顔が描かれた四角いプレートが装着されている。

 バックル中央部には四角い窪み(スロット)が、天面には『PUSH』と書かれたスイッチが備わっているのが確認でき、最星はそれを自らの腰に当てた。

 

GRASP DRIVER(グラスプドライバー)!》

 

 その音声と共に、グラスプドライバーというらしいそのベルトが自動で巻かれて装着され、続いて最星はポケットから赤いボトルを取り出す。

 内側に仕込まれたラベル部には『WONDER COLA』の文字が表記されており、続いて右手でキャップをひねった。

 次に最星はそのボトル、ハンドリンクをグラスプドライバーのスロットに装填。それによってバックル部は『正面に突き出された拳』のようなシルエットに変化し、またも電子音がその場に響く。

 

HOLD ON(ホールド・オン)!》

 

 最星はさらに、右手でグラスプドライバーのハンドルレバー、ハンドオープナーを軽く握って回す。

 その動作の間に、最星の立つ地面に亀裂が走ってボコッと赤いボトルキャップが踏み台(ステージ)めいてせり上がり、背後ではワンダーコーラのラベルがスクリーンのように映し出される。

 回転は三度ほどでロックがかかり、今度は早く押せとばかりに天面のスイッチがチカチカと赤く閃いた。

 それに連動するようにして鼓動が高鳴り、まるで古代文明のトライバルタトゥーのような赤い光の紋様が浮かび上がって、心臓を中心として稲妻めいて全身に広がり迸る。

 瞬間、最星の胸の内から()()()()が膨らみ、口角が僅かに吊り上がっていく。

 その感情の正体は――『歓喜』。

 

「……変、身……!!」

OPEN THE BOTTLE(オープン・ザ・ボトル)!》

 

 最星は自分でも気付かない内に、パチンッと指を弾いて自らの拳でスイッチを叩いて押していた。

 するとドライバーにセットされたハンドリンクのラベルがカチッと展開され、歌を口ずさみながら大した荷物も武器もなく歩く『放浪者(ワンダラー)』のファンタジーテイストなグラフィティアートが現れた。

 ワンダーコーラハンドリンクが赤く発光し、最星の全身が鈍いグレーのアンダースーツと薄く透明なプロテクターに覆われていく。頭部にはシロクマを思わせる短い耳のヘルムが被さって、周りをコーラのような液体が入った浮遊するボトルが取り囲む。

 さらに背後のワンダーコーラのラベルが放浪者のアート、ワンダラーシンボリックラベルに変化し、足元の台座のキャップの回転に合わせて周囲のボトル内の液が球状になって最星へと発射される。

 不思議なことにキャップの上に乗っている最星自身は動いておらず、身体にかかったコーラのような内容液も固形化して、装甲を形作っていく。

 

AWAKENING SURPRISE(アウェイクニング・サプライズ)! WONDER COLA(ワンダーコーラ)!》

「あぁ……そうだ、()()()()()()()()()()()()()

 

 最後に、十字型の白い星が描かれた赤いキャップが胸の中心にあるボトルネジのような部位に収まり、その星にPOLARIS(ポラリス)の青い文字が刻印された。

 そうして完成したのは、吊り上がった真っ赤な眼を滾らせるシロクマの戦士。身体の大部分が半透明の黒い装甲で、胸部や腕の甲や膝などはメタリックな白いアーマーによって保護されており、それらが光を放つ赤いエネルギーラインで縁取られている。

 首裏のアーマーに付いた左右のダクトを唸らせて、マフラーのように赤い光の粒子を噴出し、キャップの上で再び指を弾いて音を鳴らす。

 

OPEN THE BATTLE(オープン・ザ・バトル)!》

 

 流れる歓声の後に変身を終え、キャップ型の台から降りた最星は、悠然と三人のライダーとデューラントの方に歩き出す。

 すると、ボブルヘッズを数体叩きのめしつつ、三人は不満と怒りをあらわにする。

 

「あぁ? なんだぁ?」

「見たことねぇライダーだな」

「何見てんだコラァ! 誰だテメェ!」

 

 最星は赤い指先を突きつけ、名乗る。

 ()()姿()()()()

 

「仮面ライダーポラリス。この名前に聞き覚えは?」

 

 三兄弟は各々の顔を見合わせ、首を傾げた。

 否定と判断したポラリスは右の拳を強く握り締め、自らの左掌でバシッと受け止める。

 それによってシロクマの戦士の両腕の黒い装甲の内部で、勢い良くシュワッと気泡が立つ。

 

「なら、お前らは用済みだ」

 

 その言葉を聞くと、一気にアルニタクたちは殺気を発する。

 しかしポラリスは怯むことなく、拳を突き出して見せた。

 

「さぁ……ハジケようか」

 

 瞬間、アルニタク・アルニラム・ミンタカは一斉にポラリスへと罵声を浴びせる。

 

「誰だか知らんが、後から来たクセに気取りやがって!」

「俺たち三兄弟をナメてんのか! 新米(ニュービー)のクセに思い上がってんじゃねぇ!」

「兄ちゃんたちはエンフィクをやりな! こいつは俺がブッ殺してやるぜ、キャッホーォォォウ!」

 

 先に動いたのはミンタカだ。

 鉄のワイヤーに繋がれたヤカン型ハンマーをブンブンと音を立て振り回し、胸の装甲目掛けてぶつけようとする。

 しかしポラリスは慌てることなくバックステップし、ヤカンを蹴り返して逆にミンタカの頭へと直撃させた。

 

「ゲァッ!?」

 

 よろめくブタの戦士。怯んでいる隙に間髪入れず接近したポラリスは、そのままの勢いで右拳を胴に叩き込む。

 瞬間、装甲内部の気泡が弾けて衝撃的な打撃力を生み、ミンタカを悶絶させる。

 

「ゴヘェッ!?」

「刺激が足りないな」

「野郎ォ……ナメてんじゃねぇぞ!」

 

 今度は巨体に任せたショルダータックルで、ポラリスへと真っ直ぐに突撃。

 しかしポラリスが右の足先でトントンッと地面を突くと、先程と同様に右脚の装甲がシュワシュワと勢いのある音を立て、命中の寸前に弾けるように大きく跳躍。

 敵が視界から姿が消えたことに驚くミンタカは、振り向いた直後にポラリスからのスピーディなワンツーパンチを受け、さらに繰り出されたミドルキックで大きく吹き飛ばされた。

 

「アギャッ!?」

『うおっ!?』

 

 エンフィク・デューラントの相手をしていたアルニタクとアルニラムは、背後からのいきなりの追突でつんのめり、三人まとめて転倒。

 目前には、憤怒の形相をした獰猛な顔の怪人。

 

「バァァァァァッ!」

『ギャーッ!?』

 

 振り上げられた右腕の刃爪が三人をまとめて薙ぎ払い、地面へと跳ね飛ばす。

 

「フゥ……気が抜ける」

 

 三人の醜態を見下ろしながらポラリスは溜め息と欠伸混じりに言って、それを聞いたアルニタクたちは立ち上がって舌打ちする。

 

「く、クソがァ! まぐれ当たりで良い気になってんじゃあねーぞ!」

「格の違いを教えてやる! コンビネーションアタックだ!」

「オッケー兄ちゃん! ブチのめしてやろうぜぇ!」

 

 末弟のミンタカはそう言って先に駆け出し、後ろから襲いかかって来るエンフィクとボブルヘッズは放って、左右に散開する形でアルニタク・アルニラムも追走。

 怪物を放置してまで集中攻撃を仕掛けることに戸惑い、戦いを見ていた茅英璃は思わず声を上げそうになってしまう。

 だが制止の暇もなく、ポラリスの目前でミンタカが急ブレーキ、二人の兄はその先へダッシュして三人で包囲網を築く。

 続いて円を描くように走って退路を完全に断ち、ハンマーを回して攻撃準備に移った。

 

「どうだどうだ! 見切れるか、この動き!」

 

 三人の内誰がどこから仕掛けて来るか、予測ができない。

 正面からはデューラントたちも躙り寄っているため、先程のように飛んで逃れたとしても怪人たちに囲まれるリスクが付き纏う。

 それでも、ポラリスは慌てることなく拳を握って構えを取った。

 

「どうやら逃げられないみてェだな!」

「今がチャンスだ!」

 

 アルニタクが喉奥で笑い、ハンドルレバーを三度回転。

 他の二人も同じくドライバーを操作し、流れ出す激しい音楽と共に天面のスイッチを押して、走りながら三人同時にブラウンの輝きを帯びたハンマーを振り被った。

 

MUGIMUGI DANDAN(ムギムギダンダン) ()FLAVOUR STRIKE(フレーバーストライク)!》

「これでくたばりなァ!」

 

 そして、三方向から全く同時に飛び出す重々しいヤカンハンマーの一撃。

 しかしポラリスはそれを、前へと踏み出して正面からの攻撃を頭を逸らすことで回避した。

 結果、息の合いすぎたコンビネーションアタックによって三つの鉄球がぶつかり合い、粉々に砕け散ってしまう。

 

『んなっ!?』

「なるほど。そう使えば良いんだな」

 

 追い詰められた状況でありながら、三人が先程行った必殺技の発動を冷静に見極めていたポラリスは、同じように右手でレバーを回していく。

 

「刺激的に決めるぞ」

 

 そう言ってスイッチを入力した後、ポラリスはその場で腰を落として脚に力を込めた。

 すると背後に巨大なエネルギー体のペットボトルが出現し、右拳に赤い光が集約し始める。

 

WONDER COLA(ワンダーコーラ) ()FLAVOUR STRIKE(フレーバーストライク)!》

「ハッ!」

 

 前方へのダッシュの後、後方のボトルの中に入ったコーラのような色の液体が勢い良く噴き出し、ポラリスの背を押しつつ三兄弟とボブルヘッズを飲み込んだ。

 ポラリスのパンチはミンタカの胴に命中、さらに放たれたコーラの波でアルニタクとアルニラムも打ち倒して押し流し、ダメージによって変身を解除させる。

 エンフィクは事前に逃れていたため無傷だが、ボブルヘッズたちはその場にコインのような意匠のボトルキャップを残し、全て消滅した。

 

「が、ぐはっ!?」

「どうやら刺激が強すぎたようだな」

 

 地面に倒れ伏す三人の太った巨漢の横を、肩を竦めて通り過ぎ、ポラリスはエンフィクと対峙。

 おぞましい異形の獣のような怪人の猛突進を、正面から受け止める。

 しかし、その時だった。

 ポラリスの纏うワンダーコーラの装甲が弾け飛んで消滅し、グレーのアンダースーツと薄い透明のプロテクターのみになってしまう。

 

「なに……?」

 

 何が起きたのか理解できず立ち尽くしていると、いつの間にか装甲車に乗り込み退避している三兄弟の嘲笑う声が耳に入る。

 

「ハハァ! ド素人が、エンプティフレーバーになりやがったぜ!」

「ただでさえ消耗しやすい炭酸系のハンドリンクで、調子に乗ってパワーを使いすぎるからそうなるんだよ!」

「そのままこいつにやられちまえ! これ以上は損失がデカくなっちまうし、俺たちは帰らせて貰うぜェ!」

 

 言うが速いか、長男の男が車を走らせあっという間に去っていく。

 ポラリスはそれを追いかけるようとするも、エンフィクに立ち塞がれ、その鋭利な爪を肩に受けてしまった。

 

「動きが鈍い……!!」

 

 実際にはこの姿でも生身の時より身体能力が向上してはいるのだが、装甲を失う前の姿に比べ明らかにスピードもパワーも低下している。

 おまけに空っぽのペットボトルのような申し訳程度のプロテクターもあまり意味がなく、刃鬼の怪人の連続打撃を前に太刀打ちできずにいた。

 ギリギリのところで攻撃を掠めさせてはいるが、このままではいずれ殴り倒されてしまうだろう。

 そう思っていると、エンフィクの頭にカツンッと大きなスパナが直撃した。

 

「ギィッ!」

 

 大したダメージはないものの、苛立った口裂け怪人はそれが飛んで来た方に目をやる。

 すると、そこには身を震わせながらも両手に大型工具を携えて立つ環の姿があった。

 

「バケモノめ、こっちだ!」

「環!?」

 

 叫んで挑発して視線を誘い、エンフィクが動き出したところで遁走。

 さらにそこへ、地面に散らばったキャップを回収しに未来が登場する。

 

「未来も!?」

「よし、今の内に『オートバイヤー』探さなきゃ!」

 

 全て拾った後に視線を巡らせ、付近の自動販売機を見つけると、今度はそちらの方へ一目散に走っていく。

 その間に環は走りながら工具を投擲して時間を稼ぎ、エンフィクの攻撃から逃げ続ける。

 とにかく助けなければ。そう思っているところに、コーラ瓶を持った茅英璃が駆けつけた。

 

「茅英璃まで!? 危ないぞ、何をしてる!?」

「良いからこれ飲みなさい! 多分それで大丈夫だから!」

 

 ぐいぐいと瓶の飲み口を口部に押し付けられ――不思議なことにマスクに阻まれてこぼれたりはせず――そのままコーラを流し込まれる。

 するとエンプティハンドリンクが外れ、新たにワンダーコーラハンドリンクが生成されてドライバーから飛び出し、ポラリスの手元に収まった。

 

「このボトルは……」

「前にライダーバトルに巻き込まれた時に、チラッと見かけたことあるの。こうやって新しいハンドリンクを補充してるところをね」

 

 言いながら茅英璃はポラリスの両肩に手を置き、俯いてさらに語りかける。

 

「本当は記憶喪失のアンタにこんな戦いなんてやらせたくないけど、今この場でアイツをどうにかできるのは一人しかいない……アンタを頼るしかないの。ごめん」

「……」

 

 必死に抑えようとしているようだが、茅英璃の身体は小さく震えている。

 環も未来も、怯えながらも最星を助けようと戦っているのだ。

 

「……気が抜けないな」

 

 ポラリスは茅英璃の手をそっと握ってそう呟くと、気合を込め直すようにフッと短く息を吐き、エンフィクの方を振り返る。

 そして先頃と同様にキャップを開栓し、グラスプドライバーにハンドリンクをセットした。

 

「俺に任せて、そこで待っててくれ」

WONDER COLA(ワンダーコーラ)!》

「さぁ、もう一度ハジケようか」

OPEN THE BATTLE(オープン・ザ・バトル)!》

 

 ハンドオープナーを回してスイッチを押し込み、再び黒い装甲を纏って指を弾く。

 仮面ライダーポラリス ワンダーコーラフレーバー。決意を新たに、彼は走り出す。

 

「グルルルァ!」

「やらせない」

 

 環に飛びかかろうとしていたエンフィク・デューラントの背を、ポラリスが強かに踏みつける。

 そうして悶え苦しんでいる間に、ポラリスは腰を抜かした環の手を取り助け起こした。

 

「もう大丈夫だ」

「あ、ありがと……」

 

 頬をほのかに赤らめつつ、環はその場を離れていく。

 しかしその間に、既にエンフィクは体勢を立て直していた。

 

「ギァァァッ! グラァッ!」

「どうした、かかって来い」

「ウジャアーッ!」

 

 指で招き寄せるような挑発的な動きを見て、エンフィクは怒声を発して爪を振り上げ飛びかかる。

 対するポラリスはその突撃を横っ飛びで避け、怪人の頭に痛烈な蹴りを食らわせた。

 

「ギャオッ!?」

 

 よろめき後退りしたところに、さらに追い打ちのワンツーパンチ。

 逆上したエンフィクがもう一度爪で引き裂こうとした頃には距離を取って回避し、装甲が泡立つ右脚で力強くカウンターの飛び蹴りを叩き込む。

 そこでようやく危機を悟ったのか、口の裂けた鬼の怪人は悲鳴を上げ、背を向けて逃げ出す。

 

「逃がすか……!」

「ギィッ!」

 

 牙を剥いて威嚇の声を投げた後、エンフィクは先刻と同様に身体の瓶を抜いて叩き割る。それにより、瓶の破片からボブルヘッズが十体以上も再生成されてしまった。

 

「くっ、まだ出せたのか」

 

 あっという間に進路を塞がれ、ポラリスは歯噛みする。

 その上、エンフィクは肉体を異形に変形させて獣さながらの四足歩行となり、素早く走りだす。

 このままボブルヘッズたちの相手をしては時間がかかって敵を見失いかねない上、ワンダーコーラフレーバーも消耗するだろう。かといって、見過ごすワケにもいかない。

 どうすべきか悩んでいると、目の前に小さな物体が飛んで来て、ポラリスは思わずそれをキャッチした。

 

「今度はなんだ?」

「おまたせ最星くん! それを使って、オートバイヤーにあったの!」

「なに?」

 

 未来の声を聞いて受け取ったものを見下ろすと、その手の中には表面に『SPRIDER(スプライダー)』と表記された緑色の細長い缶がある。

 どうやら彼女の隣にある自販機は先程拾ったキャップ型コインのみ使用できるもののようで、これはその取引で入手したアイテムのようであった。

 ポラリスが直感的にそのプルタブを上げれば、缶は上部・中部・下部で三分割され、中部が変形して全く異なる形を成していく。

 上部・下部も展開してタイヤを露出し、中部パーツと合着すると共に巨大化して、大きなSPRIDERのロゴが目立つ一台の緑色のバイクが完成する。

 それと同時に、ドライバーを通してホログラム状の説明書が彼の目の前で自動的にスクロールされていく。

 

CAN DE CHANGE(カンデチェンジ)! MACHINE SPRIDER(マシンスプライダー)!》

「なるほど、これはバイクというものか。気が利くな」

「一応『デルタサイダー』とか『スポーティマリン』とか他のハンドリンクも買っておいたから、エネルギー切れは気にせず遠慮なくやっちゃって!」

 

 言いながら、それに跨るポラリス。

 ハンドルをひねれば緑の雷が車体から発せられ、エンフィクの生み出したボブルヘッズたちを殲滅せしめる。

 これでもう自分を阻むものは何もない。ポラリスはアクセルを全開にして、四足歩行で駆ける怪人の後を追う。

 後ろ姿は公園の出口の前ですぐに見つかり、迸る雷撃がエンフィクの動きを止めた。

 

「ギェッ!?」

「もう逃さない」

 

 言いながら、ポラリスはバイクを走らせつつグラスプドライバーを操作、天面のスイッチを拳で押し込む。

 

「刺激的に……決めるぞ」

WONDER COLA(ワンダーコーラ) ()FLAVOUR STRIKE(フレーバーストライク)!》

「ハッ!!」

 

 雷を纏うマシンスプライダーのシートを蹴って跳躍し、右脚を突き出して背後で勢い良く噴き出すコーラ液と共に飛び出すポラリス。

 

「ギャアアアッ!?」

 

 身動きの取れないエンフィクはバイクのアタックの後にそのキックを受け、悲鳴を上げて爆発四散。

 そうして消滅した後にはキャップコインが何枚もその場に散らばり、青白く大きな光の球体が残される。

 

「茅英璃の言っていた『生きる気力』が、これか?」

 

 ポラリスはそれに触れようとするものの、その前に光の球は、溶け込むように静かに地面へと還ってしまう。

 考えて答えが出るものではないが、これで良かったのだろうか。ひとまず変身を解いて最星は息をつく。

 

「疲れた……気が抜ける」

「最星!」

 

 そんな彼の後ろから、解決屋トレミーの三人が息を切らして駆け寄って来た。

 

「とりあえず、無事で良かったよ~」

「まさか君がスターライダーだったなんてね」

「怪我してないでしょうね? 今日は店じまいにして、一旦帰るわよ」

 

 未来も環も茅英璃も、最星を案じてここまで来た。

 だが最星はその三人を見ると視線を下に向け、グッと握り拳を作る。

 

「……」

「どうかした?」

「俺は、一緒に行けない」

 

 きょとん、と三人とも目を丸くする。

 最星はそのまま淡々と、茅英璃たちに対し自分の意見を述べた。

 

「あのベルトを着けても記憶は戻らなかった、でも分かったことがある。俺はあの麦澤とかいう連中と同じ、ライダーだ。最低で迷惑な厄介者なんだろ?」

「それは……確かにそう言ったけど、別にアンタのことを言ったんじゃなくて」

「そして、ベルトを持っている限り他のライダーとの争いは避けられそうにないし、記憶に関係する以上俺自身がこれを手放せない。何より……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 グラスプドライバーを身に着けて感じた、あの昂揚。歓喜。快楽。

 それは紛れもなく、最星自身の内から生じた感情であり、どう考えても失われた記憶と無関係ではない。

 

「記憶を取り戻した本当の俺は、お前らにとって危険な存在かも知れない。だから、お前らといるべきじゃない。ここは……俺の帰る場所じゃ、ない」

 

 何より、自分を助けてくれた恩人をこれ以上傷つけたくない。

 大切な思い出の詰まったラジカセが壊れてしまった時に見た茅英璃の涙を、もう一度流させるくらいなら。

 最星は三人に再び背を向け、歩き出そうとする。

 だが。

 

「だから待てって言ってンでしょうが……!!」

「茅英璃……?」

 

 その腕を、茅英璃が力強く引っ掴んだ。

 彼女はそのまま最星を強引に振り向かせ、胸倉に掴みかかる。

 

「アタシたちから離れて、一番困るのは記憶のないアンタでしょーが! 他に頼るところもなくてどうやって生きていくつもりよ!?」

「でも、俺がいたら三人に迷惑がかかるんじゃないか」

「ンなことどうだって良いわ! っていうか、真っ先にアタシたちを助けるために動いたようなヤツが危険とか迷惑とかあり得ないから!」

「それは……まだ、記憶が何一つ戻っていないから……」

「関係ないわよそんなモン! 第一アンタはアンタを拾って名付けたアタシたちのモノなの、トレミーの一員としてもうカウントされてんのよ! 今更出て行かれる方がかえって迷惑なのよ、とにかく記憶が戻るまではここがアンタの居場所! 良いわね!?」

「わ……分かっ、た」

 

 あまりにも勢い良く捲し立てられ、思わずそう返してしまう。

 すると、環と未来が口角を吊り上げながら茅英璃にすり寄っていく。

 

「『アタシたちのモノ』だってさ」

「茅英璃ちゃんったら大胆~」

「あーもーうるっさい!! そんなことより、ラジカセとか直す部品を探すわよ!!」

 

 先程まで感じていた緊迫した空気が、自分の中の淀んだ気持ちがウソのように澄んでいく。

 

「……気が抜ける」

 

 そんな場所なら、記憶が戻るまでは、もう少しだけこのままでいさせて貰うか。

 そう思わせてくれた茅英璃たちを追って、最星は共にキッチンカーを目指し歩きだすのであった。

 

「ところで、バイクみたいな乗り物は俺が乗っても大丈夫なのか?」

「あー……まぁ、ここじゃその辺の法律はあってないようなモンだけど、今度免許取りにいきましょ」




「今宵もまた新たな(スター)が輝いた」

 どことも知れない、暗く静かな天文台にて。
 ボトルのような形状の巨大な望遠鏡を覗き込みながら、一人の男が呟いた。
 無感情で暗く真っ黒な瞳で空を仰ぎ、薄い唇から静かに吐息を漏らす。長い金髪を手櫛で整え、すぐ近くのデスクに向かって真っ直ぐ歩いていく。
 望遠鏡以外には図書館のように本棚と書籍が用意されていて、部屋はそれらで囲まれており、出入口がどこにも存在しない。そんな奇妙で異常な空間の中でも、男は端正な顔立ちを歪めず真っ白な紙にペンを走らせる。

「彼は世界を救う吉星(ベネフィック)なのか……それとも、災いをもたらす凶星(マレフィック)なのかな」

 紙に描かれたのは、壁画のように描かれたシロクマのような戦士の姿。
 それに加えて『ポラリス』の名とワンダーコーラのデータ、さらにアルニタク・アルニラム・ミンタカとの戦闘に関するデータだ。

「僕はただ観測する。記録する。保管する。それが、メシエの星見(スターゲイザー)の役目だ」

 男は呟きながら、天井を見上げる。
 無数の星座と奇妙な壁画が、そこに延々と広がっていた。
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