明かり一つ点いていない部屋で、テーブルを囲み数名の男女が集まっていた。
その中の代表らしき鋭い目つきの男が、別の男に視線を送る。
「状況は分かっているな?」
「はっ。調査前ですので居場所や正体までは特定できていませんが、反応から見てもザナドゥーに存在しているのは間違いないかと」
話しかけられた黒髪の男は頭を下げながらそう答え、代表の男は静かに頷く。
「それにしても驚いた。まさか我々の他に、
代表の男が言葉を紡ぐと、彼の全身に淡い光を放つトライバルタトゥーのようなものが浮かんだ。
最星が変身する時に現れるのと、似たものが。
「必ず探し出せ、我らと同じ『リターナー』を」
彼の言葉に、そこに集った面々は己のタトゥーの微光で答えるのであった。
「そういえばメローネ先生、あの話聞きました?」
午後、ザナドゥー北東区のビルの中にある、小さな学習塾にて。
その室内で、14歳ほどの三つ編みの女子生徒が、1人の講師に話しかける。
シックな黒いスーツと白のワイシャツを着た、エメラルドグリーンをベースにした金の格子模様のネクタイを付けた若い男。
やや痩けた頬と薄いほうれい線に、狼を思わせるような凄みのある眼差し。しかしながらそこには凶暴性など欠片もなく、女子生徒と共に集まった少年少女たちに柔らかい口調で問い返す。
「何をでしょうか?」
すると、生徒たちはワイワイと騒いで、口々に言葉を発し始めた。
「トップスターの3位の人が消息不明だって!」
「噂だとポラリスとかっていうスターライダーにやられたらしいですよ」
「すごいよな、いきなりトップを倒しちゃうんだもんなー!」
メローネと呼ばれた男は「ふむ」と言いながら目を僅かに細め、そして申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい、そのスターライダーという連中の話は良く知らなくて……そんなにすごい人なんですか?」
「もちろん! トップスターでも上位4人の事を知らない人はいない、ってくらい有名ですよ!」
「へぇ……話を聞く限りだと3位の人がいなくなったんですよね、だとすると4位以下の人たちが格上げになるんですかね?」
そうメローネから尋ねられると、どうやら塾生たちにも分からないようで、唸りながら首を傾げたり苦笑いしたりと三者三様の反応を示した。
「まだ何も発表がないんです。でも、メローネ先生が言った通りの展開になるとは思いますけど」
「これ以上物騒な事が起こらなきゃ良いけどねぇー」
「けどさ、スカッとしたよね! あのアルデバランが倒されたって聞いたらさ!」
子供たちは皆、北区やそこに住んでいる者たちへの不満を口にする。
ここは小学生から高校生までを対象とした、北区の学校に通えない児童のための学習塾。
得た知識を将来働く時に役立てるため、そしていつか外へ出る事ができた時のために。子供たちは、ここで多くを学んでいる。
メローネは彼らの愚痴を聞きながら、ほんの一瞬僅かに唇を釣り上げた後に、彼らに帰宅を促して小テストの採点作業に戻った。
「じゃあ、私たち今日はそろそろ帰ります」
「またね先生!」
「ええ、さようなら」
軽く手を振って、挨拶を返す。
それからしばらくの時間が経ち、ぽつぽつと雨の降り始めて来た夜。
仕事を終えたメローネは帰り支度を済ませ、ビルの外に出ていた。
彼の向かう先は北東区内の住宅地。北区ほどではないが、他の地区に比べればデューラントの出没頻度もそう高くない、住みやすい場所だ。
そんな彼が道中でコンビニの前を通りかかると、すれ違ったばかりの1人の男が後ろから話しかけて来る。
東区にあるラーメン屋、孔明の店員の男であった。
「どうも、メローネさん」
「奇遇ですね。お出かけですか?」
「少し外せない用事がありやしてね、
一見気安く挨拶を交わしているようで、しかし店員の方はどこか――元々強面ではあるが――顔が強張っている。
メローネは逆に眉一つ動かさず「なるほど」と呟き、短く頷いた。
「……そうそう、家族といえば妹がまたラーメンを食べに行きたがっていましたよ。仕事の関係で中々都合はつきませんが」
「へぇ、妹さんお元気で?」
「ええまぁ。最近は元気すぎて困っているくらいです。何かとワガママなヤツなので、ちょっと機嫌を取りにプレゼントを用意してやろうかと」
「そりゃあ良かった。じゃあ、また来て下さいね」
そう言って会釈をし、2人は別れていく。
「消息不明のアルデバラン……か」
家路につく前にポツリと呟くと、メローネはN-フォンを取り出して通話を行う。
雨脚は、徐々に強くなつつあった。
同日、同時刻。
ザナドゥー西区では雨が激しく音を立て、荒れた地面や廃墟の瓦礫を穿っている。
そこから南西区に近い場所に位置する壊れた橋の下で、1人の女が荒い呼吸で地面に座り込んで震えていた。
顔には破ったスカートの裾を即席の包帯代わりとして巻き、どこかで拾ったのか擦り切れた泥だらけのトレンチコートを頭に被って雨粒を凌いでいる。
「ハァッ、ハァッ……う、うう……」
スターライダーアルデバラン、丹羽 汐である。
彼女は生き延びてしまっていた。自分に付き従う、最愛の従者を犠牲として。
『お、お嬢様……お逃げくだ、さい……どう、か生きて……』
フォボスに敗北し、撃ち殺されそうになったあの時。
ウィルは敵に立ち塞がって彼女をかばい、レイピアごと胸を貫かれてしまった。
瀕死の重傷を負ってもなお彼は抗い、決死の覚悟で過剰にエネルギーを集中させたブースターを爆破。
汐はそんなウィルに背を向け、破損したタウラスバイザーも放り捨てて、爆煙に紛れ必死に走って逃げ出したのだ。
そうしてアテもなく彷徨った末、辿り着いたのがここ西区。顔にできた傷を塞ぐための布のお陰なのか、誰も彼女が丹羽 汐だとは気付かなかった。
「ウィル……ッ!!」
汐は俯きながら、手元に残ったグラスプドライバーとハンドリンク、そしてウィルの遺品である刀身が折れたレイピアの残骸を見下ろす。
コブラーたち評議会側は必ず自分を探しに現れる。今すぐではなくても、口封じのためにそうするはずだ。汐はそう考えていた。
これからどうすればいいのだろう。一体どこで、何を間違えたのだろうか。
「ワタクシが、ワタクシが負けたせいなの……?」
敗北。
改めてその言葉が何度も頭の中で反響し、汐は握り拳を浅い水溜りの中に叩き込む。
このままでいていいハズがない。こんなところで終わっては、ウィルの死は無駄になってしまう。
ならば、立ち上がるべきだ。汐は顔にかかった雫を手の甲で拭い、両足に力を込める。
「ポラリス、そしてコンサルタントたち……絶対に許しませんわ……!!」
冷たい雨風に曝されてなお、瞳の奥で赤く燃え上がる闘志と復讐心。
負けてしまったのなら、次に勝てば良い。ザナドゥーとは元々そういう場所なのだったという事を思い出し、汐は夜霧の奥へ姿を消した。
※ ※ ※ ※ ※
それから2日後。
ライダーバトルコンサルタントのコブラーは、ザナドゥー北区にある市長の執務室に集っていた。
「コブラー。丹羽 汐を失った穴、どう埋めるつもりかね?」
柔らかいオフィスチェアに背を預けながら、市長の巨峰 卓が問う。
するとコブラーは一切物怖じする事なく、口角を吊り上げながらわざとらしく頭を押さえ、嘆息した。
「まぁ、他のトップスターに比べて実力的に劣るとはいえ、それなりの手駒だったのは事実ですからねェ」
「あんな暴走をしなければもっと使えたはずなんだがな」
「その点獅子門一族は忠実ですから、本当に扱いやすいですよ。道化としても戦力としても」
そう言ってピンと右手の人差し指を立てつつ、余裕綽々とコブラーが答える。
「ちょうど丹羽 汐の財産を全部没収してあるので、それをエサにして新しい道化役を立てようかと考えています。金と地位さえあれば換えは利きますので、今度はもっと操りやすいモノを」
「簡単に見つかるのかね?」
「お時間を頂く事になりますが、必ず見つける事をお約束します」
ククク、と喉を鳴らして舌舐めずりをするコブラー。
それが非情な計画を企てている時の仕草だという事を、卓はよく知っている。だから、彼自身も笑った。
卓は頷いた後、もう一つの懸念について口にする。
「丹羽 汐が反逆者どもと通じて結託する可能性はないのかね? ヤツは評議会の一員でもあった、機密情報が漏洩するかも知れない」
「そこは心配しないで下さい。市長が本当に困るような情報なんて、最初からほとんど与えておりませんので」
コブラーは「それに」と付け足しつつ、卓の執務室の小型ワインセラーからシャンパンを取り出してグラスに注ぎ、デスクに置く。
「丹羽 汐はプライドの塊のような女です。あれだけ酷い負け方をした挙句、誰かと手を組むという選択などあり得ないでしょう」
「ふむ……」
「万が一彼女が手段を選ばなくなったとしても、もう関係ないんですよ。逃げ出す前に、バーテンドライフルの機能で彼女のスペックブーストを完全にオフにしたので。私が再設定しない限り、もう以前のようには戦えません」
「タウラスバイザーもこちら側にあるしな。それならもはや再起不能も同然。警戒するにも値せんか」
行方は既に探させていますがね、と付け足しつつ、コブラーはそう締め括った。
そうしてしばし2人でグラスを傾けながら談笑していると、コブラーの方のN-フォンからメールの着信音が鳴り響く。
断りを得てから内容を確認すると、その唇の歪みがより一層大きくなる。
「朗報です、ケプラー・ファーマから。例の実験で成果が出たそうです」
「おお! ついに来るのか!」
「持ち帰っておいた
グラスを一気に呷り、卓がグッと力強いガッツポーズを見せた。
それを見てコブラーは、再び彼のグラスにシャンパンを注いでいく。
「まだ完璧とは言えないようですが、この分なら実用レベルに至るのもそう遠くないでしょう。ライダーバトルの質がさらに上がりますねェ」
そして自身もシャンパンを飲み干し、ケタケタと笑い声を上げた。
「これからももっと、北区の皆様を楽しませて差し上げますよ! 我々コンサルタントの手でねェ!」
同じ頃、ザナドゥー南区にて。
「デューラントの鎮圧完了しました!」
ジェーシュタに変身した常治は、この地区に出現の報告があったエンフィク・デューラント3体を討伐し、通信でその旨を花胡に伝えていた。
『お疲れ様、碧山巡査。ドリップドライバーとそのカプセルの扱いには慣れて来たようだね』
「ええ、でもまだまだですよ」
先日のアルデバラン戦では、ジェーシュタの力はほとんど通用していなかった。
ハンドリンクに慣れるだけでは全く足りないのではないか。もっと、自分自身を鍛えるべきではないだろうか。
常治はそう考えており、己の非力を痛感していた。
変身を解除してそんな考えに耽っていると、花胡とは別の声が聞こえて来る。
『そんな巡査くんに、私から贈り物があるよ~』
「モカさん?」
ドリップドライバーの開発者である星馬 モカが通話を代わり、常治の乗り込んだパトカー内の画面に遠隔でホログラムを投影した。
それは、彼が持つエメラルドキャニオンのカプセルハンドリンクの別フレーバー2種。つまり新戦力だ。
『彼女が新しく作ったカプセルだ。また後程受け取りに来てくれ。君ならそれも使いこなせるだろう、期待しているよ』
「課長、モカさん……ありがとうございます!」
N-フォン越しに頭を下げつつ、パトカーを発進させる常治。
その通信の終わり際、花胡は一声囁く。
『いずれは君1人に負担を強いる必要もなくなる。安心してくれ』
彼女の言葉の意味を掴めず、常治は首を傾げるが、すぐに運転を再開して北東区へ戻っていくのであった。
時を同じくして、ザナドゥー南東区。
解決屋トレミーの拠点の元ガソリンスタンドでは、最星が輪の中心となって茅英璃たちと話をしていた。
最星の傍らにあるのは、以前グラスプドライバーを収納してあったジュラルミンケースだ。
「最星、もう一回話してくれる? あの戦いの中でアンタが何を見たのか」
茅英璃が促すと、最星は短く頷いて、アルデバランとの対決の最中に自分の身に起きた出来事について語り始めた。
「アルデバランに倒されかけた時、2種類のビジョンが頭に浮かび上がって来た。ひとつはこのケースを持ってどこかの施設から逃げ出すところ、もうひとつは大自然の中で暮らしている場面だった」
瞳を閉じ、その時の記憶を静かに思い返す。
どんな顔だったのか、細かい造形までは分からない。窓ガラスや水面の反射で顔が見えたが、それはほんの一瞬だけ。自分に似ているような気もするが、そもそも鮮明なビジョンではなかったためである。
しかしそれが有力な手がかりになるのは間違いないので、こうして集まって話し合っているのだ。
最星が垣間見た記憶の内容を聞き、真っ先に小首を傾げたのは未来だった。
「なんというか……場所も状況もちぐはぐというか、正反対な感じがするよね~。服装だけじゃなくて見た目もかなり違ってたんでしょ?」
「施設に関してはともかく、大自然っていうのがなんか変なんだよなぁ。ザナドゥーの中でそんな場所なんて、それこそ中央区くらいしか思い当たらないし……茅英璃はどう思う?」
環が尋ねてみるも、茅英璃は返事をしない。
代わりに眉根を寄せてやや眦を上げて、最星をじっと見ている。
なぜそんな表情をしているのか。それを聞くより前に、茅英璃がそのまま口を開く。
「白衣を着てたって言ってたわよね」
「一番目の記憶の方はな、それがどうかしたのか?」
「アンタは、もしかしたら……
そこまで言いかけて、しかし茅英璃は口ごもった。
環と未来はハッと目を剥くが、最星は彼女の口走った言葉にキョトンとしている。
やがて茅英璃は深い溜め息と共に頭を振ると「ごめん。なんでもないわ、忘れて」と半ば一方的に話を打ち切ってしまった。
最星は訝しみつつも深入りはせず、自身も溜め息をついて言葉を紡ぐ。
「正直、俺自身にもこれがどういう事なのか全く分からない、
その先を言いかけたところで、今度は最星の方が言葉を詰まらせる。
「とにかく断片的にだが取り戻せたんだ。星杯に頼らなくても、自然に記憶が戻るかも知れないな」
「そうね。とりあえず、今日はもうさっさとシャワー浴びて寝ちゃいましょ」
茅英璃はそう言って環たちと共に浴場に向かい、最星は「風に当たって来る」と告げて外へ出ていく。
そうして雲一つない夜空を仰ぎ、再び記憶の海の中の『二番目の記憶』に入り込む。
先程、3人には言えなかった内容。泉の水面に映った顔は不鮮明であるが、若干ながら体は見えていた。
その人物の体型について、大いに問題があったのだ。
最初の記憶と違って身長が少し低く、細い腕。
そして。
「コレは明らかに、
この記憶の人物が自分なのだとすれば、なぜ乳房があるのか。
自分のものではないのだとすればこれは誰で、なぜ他人の記憶があるのか。
最初の記憶の人物は、二番目の記憶の人物と同じなのか、それとも別人なのか。
――俺は。
「……俺は、
次回、新章突入