「なんとか中央区に逃げ込めたが、その後道に迷ってしまってな」
樹海から抜け出し南東区に戻ったその夜、最星は帰還までの経緯を茅英璃たちに詳しく話していた。
「危ないところをアクベンスというスターライダーに助けられたんだ」
「アクベンス、って……その人もトップスターだよ!?」
「そうだったのか?」
環からの言葉を聞いた最星が首を傾げていると、タブレットを持った未来が横からアクベンスのデータを見せる。
そこには、間違いなく今回であった老爺のスターライダー、伊東 縁の姿があった。
「アクベンスのランキングは7位ね。もう70歳超えてるらしいけど、その年齢で未だに戦い続けてられるってすごいよね」
「確かに……どうしても叶えたい願いがあるのかもな」
そう言いつつも、その縁の願いが一体何なのかまでは、最星には想像もつかなかった。
どうあっても願いを叶えたいのなら、中央区で出会った時に騙し討ちされているはずだが、それもない。
彼からは、そこまで願いに執着しているような様子を感じなかったのだ。
「ともかくお疲れ様、今日はもうゆっくり眠って休んで」
「ああ。お前たちもちゃんと休んでくれ……心配をかけて、すまなかった」
「良いから早く寝なさい」
茅英璃に促され、最星は部屋のベッドに向かう。
そして彼がその場からいなくなった瞬間を見計らって、環と未来が茅英璃の背に抱きついた。
「よかったね~最星が帰ってきて」
「茅英璃ちゃんったらニヤニヤしちゃって~」
「う、うっさいわね! アンタたちも早く寝なさい!」
気が付くと、最星は見知らぬ場所で立ち尽くしていた。
無数の本棚に囲まれた、中央に巨大な望遠鏡のある奇妙な薄暗い部屋。
こんな場所は、当然だがトレミーの拠点にはない。
「なんだ、この場所は……俺は眠っていたはずじゃないのか」
「ここに人が現れるとは、驚いたね」
しばらく部屋の望遠鏡の方からそんな声が聞こえ、じっと目を凝らしてみると、そこには一人の男が立っていた。
絹のような長い金髪に虚ろな真っ黒い瞳、薄く形の良い唇。やや不健康気味な白い肌の上に、明らかに古代のものであろう西洋的な黒いローブを纏っており、手には羽ペンを持っている。
「しかも君はポラリスじゃないか、会えて嬉しいよ」
「お前は何者だ? なぜポラリスという名を知っている?」
「そう警戒しないで欲しいな、僕は怪しい者じゃない」
訝しまれて男はそんな言葉を発するが、当然ながら最星はそれを信用しない。
「この場所自体が既にかなり怪しいと思うが」
「まぁ、そう思われてしまうよね……でも、信じろと言っても無理かも知れないけど、僕は君の味方のつもりだよ」
柔和な笑みを見せつつ、男は「自己紹介が遅れたね」と言って小さく一礼した。
「僕はカルヴァドス。メシエの
「メシエ? スターゲイザー? なんだそれは?」
「分からない」
「お前は一体何を言ってるんだ?」
恐らくは組織と役職の名前のようであるが、肝心の概要が分からないため、最星は戸惑うばかりだ。
しかし、困惑しているのはカルヴァドスと名乗った男の方もまた同じであった。
「その、本当なんだよ、からかっているワケじゃない。実を言うと、僕の記憶は大部分が欠落しているようでね」
「……お前も記憶喪失なのか」
「原因は分からないし、調べようもない。ここを出ることができないから」
カルヴァドスに対して幾許かの親近感を覚えると同時に、最星はその発言に再び訝しむ。
ここを出ることができないとは、どういうことなのか。
そう思い周囲を見回して、すぐに気付いた。
「扉がない!?」
「意味が分かって貰えたようだね? 君がどうやってここに来たのかは分からないが、恐らく僕と違って時間が経てば出ていけるはずだ」
「どうして分かる?」
「眠った後にいつの間にかここにいたんだろう? だとしたら、例えば夢の中のような精神世界のようなものと考えられる。なら、現実の君が起きればここから抜け出せるさ。きっとね」
何やら金髪を揺らして、確信に満ちた笑みを向けるカルヴァドスを不思議に思いながらも、最星はさらに質問を続ける。
「他に何か覚えていることはないのか?」
「自分の名前以外なら、ここで果たすべき使命くらいだね」
「使命?」
「君たちスターライダーのデータを観測し、記録し、保管すること。それが星見の使命だ。どうしてやらなければならないのかは覚えていないが、僕がそれをやり遂げなければならないということは覚えている」
周囲の本棚にはこれまでに観測したスターライダーたちの記録を保管してある、とカルヴァドスは述懐した。
そして最星に対してじっと眼差しを向けながら、さらに話を続ける。
「特にポラリス、君は最近現れたばかりだがとても興味深いよ。こんなに強く煌めいて見える星は初めてなんだ!」
「そうなのか?」
「だから、君に頼みたいことがある」
もじもじとして、頬をほのかに赤くしつつ、カルヴァドスは言った。
「君を僕の『推し』ってことにしてもいいかな!?」
束の間の沈黙。
最星は首を傾げ、その提案をした本人に尋ねる。
「推しってなんだ?」
「他人にオススメして魅力を伝えたくなるくらい好きってことさ! 思わず記録の手が止まってしまうくらい、君の戦う姿をつい目で追いかけているからね!」
「そうか……しかし、それならトップスターの方が魅力的なんじゃないのか?」
「確かに彼らも素晴らしい戦士だが、君にはもっとこう……彼らからは得られない独自の栄養があるんだよ!」
「俺にそんな栄養が含まれていたとは、知らなかった」
自身も記憶喪失故に、カルヴァドスの発言に一切疑問を挟むことなく対話し続ける中、最星の身体が徐々に薄くなり始めた。
カルヴァドスの推測通りなら、どうやら起床時間が迫っているらしい。彼は淋しげに目を細めつつ、短く手を振る。
「こうして僕以外の人間と、しかも推しのスターライダーと直接会って話ができて本当に嬉しいよ。どうか、また来て欲しいな」
「どうやって来たのかは俺にも分からないんだが、分かった」
最星が頷いた後、意識も薄れ始め、その姿は光と共に消失した。
※ ※ ※ ※ ※
「ん……?」
目が覚めると、最星は自分の部屋のベッドの上で天井を眺めていた。
いつものトレミーの拠点だ。傍にある簡素な机には、グラスプドライバーも置いてある。
どうやら本当にただの夢だったらしい。見慣れた景色を目にして僅かに口角が吊り上がり、短く息をついて最星は部屋を出た。
「おはよう」
「あっ、最星おはよー」
部屋を出てすぐに彼を出迎えたのは、環だ。アジト内ではタンクトップにハーフパンツという薄めの部屋着で、やや眠そうに瞼を擦っている。
「眠そうだな」
「寝る前に色々とアイデアが降りてきちゃってね……ちゃんと寝ようと思ってたのに、全然眠れなかったよ」
「大丈夫なのか? 無理はするな」
最星の言葉に、環は「えへへ」と照れ笑いしつつ、共に朝食を摂るために移動。
リビングとして使っている広間には既に茅英璃と未来がおり、茅英璃はパンとサラダなどを用意している一方、未来は目を輝かせてタブレットの画面と向かい合っていた。
「未来は何をやってるんだ?」
「北区にいるアイドルの動画見てるのよ」
「アイドル?」
最星が首を傾げていると、未来はその端末を手に立ち上がり、そこに映っているステージに立つ三人組の少女たちを見せつける。
「この三人、ミルキーウェイ☆トライアングルは私たちと同じ南東区出身で、北区の人たちに認められて向こうでアイドル活動してるの! 昔見たことあって、一目惚れしちゃって! もう大好きなんだよ!」
未来は熱心に語り、さらに画面の少女たちの紹介を始めた。
センターを飾るのは、桃色の長い髪をツインテールで纏めた丸い目の少女、その左隣には小柄で金髪のポニーテールの少女、その反対側には黒い髪を肩まで伸ばした少女がいる。
三人とも胸の大きなリボンが目立つフリル付きのドレスという共通のアイドル衣装で、年齢は中学生ほど。マイクを手にダンスと歌を披露し、笑顔を絶やさない。
「真ん中の子が元気っ子な
そんな愛らしい少女たちを、まるで自分の家族か何かのように語る未来を見て、最星は「なるほど」と頷いた。
「未来の推しということか」
「アンタ、そんな言葉どこで覚えたのよ?」
「……夢の中、かな?」
「なにそれ?」
茅英璃が肩を竦め、最星が首を傾げる。そんな会話をしていると、画面内で異変が起きる。
ボブルヘッズやデューラントらしき姿の怪人集団が乗り込んで来たのだ。
一瞬目を剥く最星だが、しかしよく見ればその背にはジッパーがついており、本物ではないことが分かった。
では、何のためにこんなことをしたのか?
その疑問は、三人の少女たちがグラスプドライバーを装着するという形で解けた。
「まさか、三人ともスターライダーなのか!?」
「そう! まさにそれがこのコたちの特徴で、歌って踊って戦えるヒーローアイドルなの!」
天音を中心に全員がハンドリンクを装填、そしてハンドルレバーを回してスイッチを押し込む。
すると、少女たちの姿がグレーのアンダースーツに包まれ、そのまま装甲も装着されていく。
天音は隼、レモンは鷲、柚子は白鳥を模したヘルムを被っており、それぞれ桃色・黄色・緑色で分かれている。
名は順番にスターライダーベガ、アルタイル、デネブ。三人の美少女戦士は、歌いながら怪人たちを相手に立ち回っていた。
「攻撃が当たっていないのに吹っ飛んでいるようだが」
「そういうパフォーマンスだからね。むしろ、当てたら中の人にケガさせちゃうよ」
環の言葉に納得しつつ、最星は食卓につきながらさらに見続ける。
「この配信ね、本人たちの希望でザナドゥーの住民なら誰でも見れるようになってるんだよ」
「街に住む人たちに少しでも元気をあげられるように、って。小さい子なのに立派よね」
「また生でライブを見たいねー、南東区にいた頃みたいに」
懐かしむように三人が語り、和やかに話しながら朝食を摂る。
そうして一同が食べ終えたところで、インターホンの音が鳴り響いた。
「客か?」
「こっちに直接来るのはかなり珍しいわね、しかもこんな朝から……誰かしら」
食器洗いを一度止め、茅英璃と最星はすぐに玄関に向かう。
扉を開くと、そこにいたのは三人の子供たち。帽子を目深に被ってサングラスとマスクを装着しており、表情は窺い知れない。
何とも言えない奇妙な来訪者を前に、茅英璃が怪訝そうにしていると、真ん中に立つ子供が話しかけて来る。
「あのぅ……トレミーさん、って……」
「え、ええ。ここで合ってるわよ」
どこか怯えた様子でいる桃色の髪の子供に苦笑しつつ、茅英璃はひとまず話を聞こうと中に招いた。
「それで、どうしたのかしら? 迷子? それとも探し物?」
『……』
「依頼があって来たのよね?」
適当にコーラとお菓子も用意して尋ねるが、まるで返事がない。
どうしたものか、そもそもこの子たちに依頼料を払えるのだろうかと茅英璃と環が悩んでいると、未来が小首を傾げて子供たちの方に近付いていく。
「もしかして、なんだけどさ……」
「は、はい?」
「帽子とかサングラスとか、外して貰える? マスクも。何を見ても絶対誰にも言わないって約束するから」
三人は顔を見合わせ、頷いて言われた通りに外し始める。
それによって明らかとなった顔を見て、茅英璃たちは目を剥き、未来が目を輝かせて声を上げた。
「やっぱり……天音ちゃんにレモンちゃんに柚子ちゃんだぁー!!」
先程タブレットで見ていた動画で出演していた、三人のアイドル少女。ミルキーウェイ☆トライアングルだ。
彼女らにサインをねだる未来を押さえつつ、最星と茅英璃は疑問を口にする。
「南東区出身なのは聞いたが、北区で活動しているはずだろう。なぜ今ここに?」
「しかも、変装なんかしてまで」
尋ねられると、天音たちは一瞬言葉を詰まらせた後、意を決して立ち上がって訴えかけた。
「実は……みなさんに、お願いしたいことがあって」
「お金ならいくらでも払うよ! だから!」
「私たちを、助けて……!」
※ ※ ※ ※ ※
時は、ミルキーウェイ☆トライアングルがトレミーを訪れる前日に遡る。
天音は、北区にある自分たちの住まいであるマンションの一室で頬を膨らませていた。
彼女の視線の先にいるのは、ベッドに寝転がりながらN-フォンをいじっているレモンと柚子。
「ねぇ! また近い内にライブあるんだから、練習しようよぉ!」
明らかにやる気がない様子のチームメンバーに対し、天音はぷんすかと怒りながら声をかける。
だが二人は彼女のように奮起できず、気怠げな視線をゆっくりと向けた。
「練習って、誰のために?」
「この街で私たちの歌をちゃんと聴いてる人なんて、もう誰もいないのに」
レモンと柚子の言葉に、天音はぐっと口を噤んでしまう。
プロデューサーにスカウトされてスターライダーになるという形で北区への出入りが可能となり、アイドルとして活動している彼女らだが、実態は想像していたような華やかな生活ではなかった。
彼女らが新しい曲を発表したり、ライブの予告をしても、全く盛り上がらない。ライブ中にデューラントの出現情報が出れば大多数の関心がそちらに向き、さらには彼女らに『戦いに行け』とクレームが寄せられる。
つまり、北区の住民は三人の可愛らしい歌声やダンスになど微塵も興味を持っておらず、戦い血を流すスターライダーとしてしか見ていないということである。
「南東区に戻りたい。あの頃はみんな、真剣にあたしたちを見てくれてた」
「ここは違う。私たちが想像していたよりもずっと、腐ってる」
ギュッと握り拳を作り、目を細める柚子。
彼女らは契約に際してグラスプドライバーを受け取ったが、それは飽くまでも北区進出の手段として必要だっただけであり、変身するのは専ら演出上のパフォーマンスとしてのみ。
また、デューラントとの戦闘義務が生じないことも確認が取れている。それを発表してもなお、北区の住民たちは血と闘争を彼女らに強要しているのだ。
「私だって帰りたいよ……こんなことになるくらいなら、南東区でずっと歌っていたかったよ……でも」
言いながら、天音は室内にある一枚のポスターに目をやった。
そこに写っているのは、一人の白いコウモリのヘルムを被った紫の装甲のスターライダー。さらにその隣に立つ、変身者本人の姿。
マイクを片手に晴れやかな笑顔を見せている、黒髪セミロングの175cm程の高身長の女性。瞳は紫で凛とした眼差し、白いミニスカートのワンピースに紫の上着を羽織っている。
彼女の名はラブルスカ・ブラムウェルチ、通称ラブ。スターライダーとしての名はスピカ、ランクは4位で東区を守る『歌姫』だ。
三人と違い、ラブは歌手としてもライダーとしても活躍する本物。憧れないはずがなかった。
そして、彼女という存在があるからこそ、天音たちは諦めずに歌い続けて来られたのだ。
「みんながみんな、音楽に興味がないワケじゃない。私たちだって実力をつければ、きっと認めて貰える! あの人みたいに!」
確固たる意志を告げる天音を前に、しかしレモンと柚子は未だ迷いを見せている。
そんな中、天音のN-フォンの着信音が室内に響き渡った。
彼女らをスカウトしたプロデューサーの男からだ。
「もしもしプロデューサー? どうしたの?」
『すいません、大変なことになってしまいました……』
「……何が、あったの?」
息を呑み、三人は続く言葉を待つ。
『ライダーバトルコンサルタントの方から、皆さんに闘技会へ出場するように強要されて……社長が、それを承諾してしまいました……!!』
それを聞いて天音たちは目を見張り、すぐに電話越しに事情を問い質す。
「どうしてなの!? 契約の時は無理にライダーバトルに参加する必要はないって、言ってくれてたのに!!」
『私としても、これでは話が違うと抗議したのですが……家族を人質に取られているとのことで、聞き入れては貰えませんでした』
「そんな……!?」
三人は、自分たちはどうすれば良いのか、これからどうなってしまうのかと口々に騒ぎ始めるが、プロデューサーの声が彼女らを落ち着かせる。
『私は命令に従うつもりはありません。今、車でそちらまで向かっています。目立たない服装に着替えて北区を出る準備を進めておいて下さい。そして到着次第、一緒に逃げましょう』
「社長の方はどうするの!?」
『そちらは既に手を打ってあります。とにかく、私以外の誰かが訪れても決して応答しないで下さい』
「分かった! 絶対開けないようにする!」
天音たちはすぐ支度を始め、地味な色の服装に着替えた上で、自分たちだとバレないように念入りに帽子やサングラスも用意した。
すると、室内に玄関の扉をノックする音が響き渡る。
電話があってからまだそれほど時間は経っていないし、そもそも通話は切っていない。恐る恐る、レモンがプロデューサーに尋ねた。
「もう着いたの?」
『え? こちらはまだ、車の中ですが……?』
直後、ノックの音が扉を壊しかねない勢いの激しい打擲音に変わる。
まさかコンサルタント側の追手がもう到着したのかと思い、狼狽しながらも逃走のためベランダの窓の方に向かうと、今度は玄関の方から足音が聞こえて来た。
フローリングの上をペタペタと歩き、
背筋を凍らせ、彼女らはすぐに窓から飛び出し、隣室から隣室へ滑り込むように飛び移っていく。
「今のって、デューラント……!?」
「ウソでしょ!? なんで北区にいるの!?」
「とにかく逃げるしかないよ、二人とも急いで! プロデューサーも来ちゃダメだよ!」
『わ、分かりました! 北東区行きのゲート付近に直接向かいます、現地で落ち合いましょう!』
話しながらマンションから別の家の屋根に飛び移るが、その間に目に見えない謎のデューラントの方も移動していたようで、破壊と着地の音が背後で聞こえて来る。
「もしかしてアタシたちだけを狙ってる!?」
「周りに被害が出ないのは好都合ですけど、どうして……?」
考えている暇はない。三人はとにかく走り続け、透明な追跡者から必死に距離を取ろうと試みた。
結果として、北区に住むスターライダーたちが異変を察知して状況に介入したことにより、彼女らは騒動に紛れてデューラントを撒くことができたのだという。
※ ※ ※ ※ ※
「その後、私たちはなんとかプロデューサーと合流できてここまで来れたんだけど……今度はスターライダーに襲われて、プロデューサーと離れ離れになっちゃって……」
「思ったよりえらいことになってるわね」
話を聞き終え、茅英璃は頭を抱えて短い息を吐く。
安全なはずの北区にデューラントが現れた上に、アイドルが戦いを強要され、そして自分たちを頼っているこの状況。天音たちが口を開く前に、茅英璃が先んじて釘を刺す。
「助けて欲しいと言ってたけど、具体的には何をすれば良いワケ? 社長とその家族を救助してって言いたいなら、それは無理よ?」
「どうして!? どんな依頼でも解決してくれるんじゃないんですか!?」
「単純な話よ、アタシたちには北区に立ち入る権限がないの。分かるでしょ?」
天音は言葉に詰まり、俯いてしまう。茅英璃自身もまた、腕を組んで唸っている。
助けようにも、自分たちではどうしようもない。そんな歯痒い気持ちが、最星にも伝わって来るようだった。
「救助は無理だとしても、何か他に俺たちでもできることがあるんじゃないか?」
「そりゃ、アタシだってなんとかしてあげたいけどさぁ」
首をひねり、解決策を考えに考える茅英璃。環と最星もまた、彼女らを助けるための方策を考えてみるものの、そう簡単に思いつくことなどできるはずもない。
そうしている内に、窓の外の上空に映像が投影され始めた。
何事かと思い、全員が席を立って見上げると、そこにはストライプ柄の豪華なスーツを身に纏う、ホスト風の金髪の男が立っている。
『どーも視聴者のみんなぁ、ライダーバトル楽しんでるぅ!?』
「……誰だ?」
いつも出演しているコブラーではなかったため、最星は首を傾げるが、彼以外はその人物を知っていた。
「フィズ・シャンパーニュ……コブラーと同じ、ライダーバトルコンサルタントよ」
「でも、どうして今日はこいつが? 普段あんまり出ないはずだけど」
茅英璃たちが動揺していると、映像内のチャラついた男は、暗いスタジオの中でそのまま手を振り身を振り話し始める。
『今日はみんなのために、ビッグニュースを持ってきたよぉ〜! なぁんと! あのミルキーウェイ☆トライアングルがライダーバトルに本格参戦が決定! バトルの予定も組んじゃったよ!』
それを聞いて、天音たち三人は身を乗り出して瞠目した。
画面の中のフィズは口角を吊り上げつつ、しかしいきなり両目を覆って涙を流し始める。
『でも肝心の本人たちが、デューラントに襲われて行方不明になっちゃったんだってさぁ! ぴえ〜ん!』
「そうか……私たちがいなくなったから、それを利用して好き勝手言ってるんだ……」
『なので彼女らを北区まで連れて来てくれる人を募集しようと思うよ、報酬も好きなものをあげちゃう! あぁ、それと』
パチンッとフィズが指を弾くと、スタジオがスポットライトで照らされ、切り出した丸太のようなものを背に鎖で雁字搦めに縛られているスーツの男の姿が明かされた。
それを見て、天音が「あっ!」と声を上げる。
「プロデューサー!?」
『この映像を見てるなら、三人は早めに自首しに来た方が身のためだね。報酬目当ての連中から逃げ切れたら、だけどねぇ~……僕ってイジワルすぎるかなぁ? ぴえ〜ん!』
再び涙を流し、しかしすぐに何事もなかったかのように笑い出すフィズ。
中継はここで終了し、最星は拳を握り締め、ホログラムモニターの消えた空を仰ぐ。
「ここまでするのか、あいつら」
「どうしよう、どうしよう……このままじゃプロデューサーまで!」
天音が膝から崩れ落ちてボロボロと涙を零し、レモンと柚子がその肩を支える。
茅英璃も環も彼女らに何と声をかけるべきか分からず、ただ俯くしかなかった。
「――いや。リスクはあるけど、これは逆にチャンスだと思う」
そんな陰惨な空気の中でそう言い切ったのは、未来だ。
単に幼い彼女らを励まそうとして出た言葉ではないようで、その瞳には確信に満ちている。
「いい考えがあるの! 私に任せてよ!」
同じ頃。
中継が終わった北区のスタジオ内で、フィズは撤収作業中のスタッフたちにひらひらと手を振っていた。
「みんなおつかれ〜」
自身もそう言いながら、磔状態のプロデューサーを尻目に去っていき、真っ直ぐに屋内駐車場に足を運ぶ。
そこには、屈強な黒服の男たちに羽交い締めにされた、警備員の服を着用している男がいた。
フィズは男の胸倉を掴み、目を細めて睨みつける。
「なんか言い訳とかある?」
「ひっ!」
「僕、ちゃんと言ってたよねぇ? 今日は大事な日だから、絶対あの三人を逃がすなって。窓から出られないようにベランダに爆弾も仕掛けとけって。その変装もせっかく用意してあげたのにさぁ」
偽警備員の男はぐっと唾を飲み込みながら、必死に頭を下げ、顔を青くして許しを請う。
「ほっ、本当に申し訳ありませんでした、しかしあんな子供相手に爆弾なんて……万が一死んでしまったら責任を追及されるのではと思うと……」
「ふぅん、そっかぁ。それは仕方ないねぇ。うんうん、かわいそうにねぇ」
目から涙が溢れているが、明らかに適当な返答。
それを間近で見た男の表情が絶望に染まり、直後に立ち上がったフィズが、泣きながら懐から拳銃を抜く。
そして、発砲。頭を何度も引き金を弾き、男が絶命しても続け、全ての弾を撃ち尽くす。
やがて黒服たちが手を離すと、頭に大きな風穴が開いた男は、血溜まりの中に倒れ伏した。
「じゃ、それ片付けといて〜。
『ハッ!』
黒服たちに命じた後、フィズは返り血に塗れたスーツを着替えるべく、自身の楽屋へ戻っていく。