「誰が鬼になんかなるか! お前達の仲間になる位なら死んだ方がマシだ!」
この日、甲の隊士含む数名が任務先で相手をしたのは目に下弦の文字と上からかき消す様な傷を持つ女の鬼だった。病に効く山奥の秘湯の噂を流し、わざわざ事故に見せ掛けて人を食らっていた。
落石事故や遭難の後で獣に食われたという偽装までしており、同門の仲間数人と発見して不意打ちで安全に退治出来たのも運が良かったのだろう。
だが、その幸運を消し去るように現れたのが上弦の参の鬼・猗窩座。拳による近接戦を得意とするこの鬼に甲の剣士の風の呼吸を中心とした連携によって対抗していたが、一番強い柱には一歩及ばない実力の彼等では太刀打ち出来なかった。
掠り傷を付けた瞬間に発動した血鬼術により動きを読まれ、先ず一番未熟な少年が刀と共に首をへし折られ、激昂した一人が飛び出して腹部を貫かれ絶命する。
そうして一人、また一人と命を落とし、今は刀を折られながらも重症の仲間を庇って戦おうとする甲の彼女だけ。
「そうか。まあ、女の剣士ごときに殺す価値も無い。さっさと消えろ」
「ふざけ……」
ふざけるな! そう彼女が叫ぼうとしたその瞬間、猗窩座が目で追い切れない速度で彼女の真横を通り抜ける。
「ぐはぁああっ!?」
いや、違う。真後ろから蹴り飛ばされて吹っ飛んだのだ。猗窩座が察知出来なかった背後からのドロップキックによって!
背骨がへし折れていなければあり得ない体勢で岩壁に激突した鬼の姿の後に蹴り飛ばした人物に目を向ければ立っていたのは黒子衣装の男、剣士になれなかった者達が着く隠という補助役だ。
だが、その男はあまりにも大きく逞しかった。並べて比べれば猗窩座とどっちが鬼か迷いそうな姿に呆然となる中、彼に遅れて数名の隠が姿を見せると大男が声を出した。
野太く力強い、何処か威圧感さえ覚える声は雷鳴や地鳴り、暴風を連想させるものだ。
「怪我人を優先しつつ死体を回収しとけ、お前ら。俺は上弦の相手をしておくからよ」
「了解です、頭ぁ!」
「え? 上弦の相手を単独で……?」
それこそ柱でもなければ引き受けない内容に彼女が混乱するが、隠達は上弦の鬼が直ぐ間近にいるにも関わらず怯えた様子も見せずにテキパキと動き、彼女も背負われその場から遠ざかっていく。
「その服装、剣士の手助けをする者達の物、弱い連中のだな? にも拘らず今の蹴りは凄まじい。まさか俺が反応出来ずに背骨と内臓を幾つかやられてしまうとはな。素晴らしい!」
崩れた岩壁の中から平然と出てきた猗窩座の傷は既に回復を始めている。その表情は強い者に出会えた歓喜に満ち溢れ、声も弾むようだ。
「提案だ。お前も……」
鬼にならないか? そう口にだそうとした時に飛来する竹筒。咄嗟にそれを払い落とそうと拳を構えた瞬間、続けて投擲された小石が猗窩座の拳よりも先に竹筒に命中して砕き、中身を猗窩座へとぶちまけた。
「ぐおっ!?」
中身は毒の類いではなく、煮汁。調味料で味付けされた濃い味の鍋の汁が猗窩座の全身を濡らし、口や鼻から侵入した。鬼にとって人間の食べ物は口にしただけで吐き戻し、臭いは悪臭だ。
「下手な毒より効くだろ? 毒は分解できても臭いは違うよなあ?」
生じた隙を付く様にして猗窩座の両目に指が突き入れられ視界を奪う。振り払おうとした腕は頭の布地を僅かに掠めただけに終わり、振り抜き終わった瞬間に掴まれて背負い投げで地面に叩き付けられた。
背中に衝撃を感じた猗窩座が息を吐き出せば首を踏み抜かれ地面と共に首の骨を砕かれた上で頭を蹴り飛ばされて地面を転がった。
「貴様っ! それ程に鍛え上げていながら卑怯な真似を! 名を名乗れ!」
弱点である首の骨をやられた影響か少し再生に遅れを生じさせながらも激昂するが、男は気にした様子もなく頭巾の位置を戻している。
「ああ、やっぱ邪魔だな。えっと、名前か? ななしのごんべえ」
「ふざけるな!」
馬鹿にされたと感じた猗窩座は叫ぶが、男はその反応に苛立った様に舌打ちをした。
「……あぁ? 数字の七に竹冠の篠でななしのなんだよ。それと名前が権兵衛で何が悪い? 言ってみろや、半裸」
「そ、そうか。すまない。謝罪しよう」
発せられる威圧感に猗窩座は思わず構えを解いて軽く頭を下げる。権兵衛の方は昔から似たような反応をされているのか苛立った様子で足元の石を踏み砕いていた。
人の名前を馬鹿にするならテメェはさぞかし立派な名前なんだろうなあ? 漢字含めて言ってみろや、半裸。うん? 漢字はこうで読み方はあかざ。……玉抜かれた犬って意味じゃねえか。鬼の名前って無惨が決めるって聞いたが……」
前に会った上弦は半天狗って割と普通だったし、お前、無惨に嫌われてるんじゃねえの? 本気で同情した声でそう言われると猗窩座も少し不安になってくるが、そんな迷いを振り払うかの様に首を数度左右に振って構えた。
「その肉体と技、まさに称賛に値する。何よりも……至高の領域に到達しているな?」
「うん? ああ、呼吸を習い始めて二日目辺りに見える様になったな。武器を扱う才能が致命的に欠けてるからって隠になったけれど」
「だからこそ貴様は鬼になれ! 老いれば肉体も技も衰え、寿命で死んでしまえば永遠に失われる。鬼になれば技も肉体も永遠に鍛え続けられるぞ!」
これ以上の提案は存在しないとでも言いたそうな猗窩座の言葉に権兵衛は暫し考えるそぶりを見せ、最終的に怪訝そうな表情を浮かべて猗窩座を指差した。
「でも、長い間技を磨いた割にはお前って弱いじゃねえか。鬼の肉体を得て無惨から血を貰って強くなってもその程度だろ? 太陽の下を歩けない代償にしちゃ安過ぎんだろ」
其処に相手を馬鹿にする意思は感じられない。ただ、素直な感想として猗窩座を弱いと断じただけだ。これで普段なら怒りはするのだろうが、猗窩座とて劣勢に立たされている事を考慮すれば反論出来ない。
目の前の相手が自分より強い、それを認めるしか無いのだ。
「それに夜中しか動けない上に無惨から命令が出るんだろ? どれだけ強くなっても守りたい相手の危機に駆け付けられないなら意味ねえじゃねえか」
「アアアアアアアアアアアアッ!!」
だが、次に何気なく口にした言葉は別だ。人の頃の記憶なのか見知らぬ三人の朧げな顔が頭に浮かび、湧き出る感情を抑えきれない。その怒りが誰に向けられた物なのか猗窩座にすら分からないまま権兵衛へと飛び掛かる
怒りに任せた大振りの一撃を難なく避け、カウンターの要領で放つ膝での金的。
「なんだ。玉あるじゃねえか。おっと」
そのまま追撃をしようとしたが続けて放たれたのは大振りでなく正確な一撃。さっきのは油断させる罠だったかと足を払い脇腹を蹴って遠ざけるも直ぐに体勢を整える。
空式、乱式、脚式と次々に技を放ち、それが全て捌かれて反撃の一撃が肉体を破壊するも止まらない。だが、どれだけの猛攻も掠る事すら無く、権兵衛は拳打や蹴りを避け受け流し掴み取りながら容赦無く急所に攻撃を仕掛け、時折鍋汁や熟れた果実による目潰しも織り交ぜて行く。
「はぁはぁ。おい、貴様。一体どういう事だ? お前が使う技、俺と酷似している。真似をしたにしては正確過ぎるだろう」
損傷と殴打を繰り返し鬼である猗窩座が先に息切れを起こしながらも指摘したのは戦闘中に受けた技の数々。偶然にしてはあまりにも自分の技と似通っていると指摘すれば返って来たのは再びの舌打ちだ。
「さあな? 俺の先祖が伝えた素流って武術なんだが、大昔に兄弟で別の土地で道場始めたそうだし、テメェが人間の時に習ってたんじゃねえのか? まあ、それなら……素流を穢したって事で個人的に殴らせてもらうがよ」
此処で再び猗窩座の脳裏に思い出せない誰かの顔と言葉が過ぎる。大切だった気がするその相手と素流を穢したという権兵衛の言葉に意識を持っていかれ、権兵衛の接近に気が付かなかった。
「じゃあな」
気が付いた時、既に技は放たれていた。それは終式と同じく広範囲への拳打の猛攻撃。百を超える連打を叩き込まれ癒える間もなく全身に損傷を負い続けた猗窩座は最後に顎の骨を砕く一撃を受けて崖下へと落ちていった。
「……それで上弦の鬼を逃がしてしまったと。貴方なら夜明けまで……いや、前回も夜明け前に急に姿を消したから今回も逃げられていたのか? まあ、情報が十分に得られた事を考えれば……」
上弦の参と隠の頭である権兵衛の戦闘の知らせを受け、一番近くに居た伊黒だったが間に合わず、今は藤の花の家紋の家にて話を聞いている所だ。
少しばかり頭が痛そうにしているものの普段彼が他者に向けるネチネチした態度は見られない。
「俺も直ぐに崖を駆け降りたんだが下は流れの早い川だったからな見失っちまって。そうそう。一番狙われやすい女の隊士の怪我が一番浅かったし、近くに居なくて守れなかったのは女で、だから女には本気を出せないかもな」
「……甘露寺に相手をさせようとは言わないで下さい、権兵衛さん。それで上弦の参の名前は……」
「……玉無しだったような違うような。人間だった頃の名前は候補があるんだが……」
七篠権兵衛
年齢 四十代
好物 鍋
趣味 鍛練
武器を使ったら弱くなるレベルで武器の才能がないが、武術と身体能力は高い。髭とモミアゲがくっついており、生まれもっての痣が隠れている。持ってると体調が悪くなる程度の金属アレルギー
彼への好感度 1d100 20で不死川からの富岡 60以上で信頼 80レベルで親友レベル
岩 85
炎 57
音 66
風 62
蛇 84
恋 37
霞 34
蟲 34
水 67
オマケ
酒柱(拗らせる前) 90
拗らせた後 51
御館様 78