「朝日が昇るまで! 殴るのを止めねぇ!!」
上弦の鬼を取り逃した、それも二度目だ。一回目は鱗滝さんと一緒に遭遇した額にコブがある爺の鬼。なんか増えるので頭を俺が叩き潰して鱗滝さんが首を切るってのを繰り返していた時、槍を使う分身の腹を拳でぶち抜いた時に小鼠みてぇな本体らしいのを発見した。
鱗滝さんは鼻が効くが一番匂いが強いからって胴体を蹴り潰し続けて首を刎ねようとしたんだが、半分まで刃が食い込んだ所で分身が合体して木の竜を使うちょっとだけ強いのになっちまったから近くの村の安全を考えて対応を優先しちまったが、最後に追い詰めたら空中に現れた障子の奥に逃げられちまった。
この間も日が昇るまで殴り続けりゃ勝てた。あの時みたいに障子が出ても蹴り飛ばしゃ良いだけだったのに。
「あっ!? がっ!?」
だから目の前の下弦の壱程度は逃さねえ。新人が向かった先で嫌な予感がするって手の空いた俺に御館様が命じたが正解だったぜ。首を握り潰さない程度に締め上げ、抵抗しようと振るう腕や足を叩き潰し続ける。
近くに川でもありゃ沈めながらで楽が出来たんだが……。
「相変わらず悲惨な事になってやがるなあ、七篠さん」
「おっ、朝日待たずにすんだか」
「俺の接近になんて気が付いていたでしょうに。相変わらず容赦が無いな、アンタって」
声を掛けて来たのは不死川、最近柱になったばかりの奴だ。首を握り潰して意識を奪った鬼を放り投げれば容易く首を切り飛ばしてトドメを刺した。
此奴が入隊の時から知ってるがまーた傷が増えたな。
「半分は八つ当たりだな。受け継いで来た流派を穢す奴を取り逃したばっかだし」
「……あー、上弦の参がアンタと同じ武術を使うって奴か」
「因みに女を殺せないみたいなんだが、先祖の手記と彼奴の刺青っぽい紋様からして婿入り前に恩人である師範と婚約者を毒殺された狛治って奴の可能性があるし、もし出会ったら慶蔵と恋雪って名前を出したら揺さぶりに使えるかもな」
あくまで予想だが、栄養が高い女を食えねえってのは人間時代に余程の事があるんだろうさ。だから使える物は使う。同情すべき過去がある? 鬼ってのは元の人間の心を乗っ取って動いてる別人だ。魂にこびり付いて残った物が殺すのに有効なら使わないとな。
「分かってる。鬼に容赦はしねぇ。勝手に鈍るんなら使わせてもらうぜ」
不死川は自分の手で殺したからこそ容赦が無いが、身内を鬼にされた奴は同情しちまうからなあ。鬼狩りなんて頭がおかしくなきゃやってられねえが、同情しつつ容赦無しってのは少ない。
「まあ、女を殺せないってのだけは確実みたいだし、居場所が分かったら女の隊士で囲んで襲うってのが一番だけれどな」
「マジで容赦ねえな。……ところで先代の炎柱の家と揉めたんだって? 随分と仲が良かったって聞いたのによ」
「あの家とは十代の時からっつーか俺を勧誘して家に置いたのが二代前の炎柱だしな。あの馬鹿が酒に逃げてるのが我慢出来なくてな。殴り込みに行って、それで息子の方とも気まずくなって、ついでに蝶屋敷で患者から鍛えて欲しいって頼まれたから何度か入院期間伸ばす結果に終えたら姉妹にむっちゃ怒られた」
「前者は兎も角、後者はアンタが悪いだろ。怪我人相手に何やってんだ……」
行冥も似た様な事言ってたよなあ。にしても槇寿郎の奴、何が“恵まれて生まれた貴様には分からん!”だよ。餓鬼の頃は一緒に修行して、若い頃は任務の帰りに吉原寄ってのどんちゃん騒ぎがバレて彼奴のカミさんに揃って怒られたり、一緒に息子や小芭内の修行に付き合った仲だってのに。
嫁さんが死んでから荒れて最後には酒飲みながら鬼狩りに行って下弦ですらない雑魚を取り逃す迄になったからな、あのタコ。痣がどうとか言われても生まれは選べないんだから悩んでも仕方ねえだろ。
「ふははは! 強ぇ強ぇ! だが、次は負けねぇぞ!」
「んで、彼処でぶっ倒れてる猪は誰だ?」
さっきから気が付いてはいたみたいだが無視していたのは下弦の壱に惨敗してぶっ倒れている猪の皮を被った小僧、最近拾った奴だ。
「最近喧嘩売って来たのを叩きのめして勧誘した奴」
「えぇ……」
① 休暇で山籠りしていたら縄張りだの言って山中で襲って来る
② 自力で身に付けたらしい全集中の呼吸を使っていた
③ 負けん気が強くて何度も挑んで来る
「肌に感じる空気の感触だけで離れた場所の鬼も見付けたし、挑発すればムキになって伸びる。獣に育てられたらしくて人の組織には向かねえのが難点だがな」
「最後ので全部の長所が台無しじゃねえか。まっ、剣士になれない雑魚でも隠としては便利な人材になるんじゃねえの?」
「なんだとゴラァ!! テメェをぶっ倒して俺様が雑魚じゃないって教えてやるよ、タコ助!!」
おーおー、元気な事だな。それはそうとしてアバラにヒビ入ってるんだからあんまり暴れるなって。
不死川の雑魚呼ばわりが気に入らなかったのか、立ち上がって折れた刀を振り回して突撃してくる伊之助を前に不死川がウザそうにしていたので軽く頷く。
勝負は一瞬、たった一発の踵落としで今度こそ意識を落とした。
「ハッ! せめて下弦の月程度は倒してから挑んで来るんだな。権兵衛さん、此奴は今後どうすんだ?」
「手綱を握ってくれる奴が居ればもう少しマシになるだろうし、同年代の奴と一緒に修行させるかねぇ」
蝶屋敷は……ちょっと無理か。感覚を更に鍛える為に目と耳塞いで洞窟に放り込んだり、今回みたいにある程度人を食ってる鬼の相手させてたの知られてブチ切れたからな。
下弦の壱の相手させたとか知られたらやかましそうだ。
「鱗滝さんにでも相談してみるか。あの人、一応冨岡育てたし」
「冨岡ねぇ……」
心技体の技体は兎も角、心は鍛えられてねえだろ、と不死川は嫌ってる同僚について呟くが、どうも否定してやれねえなぁ。
俺が隠の頭になってから何年目か経った頃、当時のお館様に言われて新しく就任した柱の実力を成果以外の方法で測る目的で組み手をやる様になったんだ。
結果は全員同じ一撃。
岩 ぶちかまし
音 踵落とし
炎 頭突き
花 鳩尾に一撃
風 頭掴んで地面に叩き付けた
蛇 両足掴んで回転投げ
水 背後から腰掴んで持ち上げ、大きくのけ反って
それで水柱の冨岡だが、どうも就任したってのに柱の自覚が無い様子だ。育て手の鱗滝さんには新人時代に世話になったし上弦を狩り損ねた苦い思い出を共有する仲で冨岡の修行時代にも何度か出会ってる。
それでちょーっと思い当たる節があるからサシで聞いたら大当たり。選別で唯一死んだ錆兎に助けられただけの自分は隊士にすら相応しく無いってよ。
「だから許可を貰って最終選別の山に投げ込んだんだよな。出ようとしたら頭掴んで投げ飛ばすのぶっ続けて」
そしたら同門を殺し続けたって異形の鬼と遭遇したってんだし、管理どうなってんだって話になった。それで柱による調査で強い鬼が残ってないか調べて、冨岡も何か思うところがあったらしい。
「選抜がどうであれ柱になったってんだから役目を全うする事だけ考えとけって話なんだよ、あの馬鹿。くっだらねぇ」
「だよなぁ。よし! 今から鱗滝さんの家まで走り続けるが遅れるなよ、伊之助!」
「ったりめぇだ! 手を抜くんじゃねえぞ、大親分!」
因みに伊之助は俺を大親分と呼ぶ。自分は親分なので今は上の俺に大を付けたらしい。気合いは入っているが負けた後だし、逸れている間に問題を起こされても困るので互いの腰を縄で縛り目的地に向けて駆け出した。