生意気な後輩女子に「転校する」と告げたら急に甘えてくるようになった   作:古野ジョン

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第1話 晴天の霹靂

 生徒会長という立場にもだいぶ慣れてきたと思う。後ろ半分を荷物(とも言い難いガラクタ)に占有された教室に長机を二つ並べただけの生徒会室。放課後の自分にとってはここが根城というわけだ。

 

 窓の外から聞こえる運動部の掛け声が、この部屋の埃っぽい空気を震わせている。それと歩調を合わせるようにキーボードの打鍵音が響く中、ソプラノの声が耳に届く。

 

「せんぱい、彼女とかいないんですかっ?」

 

 長机を挟んで向こう側の「お誕生日席」に座る星野(ほしの)彩音(あやね)が、ニヤニヤと笑いながら問うてきた。背後の窓から夕日を浴びつつ、触覚ヘアを揺らして生意気にも頬杖をついている。入学して一か月、コイツも生徒会に慣れてきたようだ。

 

「別にいないけど」

「ですよねーっ! せんぱい、頼りなさそうだもん!」

 

 思った通りの返事だったのか、彩音は声をあげて笑っていた。先輩として舐められていることは分かっているが、楽しそうな後輩を咎めるのも気が引けるので放っておいている。

 

「ところで、なんで彼女の話なの?」

「なーんかですね、一年生に春が来てるんですっ!」

「そりゃ、まだ五月だし」

「季節の話じゃなくて! アベックが出現してるって話です!」

「カップルって言いなよ」

「生々しいから嫌なんです!」

 

 カップルという語が生々しいかどうかはともかく、アベックという語は古臭いにもほどがある気がする。そういう言葉を使いたい時期というのは誰にでもあるものなので、気にしないけど。

 

「で、カップルが何だって?」

「彼氏が出来たとか誰かに告られたとか、そんな話ばっかなんですよ。もー飽き飽きです」

 

 彩音はむっと顔を上げて、不満そうに頬を膨らませていた。ボブにまとめた茶髪といい、パーカーの萌え袖といい、記号化された女子高生を演じているのかと思っていたけど、割と周りを冷静な目で見ているんだな。

 

「飽きているなら、なんで俺に彼女のことなんか聞いてきたの?」

「それとこれとは別ですっ! せんぱいは二年生だから、彼女の一人や二人いるのかと思って!」

「二人いたらまずいじゃん」

「三人も女子高生囲ってるくせにっ!?」

「生徒会役員の男女比が一対三なだけだろ」

「答えになってないですっ!」

 

 じいっと目を細めて、怪しい男を見るような表情を見せる彩音。たしかに俺以外の役員はみんな女子だ。生徒の間では「会長が美少女を集めている」なんて噂になったこともあるらしいし。

 

「せんぱい、彼女が出来ないからって職権濫用は良くないですよ?」

「そもそも、彼女いらないもん」

「えー……本当ですか? 男子高校生なのに? 強がるのはよくないですよっ?」

 

 彩音はまた不満そうに首をかしげていた。彼女いらない、とまで言い切るのは違うかもしれない。同級生が彼女と遊びに行った話を聞くと羨ましく思うし、帰宅中に話し相手が欲しくなる時もある。

 

「まあ、彼女が欲しいって思うこともあるかも」

「やっぱそうじゃないですかーっ! 仲の良い女の子とかいないんですかっ?」

「うーん、そうだなあ――」

「いるわけないですよね! せんぱい、友達もいないですもん!」

「ちょっと彩音ちゃん、さっきから言いすぎよ」

 

 俺から見て長机の右側、黒板に近い方に座っていた(さかき)凛花(りんか)が口を挟んできた。パソコンに向かって作業をしていたようだけど、何か言いたいことが出来たらしい。

 

「えーっ、だって本当のことじゃないですか! せんぱいが友達の話してるの聞いたことあります?」

「そんなの中学の頃から変わらないわよ。彩音ちゃん、分かり切っている事実をことさら強調するなんて残酷にもほどがあるわ」

「あっ、なるほど~」

 

 長い黒髪をたなびかせる榊を見て、彩音はうんうんと納得していた。榊、お前の方がよっぽどひどいこと言ってるぞ……。

 

「せんぱいと凛花さんって、中学の頃も生徒会だったんですよねっ?」

「まあ、一応ね。俺が会長で、榊が副会長」

「じゃあじゃあ、お二人は昔から仲良かったんですねっ!」

「仲……良かったかなあ?」

「彩音ちゃんの想像に任せるわ」

「ぶー、なんですかそれー!」

 

 彩音は顔をしかめて抗議していた。仲が良かったのか、と聞かれると少し答えにくいな。別に仕事上の関係、と言えばそれまでだし。同じ中学を出て同じ高校でまた生徒会をやっている、と聞けば仲良しに見えて当たり前かもしれないけどさ。

 

「うーん、じゃあ中学の頃にもせんぱいに彼女はいなかったんですか?」

「いるわけないじゃない。こんな男に」

 

 パソコンの画面から目をそらさず、榊は淡々と話をしている。なんか今日は手厳しいな。そりゃ、中学の頃にも彼女なんていなかったけどさあ。

 

「彩音、そろそろ仕事してよ。おしゃべりもいいけどさ」

「もう終わりましたー! あとは職員室に持って行くだけですー!」

 

 彩音は横の椅子に積んであった書類を持ち上げて、ドカッと机上に置いた。そろそろ運動会の時期だから、プログラムやルールをまとめた資料を作成するよう命じていたのだけど……いつの間にか完了していたらしい。

 

「仕事が早いな」

「せんぱいと違って優秀なので! ふふん!」

 

 どや顔で胸を張る彩音。いろいろあって生徒会に勧誘したけど、コイツが有能なのは嬉しい誤算だった。生意気なのを許しているのは、仕事が出来るからって理由もあるんだよな。

 

「あの、聞きたいことがあるんですけど」

「なに?」

「せんぱいって、来期も生徒会長に立候補するんですか?」

「……なんでそんなことを聞くの?」

「次もせんぱいが会長なら、私が書記をやってあげてもいいですよっ? ……とか、思ってたのでっ」

 

 彩音は少し恥ずかしそうに、こちらから目をそらしていた。そうだ、まだ()()()()は誰にも言っていないんだったな。

 

「残念だけど、来期は立候補しないよ」

「えー、なんでですか? 絶対当選するのに」

「そうじゃなくて。出来ないんだよ、立候補」

「どういうことですか?」

 

 首をかしげ、きょとんとしてこちらの顔を見る彩音。俺が生徒会長に立候補出来ない理由、それは極めて単純だ。

 

 ゆっくりと席を立つと、二人の視線がこちらに集まる。こほんと咳払いをしてから、口を開いた。

 

「九月になったら転校するんだ。要するに、今の任期が終わるころには――俺はもう、この学校にいない」

「えっ?」

「彩音がまた書記をやりたいっていうのは嬉しいんだけどさ。そういうことだから」

「……そうですか」

 

 いつもの元気が消えたように、しゅんとなって俯く彩音。そんなにまた生徒会の書記をやりたかったのかな……って、そんなわけないか。

 

「本当なの、それ?」

「本当だよ。親の仕事の都合で」

「あら、そう」

 

 対照的に、榊はすぐ納得してまた作業に戻ってしまった。おいおい、中学から一緒なのに冷たいなあ。

 

「あの……せんぱい、今日はもう帰ります」

「ん、そうなの?」

「私の仕事、もう終わったので。職員室に寄りますけど、ついでに持って行くものとかあれば」

「大丈夫だよ。じゃあ、気をつけて帰ってね」

「……はい」

 

 彩音はふらふらと席を立ち、書類の束を抱えて歩き出す。なんだ、具合悪いのか? そっと彩音のもとに駆け寄り、顔色を窺う。

 

「彩音、俺が持って行くよ。帰りな」

「えっ、でも」

「いいから。それより、具合悪いんじゃないか?」

「……せんぱい、ひどい」

「えっ」

「帰ります! じゃあ!」

「ちょっ、彩音!?」

 

 彩音は近くの段ボール箱の上に置いてあったリュックサックを背負い、あっという間に生徒会室を出ていってしまった。ピシャンと扉が閉められるのを見守るしかなく、ただただ唖然とする。

 

「彩音、急にどうしたんだろうな?」

「さあね。あなたの転校がよっぽどショックだったんじゃない」

「まさか、アイツに限ってそんなわけないって」

 

 転校をショックだと思ってくれているくらいなら、先輩に向かって友達が少ないとかなんとか言わないで欲しいんだけどなあ。

 

「ごめん榊、俺ももう帰るね。鍵だけよろしく」

 

 どのみち仕事がないのは同じなので、自分も帰ることにした。

 

***

 

 翌日の放課後。俺は榊と同じクラスなので、一緒に生徒会室に向かって作業を始めていた。二人して黙々とパソコンに向かい、資料作成やホームページの更新などを行う。座る位置もいつもと同じ、俺が「誕生日席」で榊が黒板側だ。

 

「彩音ちゃん、来ないわね」

「具合悪そうだったし、もしかして今日は欠席だったのかな」

 

 なんて会話をしていたところ、ちょうど背後から扉の開く音がした。振り向くと、そこにはいつもより真面目そうな顔をした彩音の姿。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様、遅かったね」

「掃除当番だったので」

 

 彩音は淡々と答えながら、例のごとく段ボール箱の上にリュックサックを置いた。いつも通り、向こう側の「誕生日席」に行くのかと思っていると――俺の近くで立ち止まった。

 

「ん、どうかした?」

 

 彩音は俺の左隣に佇んだまま、頬を紅潮させて黙り込んでいる。目線をきょろきょろさせたり、何かを言いよどんでやめたりしていて、なんだか妙だ。

 

「彩音?」

「……あの、せんぱい」

 

 やっと口を開いたかと思えば、彩音は俺の斜め前の席を指さした。そして何かを乞うように――一言。

 

「今日から、せんぱいの隣に座っていいですか」

 

 この日から……生意気だった後輩が、俺に甘えるようになった。

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