生意気な後輩女子に「転校する」と告げたら急に甘えてくるようになった 作:古野ジョン
生徒会室でいつも通りに仕事をこなしていた、ある日の放課後。パソコンに向かって作業していると、後ろの方から扉をノックする音が聞こえた。
「あ、私が行きまーす」
斜め前に座っていた彩音が席を立ち、俺の隣を横切った。きっと書類を届けに来た運動会実行委員か何かだろう。
「あれ、
おや? 何か様子がおかしいので、後ろを振り向く。彩音の前に立つのは、眼鏡をかけた背の低い女子。知り合いのようだし、一年生だろうか。
「とりあえず入って! それ、私じゃ分かんないから」
「し、失礼します……」
彩音の案内に従って、きまりが悪そうに入ってくる女子。俺はノートパソコンを閉じ、立ち上がる。
「彩音、この方は?」
「えっと、私のクラスメイトですっ! 生徒会に用事があるって言ってますっ!」
「あ……
有馬さんが、両手で書類か何かを持ったまま深々と頭を下げた。突然の出来事に困惑し、中途半端に頭を下げてしまう。
「えっと、生徒会長の瀬名です」
「はっ、はいっ! お噂はかねがね伺っております!」
「僕ってそんなに悪名高いんですか?」
「はいっ! 悪名もかねがね!」
「えっ!?」
「ちっ、違いますっ! すいません、間違えました!」
有馬さんはまた頭を深々と下げた。緊張しているみたいだから、ちょっとジョークで場を和ませようとしただけなのに。かえって逆効果だった。
「せんぱいっ、結奈ちゃんはピュアなんだからいじめないでくださいっ!」
「えっ、なんかごめん」
彩音はぷんぷんと頬を膨らませた。ピュアだって知っているくらいには仲が良いみたいだな。
「……」
「ど、どうかしました?」
ふと気づくと、有馬さんが俺の顔をじっと見上げていた。「へえー……」とでも言いたげな表情で、しげしげと眺めている。
「いえっ、彩音ちゃんの言う通りの方だなって」
「彩音がどうかしたんですか?」
「優しそうで頼りになりそうだなって。よく彩音ちゃんがクラスで会長さんの話を――」
「わーっ! 結奈ちゃん余計なこと言わなくていいからっ!」
「むうっ!?」
羽交い締めするかのように、有馬さんの口をふさぐ彩音。いじめているのは俺じゃなくてお前なんじゃないか、と喉まで出かかった。
「ちょっと、有馬さんは用事があるんじゃなかったの?」
「あっ、ごめん結奈ちゃん!」
見かねたのか、榊が席を立って俺たちの方に歩み寄ってきた。彩音はハッとしたかのように手を放す。
「けほっ、けほっ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「はっ、はいっ! そっ、それより、会長さんにお願いしたいことがありまひゅ!」
「落ち着いて!?」
噛んだ!? 本当に緊張しやすい子なんだな。
「お願いって?」
「えっと、その……」
有馬さんは手に持っていた書類を漁り始めた。大量に束ねられた紙類の中から、一枚のA4用紙を見つけ出し、俺の方に突き出してくる。
「ぶ、部活が作りたいんですっ!」
「へっ?」
「しょっ、書道部の新設を認めていただけないでしょうかっ!!」
***
「それでっ、創部には生徒会の承認が必要だって聞いたので……」
「なるほど、分かりました」
ひととおり話を聞いてみたけど、やはり書道部を作りたいということらしい。長机の黒板側に俺たち三人が座り、有馬さんには反対側に座ってもらっている。まるで面接試験みたいだな。
「せんぱいっ、私からもぜひお願いしますっ!」
右隣に座る彩音がペコリと頭を下げ、いつも通りの触覚ヘアを揺らしていた。それに対し、俺の真向かいに座る有馬さんは緊張した面持ちで背筋を伸ばしている。
俺は手元に置いてある生徒手帳をぺらぺらとめくった。規則には、生徒総会を待たずに生徒会の判断で部の新設を認めることが出来ると書いてある。ただし何個か条件があって、それらを満たしているかどうかも考慮しないといけないみたいだ。
「瀬名くん、どうするの?」
今度は左隣に座る榊が問うてきた。部の
俺としても創部そのものに反対する理由はない。けど……いくつか条件が足りないんだよな。ここは有馬さんに意志を確かめてみるか。
「もう一度聞きたいんですけど、書道部を作りたい理由って何ですか?」
「えっと……私、昔から書道を習ってて。一人で書ければそれでよかったんですけど、高校生になってから、皆が友達と部活に入っているのが羨ましくなったんです」
「要するに、書道をする仲間を作りたいってことですか?」
「は、はいっ」
部を作る理由としては不自然じゃないし、極めて真っ当なものだと思う。有馬さん自体には全く問題がない。
問題は創部条件の方だ。規則にはごちゃごちゃ書かれているけど、特に大きなものとしてはこの三つ。
・顧問がいること
・最低でも三人の部員がいること
・決まった活動場所があること
話を聞いている限り、顧問に関しては当てがあるみたいだけど、問題は残り二つの条件だ。
「有馬さん、現時点での部員数の見込みを教えてもらっていいですか」
「わ、私一人です。あの、なかなか他の人を誘えなくて……」
恥ずかしがり屋さんみたいだし、出来るかも分からない新部活に他の生徒を勧誘するのは難しいんだろうな。こればかりはどうしようもない。
「それから、活動場所は確保してありますか?」
「えっと、部室棟は満室って聞いてて。美術室を使えないかと思ったんですけど、もう美術部が使っているから無理だって……」
「うーん……」
思わず顔をしかめる。条件のうち二つを欠くとなると、おいそれとハンコを押すことは出来ない。承認してあげたいのはやまやまなんだけどな。俺は再び、生徒手帳をぺらぺらとめくる。
……待てよ? あくまで条件は「考慮しなければならない」だけで、満たしていなければ創部出来ないわけじゃない。となれば、どうにか有馬さんのために動けるかもしれな――
「せんぱいっ! あんまり結奈ちゃんをいじめちゃダメですっ!」
「へっ?」
「ほらっ、あんまり意地悪するから泣きそうになってるじゃないですかー!」
「ちっ、違います! 泣きそうになんかなってないですっ!」
顔を上げてみると、たしかに有馬さんの目にうっすらと水滴が浮かんでいるのが見えた。本人は慌てて手を振って否定しているけど、どんどん涙がこぼれているのがはっきりと分かる。
「有馬さん、大丈夫? ごめんなさいね、うちの鬼畜が」
「鬼畜!?」
「融通の利かない男って嫌よね。分かるわ、その気持ち」
「榊は俺の何なの!?」
榊はハンカチを手に持ち、身を乗り出してそっと有馬さんの目元を拭ってあげていた。さすがに年下の女の子を泣かせると罪悪感がある。別に意地悪したつもりはないんだけど……泣くほど書道部を作るために頑張ってるってことだもんな。
「有馬さん、いろいろと言ってしまって申し訳ありません。謝ります」
「いえっ、会長さんは悪くないです!」
「ありがとうございます。それより、部の新設なんですが」
「はっ、はいっ!」
有馬さんはまた背筋を伸ばして、俺の顔をじっと見た。どうせ鬼畜なら、鬼畜を貫いた方が良いだろう。
「部員を三人まで増やしてください。出来れば
「きょっ、今日中ですか!?」
「せんぱい!?」
「ちょっと、瀬名くん!?」
目を丸くする有馬さんと、正気かと言わんばかりに俺を見る両隣の二人。シャイな有馬さんにとって、特に達成が難しいのはこの部員数の条件。今日中に三人集めるなんてまず無理だろう。
「本気で書道部を作りたいなら、それくらいの覚悟を見せてください。でなければ、僕はハンコを押しません」
「そっ、そんな……」
「せんぱいっ、どうしちゃったんですか!?」
彩音はアワアワとした様子で、俺の顔と有馬さんの顔を見比べている。有馬さんは今度こそ本気で泣き出してしまいそうだ。
「有馬さん、早くしないとどんどん生徒が帰ってしまいますよ? 今すぐこの部屋を出て、勧誘しに行ったらどうです?」
「瀬名くん、そんな言い方――」
「榊、あくまで会長は俺だ。俺のハンコが無ければ創部なんか出来ない」
「それは、そうだけれど……」
何か言いたげだった榊を制して、再び椅子に居直る。有馬さんは呆然とするばかりで、席を立とうともしない。我慢ならなくなったのか、右隣にいた彩音がガタッと音を立てて腰を上げた。
「結奈ちゃん、行こうっ!」
「あ、彩音ちゃん?」
「私、手伝ってあげるからさっ! 意地悪なせんぱいなんか置いて勧誘しに行こっ!」
彩音は長机の横を通って向こう側に回り込み、有馬さんの手を引いた。困惑していた有馬さんも、ハッと目を見開いて立ち上がる。
「そっ、そうだよね彩音ちゃん。とにかく部員を増やさないと……」
「じゃあっ、私は行ってきますから! せんぱい、文句ないですよねっ!」
「別に構わないよ。頑張ってね」
「べーっだ!」
あかんべえという古典的な方法で意思表示をした後、彩音は有馬さんを引き連れて出て行ってしまった。ピシャッという音とともに扉が閉まり、俺と榊だけが静かな生徒会室に取り残される。
「さて、出て行ったか」
「ちょっ、ちょっと瀬名くん!」
「なに?」
「どういうつもりなの!? あんな言い方で追い出して!」
榊は珍しく怒った様子だった。椅子から立ち上がり、明らかに苛立った表情で俺を見下ろしている。
「別に、これも会長の仕事だよ」
「だからって……! だいたい、瀬名くんらしくないわ!」
「何が?」
「普段の瀬名くんなら、強引にでも承認してあげるじゃないの! どうして、あんな……!」
「榊、その通りだよ」
「……えっ?」
有馬さんの残していった書類の中から、「創部願い」と題された一枚のA4用紙を手に取る。俺は机の下に置いておいたハンコのケースを取り出し、蓋を開ける。
「せ、瀬名くん?」
榊は困惑した様子でこちらを見ている。俺はハンコの先を朱肉につけると、勢いよく――用紙に押した。赤色の「生徒会長之印」という文字がはっきりと刻まれる。
「言ったでしょ? 俺のハンコが無ければ創部なんか出来ないんだって」
「じゃあ、まさか……」
俺は榊に用紙をそっと手渡し、席を立った。出口に向かって歩いていき、扉に手をかける。そう、最終的に部の新設可否を判断するのは生徒会長だ。だから――
「生徒会長の
返事を待たず、俺は生徒会室から出て行った。