生意気な後輩女子に「転校する」と告げたら急に甘えてくるようになった 作:古野ジョン
「すいません、部活はもう入ってるので……」
「で、ですよね。すいません、お忙しいところ」
一年生の男子に対して、結奈ちゃんが申し訳なさそうに頭を下げていた。せんぱいに部員数を増やすように言われてから、私たちは校内を歩き回って勧誘活動を続けている。だけど……今のところ、入部すると言ってくれた人は一人もいなかった。
「や、やっぱり無理なのかな……」
「結奈ちゃん、諦めちゃだめだよ! ぜったい集めないと!」
「うん……」
必死に励ましてみたけど、結奈ちゃんの反応は芳しくない。教室に残って駄弁っている人とか、図書室で本を読んでいる人とか、いろいろな人にアプローチしたのにこの結果なんだから、そりゃ落ち込みもするよね。
「彩音ちゃん、もう一年生の教室にはほとんど残ってないみたい」
結奈ちゃんは半ば諦めたようにそう呟いた。私たちが今いるのは、一年生の教室が並ぶ廊下。同学年の方が都合が良いと思ったんだけど、流石に五月ともなれば何かしらの部活に入っている人の方が多いみたいだ。
「結奈ちゃん、本当にごめんね。せんぱいがあんなこと言って……」
「し、仕方ないよ。もともと部員も活動場所も用意していなかった私が悪いから……」
私たちはがっくりと肩を落とす。なんだか悲しい。いつものせんぱいなら、無理にでもハンコを押してくれたと思うのに。どうして今日はあんなに意地悪だったんだろう。
「普段のせんぱいはもっと優しいんだけど、今日はなんだか変だったなあ……」
「そうなの?」
「あんな風に人を煽るところなんて見たことなかったもん。いつもは……なんていうか、その……穏やかなお兄さんって感じなのっ!」
「へ、へえ」
「凛花さんに言い返すことなんてないのに、今日はなんか強気だったし! 本当にいつものせんぱいじゃないみたいでっ!」
「あ、彩音ちゃん?」
「なんで今日は厳しかったのか、本当にわっかんないの! ごめんね結奈ちゃん、せんぱいはあんな人じゃ――」
なんて大声を張り上げたところで、結奈ちゃんが戸惑っていることに気がついた。……わ、私が怒ってどうするのよ!
「ごっ、ごめん! つい一人で怒っちゃって!」
ハッと気が付いて、慌てて頭を下げる。そうだっ、今なすべきことは部員を集めること。せんぱいに八つ当たりしたって仕方ないもんね。
「だ、大丈夫だよ。謝らないで」
「うん、ごめんね」
「……ふふっ」
その時、結奈ちゃんが微かに笑ったことに気が付いた。えっ、いま笑うようなところあったかな。
「どっ、どうしたの?」
「彩音ちゃん、本当に会長さんのことを信頼してるんだなあって」
「えっ?」
「『せんぱいが』『せんぱいが』ってずっと言ってるから。会長さんはすっごく優しい人なんだって、彩音ちゃんは信じているんでしょ?」
「そっ、そんなことは……」
口では否定したけど、正直に言えば図星だった。さっきの出来事があってもまだ、私はせんぱいのことを信じている。結奈ちゃんはピュアだけど、人のことをよく見ているんだな。
どうしてせんぱいがあんな振る舞いをしたのか。年下の女の子をむやみやたらにいじめるような人じゃないことは分かっているから、なおのこと気になる。
「……何か」
「彩音ちゃん、どうしたの?」
「何か、意図がある気がする」
「意図?」
「やっぱり、せんぱいは本気じゃなかったと思う。今日中に部員を集めろなんて、そんな理不尽なことを言う人じゃないもん」
「でも、だったらなんで……?」
結奈ちゃんは首をかしげた。実際、私にも分からない。あんな無茶を言ったところで、せんぱいには何の得もないのに。
――瀬名くん、いつも大事なことは言ってくれないから。
ふと、凛花さんの言葉がよぎった。もしかして、今日も私は「大事なこと」を隠されているんじゃないの? 転校のことを言われたときみたいに、せんぱいは何か心に秘めているのかもしれない。
「結奈ちゃん、さっきせんぱいはなんて言ってた?」
「『部員を三人まで増やしてください。出来れば今日中に』って……」
冷静に考えてみれば、せんぱいが
そうだ、明らかにおかしい。仮に私たちが部員を集められたとしたら、せんぱいはどうするつもりなのだろう。創部を認めると言ったって、活動場所が無ければ意味がないんだから。……ってことは、もしかして?
「ねえ、部室棟って本当に満室なの?」
「えっと……たしか、物置代わりになっている部屋があるって」
「それだーっ! それだよ、結奈ちゃん!」
「えっ、えっ?」
「せんぱいが『部員を集めて来い』って言ったってことは、裏を返せば『活動場所はどうにかする』って意味なんじゃないかな!?」
「あっ、たしかに……!」
「きっと他の部に交渉かなんかして、結奈ちゃんのために部屋を開けてくれるんだよ! せんぱいなら絶対にそうするもんっ!」
自分の心がどんどん晴れ渡っていくような気分だった。せんぱいは結奈ちゃんに嫌がらせしたわけじゃなくて、最初から創部を認めるつもりだったんだ……!
「あれ? でもおかしいよ、彩音ちゃん」
「えっ?」
有頂天になっていたところ、ハッと目が覚めた。結奈ちゃんは首をかしげて、何か疑問に思っているような仕草を見せる。
「だったら、会長さんはどうして『今日中に』なんて言ったのかな?」
「たしかに、部員はゆっくり集めればいいもんね」
「わざわざ今日にこだわる理由って何なんだろう?」
「そっか、そうだよね……」
結奈ちゃんの指摘はもっともだった。せんぱいが活動場所を確保してくれる、というのが本当だとしても、無理やり部員を集めさせる意味が分からない。「本気で書道部を作りたいなら、それくらいの覚悟を見せてください」とは言っていたものの……そこまで感情論で動く人でもない気がする。
「もしかして……会長さんは、単に私たちがいると不都合だったんじゃないかな?」
「えっ?」
「『今日中に』って言えば、私たちが慌てて勧誘しに行くだろうって思ったのかも……」
つまり……せんぱいは私たちを追い払いたかっただけってこと? じゃあ、今ごろせんぱいは――
「ゆっ、結奈ちゃん!」
「えっ?」
「生徒会室、戻ろう!」
「ちょっ、彩音ちゃん!?」
居ても立っても居られずに、私は廊下を駆け出した。生徒会役員としては許されない行動だけど、そんなルールに従っている場合じゃない!
「せっ、せんぱいのばかああああっ!」
大声で叫びながら、生徒会室に向かって走ったのだった。