生意気な後輩女子に「転校する」と告げたら急に甘えてくるようになった   作:古野ジョン

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第8話 独断

 我が校の部室棟は二階建てで、主に文化部がその拠点を置いている。活動場所にしたり倉庫にしたりと、使用法は様々だが、いずれにせよ最低一部屋は確保している部活が多い。

 

「よいしょっ……」

 

 壁に据え付けられた金属製の棚から、重い段ボール箱を下ろす。俺が今いるのは、二階の一番奥にある部屋。空き部屋だったはずなのだが、それをいいことに各部活が不用品を放り込んで物置代わりにしてしまっていたのだ。

 

「うん、こんなもんかな」

 

 棚に積んであったガラクタやら何やらを整理して、外の廊下に並べた。どの部のものか分かるものは返しに行けばいいし、そうでないものは部室棟の共用部に置いておけばいいだろう。掃除もだいたい済んだし、あとはゴミを捨てるだけ。

 

「……」

 

 部屋に戻り、ふと自分の学ランを見てみると、埃だらけになっていた。もう何年も掃除されていない部屋だから、当然と言えば当然。結構広い部屋だし、一人で綺麗にするなんて無茶だったかもなあ。

 

 有馬さんから話を聞いていたとき、この部屋のことが思い浮かんだ。きったねえ部屋だけど、掃除すればなんとか部室として使えるかも……なんて、思ったのだ。

 

「ん」

 

 誰かが廊下を走ってきたかと思えば、背後から扉の開く音がした。振り向くと、そこにあったのは――息を切らした榊の姿だった。

 

「どうしたの? そんなに走ってきて」

「そ……掃除はもう、終わったのかしら……」

「うん、だいたい終わったよ」

 

 そう答えると、榊はなんだか悔しそうな表情を見せた。ふらふらとよろめくように、部屋の中に入ってくる。

 

「大丈夫? 無理しなくていいのに」

「やっぱりおかしいと思ったのよ。頭ごなしに創部を断るなんて、いつもの瀬名くんじゃ考えられない」

「それがなんだって?」

「とぼけないで! ……この部屋を一人で掃除するために、ああして二人を追い払ったんでしょう?」

 

 必死に言葉を紡ぐ榊に対して、無言で頷いた。榊の言う通り、俺は一人でここを部室として整備して、有馬さんに提供するつもりだったのだから。

 

「瀬名くん、なんでこんな……」

「規則を厳密に適用すれば新設なんか出来そうになかったからさ。でも俺の『独断』なら、俺の責任で創部することが出来る」

「私たちに言ってくれればいいじゃない!」

「『独断』で創部するんだから、榊と彩音にこんな汚い部屋を掃除させるわけにいかないよ。あくまで俺一人の仕事にしたかったんだ」

 

 俺の考えを榊と彩音に伝えれば、きっと掃除を手伝うと申し出てくれただろう。なんだかんだ言って、二人とも親切な人間だからな。

 

 だけど……俺が勝手に創部を承認するだけなのに、それはあまりにも申し訳ない。だったら俺が一人で埃にまみれた方がマシだ。苦労するのは俺だけでいい。

 

「……彩音ちゃんたちが帰ってきたら、なんて説明するのよ」

「多分だけど、二人は部員を集められないと思う。きっとがっかりして帰ってくるんじゃないかな」

「えっ……」

「だからさ、榊が俺を説得したことにしてほしいんだよ。あんなこと言った手前、今更手のひら返して『やっぱりいいよ』ってのも変な話だろ」

「それじゃ、瀬名くんが――」

「あー! いたー!」

 

 いきなり廊下から聞こえてきて、俺たちはそちらの方に顔を向ける。さっきの榊と同じように、息を切らした彩音と有馬さんが立っていた。

 

「あれ、よくここが分かったな」

「生徒会室に戻ったら凛花さんの書き置きがあったんです! 『部室棟に行く』って書いてあったから、すっ飛んできたんですよ!?」

「へえー、そうか」

 

 そういや、榊はどうして俺がこの部屋を掃除しているのだと気がついたのだろう。……もしかすれば、過去の()()から俺の行動が読めたのかもしれないな。

 

「会長さん、この部屋って……」

「書道部の部室ですよ。榊に『承認してあげなさい』と怒られてしまったのでね」

「ふ、副会長さんが?」

 

 きょとんとする有馬さん。視線を送ると、榊はため息をつきつつ話し始めた。

 

「そうよ、今日中に部員を集めろっていうのはあんまりだと思って。有馬さん、この部屋は好きに使ってもらって構わないから」

「ほっ、本当ですか……!?」

 

 有馬さんは目をキラキラと輝かせて、部屋中を見回していた。これでいい。あくまで、有馬さんは「創部を承認してもらった」だけ。条件を満たすのか怪しい中、強引に承認したのは俺の独断――ということにしてしまえば、他の生徒から物言いがあっても有馬さんが責任を問われることは無いはずだ。

 

「今日付で書道部の新設を承認します。部員数に関しては、これからゆっくり増やしてもらえばいいですから」

「あの……どうして会長さんは『今日中に』と仰ったんですか?」

 

 有馬さんがそう問うと、隣にいた彩音がじっとこちらを見た。今日中に――なんて無茶を言ったのは、他の生徒に「書道部がきちんと勧誘活動していた」という認識を持ってもらうためだ。

 

 きっと二人とも熱心に勧誘しただろうから、書道部について知ることになった生徒も多いはず。そうすれば、「書道部は部員が三人に満たなかったが、しっかり勧誘活動はしていた」という評判が立つから、これも他生徒からの苦情を回避するのに役に立つわけだ。でも――二人がこんな理由を知る必要はない。

 

「さっきも言った通りですよ。僕はただ、有馬さんが本気かどうかを見たかっただけです」

 

 そう言って、俺は床に置いてあったゴミ袋を手に持ったのだった。

 

***

 

「どーしてせんぱいが悪者になったんですか?」

 

 ゴミを捨ててから、生徒会室に戻って扉を開けると、すぐ目の前に彩音の姿があった。睨むように目を細めており、かなり不満そうな表情をしている。

 

「なんの話?」

「あれじゃ、結奈ちゃんからすればせんぱいは意地悪な人ってだけじゃないですか!」

「別に構わないよ。書道部の新設が出来たんだから、それでいいじゃん」

「良くないです!」

 

 彩音は頬を膨らませ、ぷんぷんと怒っていた。書道部は出来た、全て俺の責任になった、掃除も全部俺がやった。特に問題なんかないのに。

 

「凜花さんから聞きました。せんぱい、やっぱり一人で掃除してたんですね」

「彩音たちに掃除させるのは申し訳なくてさ」

「それも聞きました! ……せんぱい、どこまでお人好しなんですか」

「責任を負わせたくなかっただけだよ。当然のことさ」

「でもっ、それじゃせんぱいが……!」

「彩音」

 

 名を呼ぶと、目の前に立ちはだかっていた彩音が黙り込む。生徒会長として、今の俺が出来ることは――

 

「俺は九月で転校するからさ。どんなに悪者になっても、どんなに嫌われてもいい。みんなのためになるなら、それでいいんだ」

「えっ……」

「どうせ転校していった会長のことなんか、みんな忘れちゃうだろうしね」

 

 彩音は戸惑っているように見えた。今の言葉は本心からのもの。どれだけ嫌われようと、どれだけ恨まれようと、みんなのために努力をする。それが自分の使命だと思っているし、任期が終わった途端に転校してしまう俺からの誠意でもある。

 

「……せんぱいは、あくまでみんなのためだって言いたいんですか」

「そうだよ。それ以上でもそれ以下でもない」

「じゃあっ、じゃあっ……!」

 

 ふと前を向くと、彩音が目を真っ赤に腫らしていた。予想外の出来事だったから、流石に驚いてしまう。彩音、なんでお前は涙なんか――

 

()()()()に、そんなこと思わないでくださいっ……!」

「えっ?」

「私っ、嫌ですっ! せんぱいがっ、本当は優しいせんぱいがみんなに嫌われるなんてっ……嫌に決まってますっ!」

 

 彩音は手で両目を押さえようとしていたけど、それでも涙は止められないようだった。……年下の女の子を泣かせると罪悪感がある。

 

「彩音……」

「せんぱいはっ……悪者なんかじゃないのにっ……! みんなのこと、考えてるのにっ……!」

 

 どうして目の前の彩音が涙を流しているのかは、はっきりとは分からなかった。俺が嫌われてほしくない。そんなことを思ってくれる後輩がいるなんて、自分はずいぶんと幸せな先輩なのだと感じたことはたしかだ。

 

「彩音」

「えっ?」

 

 ポケットに入っていたハンカチを取り出し、彩音の目元にあてがった。流れる雫をそっと拭ってやると、彩音がきょとんとして俺の顔を見上げる。

 

「せ、せんぱい?」

「ありがとな。俺のこと、心配してくれたんだよな」

 

 彩音の体をそっと押しのけて、生徒会室の中に入っていく。自分の席に戻ろうと、次の一歩を踏み出した途端に――制服の裾を掴まれた。

 

「……せんぱい」

「彩音?」

 

 後ろを振り返ると、彩音は俯いたままだった。絞り出すようなか細い声で、そっと俺に語り掛ける。

 

「みんなと私、どっちが大切なんですか」

 

 彩音とみんなを天秤にかけたら、どっちが大事なのか。はっきりとした解は持ち合わせていない。でも、一つだけ。一つだけ言えるとしたら。

 

「彩音が大切に思ってくれている分だけ、俺も彩音を大切に思っているよ」

「……せんぱいは、ずるいです」

 

 そう言って倒れこんできた彩音の身体を、しっかりと抱きとめてあげたのだった。

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