元Sランク冒険者、弟子を取る〜引退後の生活は、おしかけ弟子のせいで滅茶苦茶です〜 作:サラダよりは肉が好き
「……いなくなっちゃった」
焼き魚をゴクンと飲みながら、私は呆然としていました。
師匠が唐突な行動に出るのは今に始まったことじゃありません。今回の場合は、原因だってハッキリしています。
今さっき入店してきた、師匠と同じ黒いローブを纏った人。そういえば、いつの日だったか師匠が言っていた気がします。黒いローブは魔法妃ミランダ様が作った魔道具で、同じデザインのモノはマスターアーツのメンバーしか持っていないと。
つまり、今そこに座っている人は、マスターアーツの誰かということになります。
師匠がマスターアーツのメンバーと何かあったことはしっていますが……正直、気になります。一体誰なんでしょう?
当然と言えばそうなんですが、師匠はあまり昔の話をしません。師匠にとって触れられたくない部分ですから。
「……お嬢さん、ボクに何か用かい?」
「えっ!?」
……今、私は黒いローブの人から“目線を外していなかった”はず。それなのに……いつの間にか、この人は私の向かいに座っていました。本当に前触れもなく、それが自然であるかのように。
「……あの」
「あぁ、すまない。こちらをじっと見ていたし……ボクと同じローブを羽織った人と一緒に居ただろう?気になってしまってね」
「……!」
男の人とも、女の人とも取れる中性的で、それでいて引き込まれる美しい声。そして、少しだけ、ローブのフードを取って顔を私に見せてくれました。
「あ、あなたは……!」
「シーッ……うん、どうやら察しているみたいだね」
……この人は、“奇術星(トリックスター)”という異名を轟かせる、Sランク冒険者の中でも魔道具の扱いに長けた天才。
その容姿と特技の手品から、圧倒的な知名度を誇るマスターアーツのメンバー。
「ボクはタビト。元マスターアーツのタビトさ……よろしくね?」
右手を伸ばし、一瞬でバラの花を出現させながら、彼(彼女?)は微笑を浮かべました。
☆
「突然ついてきてもらって悪かったね」
「いえ……師匠はどこかに行ってしまいましたし…」
タビト様の提案で、私とタビト様は教会へと場所を移しました。タビト様の知り合いの方が運営なさっているそうで、話を聞かれる心配がないんだそうです。
「……さて、君は」
「あ!ミャゲルです!Dランク冒険者をしてます!」
「ミャゲルちゃん。……単刀直入に聞くけど、君と一緒に居た人は誰なのかな?」
……正直に言うかは、悩みます。テツロウ様は、マスターアーツの方々とは関わりを持ちたくない筈です。
ミランダ様とは、なんだかんだ仲が良さそうでしたが……今回もそうなるとは限りません。
……ですが、この人は、きっとマスターアーツが解散した理由を知っています。
余計なお世話かもしれない。それとも、ただの私の好奇心かもしれない。
それでも、私は知りたい。めんどくさがりで、いじわるも沢山言うけど……師匠は、テツロウ様は本当は優しい方。少しでも、力になれるきっかけが掴めるなら……。
「……私と一緒に居たのは、師匠……“拳王”テツロウ様です」
「……テツ、ロウ?今君は、テツロウと言ったのか?」
……タビト様は、目を丸くした後、沈黙しました。顔色は青く、そして……涙を浮かべています。
「……それはそうか。じゃなきゃ逃げたりしないか……はは……なんてことだ」
「……タビト様?」
「……君は、テツロウの弟子と言っていたね?」
「……はい」
「じゃあ、ボク達のことは……その、聞いているのかな?」
「詳しくは、何も。……ですが師匠は、人との関わりをあまり持とうとしません」
「……そう、か」
タビト様は、しばらく俯いて……椅子へ座り込みます。……そんなタビト様の様子からは、怒りなどは感じられず……ただ、哀しんでいるように見えました。
「……タビト様。私は8年前……マスターアーツの方々に、テツロウ様に命を救われたことがあります」
「……!」
「解散の話を聞いた時、何かの間違いだと思っていました。……だって、私と父の命を救い、護衛してくれた皆さんの姿は……とても仲睦まじく見えたんです」
「……8年前、護衛……まさか、君はあの時の猫の獣人……」
「はい。……そして、今はテツロウ様の弟子です。……タビト様。どうか教えていただけませんか?……師匠は、どうして人との関わりを避けるようになってしまったのか……そして、マスターアーツはどうして解散したのか」
……タビト様は、私の顔を見つめます。中性的でありながら、美しいその顔立ちは……哀しみと、迷いと、後悔が現れたような、複雑な表情に見えました。
Sランク冒険者。一般的には、英雄とも化け物とも揶揄される、雲の上の存在。……そんな人でも、何かに悩み、憂うような、私達と変わらない一面がある。テツロウ様を見て、それは強く感じるようになりました。
……それならば、きっと私ができることがあるんじゃないかって、自惚れながらにも思うんです。
「……強いね。覚悟を持っている目だ。ボクとは違う」
「……そんな、私なんてまだまだです」
「ううん。きっと君は“生まれた時から”この世界で、色んな苦労や理不尽を経験して、それでも前を向いて生きようとしている」
「それは、タビト様も同じことではないんですか?」
「……あぁ、そうだ。“そうだと思っていたんだ”。……でも、何もかもが甘かった。数年この世界で生きておきながら、強さだけ身について……覚悟が足りていなかったのさ」
……数年、つまりタビト様は、転移者ということでしょうか?
「……わかった。話すよ。テツロウの近くに居る君は、きっと知っておくべきだ。……3年前、現在も攻略されていないダンジョン“マグナアビス”で何が起こったのかを」
「……お願いします」
師匠。ごめんなさい。きっと詮索するのは良いことではありません。もしかしたら、弟子失格かもしれません。……それでも、私は知りたいです。
私を諦めさせるためと言いながらも、見殺しには絶対せず、ちゃんと強くなるための修行をつけてくれるあなたが……時々見せる悲しそうな顔。それを見る度に、不甲斐なさと寂しさに襲われるんです。
過去に、命を救われました。師匠を尋ねて山へ行って、また助けられて。今は修行を含めてまるっきりお世話になっています。
師匠は素直じゃないけど優しいから、きっと話してくれないと思います。でも、だからこそ、私はあなたの深い部分に、少しでも近づきたいんです。
「……結論を先に言うと、マスターアーツは……“テツロウを見捨ててダンジョンから撤退した”んだよ」
……覚悟していたはずなのに、その言葉の衝撃に、思わず目を見開いてしまいました。
そして、これからタビト様が語るのは……英雄とは程遠い、まるで少年少女たちが幼い頃に済ませるような、葛藤とすれ違いの物語だったのです。
次回、テツロウの過去編。