元Sランク冒険者、弟子を取る〜引退後の生活は、おしかけ弟子のせいで滅茶苦茶です〜 作:サラダよりは肉が好き
その日の夜。買い出しと打ち合わせを終えた俺たちは、ラソラ婆さんの屋敷に泊めてもらうことになった。
領主の屋敷ということもあってか、そこらの宿屋よりも随分と快適な環境だ。ドワーフ由来の工芸品とかやたら並んでるし、デカい風呂はついてるし、ベッドはフカフカだしな。
善は急げ、ということでダンジョンへは明日向かう予定だ。メンバーは、俺、ミャゲル、タビト、スーザンの4人。タビトは変に目立ちたくないらしく、冒険者ギルド支部へは、スーザンとミャゲルがパーティーを組んで、攻略依頼を受注という形を取ったらしい。
……にしても、マグナアビスに似たダンジョンか。あまり良い予感はしない。
3年前。マグナアビスで戦った黒い靄。人型を模したそれに、俺は取り込まれた。五感をすべて奪われ、絶望に支配されていくなか……何とか、脱出しようと、足搔いて、足搔いて、足搔いて……気が付けば、ダンジョンの入口近くで解放されていた。
俺が何をされたのか、どうして黒い靄は俺を取り込んだのかは今でもわからない。王都の医者やミランダに調べてもらったが、俺の体には特別異変はなかった。
……だが、あんなものが良いモノの筈はない。もし、あのこの街のダンジョンが、アレに関連するものだとしたら……。
コンコンコン……
考え事をしていると、部屋の扉がノックされた。一体誰が……。
「師匠、ミャゲルです」
「入っていいぞ」
扉を開けて、入ってきたのはミャゲル……と、スーザンだ。弟子同士で一体何の用だ?
「し、失礼します~……」
「あぁ……まぁ座れ」
2人に座るように促し、相手の反応を待つ。……妙にスーザンがもじもじしているが……?
「そ、そのぅ、テツロウ様……」
「……なんだ?」
「……た、大変申し訳ございませんでした~!!!」
スーザンは、流れるように俺に土下座を始めた。……全く心当たりがないんだが。
「ミャゲル、説明」
「はい!……昼間、スーザンちゃんが師匠の実力を疑ってるようなので、模擬戦を仕掛けました!」
「間が微妙にすっ飛んでる気がするんだが……」
「師匠の弟子である私がスーザンちゃんに勝てば、師匠の強さの証明になると思いまして!」
「模擬戦したのってそういう経緯だったのかよ……お前、ミランダの弟子の小娘とも似たようなことになってたよな」
「……ミャゲルちゃんに負け、さっき師匠にもこってり絞られました~……。申し訳ございません」
……あー、成程な。タビトに謝ってこいとでも言われたか。とはいえ、スーザンの気持ちもわからないでもない。見知らぬ男が現れて、師匠と同格だと言われてもピンと来ないだろうし、ましては俺は、世間的には評判のよろしくない、冒険者を引退した身だ。
一緒にダンジョン攻略します!って突然言われても困惑するだろう。
……じゃあ、しっかりと安心してもらうとしよう。タビトの弟子だし、これくらいの“洗礼”は大丈夫だろ、多分。
☆
突然現れた、わけのわからない男。ワタシ、スーザンから見たテツロウ様の印象はそんなものだ。
もちろん、マスターアーツの拳王という名は聞いたことはあるし、直接出会った立ち振る舞いから、ただ者ではないことはわかる。
ただ、面白くない。お師様は……タビト様は、時折とても苦しそうな表情をする。その時は、決まってマスターアーツの話題になった時だった。
お師様は、お酒に酔ったときはずっと謝っている。ごめんなさい、テツロウ、ごめんなさい……。お師様のそんな姿を見る度に、心が痛む。
「仲間に、昔酷いことをしてしまったんだ」……と、お師様は言う。……でも、弟子にとって貰ってからのお師様は、厳しいことはあっても、決して酷いことはしなかった。
手品が好きで、人を楽しませることが好きな、優しいお師様。……お師様の心の楔は、テツロウ様にあるのだろう。そう考えていた時、テツロウ様は現れた。
……本当は、あの時からわかっていた。テツロウ様が屋敷に訪ねて来た時、黒いローブを羽織っているのはお師様ではなく、他の誰かだということを。……そして、ラソラおばあ様が張り付いて、ローブのフードがズレていた時に少し顔が見え……確信に変わった。
黒髪の偉丈夫……お師様から聞いたことのある、拳王テツロウの特徴と一致していたから。……逃がしてはいけないと思った。絶対にお師様に会わせなければと思った。
お師様が拠点にしている教会へ引っ張っていき、お師様と会って貰って……結果的に、お師様は、少しだけ肩の荷が降りたような顔をしていた。本当に良かったと思った。
……でも、気に入らない。お師様に3年も、後悔と苦悩を与えていた男。そんな男なのに、一度お師様と話しただけで、お師様の心の傷を少しでも癒してしまった。ワタシは、お師様の弟子になって2年程になる。……ワタシには、出来なかったことだった。
心ではわかっている。マスターアーツの……タビト様とテツロウ様の絆は、きっとそれほどに深いものだった、それだけなのだということを。
それでも、醜い気持ちが溢れてしまいそうだった。……どうして、タビト様の心の穴を埋めたのが、ワタシではないんだろう。
そんな気持ちが漏れ出してしまって、ミャゲルちゃんと模擬戦をすることになって……思い知らされた。
……ミャゲルちゃんをここまで強くした人、厳しくとも、弟子を想って修行をつけられる人なのだと。ミャゲルちゃんと戦って、それが伝わって来て。
……醜い感情は、完全に消えたわけじゃないし、テツロウ様の事に関して納得も出来ているかは怪しい。
「とりあえず、顔を上げろよ」
そうして声をかけられ、顔を上げ―――
ワタシの首が、飛んだ。
「!?」
思わず立ち上がった……立ち上がれた?首を触って確認する。くっついている。一体何をされた?間違いなく死んだと思った。だけど、生きている……いきて、いる……!
震えが起き始める。いま起きたことを理解しようと思考をめぐら……無理……っ!
ワタシはその場に崩れ落ちた。……あぁ、そうか。ワタシは一回死んだんだ。
「俺の実力が疑わしかったんだろ?これで証明になったか?“小娘”」
膝を折って、ワタシに目線を合わせたテツロウ様。……そうか、“イメージ”を飛ばしたんだ。殺気、と言い換えても良い。強烈な死のイメージを……“その気になれば、いつでも殺せる”。……そんなイメージを!
「タビトは優しいからな……あまりこういうことは教えてくれなかったろ。……正直、俺自身、ナメられようとあんまり気にしないんだが……慢心とかに繋がると良くないから、一応な。洗礼ってことで」
「ぁ……あぁ……」
声が、出ない。力の差を、一瞬で理解させられた。……ただ、恐ろしい。目の前の存在が……そうか、これがSランクなんだ。
災害レベルの化け物を相手取れる存在……!タビト様が優しいから、忘れていた。
「ビビらせ過ぎたか……?」
「し、師匠!?急に“気配当て”なんて……!どうするんですか!?明日ダンジョン攻略ですよ!?ワタシでも立ち直るのに数日かかったのに……!」
ミャゲルちゃんは、これを受けて立ち直れたの……?
「しまった……これじゃ、俺がタビトに怒られちまうな……まぁいいか。この程度で折れるなら、“タビトもその弟子もその程度”だったってことだしなぁ!」
……違う。タビト様は、美しくて、優しくて、強い。エルフとドワーフの混血……そんな稀有な境遇から、周りに馴染めず、孤独の中で生きて来たワタシに、ラソラおばあ様以外で、初めて手を差し伸べてくれた。
『君の魔力も、手先の器用さも、感性も……全てが“君”だ。エルフもドワーフも関係ない。“君”が持っているものだよ。大事にして欲しいと思うし……スーザン。ボクは、君自身が、素敵だって、そう思うよ』
……この時から、ワタシはお師様について行こうって決めた。お師様の傍で、力になりたいと……お師様が好きでいてくれた自分でいようと……!
「……し……て」
「……なんだって?」
「とり……けして……ください!……お師様は、お師様が認めてくれたワタシは……こんな程度じゃ、折れない!」
何かされても抵抗できないし、文句は言えない。でも、譲れないものは、ある!
……そんなワタシをテツロウ様はただ、見つめて……そして
「……悪かったな。取り消すよ」
そう言って、椅子に座り直し……張りつめていた空気が、軽くなった気がした。
「……お前は今、師を侮辱されてキレただろ。……ミャゲルだってそうだ。人を試すのは良いが……人くらい選べ」
……ぐぅの音も出ない指摘だ。そして……それで居て、優しい言葉。これで手打ちにしようと言ってくれている。
……きっと、テツロウ様以外の人に同じようなことをしてしまったら、首が飛んでもおかしくないのだろう。
「ミャゲル、スーザン連れていけ」
「は、はい……だ、大丈夫ですか?」
「本当に、ごめんなさい~……大丈夫です。……ありがとうございました。テツロウ様」
そういうのが精一杯。……ワタシも、精進が足りない。タビト様の傍に居られるように、もっと強くなろう。冒険者としても、人としても。
これで安心して攻略に行けますね!