神武に帰った雪菜は帝国宇宙軍に有給休暇申請を出した。
有給消化は義務なのであっさりと承諾され、後顧の憂いを絶った雪菜は地球回復へ全力を出すことになる。
雪菜には夢というか、野望みたいなものが出来た。
テラフォーミングによって、青く美しい地球を取り戻した暁には、
「地球か…なにもかも皆、懐かしい」というセリフを言うことだった。
これは、かつて前世で見たアニメで死にゆく艦長が言うセリフであった。
実家に帰還した雪菜は、氷室家の膨大な資料庫に籠もった。
地球のテラフォーミングに関する資料を片っ端から調べ上げるためである。
こうして、人類史上最も孤独で、最も壮大な復活計画の構想が始まった。
帝国標準暦3763年、氷室雪菜は1376歳を迎えていた。
彼女は太陽系の購入から数百年をかけて、地球テラフォーミング計画を進めていた。
死の星とされた地球を再び生命の息吹に満ちた青い星へと蘇らせるため、彼女は氷室家の知識と技術、そして莫大な資金を惜しみなく注ぎ込んでいた。
太陽系への最初の調査航行は、雪菜が中佐としての休暇を取得して行われた。
大日本帝国宇宙軍の軍務は多忙だったが、大貴族である氷室家の影響力により、彼女は定期的に長期休暇を取ることができた。
「やまと、最後にもう一度、地球の詳細スキャンデータを記録しておいて」
雪菜は艦橋の椅子に座りながら、大型スクリーンに映る地球を見つめていた。
氷に覆われた死の世界は今も変わらず白い沈黙に包まれているが、彼女の心の中では既に青と緑の美しい惑星として蘇っている。
設計図の中で、大気も復活し、海も戻ってきていた。
実現はあと一息だ。
「記録完了いたしました。では、神武への帰還航行を開始いたします」
《やまと》がワープドライブを起動した瞬間、異常が発生した。艦体が激しく振動し、計器類が一斉に警告音を発し始める。
重力制御システムが不安定になり、艦内の気圧が急激に変動した。
「何事ですの?」
雪菜が立ち上がろうとした瞬間、更なる衝撃が艦を襲った。
空間そのものが歪み、星々の光が奇怪な軌跡を描いて流れていく。
「緊急事態です! 時空間座標に重大な異常を検出! 現在位置不明、超銀河団測位システム応答せず!」
《やまと》の声に、これまで聞いたことのない緊張感が込められていた。
人工知性が「緊急事態」と宣言するほどの状況は、通常では考えられない。
「詳細な分析結果を!」
「時空間の連続性に断裂を確認。因果律の部分的崩壊が観測されています。
これは単なる航行事故ではありません。次元そのものの構造に異変が生じています」
艦橋の照明が赤色に変わり、非常警報が鳴り響く。
スクリーンには、理解不能な星図が表示されている。
「雪菜様、艦体の存在論的整合性を維持するため、緊急措置を実行いたします。
意識を失われる可能性がありますが――」
《やまと》の言葉が途中で途切れ、雪菜の視界は真っ白に染まった。