炉の稼働を見届け、最後に身を投げたのは誰だったのか。
きっと勇者王カマソッソの傍にあった、素直じゃなくてたぶん性格の悪い、けれど確かに友だちだった「誰か」の独白。
こんなことを思っていたひとがいたらいいなという妄想。
我が王よ──そう口にしようとした衝動を奥歯を噛みしめてやりすごした。
光なく燃えたぎる炉の底で、彼はつかの間の休息を過ごす。肉塊と化したその身を再び作り替え、より強く、より硬く、──次こそはかの災いを打ち倒そうと。
我らカーンにおいて最強、それすなわち人類最強、我らが誇る勇者の王。
「……カマソッソ……」
彼が「王」となってからは気安く名を呼ぶことをやめた。彼を王として掲げるならば、それはけじめのうちだろうと。初めて彼の前に膝をつき、その王冠を讃えたときの彼の不満げな顔は笑えたが、こちらにも臣民としての意地がある。意地、──意地と言い表すのは正しいのだろうか。言葉というのは難しい。
半歩分、前に出る。炉の加減を調整し、彼がさらなる肉体を得るまでにかかる時間を計算。同時に、これまでの戦闘の記録から
絶望に絶望を塗り重ねることになる計算だが、一点だけ救いがある。あれが活動を始めるより、彼の復活のほうが早い。もっともそれは、彼の方がリソース的に
口の中で血の味が広がる。解析を重ねた。計算を繰り返した。あらゆる手を尽くして兵のひとりひとりを増強した。それでもなお幾千幾万を失った。今も失い続け、これからもあらゆるものを失うだろう。その果てにあるものがとうとう現実味を帯びて立ちはだかりつつある。
この世に朽ちぬものはないという。いずれは人類もそのときを迎えるのだろう。どんなに足掻こうとも、どんなに否定しようとも、回避できぬときは来るのだろう。
だが、断じて──、
「今では、ない」
己で思うよりも強い声が出た。口の端から血が零れ出る。左腕で無造作にそれを拭った。実験を重ねて変容した肌のうえでは血の色も目立たない。
「……させるものか、」
彼を。我らの王を。カーンが誇る最高の戦士を。我らが膝をつくことを決めた唯一の男を。──幼い頃からともに暗闇をかけた友を。
敗北の、人類滅亡の王になどしてたまるものか。
「……、」
そのためならオレは、何だって。
左腕を上げる。炉が大きな口を開けた。奥底で眠る彼の姿はオレの眼では捉えられない。
朽ちぬものはないと言った。これは嘘だ。
そう思った瞬間に再び血の味が広がった。生来のものでない、鋭利に育てすぎた牙は容易く皮膚を傷つける。
落ち着け。頭を冷やせ。オレは王の傍に控える臣、王の槍持たぬ手を護る者。王を支え、このカーンを護ることこそ我が使命。
いま炉の底にて休む彼に尋ねることは出来ないが、彼ならばこの策にも是と言うだろう。
その先にあるであろう地獄を、頷きひとつで受け入れる。
『良い。やれ』
「……カマソッソ、」
我らが王。カーンの誇り。人類最後の尊き希望。──面倒くさがりで、痛いのが嫌いで、思慮深いくせに直情的で、不器用ながら愛情深い、どこまでも
誰よりも王に相応しい男だと思った。だから膝をついた。支えた。護った。
この感情は王への侮辱だ。だから口にはしない。オマエの友としての感情など、ここに全て置いていく。炉にくべて棄ててやる。
炉の口を開けたまま背を向ける。間もなく国の重鎮が集まる会議がある。そこでこの策を伝え、民に告げよう。強制はしない。せずとも皆、理解する。カーンの民は誇り高く、我らの王を信じている。
──このまま手も足も出ず滅ぶくらいならば。
この規模での炉の使用は初めてのことだ。開始前にも炉を調整し、リソース変換の効率が落ちぬよう経過を観察するべきだろう。だからオレは、最後だ。
自嘲が口の端に浮かぶ。その程度、これから彼が臨む地獄に比べれば。我らカーンが王に背負わす罪の重さに比べれば。
「ハ、──」
息を吐く。息を吸う。置いていけ。全部ここにおいていけ。
「──我が王よ」
「どうか、──どうか」
「──
何かを振り払うように足を踏み出した背後で、音のない声が聞こえたような気がした。
苦しむくらいなら忘れてくれと、彼なら願ったかもしれない。