第1話 転生先は遊戯王ナリ
宍戸丈は有り得ない事を現在進行形で経験していた。
自分の目の前には見慣れた両親。両親はニコやかに会話しながら自分を抱き上げている。何故か赤ん坊になっている自分を。
「大きい男の子ザマス! この子は将来、私ににてウルトラエリートになるザマスよ!」
間違いない。
この特徴的口調は自分の母親に間違いなかった。というより漫画でもアニメでもなくリアルで語尾にザマスをつける母親など自分の親くらいだ。
その隣ではチャラチャラしたホスト顔の父が
「YOYO! 俺とウっちゃんの息子なんだからYO! ゼッテーBIGになるのは100%確実だZE!」
そして三十路でこんな痛い口調をしているのも紛れもなく自分の父親だ。
ザマス口調の受験ママとホスト顔のDQN口調の男、明らかに真逆の二人だがこれでも夫婦である。といってもこの二人、自分が三歳の頃には性格の不一致と父の浮気から離婚していた。それ以来、DQNなパパとは一度も会っていない。
訳の分からない事態だが、十数年ぶりに見た生の父親の顔だった。といっても特に嬉しくもないが。
(なんなの……これ?)
夢なのか確認するために頬を抓りたかったが、産まれたばかりの赤ん坊の身ではそれも上手く出来ない。
これが俗にいう輪廻転生? それとも逆行?
丈はぼんやりと病院のベッドを見つめながら溜息……の代わりにオギャーと鳴いた。
それから月日は流れ、大学生から赤ん坊に逆戻りしてしまうという、世にも奇妙な体験をした丈も、今では人生二度目の小学六年生。
来年は中学受験である。ザマス口調から想像はつくと思うが、丈の母親は所謂お受験ママというやつで、自分の息子を何が何でも一流の学校に行かせようとするタイプだ。小学受験は自宅から通える範囲にお目当ての学校がなかったのでお流れになったが、中学受験はそうもいかない。
お陰で小学生だというのに遊ぶ暇も余りなかった。といっても例外もある。
丈は机の引き出しに入っているソレに目を落とす。そこにはモンスター、魔法、罠など多くの種類のカードが束になっていた。
そう。受験勉強中、TVゲームなどの娯楽の一切が禁止された丈が出来る娯楽、それがこのカードゲーム、デュエルモンスターズだった。遊戯王カード、と言った方が馴染み深いだろう。
当初、丈は自分は赤ん坊の頃に『逆行』してしまったのだと思っていたがそれは誤りだった。気づいたのは小学低学年の頃、何気なくTVを見ていたときだった。
『新たなカードを生み出す為に子供達の常識に囚われない自由な発想によって考えられたカードを募集し、それをカードにして宇宙におくり、宇宙の波動を受けさせる』
などという余りにも突飛な内容の放送が流されたのだ。
しかも最後には「フーハハハハハハハハハッ!!」というやたらテンションの高い高笑いつきで。明らかに遊戯王に登場するライバルキャラかつ屈指のネタキャラ、海馬社長だった。
それから親に隠れてインターネットで調べれば出るわ出るわの遊戯王世界だという証拠の数々。武藤遊戯がバトルシティートナーメントで優勝というモノから始まり、決闘王国《デュエリスト・キングダム》、KCカップ、デュエルアカデミアや海馬コーポレーションなどなど。
アニメオリジナルエピソードであったKCカップのことが情報にあるということは、恐らくここはアニメの世界なのだろう。ドーマ編やバーサーカー・ソウルもあったに違いない。
「なんだかなぁ」
元の世界との違いで一番顕著なのは、やはり何と言っても『デュエル』だろう。これに尽きるといってもいい。プロ野球やプロサッカーに並び、プロデュエルの生中継がTV欄に堂々とあったのには心臓が破裂しそうになった。というより、これだけ堂々とデュエルが前面に押し出されている世界で、よくも小学低学年になるまで気付かなかったものだと自分に呆れた。
ただ、デュエル中心の世界のお蔭で、うちの母もデュエルをすることだけは認めてくれた。なんでもデュエルが強いと就職に役立つらしい。
正直デュエルが強いことがどういう風に役立つのだか意味不明だが、遊戯王ではよくあることなのだろう。一枚のカードから宇宙が生まれたり、世界が滅んだりしてしまう世界だから深く考えても仕方ない。少なくとも丈は諦めた。
この世界で大切なのは「ふーん、そんなこともあるのかー」と素直にありのままを受け入れる心だ。一々突っ込んでいては身が持たない。
「ていうか、この世界。レアカードが高すぎる。E・HEROプリズマー5000円ってレベルじゃないし」
真紅眼の黒竜《レッドアイズ・ブラックドラゴン》クラスの人気カードになると軽く六桁はいく。キング・オブ・デュエリスト武藤遊戯の愛用していたブラック・マジシャンに至ってはそれ以上だ。レッドアイズを買うのに、凡骨の前の持ち主であるダイナソーなんたらが全財産を費やしたといっていたが、この世界にきて実際の値段を見ると納得だ。あの値段なら全財産を失う覚悟が必要だろう。
5000円ならまだ安い方で、人気カードになると万単位はザラだ。世界に一枚しかないカードとかなら億単位ついても不思議ではない。
「しかし……どういうデッキつくろ」
受験勉強に関しては前に一度経験したことであるしノープロブレムだ。故に丈は、唯一許された娯楽であるデュエルモンスターズへ自然と流れた。
今までは安く作れる低ステータスモンスター主体のデッキでどうにかやりくりしていたが、やはり丈もデュエリストの端くれ。強力なモンスターをふんだんに使った馬鹿火力とかにも憧れはある。
問題はどういうデッキにするかだ。
未来オーバーなどは肝心のサイバー・ドラゴンが手に入らなかったので構築出来ない。E・HEROは肝心のエアーマンがない。ブラック・マジシャンは高すぎる。青眼の白龍はそもそも世界に四枚しかない。
シンクロ? エクシーズ?
論外だ。そもそもそんな概念がない。
「うーん」
机に散らばる無数のカード。
一つ一つを慎重に吟味しながら丈は自分のデッキを構築していった。