実技試験から数日後、丈の下に合格通知が届いた。しかも学費免除の特待生として。驚いてすぐさま亮にも報告したのだが、やはりというべきか亮も特待生扱いだった。筆記試験ではトップで実技でも華麗(過激)なワンターンキルをやったのだから当たり前といえば当たり前である。
一年の日程が欧米のハイスクールと同じ高等部と違い、中等部は他の学校と同じで四月に始まり三月に終わる三学期制だ。
四月になると丈たちは出来立てピカピカの真っ青な制服を着て、これからの三年間を過ごす学生寮を訪れていた。
「こ…ここがアカデミア中等部の学生寮か」
都内にずっしりと聳えるビル。一見すると億ションにも見えるほどのソレだが玄関にデカデカと書いてある『デュエルアカデミア中等部 男子学生寮』という文字がここが間違いなく丈たちがこれから三年間を過ごす学生寮だと教えてくれていた。
丈からすれば、前世の経験で学生寮なんて狭い部屋に五人くらいが押し込まれているイメージがあったのだが、ここの寮はそれとは対極だった。パンフレットによると個室にトイレ、風呂、TV、冷暖房などは全て完備されているらしい。しかも夕食はバイキングときた。
寮というよりはホテルみたいである。
オーナーである海馬社長、ないし海馬コーポレーションの財力というものを思い知らされたような気がする。どこぞの石油王よりも金を持っているのではないだろうかあの御仁は。
「俺達の部屋は……413号室だな」
亮が渡されたプリントを見ながらそう言う。
「413号室? …………やけに不吉じゃないか。4に13って、普通さ……縁起が悪いからそういう数字の部屋は意図的に抜かされるんじゃなかったっけ?」
「噂によると最初は業者もそうしようとしたらしいが、オーナーである海馬瀬人が『ふぅん、下らんな。そのようなオカルト話に付き合ってられるか。仮にもデュエルエリートを目指すアカデミア生徒なら、つまらん戯言など跳ね除けるに決まっておるわっ! フハハハハハハハハ!』……と言ったらしい」
「…………ありえる」
如何にも海馬社長が言いそうなことだ。
しかも高笑いまでパーフェクトである。
「……だけど本当に幽霊や怪物が出るなんてことはないだろ。ボロボロの古い寮ならまだしも、ここはまだ出来たばっかりだし。地縛霊が住み着くほど年月たってないからな」
「いや…幽霊は出ないが、ワイトの精霊が出ると言う噂が」
「…………………それも嫌だな」
ワイトといえばデュエルモンスターズ初期から存在する愛される骸骨モンスターのことである。その余りの弱さと妙な愛着の涌くイラストからモリンフェンやレオ・ウィザードと同じくカルト的人気をもっていたカードだが、ワイトキングを始めとする多くのサポートカードの登場でホログラフィックウルトラ超絶強化されてしまった。
前世で友人が使っていたのでよく覚えている。
(夜中にワイトって、夜毎に廊下を走る人体模型より恐いかも。骸骨だし骨だし。しかもこの世界、普通に幽霊とか出そうで怖いな。死霊やらファラオの魂やらがあるし。くそっ、アカデミアでぬ~べ~でも雇ってくれよ。ジャンプ繋がりで)
「何をブツブツと言っている。早く行くぞ、荷物を降ろしたい」
「わ、分かってるって。よ、よーし行くぞ」
亮に急かされたので一度深呼吸してから寮のゲートを潜る。
正面玄関にまで来ると、それ以上進めないようにガラス張りの自動ドアにロックが掛かっていた。亮はドアの隣にある認証装置に学生証を置くと、装置がそれを認識し自動ドアを開いた。
「……ホント、学生寮とは思えない」
丈は誰に聞かせるでもなくボソッと呟く。
島一つ丸々が敷地の高等部もそうだが、中等部もかなり常識外れだ。流石は常識を超越した人がオーナーを務めるだけある。
亮と二人、エレベーターで四階にまで昇り413号室に行った。
部屋の中は不吉な部屋番号とは裏腹に綺麗に整っていた。二つ並んだベッドは見ているだけで飛び込みたくなるほどふわふわそうで、高級品なのだろうと分かる。天井では洒落たシャンデリアが明かりを灯しており、窓からは外の景色が一望できた。TVなんて壁にかかっているタイプだ。しかもDVDも問題なく見れるようになっているし、勉強用と思われる大きな机が二つに個人用のノートPCまであった。
訂正しよう。
この学生寮、そこらのホテルが霞むほど立派だ。
「――――――――――――ッ」
「噂には聞いていたがアカデミア学生寮、これほどとはな。いや特待生だから他よりも良い部屋を使わせて貰えるというのは耳にしていたが……それにしても、凄い」
声も出ないほど圧倒される丈と冷静なコメントをした亮。
しかし驚いているのは二人とも同じだった。
この部屋は明らかに学生寮の範疇を逸脱した豪華さがある。
「ま、いっか」
手をポンと叩き、丈は無理矢理にでも自分を納得させる。
別に部屋が立派で困るということはない。寧ろこれからの三年間を快適に過ごせるのだ。踊って喜ぶべきだろう。
丁度自分専用のPCも欲しかったところだ。これで思う存分、ニコ○コ動画が見れる。
亮も段々と状況を受け入れられてきたのかニヤリと口角をあげた。
「そうだな。この部屋の広さなら思う存分、デュエルが出来そうだ」
「ほへ?」
何時の間にか亮は自分のバックからデュエルディスクを取り出していた。
手慣れた手つきでそれを腕に装着すると、ベルト備え付きのケースからデッキを取り出しディスクにセットする。
「入学式前の最終調整だ。相手をしてくれ」
「マジですか!?」
外面はクールなのに、内面は相変わらずのデュエル馬鹿だった。
仕方なく丈も自分のデッキを取り出す。どうせこれからは一年デュエル漬けの日々が待っているのだ。入学式前に少しはこのデュエル中心のノリに慣れておいた方が良いだろう。
「よし。デュエルだ、亮。俺のニューデッキがお前を倒す!」
「来い!」
アカデミア学生寮での夜はこうして更けていく。
デュエルアカデミアの名のようにデュエルをしながら。
「ふわぁ~あ」
そしてやってきた入学式。
丈は猛烈に眠かった。頭がくらくらする。少しでも気を抜けばその場で倒れてしまいそうだ。時折頬を抓りながら眠気を吹き飛ばす。
結局、丈はあれから一睡もせずに亮とデュエルをしていた。時にデッキを変えて、時にデッキを調節し、或いは互いのデッキを交換して、何度も何度もデュエルをし続けていた。お陰で記念すべき入学式だというのに気力・体力のライフポイントが1である。フィールドががら空きの状態で邪神アバターの直接攻撃を喰らっても死ぬ状況だ。
「で、あるからして。デュエルとは即ちフェルマーの最終定理より難解かつ、宇宙の真理にも通じるものなのです」
檀上では校長らしいオッサンが延々と訳の分からない超理論を熱心に話している。高等部とは校長も違うらしく、丈も知らない人物だ。
周りの生徒には熱心に耳を傾けているのもいるが、壮絶な疲労感と眠気による攻撃を受け続けている丈には、例えそれがアイドルの歌声だろうと釈迦の説法だろうと左から右だ。全く頭に入ってこない。
「なのでデュエルとは摂理にして絶対。方程式とは無縁なる虚空の詩歌。奏でられる宝は愛であり、海はなによりも偉大かつ矮小なる理想なのです。よって――――――えっ、なに話が長すぎるって?」
校長が若い教員からぼそぼそと耳打ちされていた。
時計を見るとかれこれ一時間もの間、校長の話は続いていたことになる。
「もっと話したいことがあったのだが……やむをえませんね。オホンッ! ではこれで私の話は終わります。もう一度、新入生の皆さん。入学おめでとう!」
パチパチという拍手がまばらに鳴り響く。
どうやら最初は校長の話を熱心に聞いていた生徒も、最後の方には眠気にやられていたらしい。目を擦っている生徒の比率が、目をパッチリと開けていた比率よりも多い。
丈と同じように昨日は徹夜でデュエル漬けだった亮が目をパッチリ開けていた一人だったのが小さな驚きだった。
校長の話が終わると、それからは急ぎ足で進んでいく。
余程校長の長話に時間をとられてしまったらしい。教職員の紹介なども軽い挨拶だけで終わってしまった。
入学式が終わると次はいよいよ、これからの一年を学ぶ教室への移動だ。丈たちは特待生クラスなので必然的に同じクラスということになる。
しかしクラス名を見た瞬間、丈は思わずズッコケそうになった。
「なぁ亮」
「ん?」
「学校のクラス名といえばさ。1年1組とか3年B組とか、そういうのだろ」
「ああ」
「だけどなんだよ。…………この1年
「たしかに語呂が悪い」
「そうじゃなくて、もっとさぁ!」
良く見れば特待生クラス以外の通常クラスもデュエルモンスターズのカード名がクラスの名前になっていた。
上から順に
見事なまでに上のクラスが社長が使ってきたカード名そのままだ。ブラック・マジシャンやクリボーはいいとしても、最後がレッドアイズになっているのに悪意を感じる。ご丁寧に()書きで凡骨とまである。
(フッ。時間が立とうと社長は社長のままか。安心したようなそうじゃないような……)
実技試験会場の海馬ランドを見ても思ったが、社長のブルーアイズへの愛は異常だ。きっと頭の中がブルーアイズ色に染まっているに違いない。
海馬ランドなんてもはや海馬じゃなくてブルーアイズランドだった。
(もしかしたら未来のブルーアイズマウンテンなんて銘柄を作ったのも社長なのかもしれないな)
ぼんやりと有り得るような有り得て欲しいような事を考えながら、窓から空を見上げる。
今日も良い天気だった。
「気を取り直そうっと。……よしよし。それじゃ行くか!」
入学式にブルーアイズの洗礼を受ける羽目になったが、どうにか頭が現状に追いついてきた。それに社長のブルーアイズに対する愛の凄さなんて前から知っていたではないか。今更になって驚くことでもなかった。
亮と二人で自分のクラスへと行く。
今日からデュエルアカデミアでの日々が始まるのだと、否応なしに実感できた。